オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第18部:黄昏の天使
第163話:連続殺人事件


 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 /*/

 

 

静謐な執務室に、カリカリとペンを走らせる音と紙のめくれる音が響く。

朝のルーティン――それは各地から届いた報告書を、新聞代わりに読むことから始まる。

 

玉座の横に置かれた長机に、モモンガ、ジョン、ぐりもあの三人が並ぶ。

三者三様にカップを手にし、積み上がる報告の束を一枚ずつめくっていった。

 

「……都市国家連合の一角で、連続殺人事件?」

モモンガが骨の指で一枚を摘まみ、眼窩の光を揺らす。

 

「ふむふむ……都市部で人間を襲う透明な怪物が出現。血を吸った直後に実体化――透明化が解けて、半透明の、ぶよぶよしたカエルの卵のような姿に変わる……と」

ジョンが眉をひそめ、無意識に背筋をすくめた。

「気持ち悪いですね」

 

「冒険者ギルドも総出で対策にあたり……透明化看破の魔法が役立って、討伐には成功した、と」

ぐりもあが読み上げ、ふっと小さく笑った。

「これ、タブラだったら裏を作ってますね」

 

「裏?」モモンガが首を傾げる。

 

「はい。こういう場合、大抵は“過去に誰かが使役していたが、主を失い、餌に飢えて表に出てきた”って背景を用意してました。

そうすると、必ず近くに隠れ家がある。卵や死体や、別の怪物が潜んでいる、とか」

 

ジョンは肩を竦める。

「考えすぎでは? 単に流れ者の魔獣が都市に迷い込んだだけかもしれません」

 

だがモモンガは腕を組み、静かに頷いた。

「……似たような事が、一度ありましたからね。召喚獣が主を失い、暴走した件が。

ないとは言えませんよ。……調査してみますか?」

 

報告書の束が机に置かれる。

第9階層の朝は、今日もまた“ささやかな会話”から、“大規模な調査命令”へと繋がっていくのだった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 執務室 /*/

 

 

ジョンは眉をひそめ、モモンガの言葉を反芻した。

「似たようなこと?」

 

骸骨の支配者は、机の上に置かれた書簡を指で軽く叩いた。

「……ジョンさんが、ザイクロトルからの怪物に飲み込まれた時のことですよ」

 

途端に、あの異常な感覚が脳裏に蘇る。

ジョンはゆっくりと頷き、過去を思い出すように言葉を紡いだ。

 

「……あの怪物の中は、ただの空間じゃなかった。光も音も、俺自身の存在すらも引きずり込む“渦”だった。胃袋じゃない――マイクロブラックホールだ」

 

モモンガの眼窩に赤い光が揺れる。

「通常なら、そこに囚われた時点で存在は終わるはずです」

 

ジョンは口の端をわずかに歪めた。

「だが俺は“天地合一”を使った。……あの渦と外界を繋ぎ、逆に“外気を奪った”んだ」

 

ぐりもあが目を瞬かせる。

「……奪う?」

 

ジョンは手を握りしめ、黒い渦の記憶を思い描いた。

「本来なら、ブラックホールは周囲の質量を飲み込む。だが、天地合一で結び直した結果、奴の中から外気を強引に引き剥がし、虚無の器に穴を開けた。吸うべきものを失った瞬間、奴は内部から崩れ始めた」

 

モモンガが静かに続ける。

「……飢え死に、ですか」

 

ジョンは頷いた。

「そうだ。捕食者にとって食い物を逆流させられるようなものだ。結果として奴は収縮を維持できず、最後にはホーキング放射を起こして蒸発した」

 

しばし、室内を沈黙が支配する。

 

ぐりもあは腕を組み、書類を机に置いた。

「タブラなら、“世界の呼吸を逆に奪った”って表現するでしょうね。生き物の肺を奪うようなもんです」

 

ジョンは息を吐き、茶を口に含んだ。

「まぁ、ブラックホールにとって呼吸を奪われるのは致命傷ってわけだな。……もう一度あんなのが現れても、同じ手で消してみせる」

 

モモンガの眼窩で赤い光が強く瞬いた。

「……“虚無殺し”という二つ名を与えても良いくらいですね」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 執務室 /*/

 

 

ジョンは報告書の束を机に置き、背もたれに深くもたれながら天井を仰ぐ。

「調査か……どうする? シモベに任せるか、冒険者を使うか、それとも俺たちで行くか?」

 

ぐりもあは机の上の報告書をちらりと見て、興味津々に笑みを浮かべた。

「都市国家連合にはまだ行ったことないから、僕はぜひ自分の目で見てみたいな」

 

モモンガは静かに手を組み、骸骨の眼窩で赤い光を揺らす。

「ふむ……たまには、我々自身で現地を確認するのも良いでしょう。情報は現場でしか得られないことも多いですから」

 

その言葉を聞いた途端、アルベドが駆け寄り、両手を前に突き出して絶叫する。

「至高の御身が護衛も無しで遠出するなど、断じて許されません!」

 

ジョンはくすりと笑い、軽く肩をすくめた。

「いうと思ったよ。安心しろ、ルプーは連れていく」

 

アルベドの瞳がさらに光を増す。

「ルプスレギナだけでは不十分です! Lv85以上のシモベを、最低でもあと5名はお連れください! 何が起きるか分からないのです!」

 

ぐりもあは肩をすくめ、小さくため息をつく。

「さすがにそんなに大勢になると、のんびり観光って感じじゃなくなりますね……」

 

モモンガは静かに手を上げ、赤い光をゆらりと瞬かせる。

「ここは私に任せてください。護衛も、情報収集も、計画の調整も、すべて私が行います」

 

ジョンとぐりもあが同時に声を上げた。

「おお!」

 

アルベドは一瞬硬直し、拳を握ったまま黙る。しかし次の瞬間、小さくうなずいた。

「……承知しました。御身の判断に従います。ですが、少なくとも御身の護衛は、最大限の警戒を」

 

ジョンは笑いながら肩を回す。

「わかったわかった。あとはモモンガさんに任せるよ」

 

ぐりもあは報告書の束を片手で軽く持ち上げ、机に置き直しながら、目を輝かせる。

「ふむ……未知の都市国家連合。面白くなりそうですね。何が待っているか、ワクワクします」

 

モモンガは静かに頷き、指先で書類の端をなぞる。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 執務室 /*/

 

 

三人の出発を巡る議論は、朝から夕刻まで数時間に及んだ。

 

アルベドは一歩も譲らず、至高の御方を護衛なしで外出させることの危険性を何度も指摘した。

「少なくともLv85以上のシモベを、5名……いや、最低でも10名は随行させるべきです!」

モモンガは冷静に相手の言葉を受け止めつつ、淡々と反論する。

「護衛を増やすことよりも、不可視化と情報網での警戒のほうが有効だ。無闇に人数を増やせば、逆に目立ち過ぎる」

 

アルベドは眉をひそめ、赤い瞳が光る。

「ですが、地上と空中の目を塞がれることなど許されません!」

 

会議室の空気は張り詰め、言葉が一つ一つ噛み合う。数時間の押し問答の末、ついにアルベドが口を開いた。

「……分かりました。承知します。ただし、条件があります」

 

モモンガは静かに頷く。

「条件を聞こう」

 

アルベドは深く息をつき、覚悟を決めたように言った。

「周囲に不可視化したシモベによる地上と空中の警戒網を構築すること。加えて、ニグレドによる遠隔監視を受け入れること。そして、至高の御方はフル装備で出かけること」

 

ジョンは軽く肩をすくめ、苦笑した。

「なるほどな。なるべく目立たず、けれど死角はなし……分かった、文句は言わない」

 

モモンガは手を組み、静かに赤い光を揺らす。

「これで、準備は整いましたね。後は出発するのみです」

 

アルベドはまだわずかに眉を寄せるが、深く頷き、覚悟を決めた。

「承知しました。御身が無事であることが最優先です」

 

こうして、至高の御方はフル装備に身を固め、見張りの目を潜り抜ける形で、ナザリック地下大墳墓から地上への一歩を踏み出すこととなった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 出発準備後 /*/

 

 

ぐりもあは机に肘をつき、ため息混じりに小さく笑った。

「アルベドは、ほんと過保護だなぁ……」

 

ジョンは肩をすくめ、くすりと笑う。

「モモンガさんを愛してるから、余計に心配してるんでしょうね。たぶん、俺一人で出かけるなら、ルプー連れてくだけで何も言われないと思いますよ」

 

ぐりもあは目を見開いた。

「え、ジョンさん一人なら? じゃ、じゃあ僕は……?」

 

ジョンは少し考えてから、柔らかく答えた。

「アルベドがお母さまを蔑ろにするとは思えませんね」

 

ぐりもあはしばらく考え込み、やがて納得したように小さく頷く。

「……そういうことか」

 

ジョンは軽く笑い、茶を一口すする。

「まぁ、アルベドの過保護も、モモンガさんが無事でいるための愛情ってやつだ。文句を言うのは野暮ってもんだよ」

 

ぐりもあは肩をすくめ、少し照れくさそうに笑う。

「そうですね……でも、ちょっと嫉妬してしまうかも」

 

ジョンはにやりと笑い、ぐりもあの頭を軽く叩いた。

「ふふ、安心しろ。モモンガさんはあんたのことも見てるさ。あとはアルベドがうるさいだけだ」

 

 

/*/

 

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