オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第173話:紛失に気が付いた

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・モモンガ執務室 朝 /*/

 

 

朝の光はないが、執務室には静かな空気が流れていた。

黒曜石の机の上には報告書が整然と並び、ジョンはコーヒーを片手に書類をめくる。ぐりもあは紅茶のカップを置き、淡い香りを漂わせながら魔力式のメモを確認している。モモンガはいつもの通り、骨の指でカップを持ち、静かに二人の動きを見守っていた。

 

ジョンが眉をひそめ、声を上げる。

「ぐりもあ、昨日のシモベからの報告どうなってる?」

 

ぐりもあは指先でページをなぞり、静かに答えた。

「はい、ヤタノカガミを回収した地下構造体に張り込ませていたシモベからです。

 報告によると、何者かが地下に侵入し、資料や設備を捜索していたようです」

 

ジョンはコーヒーを一口すする。

「……なるほど。やっぱり金の黄昏錬金術師団の可能性が高いな。連絡の途絶した支部の確認に来たものだと思われる」

 

モモンガが骨の顎をかすかに傾げ、静かに言った。

「なるほど。奴らは行方不明の支部の確認を兼ねて、偵察に送り込んだと」

 

ぐりもあはページをめくりながら頷く。

「ええ。そして、この偵察部隊を追跡すれば、金の黄昏錬金術師団の次なる支部、もしくは本部の位置も特定できる可能性があります」

 

ジョンは机に肘をつき、考え込むように眉を寄せる。

「……よし。まずは偵察部隊の足跡を追って、次の支部を突き止める。

 そこから、あいつらの動向を掌握するってわけだな」

 

モモンガは微かに赤光を揺らし、静かに同意した。

「その通りだ。だが、油断は禁物だ。地下迷宮は複雑だ。偵察部隊も、ただの探索者ではない」

 

ぐりもあが紅茶を一口含み、淡々と呟く。

「ええ、ジョンさん。準備が整い次第、追跡チームを編成します。

 必要なら、ナザリックの機動部隊も同行可能です」

 

ジョンはコーヒーを置き、にやりと笑う。

「よし、モモンガさん、ぐりもあ。今日の作戦は、偵察部隊追跡から始める。

 金の黄昏錬金術師団の次の動きを潰すために、ナザリック流で行こう」

 

机の上の報告書の文字が、朝の静けさの中で淡く光る。

ナザリック地下大墳墓の第9階層で、新たな追跡作戦が静かに幕を開けようとしていた。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層・モモンガ執務室 追跡作戦準備 /*/

 

 

ジョンが報告書を片手に地図を見つめている横で、モモンガが静かに言った。

「シャドウデーモンとハンゾウも5体くらいつけたいな」

 

ぐりもあは軽く微笑み、手元の魔力結晶を弄りながら答える。

「じゃあ、ハンゾウは僕のポケットマネーから召喚しますよ」

 

モモンガは驚いたように骨の顎をかすかに傾げた。

「良いんですか」

 

ぐりもあは静かに頷く。

「ええ。この研究、非常に興味深いですからね。追跡任務でも、有用なデータを得られる可能性があります」

 

モモンガは赤光をゆらりと揺らし、理解したように答えた。

「なるほど。わかった。それなら問題ない。では、追跡班には十分な支援をつけよう」

 

ジョンはにやりと笑い、地図に印をつけながら言った。

「よし、シャドウデーモン15体、ハンゾウ5体、で偵察部隊を追って行く。俺の方からバイアクヘーも出そう……準備万端だな」

 

ぐりもあは淡く光る魔力結晶を握りしめ、うなずく。

「はい。出発の準備を整え次第、追跡を開始します」

 

机の上の報告書と地図に目を落とす三人の姿。

ナザリック地下大墳墓第9階層で、金の黄昏錬金術師団の足取りを追う作戦が、静かに、しかし確実に動き出していた。

 

 

/*/ 金の黄昏錬金術師団 本部 会議室 /*/

 

 

豪奢な大理石の床に、深紅の絨毯が敷かれた広間。

壁には団員たちの功績や魔術陣の複雑な文様が刻まれ、中央の円卓には数名の上級団員が整然と座っていた。

 

その中心に立つ男の姿――グリーヴ・マルサスは、怒りに満ちた視線で報告書を握りしめる。

「――何だと?ヤタノカガミが失われた、だと!」

 

その声は会議室に響き渡り、数名の団員は思わず肩をすくめる。

グリーヴ・マルサスの瞳は紅く光り、額には怒りの筋が浮かぶ。

「この私が指揮する団の重要な秘宝が、勝手に外部に渡るなど、どういう了見だ!」

 

報告書を差し出す副官が震えた声で答える。

「本部長、偵察部隊の報告では、地下構造体に侵入した存在が回収した可能性があります。

 ただし、犯人は特定できておりません。冒険者の類かもしれません」

 

グリーヴは机を拳で叩き、低く唸るように声を絞り出した。

「……冒険者だと? 許せぬ! 我らの計画に手を出すとは、何という厚顔無恥……!」

 

副官たちは息を呑み、重苦しい沈黙が広間を包む。

グリーヴは深く息をつき、視線を円卓の各団員に巡らせる。

「よかろう。ヤタノカガミを取り戻せ! 誰も手を抜くな、妥協は許さぬ。手段を選ばず、我らのものに回収せよ!」

 

その声に会議室の空気はさらに緊張を増し、団員たちは全員、うなずきながら決意を新たにした。

 

グリーヴ・マルサスは拳を握ったまま、赤く光る瞳で窓外を見つめる。

「犯人が冒険者だろうと、どこに潜んでいようと関係ない。必ず奪い返す。今回のこと、忘れるな……!」

 

窓外に広がる都市の夜景には、影の中で暗躍する力の奔流を、誰もまだ知らない。

だが、金の黄昏錬金術師団の本部では、確実に復讐の炎が燃え始めていた。

 

 

/*/ 金の黄昏錬金術師団 地下実験棟 第5区画 /*/

 

 

地下実験棟の空気は重く、湿気と薬品、そして奇妙な生体魔力の匂いが混ざり合っていた。母体は祭壇の中央に立ち、八尺瓊勾玉の黄金の光が揺れる中、静かに魂を巡らせていた。表面上は落ち着いて見えたが、その内部では制御しきれぬ力がうねり、緩やかに周囲を侵食していた。

 

「今日は、生殖による能力継承の実証だ」

グリーヴ・マルサスが低く告げる。母体の微かな光が震え、内なる魂がうねり始める。神話生物の魂と人間の意志が融合した母体は、自らの複製として赤子を生み出すことができるという。

 

しかし、赤子生成の過程で、母体の力が制御を超え始めた。最初に異変に気づいたのは、観察用の研究員だった。母体に最も近く立つ青年の手が、微かに母体の皮膚色に変化し、爪の形や手首の柔らかさまで置き換えられていく。彼の声も、叫ぶたびに母体の赤子の声色へと寄せられ、理性と自我がゆっくりと侵蝕されていった。

 

「……なんだ、これ……?」

震える声はやがて別の声へ変わり、彼自身でさえ自分の口から発せられる音に違和感を覚えた。視線を廊下に向けると、他の研究員たちも次々と異様な変化を見せ始める。誰の顔も微妙に母体の赤子の輪郭に寄せられ、瞳には赤い光が宿る。元の姿を保つ者はほとんどいない。

 

光の渦は母体の内部から外部へと広がり、触れずとも心理的圧力として研究員の肉体や魂を書き換えていく。恐怖、混乱、絶望――すべてが擬態の設計図として吸収され、赤子のコピーが完成するかのように、研究員たちは知らぬ間に母体の子として再構築されていく。

 

ルチア・ヴェルミリオンが魔法陣を必死に調整するも、波動の変化は予測を超えていた。倒れた研究員がゆっくりと立ち上がり、手を伸ばすと、その手の感覚も表情も母体の赤子と完全に一致している。誰が元の人間で、誰が擬態された存在なのか、瞬時に判別できない。

 

「母体……暴走している……!」

グリーヴの声が震えた。母体は静かに立つだけで、まるで周囲の研究員を自らの分身に変える操者のようだった。光の粒子が廊下全体に拡散し、立っているすべての者が赤子の形質に置き換えられていく。

 

魂体としての赤子は成長を始め、周囲の魔力や生命エネルギーを吸収する。母体の登録した種族レベルや能力は忠実に受け継がれ、暴走と擬態の連鎖が止まらない。団員たちは息を詰め、魔法陣や封印を駆使して抑制を試みるが、母体の力は人間の制御をはるかに超えていた。

 

八尺瓊勾玉の光が赤子と母体を包み、地下棟は光と影の入り混じる異様な空間と化す。母体は静かに、しかし確実に、研究員を次々と自らの分身へと置き換え、暴走は研究棟全体を覆い尽くしていた。

 

光の揺らぎの中、誰が人間で、誰が母体の赤子なのか。識別不能の研究員たちは、無意識に母体の設計に従い、恐怖と共にその意思の下へと吸い寄せられていく。地下実験棟に響くのは、叫びではなく、静かなる書き換えの波動だけだった。

 

 

/*/ 金の黄昏錬金術師団 地下実験棟 第5区画 /*/

 

 

暴走する母体の光が廊下全体を包み、赤い瞳に変化した研究員たちが次々と立ち上がる。彼らの動きは人間の理性を失い、母体の意図に従うかのように同期していた。叫び声はすぐに消え、空気は異様な静寂に支配される。

 

「これは……止めねばならない!」

グリーヴ・マルサスが叫び、ルチア・ヴェルミリオンや数名の上級団員が防御魔法陣を急ぎ展開する。魔力の波動が暴走母体に触れた瞬間、微かな反応が返る。母体は静かに背を反らせ、光の渦をさらに強めた。暴走を抑えるには、単なる防御ではなく、直接的な封印操作が必要だった。

 

ルチアは呪文を唱え、空間に封印陣を描く。光が交錯し、暴走する魂体を包み込むが、母体の力は強大で、完全な封印には至らない。近くにいた擬態化された研究員が異形の形で動き、魔力陣を揺らす。団員たちは咄嗟に攻撃と防御を組み合わせ、仲間を守りながら陣を安定させる。

 

「急げ……! 吸収の連鎖を止めないと!」

グリーヴが指示を飛ばす。数名の団員が母体に直接干渉し、魂体の生成を抑制する魔法陣を展開する。母体の内部でうねる光が暴れ、魂の網が抵抗する。だが、団員たちの集中力は揺るがず、次第に母体を空間封印の中へと閉じ込めていく。

 

しかし、被害は拡大していた。通路に並んでいた研究員たちのうち数人は完全に母体のコピーとして書き換わり、意思は母体のものに支配されていた。封印を強化する団員たちは、攻撃対象と防御対象の区別を瞬時に判断しながら、魔法陣を張り直す。

 

「残りは……これだけか」

グリーヴが低く呟く。光の渦が収束し、母体は動きを止めた。完全な静寂が実験棟に戻る。空間封印は成功したが、書き換えられた研究員の数は数十に及び、倒れた者の中には意識が戻らない者もいた。

 

ルチアが母体の周囲を確認する。微細な光がまだ漂い、完全な安定には至っていない。グリーヴは魔力結晶を手に取り、封印を強化しながら状況を整理する。母体は魂の生成を停止し、赤子も光の粒子としての存在に戻っていたが、完全な復元はまだ先のことだ。

 

「被害状況を確認しろ。暴走中に生成された赤子や擬態体は隔離し、観察を継続する」

グリーヴの声は冷静だが、胸中には緊張が走る。禁忌の研究は、成功と同時に予測不能の危険を孕む。母体の力は人間の制御を超え、人間以上の存在を生み出す可能性がある一方で、研究者すらも犠牲にする。

 

団員たちは倒れた研究員を安全な空間へ移動させ、残された赤子や擬態体を厳重に封印する。母体は静かに力を失い、封印の中で眠るように佇む。光の残滓が消えると、廊下には異様な静寂が戻ったが、空気にはまだ不穏な余韻が漂っていた。

 

「……これが、生殖による能力継承の代償か」

グリーヴは低く呟き、魔法陣の調整を続ける。地下実験棟の奥深く、金の黄昏錬金術師団の禁忌研究は、成功と犠牲、制御と暴走の狭間で、静かに次の段階へと進んでいった。

 

 

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