オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第151話:猫の来訪

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・視察行軍 午前 /*/

 

 

行列が畑道を抜ける。土の匂い、鍛冶場の熱、燻された肉の香り――鼻孔を撫でる匂い全部が“生きてる村”を主張してくる。

あーしは先頭の横合い、陽だまりの縁をストリート抜けみたいにスルッと並走。金の瞳は、陛下と各国首脳の足運び、村人たちの視線の流れ、警戒の重心――ぜんぶ拾う。

 

「整列、よし。搬入、よし」

アンデッドの隊列が無音で回頭、荷車の角度を三度だけ修正して滑らせた。ぶつかる寸前で止まる芸の細かさに、ドワーフの親方が「任せな」と親指を突き上げる。

 

(ふーん。立て付けの悪さを“無音の段取り”で補うとか、やるじゃん。現場の知恵が染みついてる)

 

ネイアが低く囁く。「事故ゼロ……まるで訓練された儀礼隊」

ジョンが肩を竦める。「儀礼ってより、毎日の“段取り”だな。喧嘩より早いのが“手順”ってやつさ」

 

ジルクニフの視線が刃みたいに細くなる。

「段取りを軽んじる者に秩序は握れぬ。――記録しておけ、ロウネ」

(はいはい、メモっとけってやつ。あーしの爪先にもメモっとく? 冗談だっての)

 

 

/*/ 市場小路・混交屋台 昼前 /*/

 

 

長机ごとに“混ぜ方”が違う。

ゴブリンの串焼き(香草+亜麻油)、リザードマンの酢締め魚(薄塩+発酵果汁)、オーガの丸太煙燻(見た目が暴力)、エルフの草原サラダ(苦味の設計図みたいな味)、ドワーフの麦酒(陽気に殴ってくる香り)。その隙間を、アンデッドが無言で皿を配し、ゴーレムが子どもを持ち上げて“空中席”を作ってる。

 

(胃袋の外交、開廷中って感じ。……うん、でもバカ騒ぎにはならない。視線の流し方がうまい。揉める芽を、目の端で潰していく)

 

小競り合いの芽がひとつ。

オーガの肩と人間青年の肘が接触、皿が傾ぐ。瞬間、アンデッドが皿を支え、リザードマンが「水だ」と短く杯を渡す。青年は会釈、オーガは胸を拳で叩き、双方一歩下がる。終わり。

 

(早い。“謝る語彙”が共通化されてる。村の根っこに“撤収が上手い”って美徳があるな。けっこう好き)

 

ドラウディロンが感心を隠さない声で言う。

「衝突の瞬間、三手で収束……軍楽隊の合図のようだ」

ジルクニフは横目で頷く。「合図が目で通るのだ。訓練と信頼、二重の蓄えだな」

 

 

/*/ 祭壇前 午後一番 /*/

 

 

村の広場には色とりどりの花と飾りが吊るされ、テーブルには人間も亜人も作った料理がずらりと並ぶ。

香草と肉の匂い、金属の器に映る光、ゴブリンの笑い声とリザードマンの低い囁きが交じりあい、まるで「混ざること」そのものが祝福になっていた。

 

祭壇の前に並ぶのは――花冠を戴いた村長エンリと、その隣で少し緊張した面持ちの薬師・ンフィーレア。

エンリは真っ白なドレスを着ていた。腰にはドワーフたちが織った銀糸の帯。髪にはエルフの作った花飾りが揺れる。

ンフィーレアは濃紺の上衣にリザードマンの革で作られた肩当てをつけ、少し照れくさそうに立っている。

 

(……ふふん、やっとくっついたか。長かったねぇ)

あーしは木の柵の上で香箱座りになり、金の瞳で二人を見下ろす。尻尾の先だけが軽く揺れている。

 

ジョンが壇上に立ち、声を張る。

「――本日、カルネ・ダーシュ村は新たな歴史を刻む。村を守り、導いてきた二人の門出を、みんなで祝おう!」

 

どっと歓声が上がる。

ゴブリンたちは太鼓を叩き、オーガが酒樽を持ち上げて笑い、エルフは弦を鳴らして旋律を添える。

リザードマンの低音の歌声が響く中、アンデッドが花びらを撒いて道を作る。

 

ジルクニフは背筋を伸ばしたまま、その光景を黙って見ていた。

金色の瞳が、微かに光をやわらげる。

「……なるほど。秩序と混沌の境を、ここまで美しく歩くとは。見事だ」

 

ドラウディロンは腕を組み、微笑を浮かべる。

「この光景は、竜王国でも滅多に見られぬ。――真の調和とは、こういうものか」

 

ニグンが聖印を掲げて言う。

「信仰なき者たちの宴に見えて、心の底では祈りが生まれている。まこと不思議ですな」

 

ネイアは静かに頷いた。

「誰も“上”に立たない。皆が少しずつ支え合っている……それが、この村の強さかもしれません」

 

ンフィーレアが、少し震える手でエンリの手を握る。

「……エンリ。俺は、これからも君と共に生きる。薬師として、村の一人として、そして――夫として」

「……うん。あたしも。どんな時でも、ンフィーレアの隣で笑っていられるように頑張る」

 

二人の言葉に、ジョンが小さく笑って頷く。

「――では、誓いの証として」

手をかざすと、光の粒が宙を舞い、二人の指先を包んだ。まるで星が祝福しているようだった。

 

(やれやれ、演出過剰。……でも、悪くないじゃん)

あーしは小さく欠伸をし、喉を鳴らす。

 

ジルクニフはその様子を見つめ、静かに呟いた。

「……結婚とは、法でも命令でもなく、信頼の証か。――この村の秩序、見事だ」

 

ジョンが笑いながらグラスを掲げる。

「陛下、乾杯の音頭をどうぞ!」

 

ジルクニフは一瞬ためらい、だが堂々と立ち上がる。

「……ならば言おう。――この調和に、祝福を。人と亜人、そして全ての命に栄光あれ!」

 

「おおおおおっ!」

村全体が歓声と拍手に包まれる。

酒が注がれ、笑い声が夜空へ昇っていく。

 

あーしはその音の海を聞きながら、尻尾を軽く叩いた。

(……悪くねぇ夜だね。あたしの知る限り、ここの“混ざり方”がいちばん綺麗だよ)

 

ジルクニフの瞳に、炎と光と笑顔が映っている。

その視線の先で、エンリとンフィーレアが寄り添い、村の新しい朝へと歩き出していった。

 

 

/*/ 祝杯と評定 夕刻 /*/

 

 

金色の光が低くなって、影が長机を縫い始める。

ジョンがトロールの大鍋からよそって回る。香りは優しいのに力強い――骨と根菜と野草の“利”。

「どうだ、ジル。腹で語る政治もある」

 

ジルクニフ、盃を受け取る所作だけで場が締まる。口に含み、喉を落とし、短く言う。

「……良い。味は混ざるが、主は消えぬ。――かような秩序は、数字より重い」

 

ニグンが目を細める。「評価は及第点以上、と」

ネイアが静かに頷く。「“主は消えぬ”……肝要ですね」

 

ドラウディロンが半歩進んで、正面からジルクニフを見る。

「帝よ。そなたは、ここをどう扱う?」

 

黄金の瞳が夕陽を弾く。

「扱わぬ。――観る。学ぶ。必要あらば借りる。壊すことなく、増やすために」

 

(はい出た、“増やす”の文法。陛下、今日は噛みつかないで飲み込む日、って判断か。うん、賢い)

 

ジョンが小声であーしに〈伝言〉を滑らせる。

――な? 来てよかったろ。

(……まあ、悪くなかった。むしろ良かった、って言うと駄犬が調子乗るから言わないけど)

 

あーしは長机の影で、そっと前足を舐める。“ただの猫”の顔で。

でも胸の内側は、じんわり熱い。祭りの熱でも政治の熱でもない、もっと小さいけど消えにくい熱だ。

 

 

/*/ 夜の踊り /*/

 

 

盆提灯の代わりに、発光苔を詰めた瓶が輪を描く。

ゴーレムの盆踊り、今日も安定の地響き。子どもらが笑いながら、その足取りに合わせてステップを真似る。アンデッドがテンポを刻む、骨のカスタネット。

 

ジルクニフは輪から一歩外で見ている。肩の力が半目一枚ぶん、抜けてる。

ジョンが隣に立つ。

「踊るか?」

「不要だ」

「そう言うと思った」

二人と一本の沈黙。けど、嫌な沈黙じゃない。

 

あーしは輪の端、ひょいっと跳んで、子どもの肩から肩へと軽業みたいに渡っていく。歓声。

(ふふん、スター猫の本領発揮ってやつ)

 

輪の外、ネイアが小さく笑って呟く。

「……平和とは、案外こういう無駄の総量なのかもしれませんね」

ニグンが頷く。「神は“無駄”に宿ることもある」

 

ドラウディロンが空を仰ぐ。星が濃い。

「強者の威ではなく、弱者の工夫で繋ぐ夜――悪くない」

 

 

/*/ 締め /*/

 

 

夜更け、火が落ち、音が丸くなる。

ジルクニフは最後の一巡を目で確かめ、ゆっくり頷いた。

「本日の視察、記録をまとめ、提言を用意せよ。“混交の段取り”――帝都に移植可能な要素、十項目ほど抽出できる」

 

ロウネが「はっ」と返す。

(十ね。最初の一本は“謝りの合図”だな。二本目は“無言の手当て”。三本目は“笑いの転換”……続きは、あーしの胸ポケット)

 

ジョンがあーしを見る。〈伝言〉が柔らかい。

――なぁ、今日は“来て良かった”って言っていいぞ。

(……言わない。けど、また来る)

――それで十分だ。

 

あーしは尻尾でジョンの手甲を“ちょん”と叩く。ほんの一拍。

“ありがとう”とか“任せろ”とか、そんなでかい言葉じゃない、猫の最小単位の合図。

 

(……だって、あーしは猫だもの。で、友達でもあるからさ)

 

月光が白く、村の屋根を洗う。

異種族共生の夜は長い。けど、ちゃんと朝に続く長さだ。

あーしは静かに伸びをして、輪の外の静けさへ溶けていった。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・祝宴の余興 午後 /*/

 

 

広場のざわめきが少し落ち着いて、代わりに子どもたちの笑い声や、亜人たちの朗らかな掛け声が響く。

焼き肉の香り、果実酒の甘い匂い、土の匂い――この村の空気は、どこまでも“生きてる”。

 

ジョンがジルクニフの隣に立ち、軽く笑いながら声をかける。

「陛下、せっかくだから村の子どもたちとも触れ合ってみてくれよ。あいつら、怖がるかな?」

 

ジルクニフは金の瞳を静かに子どもたちへ向け、尊大な口調のまま応える。

「……怖れなど、我が帝国の臣民に限らぬ。よい、接するがよい」

 

その声に、子どもたちは一瞬身をすくませるが、すぐに好奇心が勝った。

少しずつ距離を詰め、恐る恐る手を伸ばしてくる。

 

(おー、やるね陛下。ガチガチの皇帝モードなのに、ガキんちょ泣かせてねぇ。貫禄ってやつ?)

あーしは宴の端の樽の上で香箱座りしながら、尻尾をゆらゆら。金の瞳が面白そうに光る。

 

ドラウディロンは人間の姿でしゃがみ、子どもたちに竜王国流の遊びを教える。

ニグンはその様子を微笑ましげに見つめ、ネイアは眉を少し上げながら、彼らのやり取りを静かに観察している。

 

ジルクニフは一歩前へ出て、低く響く声で問いかけた。

「……そなたたち、この村で何を学んでいる?」

 

子どもたちは顔を見合わせて、元気よく答える。

「えっとね! ゴブリンと畑仕事したり! リザードマンと魚つかまえたり!」

 

「ほう……ただの遊びではなく、共に働き、学びを得ているのか。……興味深い」

金の瞳がわずかに柔らかくなる。

 

拍手する子どもたちを前に、ジルクニフはほんの一瞬だけ口元を緩め、静かに呟く。

「……ふむ。帝としても、この光景は悪くない」

 

(ふふっ、やっぱ“悪くない”のね。素直じゃねぇ皇帝だなー、まったく)

あーしは爪を研ぐふりをしながら、小さく喉を鳴らした。

 

ジョンが近くでその様子を見て笑う。

「見ただろ? これが俺たちの村だ。秩序と混沌がうまく噛み合ってるんだ」

 

ジルクニフは書類を抱え直し、いつもの尊大な調子で答える。

「……ふむ。この秩序の中に潜む活力。確かに、視察の価値はあった。――さて、次は村長の結婚式だな」

 

広場のざわめきが再び熱を取り戻し、音楽と笑い声が混じり合う。

(ま、いいじゃん。堅物な皇帝が、少しは肩の力抜けた顔してんの、あーしは嫌いじゃないね)

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・アインズ・ウール・ゴウン教会 午後 /*/

 

 

高い天井に反射する光、ステンドグラス越しの虹の影。

白い大理石の床を歩く音が、まるで世界の呼吸みたいに静かに響いていた。

 

祭壇の前に立つのは、燕尾服の新郎――薬師のンフィーレア。

緊張で少し顔がこわばっているが、その瞳はしっかりと隣の花嫁を見つめている。

 

純白のドレスを纏ったエンリは、少し頬を赤らめながらも、胸を張って立っていた。

彼女の髪にはエルフが編んだ花飾り、腰にはドワーフの銀糸帯。

素朴な村娘だった頃からは想像もできないほど、今は「村の女王」みたいに見える。

 

(やるじゃん、エンリ。村ん中でいちばん輝いてる。……ンフィー、しっかり守れよ?)

 

ジルクニフは祭壇脇からその光景を見つめ、低く呟く。

「……純朴な民の婚礼が、これほど格式をもって映えるとは。……人の心というのは、奥が深いものだな」

 

(ふーん、皇帝もまんざらじゃねぇ顔してんじゃん)

 

ジョンはエンリの背中に手を置き、小声で囁く。

「大丈夫だ。お前は堂々としてればいい。誰も見下したりしない」

「……うん。ありがとう」

 

祭司役のルプスレギナが祭壇に立ち、黒い宝珠を掲げて厳かに宣言する。

「本日ここに、ンフィーレア様とエンリ様の結婚を執り行います」

 

光がステンドグラスを透けて差し込み、二人を包む。

その瞬間、誰もが言葉を失った。

 

ジルクニフは静かに頷く。

「……ふむ。帝としても、これは記す価値がある。“共生”という言葉を、これほど見事に体現しているとはな」

 

(そうそう。書類なんかより、今見たもんを胸に刻んどきなよ、陛下)

 

ンフィーレアが震える手でエンリの手を取り、誓いの言葉を交わす。

柔らかな光が二人を照らし、会場全体が温かい空気に包まれた。

 

(……いいじゃん、こういうの。誰も血も涙も流してねぇ。あーし、こういう“平和の光景”はわりと好きだよ)

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・教会広場・結婚式祝宴 夕刻 /*/

 

 

教会を出ると、夕陽が金色の幕みたいに広場を包んでいた。

長テーブルには料理が山盛り。ゴブリンの串焼き、ドワーフの酒樽、リザードマンの干物、エルフのサラダ、トロールの特製シチュー。

もう、どの種族がどの皿かなんてわかんねぇ。全部“この村の味”。

 

中央にはエンリとンフィーレアが並び、みんなの祝福を受けていた。

エンリの笑顔は少し照れくさいけど、誇らしげ。

ンフィーレアの目には、確かな決意の光。

 

ジルクニフは腕を組み、金の瞳でその光景を眺める。

「……ふむ。種を越え、心が交わるとは。実に希有だ」

 

ドラウディロンはワインを傾け、静かに言う。

「これは、竜王国でも真似できぬ平和の形ですな」

ニグンは笑みを浮かべる。「人も、神も、たまには肩を並べるべき時があるのかもしれません」

ネイアは淡く笑い、「……理解し合うとは、案外こういうことなのかも」と呟く。

 

ジョンは肩に乗ったあーしを撫でて、満足げに笑う。

「見てみろよ、ミリヤ。これが、俺たちの作った“共生”の形だ」

 

「あーし、こういうの嫌いじゃないね。騒がしいけど、みんな楽しそうだしさ」

尾を小さく揺らしながら、金の瞳が光を映す。

 

ジルクニフはその会話を耳の端で拾いながら、ゆっくりと杯を掲げた。

「……この光景、確かに美しい。人が、種族が、秩序の中で笑う。――見事だ」

 

ジョンが笑ってグラスを掲げる。

「それじゃあ、ンフィーレアとエンリに――乾杯!」

 

「乾杯ーーっ!」

 

声が、笑いが、夕焼け空に吸い込まれていく。

あーしはジョンの肩の上で、尻尾をぴんと立てた。

 

(……へっ。やっぱ悪くねぇな、この世界も)

 

風がやさしく吹き抜ける。

祝福の光景は、確かに皇帝の瞳にも、猫の心にも、刻みつけられたのだった。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・祝宴・夕刻~夜 /*/

 

 

ジョンはンフィーレアとエンリの周りで、微笑みながら各国王の間を行き来していた。

 

「ドラウディロン、こっちの料理も試してみろよ。ほら、村の名物スモークベジタブルだ」

少女姿のドラウディロンは、丁寧に礼をしつつも、豪快な味付けの野菜に思わず眉を上げる。

「……なるほど、単純ながらも美味だな」

 

ニグンは隣のテーブルで、エルフの代表と静かに談笑している。エンリの純白のドレスに目を奪われつつも、礼儀正しい距離を保つ姿勢だ。

「貴女の微笑みは、素朴ながら心を和ませますな」

エンリは顔を赤くし、口元を押さえながらも小さく笑う。

 

ネイアはトロールたちの無骨な笑い声に驚きつつも、子供たちが駆け回る広場の端で、エルフの少年とカード遊びに興じている。

「……弱さを越えた先に、このような世界があるのですね」

普段の厳格な表情は消え、穏やかな笑みを浮かべるネイア。

 

ジルクニフは広場の中心から少し離れた席に座り、皇帝らしく威厳を保ちながら観察を続ける。

「……ふむ、各種族間の礼節も乱れず、外交王族も刺激されずに交流できている。帝としても参考になる」

ふとジョンの方を見ると、村人やゴブリン、オーガたちと笑顔で会話する姿に、僅かに眉を緩めた。

 

そのとき、村の子供たちや小型モンスターがジルクニフの周りに集まり、興味津々で彼を取り囲む。

「お、おい、これは……」

小さなリザードマンの子がジルクニフの肩に手をかけ、無邪気に話しかけてくる。

「皇帝様、あそぼ!」

ジルクニフは一瞬、戸惑いながらも、静かに微笑む。

「……よかろう、少しだけ相手をしてやる」

 

ジョンはその様子を見てにんまり笑い、ミリヤは机の上から軽く尾を揺らして見守る。

ジルクニフは心中で思った。「やはり、ここの空気は穏やかだ……」

 

夜になり、広場にはランタンの柔らかな光が揺れる。

異種族の笑い声と乾杯の声が混じり、祝宴はますます活気づく。

ンフィーレアはエンリの手を取り、村人たちに感謝の言葉を述べる。

「皆さん、本日は私たちのために、ここまでしていただき、誠にありがとう」

 

エンリは小さな声で笑いながらも、照れくさそうに頭を下げる。

「……ありがとうございます。こんな大きな教会で式を挙げられるなんて……夢みたいです」

 

ジルクニフはその光景を静かに眺め、皇帝としての任務も果たしつつ、人としての穏やかさを少しだけ感じていた。

「……ふむ。帝としても、人としても、これほど心が和む時があるとは」

 

ジョンは肩をすくめ、軽く笑う。

「ほらな、ジル。やっぱりここは面白いだろ?」

ジルクニフは短く頷き、微かな笑みを残して夜空を見上げる。

 

夜風に乗って、異種族の笑い声と子供たちのはしゃぎ声が、カルネ・ダーシュ村の広場に静かに響き渡った。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・祝宴・夜更け /*/

 

 

広場の喧騒が少し落ち着きを見せたころ、各国王や王族たちはそれぞれの宿泊先に向かい、村人たちも家族と団らんを楽しむ時間になった。

ランタンの光は静かに揺れ、月明かりと混じって幻想的な影を地面に落とす。

 

ジルクニフはンフィーレアとエンリを見守りつつ、村の端にある少し高くなった丘の上で、肩肘を張らずに座っていた。

「……ふむ。この地の平穏と、異なる種族たちの調和……これは、まさに帝の目で見るに値する景観だな」

 

ジョンは丘の下で、残っていた子供たちとモンスターたちを相手に、楽しそうに遊びながら笑っている。

「なあ、ジル。見てみろよ、みんなこんなに素直で楽しそうだ。これぞ俺たちの村の醍醐味だ」

ジルクニフは目を細め、微かに頷く。

 

「……興味深い。帝としての視察と、個人としての感情が混じり合うのは、何とも不思議な感覚だ」

子供たちの無邪気な声が風に乗って丘まで届き、彼の耳に届く。

 

すると、丘の下からミリヤが静かに現れ、ジルクニフの足元に体を丸めた。

金の瞳が月光に照らされ、静かに光る。

ジルクニフは、普段の尊大な口調を忘れ、ひとり小さく呟く。

「……こうして見ると、確かにここは、ただの村ではない」

 

ミリヤ(小さく喉を鳴らしながら)

「……あーし、こういう空気、嫌いじゃねぇわ。ここ、ただの村ってナメてたら足下すくわれんぞ?」

 

「ジョンよ……この村を守り、ここに集う者たちを見守る力、確かに強大だ」

ジョンは丘を見上げ、片手を挙げて笑う。

「そりゃ、俺たちだけの力じゃないさ。みんなの笑顔が、この村の力そのものだ」

 

夜風が吹き、遠くでランタンの光が揺れる。

異種族たちの平穏と、子供たちの無邪気な笑い声が、カルネ・ダーシュ村の夜に静かに溶け込んだ。

ジルクニフはその光景を胸に刻み、帝としてだけでなく、ひとりの人間としても、この村の未来に静かに期待を抱いた。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・控え室・夜 /*/

 

 

祝宴の喧騒が遠くなり、ランタンの柔らかな光が控え室を満たす中、ジルクニフ(バハルス帝国)とザナック(リ・エスティーゼ王国)はひそひそと、他の王族たちの視線から逃れるように並んで座った。

 

ジルクニフは書類の束を軽く指でなぞりながら、低く落ち着いた声で切り出す。

「……ザナック王。諸君の視察と祝宴は有意義であったが、我が心に一つ案ずることがある。魔導国の影響力が諸国に及びすぎておる現状、両国で自立を模索する余地はないかと思うのだ」

 

ザナックは眉をひそめ、深く考え込む。

「……確かに、魔導国の経済的・魔法的支配は、我が国の自主性を大きく制限している。だが、それを公に動かそうとすれば、外交上の波紋は計り知れぬ」

 

ジルクニフは冷静に頷き、尊大な口調で続ける。

「ゆえに、秘密裏に協力せねばならぬ。表向きは各国王族が祝宴を楽しむ場に過ぎぬが、裏では政策や技術、魔導知識の共有を通じて、魔導国依存からの脱却を図るのだ」

 

ザナックは一息つき、慎重に言葉を選ぶ。

「なるほど……情報共有と相互補助による漸進的独立策か。だが、相手国の信頼を得ることが先決である。秘密裏に協議するには、まず信頼関係を築かねば」

 

ジルクニフは軽く顎を撫で、目を細める。

「……ふむ。ならば、この村の視察を名目に、我々両国が定期的に非公式の会談を持つことを提案する。異種族共生のモデルを観察する合間に、我々の協力方針を練るのである」

 

ザナックは小さく頷き、口元に微笑を浮かべる。

「……それなら、表向きは祝宴と視察、裏では独立策の密談。悪くない、面白い試みだ」

 

ジルクニフは書類を抱え直し、微かな笑みを浮かべた。

「……ふむ、これで我が帝国とリ・エスティーゼ王国は、魔導国に依存せぬ独立の道を模索できる。静かなる革命、となるわけだ」

 

控え室の外、扉の隙間からランタンの光が洩れていた。

そこに金の瞳がふたつ、ちらりと覗く。

 

――ミリヤだ。

(へぇ……人間の王様ってのは、祝宴の裏でもちゃっかり“企み”してんのね。ま、嫌いじゃないけど)

尻尾を揺らし、静かに去っていった。

 

夜風が控え室に吹き込み、窓の外ではランタンの光が揺れる。

二人の王の密談は、祝宴の華やかさの裏で、静かに未来への布石を打ち込んでいた。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・控え室・夜 /*/

 

 

ドラウディロンは扉を開け、慎重に中へ入った。

長らく魔導国に人質として預けられていたアウレリア姫が、ランタンの柔らかな光の下で座っている。

 

アウレリアは立ち上がり、微笑む。

「お姉さま……わざわざ来てくださるなんて」

 

ドラウディロンは静かに頷き、尊大ながらも姉妹に向ける優しさを失わない口調で答える。

「アウレリア、無事でいてくれて何よりだ。魔導国での生活は大変だったろう。だが、もう恐れることはない」

 

アウレリアは少し照れたように頭を下げ、決意を込めた声で言った。

「……お姉さま、私、もうここで国の思惑に振り回されるつもりはありません。魔導国でも、私は冒険者としてやっていくつもりです」

 

ドラウディロンは目を細め、軽く微笑む。

「なるほど……我が妹よ、既に覚悟は決まっているようだな。ならば、私はただ見守り、支えるのみだ」

 

アウレリアは少し顔を上げ、真剣な瞳で姉を見る。

「ええ、お姉さま。冒険者として、自分の力で生きる。誰かの庇護に頼るのではなく、私自身の道を切り開くのです」

 

ドラウディロンは姫の肩にそっと手を置き、力強く頷く。

「よかろう。ならば、この村で一時の安息を得つつ、準備を整えよ。魔導国の影響は大きいが、我々姉妹の力で道を拓くことは可能だ」

 

窓の外からは祝宴の賑わいがかすかに聞こえる。

その光景を背に、アウレリア姫は心の中で決意を新たにした。

「冒険者として、自由に……生き抜いてみせます」

 

(――やるじゃん、お姫さま)

廊下の暗がりからミリヤが尾を揺らす。

(“生きる”を選んだ顔だ。あーし、そういうの嫌いじゃねぇんだよ)

 

沈黙は、緊張ではなく覚悟に満ちた静けさに包まれた。

姉妹の絆と、新たな冒険への決意が、ここに密やかに結ばれた瞬間であった。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・祝宴・夜 /*/

 

 

広場の一角、異国の王族や村人で賑わう中、ネイアは改めて「ジョン・カルバイン様を称える会」の会長として壇上に立った。

 

「皆様、本日はこのような盛大な場で、我らが英雄、ジョン・カルバイン様を称えることができ、誠に光栄でございます!」

 

ネイアの声には堂々たる威厳がありながらも、どこか喜びが滲んでいた。

視線をジョンに向けると、微笑みを浮かべながら小さく会釈する。

 

ジョンは少し照れくさそうに頭をかきながらも、笑顔で応える。

「そ、そんなに大げさにされると照れるな……」

 

ネイアは壇上から視線を横に移し、会場の片隅にいたシズ先輩に目を向ける。

「そして、私の尊敬すべき先輩、シズ様もお越しくださり、後輩との再会を共に喜んでいただけること、感謝申し上げます」

 

シズは静かに微笑み、ネイアの言葉にうなずいた。

「ええ、ネイア、後輩とこうして会えるとは思っていなかった。――本当に、嬉しい」

 

ネイアの瞳が輝き、声に熱がこもる。

「私たち後輩も、先輩に再会できた喜びはひとしおです!本当に、こうして無事に皆で集えることが、何よりの幸せです!」

 

ジョンは二人のやり取りを見つめ、微笑みを浮かべる。

「おお、ネイアもシズも……やっぱり、再会っていいもんだな」

 

その光景を、宴の隅のテーブルの上からミリヤが見つめていた。

(……ふふっ。まったく、照れくさいくらい“まっすぐ”だねぇ。あーし、こういうの見てると悪態つけねぇわ)

尻尾をふわりと揺らしながら、金の瞳で壇上を眺め続ける。

 

歓声と拍手が広場に響き渡り、異種族の祝宴の中に、人々の温かさと絆の光が一層広がる。

 

ネイアは再び壇上で深く一礼し、会場に向けて締めの言葉を告げる。

「では皆様、ジョン・カルバイン様の勇気と努力に乾杯を!そして、平和と友好の未来に祝福を!」

 

村人も王族も、ゴブリンもトロールも、全員が杯を掲げ、歓声と笑顔が夜空に溶け込む。

 

ジョンはその光景を見つめ、胸の奥で小さく呟く。

「……よし、やっぱりここは面白い場所だ」

 

ミリヤ(肩に飛び乗りながら)

「だろ? あーしが言った通り、“ここ”は退屈しねぇんだって。……ほんと、いい夜じゃん」

 

祝宴は夜が更けるまで、笑い声と温かな交流に包まれて続いた。

 

 

/*/ カルネ・ダーシュ村・祝宴・夜 /*/

 

 

ジョンとルプスレギナは壇上でマイクを握る。ジョンとルプスレギナがボーカルを担当し、時王の人狼たちはキーボード、ギター、ベースとドラムを力強く刻む。

 

(――高い屋根の上から見物中。あーし、猫だからな。見晴らしの良い特等席ってやつ?)

 

各国の王族たちは、見慣れぬ楽器の並びに目を丸くする。

「……これは一体……?」

ザナックも眉を寄せ、少女姿のドラウディロンも慎重に観察する。

 

しかし最初の音が鳴るや否や、空気は一変する。

ギターの鋭く弾ける音と、キーボードの幻想的な旋律が混ざり合い、ベースとドラムが広場全体を揺らす。

 

そしてジョンとルプスレギナの声が重なる。

ジョンの力強く熱を帯びた歌声と、ルプスレギナの澄んだ透き通る歌声が、空気に響き渡り、聞く者すべての心を捉える。

 

(はい出た、駄犬と相棒の本気モード。……チッ、胸がざわつくじゃんかよ)

 

村人たちは手拍子を打ち、子供たちは跳ね回り、ゴブリンやオーガも笑顔で踊る。

 

ンフィーレアはエンリの手を握りながら微笑み、エンリも照れくさそうに笑う。ネイアは厳格な表情を崩しつつ、少しずつ体を揺らす。

 

王族たちも次第に、未知の音楽に引き込まれていく。ザナックは無言で耳を傾け、ドラウディロンも自然にリズムに乗る。

 

(ほら見ろ、人間も竜も宗教屋も、音の前じゃみんなおんなじ顔。……こういうの、嫌いじゃないね)

 

ジョンはマイクを握り、ルプスレギナと呼吸を合わせながら声を張る。

「さあ、皆!この夜を、思い切り楽しもうぜ!」

ルプスレギナも柔らかな笑みを浮かべて応える。

「そうでっす!一緒に歌って、踊って、楽しむっすよぉ!」

 

キーボードから魔法の光が舞い、音符の形に変わって空中を漂う。ベースとドラムの低音が広場の地面を震わせ、ランタンの光も音に合わせて揺れる。

 

ジョンとルプスレギナの歌声は、異種族も王族も、言葉や種族を超えて一つにする力を持っていた。

 

ジルクニフは少し離れた席からその光景を静かに見守る。

「……ふむ、帝としても、人としても、これほど心が和む時があるとは」

 

(へぇ、皇帝サマも口角ゆるむんだ。……覚えとこ)

 

夜風に乗って、異種族たちの笑い声、子供たちの歓声、そしてジョンとルプスレギナの歌声が、カルネ・ダーシュ村の広場を満たしていた。

 

次第に、王族たちも未知の音楽の波に飲み込まれ、少しずつ体を揺らし始める。

ザナックは眉をひそめながらも、手でリズムを取っている自分に気づき、思わず微笑む。

ドラウディロンも自然に足踏みをし、肩でビートを刻む。

 

ンフィーレアは笑顔を浮かべ、エンリと一緒に軽く体を揺らす。

ネイアは冷静さを保とうとするが、指先が自然にリズムをなぞり、目が細く笑みを帯びる。

 

(ガチガチの盾も揺れりゃ、人の子。音は壁を抜ける??あーし、前から知ってたけどね)

 

ジョンとルプスレギナのデュエットはさらに熱を帯び、空気は一層高揚する。

ジョンの力強い声が広場を包み、ルプスレギナの透き通る歌声が空中で煌めく光と絡み合う。

 

子供たちは歌に合わせてジャンプし、ゴブリンやオーガもその場で踊り出す。

村人たちは手拍子を合わせ、ランタンの光と音楽が一体となり、幻想的な空間を作り上げた。

 

「ほら、ジル、見ろよ。みんな楽しんでるぜ!」

ジョンが笑顔で言うと、ジルクニフは微かに頷き、わずかに口元が緩む。

「……ふむ。帝としても、人としても、これほどの調和を見るのは稀有な経験である」

 

(“稀有な経験”。上等じゃん。忘れんなよ、その言葉)

 

夜空には魔法の光が音符となって舞い、風に揺れる木々や広場全体を彩る。

異種族と王族たちが、言葉や種族の壁を越え、共に歌い、笑い、踊る。

 

音楽は最高潮に達し、ジョンとルプスレギナの歌声が最後のフレーズに向かって力強く伸びていく。

キーボードの光が空中で大きな音符となり、ギターとベース、ドラムが力強く地面を揺らす。

 

ジョンはマイクを片手に高く掲げ、ルプスレギナと肩を並べて一気に駆け上がる。

「さあ、皆!最後まで楽しもうぜ!」

ルプスレギナも笑顔で応え、両手を大きく広げる。

 

そして二人は同時にジャンプし、空中で決めポーズを取る。

村人たちも子供たちも、ゴブリンやオーガ、アンデッドたちも目を見開き、思わず歓声を上げる。

 

各国の王族たちも驚きの表情を隠せない。

ザナックは口元に微笑を浮かべ、ドラウディロンは目を見開きつつも小さく拍手を始める。

ネイアですら、手を叩きながらその迫力に感嘆の声を漏らす。

 

(――決まったね。悔しいけど、完璧。……駄犬、やるじゃん)

 

ランタンの光と魔法の音符が空を彩り、広場全体が熱狂と祝福に包まれる。

ジョンとルプスレギナの歌声が最後の一音を放つと、場内には一瞬の静寂の後、盛大な拍手と歓声が巻き起こった。

 

ジルクニフは少し離れた場所からその光景を静かに見つめる。

「……ふむ。これほどまでに、人々を一つにする力が音楽にあるとは……帝としても、人としても、実に感銘深い」

 

ジョンは満足げに肩をすくめ、ルプスレギナと笑顔を交わす。

「ほらな、ルプー。みんな喜んでるだろ?」

ルプスレギナもにっこり微笑む。

「ええ、最高っすね!」

 

夜風に乗って、笑い声と歌声が広場から村全体に響き渡る。

この夜、カルネ・ダーシュ村は異種族も王族も国境も種族の垣根も超えた、奇跡のような一体感に包まれていた。

 

(……いい夜だ。あーしの国の“匂い”が、少し戻ってきた気がする。

 ――ま、今日は褒めといてやるよ、ジョン。ほんのちょっとだけ、ね)

 

 

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