オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第165話:怪しい場所

 

 

/*/ 都市国家連合・旧宿屋前 午前 /*/

 

 

朝から澄んだ陽光が石畳を白く照らし、行き交う人々の足取りも活気に満ちていた。だがジョンたち四人は、地図で目星をつけていた一角に辿り着くと、言葉少なに足を止めた。

 

「……この辺りか」

ジョンが低く呟く。

 

人通りこそ絶えないが、そこだけ周囲の喧騒から切り離されたかのように、静まり返った建物が一軒。木の壁は剥げ、窓は割れ、掲げられた看板には辛うじて「宿屋」と読める文字が残っている。見上げた瞬間、ぐりもあは背筋に冷たいものを感じた。

 

「……妙な気配がします。怨念の残り香とでも言うのでしょうか」

 

ルプスレギナも耳を動かし、鼻をひくつかせる。

「んー……血とカビの混じった匂い。こりゃ長く使われてないっすねぇ」

 

通りを歩いていた男が、彼らの視線に気づいて足を止めた。

「ああ、冒険者さんかい? そこの宿なら、もうやってないよ」

 

ジョンが軽く会釈して答える。

「閉めちまったんですか?」

 

「二か月くらい前かな。ある日突然、夜逃げしたみたいでさ。宿の主人も使用人も、跡形もなくいなくなったんだ。衛兵が中を調べたが、特にこれといったものは見つからなかったそうでね」

 

「ありがとうございます」

 

「良いってことさ。冒険者さんも近寄らない方がいいよ、なんとなく気味が悪いから」

 

そう言い残して男は去っていった。

 

ぐりもあは腕を組みながら、廃墟と化した宿屋を見上げた。

「……どうします? これは怪しいですね」

 

ルプスレギナは目を細めて笑う。

「決まりっすね。ここ、調べる価値ありそうっす」

 

 

/*/ 路地裏 /*/

 

 

表通りから一本外れた路地裏は昼間でも薄暗く、風に舞う紙屑と生ぬるい湿気が漂っている。ジョンたちはそこで立ち止まり、小声で打ち合わせを始めた。

 

「昼間から堂々と入っていくのは目立ちすぎる」モモンガが言う。「もし誰かに監視されていたら、我々の動きが筒抜けになるだろう」

 

ぐりもあが頷いた。

「幸い、私たちは全員〈完全不可知化〉を使えます。まずはここで発動し、姿を隠してから裏口に回りましょう」

 

ルプスレギナが肩をすくめる。

「へへ、便利っすねぇ。じゃあ問題は……」

 

「鍵か」ジョンが呟く。

 

モモンガは掌を軽く振る。

「それは私が処理します。〈解錠〉を使えば、物理的な鍵は問題ありません」

 

「OKだな」ジョンが短く答える。「じゃあ手順はこうだ。まずここで不可知化、全員が隠れた状態で裏手へ移動。そこで鍵を開け、中に入る。探索は最小限の音で。誰か残っていた場合は……」

 

ルプスレギナがにやりと笑う。

「……黙らせるだけっすね」

 

「必要なければ殺さないように」ぐりもあがたしなめる。

 

「はーい」

 

ジョンは全員の顔を見渡し、短く頷いた。

「じゃあ、やるか」

 

四人はそれぞれ静かに詠唱を始め、〈完全不可知化〉の術を身に纏った。空気がわずかに歪み、影すらも溶けるように彼らの姿が掻き消える。路地裏にはただ、湿った風の音だけが残った。

 

/*/ 旧宿屋・裏口 /*/

 

宿屋の裏側は表以上に荒れ果てていた。木の扉は半ば朽ちかけ、錆びた鉄の蝶番が軋みを上げている。

 

モモンガが一歩前に出ると、掌を扉にかざし、静かに詠唱した。

「〈解錠〉」

 

小さな金属音が響き、錠前がかちりと外れる。

 

「……開きました」

 

ジョンは頷き、手をかけてゆっくりと扉を押し開けた。乾いた軋みが響き、暗闇が口を開く。中からはひんやりとした空気が流れ出し、わずかに黴と腐臭の混じった匂いが鼻をついた。

 

「中に入るぞ。油断するなよ」

 

四人は不可知化のまま、廃墟となった宿屋の闇へと足を踏み入れていった。

 

 

/*/ 旧宿屋・内部 昼下がり /*/

 

 

四人が裏口から忍び込んだ宿屋の中は、外見の印象通り、いやそれ以上に荒れていた。

踏みしめた瞬間に靴底から「ぱふっ」と埃が舞い上がり、わずかな光がそれを白く浮かび上がらせる。

 

「……埃っぽいっすねぇ」

ルプスレギナが鼻をひくつかせながら眉をしかめた。

 

「そうだな」ジョンが短く応じ、剣の柄に自然と手を置いた。「少なくとも、しばらくは人が出入りしていないのは確かだ」

 

一階は広い空間になっており、古びたカウンターと卓、転がった椅子が並んでいる。酒瓶の棚は空で、床には割れたグラスの欠片がいくつも散らばっていた。場末の酒場を思わせる造り――だが、視線を奥へ移すとすぐに異変に気づいた。

 

「……宿屋としては妙な造りだな」ジョンが唸る。「一階に客室があるのか?」

 

「ええ」ぐりもあが地図を思い出すように頷く。「二階が本来の宿泊用らしいですが、どうやら一階にもいくつか部屋を増設していたようですね。客を詰め込むためでしょう」

 

しかし問題の一室の前に立った瞬間、全員の足が止まった。

 

「ふむ……」モモンガが低く声を漏らす。「この部屋、窓に鉄格子がはまっていますね」

 

ぐりもあも目を細める。

「しかも扉が不自然に頑丈です。外から補強したような造り……まるで監獄みたいだ」

 

ジョンが鉄格子を指で叩くと、乾いた金属音が小さく反響した。

「宿の客室でこんな造りは普通ないな」

 

「……中を調べてみましょう」ぐりもあが提案した。

 

扉の錠はすでに朽ちかけていたため、軽く力を入れるだけで開いた。ぎい、と軋む音と共に中へ足を踏み入れる。

 

一見すれば、部屋の内装はごく普通だった。簡素なベッドと小さな机、棚。壁も床も特別な細工は見受けられない。

 

「……意外と普通だな」ジョンが呟く。

 

「ですが」ぐりもあが耳を澄ませるように足を動かした。「音が違う。……ここの床だけ、足音が鈍い」

 

四人の視線が一点に集まった。

 

「なるほど」モモンガが静かに手を掲げる。「〈探知〉」

 

低い詠唱と共に、床板の一角が淡く光を帯びた。光は木の継ぎ目を縁取るように走り、その下に隠された構造を浮かび上がらせる。

 

「ああ……」モモンガは淡々と告げた。「そこに隠し扉がありますね」

 

ジョンはしゃがみ込み、床板を指先でなぞった。ぱっと見ただけでは判別できないが、よく見ればごく僅かに隙間があり、開閉の仕掛けが隠されているのが分かる。

 

「やっぱりか」

 

「……調べてみましょう」ぐりもあが身を乗り出す。

 

ジョンが慎重に力を込め、板を持ち上げると、ぎしりと古木が軋み、下から冷たい空気が吹き上がってきた。舞い上がる埃の向こうに、黒々とした口が現れる。そこからは、暗い石造りの階段が地下深くへと伸びていた。

 

ルプスレギナは口の端を吊り上げる。

「うわぁ……地下に続く階段とか、完全に怪しいやつっすね」

 

ぐりもあは冷たい目で階段を見下ろし、羽ペンを持つように指先をそっと宙にかざした。

「あたりですね。……やっぱり、何かあったんだ」

 

暗闇から吹き上がる湿った風は、ただの廃墟にしては重すぎた。血か、腐敗か、それとも人ならざる気配か――誰も口には出さなかったが、四人の背筋に冷たいものが走ったのは確かだった。

 

「さて、どうするか……」

ジョンが剣の柄を握り直し、薄く笑った。

 

四人は視線を交わしながら、静かにその地下への入り口を見つめた。

 

 

/*/

 

 

 

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