オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 出発直前 /*/
地上では、ハンゾウやシャドウデーモンが身を潜め、広大な警戒網を張り巡らせていた。
空中では、バイアクヘーたちが旋回し、周囲の気配を探る。モモンガが放つ〈アンデッド感知〉、ジョンの〈生命力感知〉、そしてぐりもあの〈魔力感知〉――それだけでも周囲の状況をほぼ掌握できる。
モモンガは静かに周囲を見渡しながら指示を出す。
「警戒網は必要ですが、広げすぎると周囲数キロにまで及んでしまいます。敵味方問わず、目立ってしまうでしょう」
ジョンは肩をすくめて笑う。
「なるほどな。俺たちの感知能力だけでも十分か……ハンゾウやバイアクヘーたちはサポートってわけか」
ぐりもあは書類を片手に考え込む。
「広くとりすぎると都市の住人や通行人まで巻き込んでしまう。ここは必要最小限に絞る方が賢明ですね」
アルベドはまだ眉をひそめたままだが、深く頷く。
「御身の判断に従います。警戒網は広くても狭くても意味がありません。……効率と安全を両立する必要がありますね」
モモンガは静かに微笑み、赤い光を揺らす。
「では、周囲数キロの範囲を警戒するのではなく、必要な地点を中心に重点的に監視する形で構築します」
ジョンは茶を一口含み、杖を軽く振った。
「なるほどな……目立たず、抜け目なく。さすがだ」
こうして、ナザリックの地上と空中の警戒網は、広大すぎず、しかし至高の御方の移動を十分に守る形で整えられた。モモンガの指示のもと、ハンゾウ、シャドウデーモン、バイアクヘーたちは、それぞれ最適な位置に布陣し、地上と空中の死角を最小限に抑える。
/*/ ナザリック 出発直前 /*/
ジョンは装備を最終確認しながら、軽く肩をすくめた。
「俺は人間形態で行くけど、二人はどうする?」
モモンガは静かに手を組み、赤い光を揺らしながら答える。
「漆黒のモモンで行きますよ。目立たず、かつ戦闘にも即応できる形態です」
ぐりもあは机の書類に軽く手を置き、少し楽しげに笑った。
「精霊形態のままで良いかな。観光もしたいし、せっかく行くなら街並みを上空から眺めたいんだ」
ジョンはふふっと笑い、杖を軽く振る。
「なるほどな。二人とも性格がよく出てる選択だ」
モモンガは赤い光を少し強く瞬かせ、落ち着いた声で付け加えた。
「私の形態はあくまで警戒重視です。ぐりもあさんは、視察や情報収集も兼ねられますね」
ぐりもあはうなずき、軽く手を広げる。
「そう、観光も兼ねてるけど、もちろん警戒も怠らないよ」
ジョンは背筋を伸ばし、装備を軽く確認してから一歩前へ。
「よし、それじゃ行くか。ナザリックの外は久しぶりだな」
モモンガとぐりもあも同時に姿を整え、各々の形態に変化した。
漆黒に染まるモモンガ、透明感のある精霊のぐりもあ。
三人は準備万端で、ナザリック地下大墳墓の出口へと歩みを進める。
/*/ 都市国家連合 大通り /*/
夕刻の大通り。石畳の街路には、まだ労働を終えぬ人々の声と、帰宅を急ぐ群衆のざわめきが交錯していた。道の両脇には色とりどりの屋根を持つ建物が並び、その間を縫うように露店が張り出し、果物や焼き肉、香辛料の匂いが漂ってくる。見上げれば、広い空を横切るのは荷物を背にした飛竜の影。遠くの鐘楼からは時を告げる音が街へと響いていた。
ぐりもあはその光景を目を細めて見渡し、胸の前で手を組む。
「都市国家連合っていうから、もっと小規模で寄り集まった町の群れを想像してましたが……思ったよりも大きな都市なんですね」
隣を歩くジョンは、露店の串焼きを眺めながら首を傾げる。
「基準がよくわからないが……ここでは四十万規模が平均らしい。最も大きい都市では六十万に達する、と聞いた」
「六十万!?」ぐりもあが声を上げる。「エ・ランテルも色んな種族がいましたが、ここも負けず劣らず賑やかですね。人と亜人が多いかな。獣人やエルフ、ドワーフ……あ、角のある人まで! 異世界にきたって感じでわくわくします」
その表情にジョンは少し苦笑した。彼自身も目を凝らせば、街路を行き交う人々の肌色や体格、耳の形が実に多様であることに改めて気づく。一つの種族が街の顔となっているわけではなく、どの区画においても二種、三種が混ざりあって生活している。割合にしても、一種族が占めるのはせいぜい四割程度――それ以上は広がらず、あえて均衡が保たれているようにさえ見えた。
そんな二人のやり取りに、モモンガがゆるやかに口を挟む。
「観光気分になるのも分かりますが、目的を忘れちゃだめですよ」
低く落ち着いた声に、ぐりもあははっとして背筋を伸ばす。
「す、すみません。でも、やっぱり見慣れないものばかりで……」
「それもまた情報の一つです」モモンガは頷いた。「どの都市も人口が多く、文化も種族も入り交じるとなれば、統治や交易の仕組みも特殊でしょう。軽視はできません」
ルプスレギナはそんな主の言葉にくすくす笑いながら、通りを横切る子供の群れに視線を向ける。人間の子と獣人の子が混ざり合い、同じ布切れを振り回して追いかけっこをしている。
「へぇ~、喧嘩してないんすね。仲良くやれてるってのはちょっと意外かも」
ジョンは腕を組みながら、その景色に目を細めた。
「意外と上手くやってるのか、それとも外面だけなのか。どちらにしても、一歩踏み込めば別の姿が見えてくるはずだ」
群衆のざわめきに包まれながら、彼らは大通りを進んでいった。色とりどりの旗がはためく先には、石造りの広場と高くそびえる議事堂。その扉の奥こそが、今回の彼らの訪問の目的地であった。
/*/ 都市国家連合・某都市 夕刻 /*/
薄暗くなりはじめた街路に、ランタンの灯りがぽつぽつと点り始めていた。人通りはまだ絶えないが、昼間の活気に比べればだいぶ落ち着いている。ジョンたち四人は石畳を踏みしめながら、かつて連続殺人事件が発生したという区画を歩いていた。
路地の奥へと進むにつれて、空気は次第に湿り気を帯び、どこか淀んだ匂いが鼻を掠める。壁には古い血痕でも残っているかと目を凝らしたが、すでに時が過ぎ、街の人々の手によって掃き清められてしまったのか、これといった痕跡は見つからない。
「……やはり時間が経ちすぎてますね」
ぐりもあがため息混じりに呟いた。
ジョンは肩を竦めて路地の出口を見やる。
「まあ、仕方ない。見つかるようなものが残ってりゃ、この街の衛兵だってとっくに気づいてるだろうさ」
モモンガは周囲を見渡しながら、低く落ち着いた声で言う。
「むしろ、人目につかない形で犯行を重ねられたこと自体に注目すべきでしょうね。表立った証拠は、望むだけ無駄かもしれません」
ルプスレギナは鼻をひくつかせながら、壁際に身を寄せた。
「血の匂いも残ってないっすねぇ。ちょっとは期待したんすけど」
しばらくは四人とも黙って歩いた。足音と遠くから響く商人たちの声だけが、空虚な路地に残る。
やがて、ぐりもあが口を開く。
「今日は一度、宿に戻りましょう。明日のために体を休めた方がいいです」
ジョンはあっさり頷いた。
「そうだな。無理に張り付いても成果は上がらん。腹も減ったしな」
こうして一行は来た道を引き返し、宿へと戻っていった。
/*/ 宿屋・個室 夜 /*/
宿の一室。木製のテーブルの上には、油ランプの温かな灯が揺れている。ジョンたちは椅子を囲み、その中央に広げた大きな羊皮紙――街の地図を見下ろしていた。
ぐりもあが羽ペンで地図を指し示しながら説明を始める。
「ここだ。この辺りで最初の事件が起きたそうです。そして、次がこの路地。三件目は少し離れたここ」
彼は事件発生箇所を順に指でなぞっていく。そのたびにペン先のインクが小さな点を残し、街の地図上に不気味な軌跡を描き出していく。
「……ふむ。こうして並べると、ある一点を中心に円を描くように発生しているな」
モモンガが低く言う。
「ええ。私もそこに注目しました」ぐりもあは頷いた。「ここ、このあたり。事件のあった場所の中心付近に、何かがあるのかもしれません」
ルプスレギナは頬杖をつきながら、にやりと笑う。
「なるほど、巣みたいなもんっすかねぇ。怪しい建物か、隠れ家か……明日はそこを捜索してみればいいんすね」
ジョンは椅子にもたれ、腕を組んで唸った。
「となると……明日の朝から動くとして、今日はもう打ち止めか」
「ええ、そうなります」ぐりもあが真剣な顔で頷く。
「よっしゃー!」ジョンが突然大きな声を上げた。「今日は終わりだな! やったー! ここの焼酎飲んでみたかったんだよな!」
「ちょ、ちょっと!」ぐりもあが慌てて制止しようとするが、ジョンはすでに上機嫌だ。
「いやぁ、この街は穀物の酒が有名なんだろ? 旅の楽しみってやつだ」
ルプスレギナは口元を手で隠しながら、楽しそうに笑う。
「ふふっ、ジョン様らしいっすねぇ。怪事件の真っ最中でも、酒を忘れないってのは」
「ジョンさんはまったく……」ぐりもあは額に手を当てて嘆息したが、その口元には微かに笑みが浮かんでいた。
モモンガはそんなやり取りを静かに見守りつつ、改めて地図に視線を戻した。ランプの灯が地図の上に揺らめき、浮かび上がる点と線が、不気味な模様を描き続けている。
明日、その中心に何が待つのか――それを確かめるために、彼らは今夜を休息にあてることにした。
/*/