オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第171話:足るを知る者は富む

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・アインズの執務室 /*/

 

 

荘厳な静寂が広がる執務室。

黒曜石の机に、報告書と金糸で綴じられた羊皮紙が整然と並べられていた。

 

ジョンが淡々と口を開く。

「――それが、“金の黄昏錬金術師団”の資料だ。あの地下迷宮の主は、彼らの一員だったようだよ」

 

アインズは骨の指で書面を摘み上げた。

金の文字が微かに輝き、封印魔法がまだ生きているのが分かる。

 

「ふむ……。禁忌指定の魂転写式、魂錬成炉……。この構造はまるで、神格創造を前提にした設計ですね?」

 

ぐりもあが軽く頷いた。

「うん、モモンガさん。人間を神人(デミゴッド)へと進化させる目的があったようだよ。

彼らは、“人間という種族レベルを万能にする”という理念を掲げていた」

 

アインズの眼窩に赤光がゆらりと灯る。

「万能……。人間という、あの脆弱な種族を?」

 

ジョンが腕を組む。

「魔導的な強化ではなく、根本的な再定義。魂の構造そのものを再構築する。もし成功していれば、〈天才〉を基礎能力として持つ人間が誕生していたはずみたい」

 

アインズはしばし沈黙した。

骸骨の顔は表情を持たぬが、重い溜め息がこぼれる気配があった。

 

「……君たち、また危険な研究に手を出していないだろうね?」

 

ぐりもあが即座に微笑む。

「ご安心を、陛下。まだ解析段階です。魂転写の理論式を読み解いているだけです」

 

「その丁寧語と“だけ”という言葉が一番信用できないんだがな……」

アインズは頭を押さえる仕草をした。

「前にもあったろう? “たまたま再現できた魂結晶炉”が暴走して、第五階層の氷壁が全部吹き飛んだ件とか……」

 

ジョンが肩をすくめた。

「あれは俺のミスじゃなくて、アルベドの仕様書が古かっただけだよ」

 

「どちらでも結果は同じだ!」

モモンガの声が思わず大きくなり、すぐに咳払いして落ち着きを取り戻す。

「……はぁ。ナザリックの研究班は、まったく胃に悪い」

 

ぐりもあは楽しげに笑い、控えめに頭を下げた。

「けどね、モモンガさん。この資料の理論が正しければ、人間の進化を制御することができるよ。

もし実用化できれば――“人類”という概念そのものを、モモンガさんの御前にひざまずかせることが可能だ」

 

モモンガの赤光が一瞬、鋭く燃えた。

「アインズ・ウール・ゴウンではなく、”私の前”と言う言い方で面倒ごとを私に押し付ける気満々ですね」

「……」

ぐりもあの下手くそな口笛が、執務室に不自然な余韻を残す。

 

ジョンが静かに笑う。

「モモンガさん。神を作るのが錬金術師で、神を操るのが魔導王――それでいいんじゃないか?」

 

執務室に沈黙が落ちた。

長い沈黙のあと、アインズは重々しく言葉を絞り出す。

 

「――その言葉、あとでアルベドに聞かせたら、間違いなく崇拝が一段階上がるな」

 

ジョンとぐりもあの視線が交わり、同時に笑いを漏らす。

モモンガはその音に、静かに頭を抱えた。

 

「……本当に、私の胃はいつまでも安らげない」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・アインズの執務室 続 /*/

 

 

ジョンが報告書を閉じ、短く息をついた。

その横で、ぐりもあがさらりと口を開く。

 

「でもさ、モモンガさん。この“魂錬成炉”の理論を応用すれば、デミウルゴスがこっそりやってる交配実験ももっと捗ると思うんだよね」

 

モモンガの赤光がピクリと揺れた。

「……ぐりもあさん、それはどういう意味ですか?」

 

ぐりもあは悪びれもせず、指先で羊皮紙をとんとんと叩く。

「例えばさ――馬のパワーと人間の持久力を併せ持った“人間型亜人”とか。

魂と肉体の境界を安定化させられれば、どんな混合種でも理論上は維持できる。

ほら、デミウルゴスって“生存効率の高い生命体の創造”に興味あるじゃない?」

 

ジョンが思わず吹き出した。

「それなんてウマ娘」

 

「うま……むすめ?」

モモンガの首がゆっくりと傾く。

 

ジョンは苦笑しながら手を振った。

「いや、昔いたんだよ。人間と馬の美点を兼ね備えた存在って設定のな……文化だよ文化」

 

モモンガは沈黙し、わずかに頭を抱える。

「……君たち、発想が危険すぎる。

これ以上“馬”だの“娘”だのと神話を再現するようなことは控えなさい」

 

しかし、ぐりもあはどこ吹く風だ。

淡々と、けれどどこか夢見るように続けた。

 

「でもね、モモンガさん。

“人間以上”なんて、そんな程度で満足すべきだと思うよ。

それ以上になっちゃったら――もう、人間である意味がなくなるもの」

 

その言葉には、どこか冷ややかな理知と、底の見えない狂気が混じっていた。

ジョンがちらりと横目で彼女を見る。

「……お前、ほんとに錬金術師だよな。人間の境界線を軽く越えすぎだ」

 

「だって越えるために錬金術があるんじゃない?」

ぐりもあはにっこりと笑った。

 

モモンガは沈黙し、深く、長く息をついた。

「……デミウルゴスと君たちを同じ部屋に入れるのは、やはり危険だな。

いずれ“倫理”という概念そのものが消滅しかねない」

 

ジョンが冗談めかして肩を竦める。

「でも、進化ってそういうもんだろ? 危険の先にある」

 

モモンガの赤光が、わずかに細く鋭くなった。

「……せめて私の知らないところでやってくれ。胃が持たん」

 

ぐりもあは指をくるくると回しながら、悪戯っぽく笑った。

「良し、言質とった! ジョンさん、モモンガさんが知らないところで研究するよ!」

 

その横で魔導書を読んでいたモモンガが、ゆっくりと顔を上げる。

「……目の前で言うな」

 

ジョンは深くため息をつきつつも、口の端を吊り上げた。

「やるか!」

 

 

 

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