オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

188 / 206
第19部:《黒き都の恋歌(ルクス・ブリューナク・ロマンス)》
第179話:隊長の装備交換


 

 

/*/ スレイン法国・聖都郊外 試験演習地 /*/

 

 

午後の陽光が荒野の岩肌を白く照らしていた。

空気は乾いて澄み、音ひとつしない。

その静寂の中で、ジョンが腕を組んで立ち、一本の黒銀の槍を見下ろす。

 

それが――伝説級神器《ブリューナク》。

 

槍身には紅玉の光脈が流れ、鼓動のように脈打っていた。

少しでも近づけば皮膚が焼けるほどの熱を放っている。

 

「なあ、隊長。お前の使ってる槍、あれ世界級だよな。……たしか《ロンギヌスの槍》とか言ったか?」

 

鎧の白銀を陽に反射させ、漆黒聖典第八席次――槍の隊長が膝をついた。

 

「はい、神獣様。《ロンギヌス》は神々の遺物にして、使えば敵国を滅ぼせますが……同時に、私の魂も消滅いたします」

 

「やっぱりな。使い捨てだ。

 だから、こっちを使ってみろ。――伝説級だけど、扱いやすい。何より死なずに済む」

 

ジョンは懐から布に包まれた槍を取り出し、隊長の前に置いた。

そして、その隣に小さな金の指輪を置く。

 

「こちらは……?」

 

「火属性耐性アップの装飾品だ。完全耐性をつけてないと死ぬ。

 撃つだけで空気が燃えるからな」

 

「……死ぬ、ですか」

 

「まぁ、最初に言っておかないとな。こいつは“投げられない神槍”なんだ。

 本来、投げる仕様だったけど、ゲームの処理が追いつかなくてな。代わりに――光を撃つ」

 

ジョンが軽く笑う。

隊長は無言で頷き、槍を手に取った。

 

握った瞬間、風が唸りを上げた。

穂先から紅蓮の光が走り、周囲の温度が一瞬で跳ね上がる。

草が燃え、空気が震える。

 

「目標、丘陵の岩塊――距離六百メートル。……撃て」

 

ジョンの低い声に、隊長はわずかに息を整え、槍を構えた。

 

「――《ブリューナク・レイ》」

 

次の瞬間、世界が白光に呑まれた。

 

轟音。

光線が直線に伸び、丘の岩塊を貫いた。

閃光の尾が消える頃には、そこにあった岩も、土も、影さえ残っていない。

ただ、焦げた地表から立ち上る熱気が残るのみ。

 

遠くで見守っていた神官たちは、目を見開いたまま呟いた。

 

「……あ、あれは……聖光ではない……」

「岩が……蒸発した……? 神の裁き……?」

 

白衣の神官長が膝をつき、祈るように胸の前で手を組む。

だが、その目は恐怖に濁っていた。

 

ジョンは腕を組んだまま淡々と言った。

 

「それが《ブリューナク・レイ》。

 真っ直ぐ撃ち抜く神槍の光だ。……でも、まだ試験段階だぞ」

 

「これで……試験段階……」

 

隊長の声はわずかに震えていた。

 

「次は全開だ。《ルクス・ブリューナク》、撃ってみろ」

 

「……御意、神獣様」

 

隊長は槍を天に掲げた。

空に紅い円環が浮かび上がり、周囲の風が渦を巻く。

そして――光が、降った。

 

無数の光線が雨のように大地を撃ち抜き、辺り一帯を白炎に変える。

砂は融け、岩は溶け、数百メートル先まで地面が波打つ。

地平線の向こうにまで、白光の痕が続いていた。

 

「……これが……神の御業か……」

「いや……人が、神の力を使っている……」

 

呆然と立ち尽くす神官たちの間に、熱風が吹き抜ける。

ジョンは静かに言った。

 

「火傷してねぇな。指輪、ちゃんと効いてるみたいだ」

 

隊長は槍を下げ、膝をついた。

鎧の継ぎ目から湯気が上がっているが、身体に損傷はない。

 

「……おかげで、燃えずに済みました。

 神獣様のお力……感謝いたします」

 

「いいってことよ。お前みたいな指揮官は、生きて戦場を見届けるほうが価値がある。

 世界級の使い捨てより、伝説級の継戦能力――だろ?」

 

隊長は深く頭を垂れた。

 

「……畏まりました。

 この《ブリューナク》――必ず神の御名に恥じぬ槍として、振るってみせます」

 

ジョンはその言葉に満足げに頷き、空を見上げた。

焦げた大地から立ち上る熱が陽炎のように揺らめき、遠い空を歪めている。

 

それは確かに――人間が手にした神の炎。

神官たちはその場から動けず、ただ燃える空を見上げていた。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿・聖議会室 /*/

 

 

静寂。

白大理石の床の上に光が反射し、会議卓を淡く照らしている。

中央に座るのは六大神院の最高神官長。

その周囲には、各大教区の枢機卿と聖典代表が列を成していた。

一際目を引くのは――漆黒の礼服に純白のマントを羽織る男。

漆黒聖典・第1席次、神槍の騎士隊長。

 

彼の傍らには、黒銀の槍――《ブリューナク》が静かに立てかけられていた。

その穂先は会議室の光を飲み込み、淡く紅の脈動を放っている。

 

「……では報告を始めよ」

 

最高神官長の声に、副官の神官が立ち上がった。

 

「はっ。昨日実施された《ブリューナク》実験、成功にございます。

 操者、漆黒聖典第一席次。

 観測者は神獣様――魔導国代表ジョン殿。

 照射の威力、半径二百五十メートル範囲を完全蒸発。

 岩盤融解温度、推定一万五千度超。

 生体反応――皆無。副次的被害、魔力漏洩も認めず」

 

報告を聞く一同の顔が青ざめていく。

だが、その中心に座る隊長だけは、微動だにせず、静かに槍の柄に手を添えていた。

 

「……それほどの威力を放ちながら、使用者に損傷がないというのか?」

「はい。神獣様より授与された“火耐性の加護指輪”が完全に作動しております」

 

重々しい沈黙。

枢機卿の一人が震える声で呟いた。

 

「まるで、神の雷を人が放ったようだ……」

 

最高神官長がゆっくりと視線を隊長へと向けた。

 

「隊長。お前の判断を問う。《ブリューナク》の運用、如何に見る」

 

「――神獣様の御加護なくしては、この槍は扱えません。

 しかし、戦力としての実効性は極めて高い。

 《ロンギヌスの槍》の欠点――“使用者の消滅”を完全に克服しております」

 

「ふむ……。つまり、“代わりの神槍”として実用可能と?」

 

「はい。ですが――神獣様より条件を頂いております」

 

「条件?」

 

隊長が静かに頷き、視線を落とす。

 

「《ブリューナク》を授かる代わりに、我が保有していた《ロンギヌスの槍》を――

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国が回収・保管する、という取り決めであります」

 

議場がざわめいた。

 

「なっ……!? 神槍を他国へ渡すだと!?」

「それは……神の遺産を他国に奪われるに等しい!」

 

椅子が軋み、枢機卿たちが一斉に立ち上がる。

だが大神官は静かに手を上げ、場を鎮めた。

 

「……神獣様の御名の下に取り決められたこと。

 その意味を軽んじてはならぬ。

 我らが《ロンギヌス》を持つ資格を失ったとも言えるだろう」

 

老練な神官が呻くように言った。

 

「……しかし、ナザリックは異神の存在。

 彼らに神槍が渡れば、いずれ――」

 

「――滅びるのは、我らではなく“敵”だ」

隊長の低く鋭い声がそれを断ち切った。

その声音には、もはや信仰ではなく、確信が宿っていた。

 

「《ロンギヌス》は、使えば操者の魂を神へ捧げる呪われた槍。

 しかし《ブリューナク》は、神獣様の理の下で、人が生きたまま神罰を行使できる。

 神の意思を伝えるのが法国の使命であるなら、我らはこの力を用いねばならない」

 

沈黙ののち、大神官が立ち上がる。

 

「……よかろう。

 《ブリューナク》を漆黒聖典正式装備と認める。

 《ロンギヌス》の回収は、神獣様に委ねよ。

 神の御心が、魔導国に宿るのであれば――それもまた、神の定めだ」

 

神官長たちは顔を見合わせたが、誰も反論しなかった。

あの光景を見た以上、誰も“神獣様”の意志に逆らう勇気を持たなかったのだ。

 

 

/*/

 

 

会議の後、静かな回廊で。

隊長は《ブリューナク》を背に、ひとり膝をつく。

遠くから、ジョンの影がゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「話は通ったようだな」

 

「はい、神獣様。《ロンギヌス》は後日、魔導国の輸送隊により引き渡されます」

 

「そうか。あれは危険すぎる。ナザリックで封印しておく」

 

ジョンは隊長の肩に軽く手を置いた。

その掌から、微かな魔力の脈が伝わる。

 

「お前がそれを持つなら、もう十分だ。……あとは自分を焼かないようにな」

 

隊長は微笑み、深く頭を垂れた。

 

「御心のままに。

 神獣様――この槍、必ず貴方の威光を辱めぬよう、振るってみせます」

 

「期待してるよ。……神の炎を、正しく使え」

 

ジョンが踵を返す。

その背を見送りながら、隊長は静かに《ブリューナク》を構えた。

紅い光が穂先を包み、まるで神々の鼓動のように脈打つ。

 

その夜、聖都の上空には赤い光の帯が走った。

それは《ブリューナク》の残留熱が天に描いた軌跡――

スレイン法国が“神の力”を人の手で扱い始めた、その証だった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層・玉座の間 /*/

 

 

黄金の王座の前。

静寂の中、ジョンが漆黒の封印箱をゆっくりと運び入れた。

箱の表面には、何重もの封魔刻印が刻まれ、近づくだけで空気が軋む。

周囲に立つ守護者たちでさえ、一歩引いて息を呑むほどの“重さ”があった。

 

「モモンガさん。スレイン法国から《ロンギヌスの槍》、回収してきたよ~」

 

「……やはり、本物か……」

アインズの紅い眼光が淡く輝き、空間を見透かす。

封印箱の中に眠るそれは、光も闇も吸い込むような静謐を放っていた。

 

「ありがとう、ジョンさん。これで――危険の芽が一つ、摘めたな」

 

ジョンは少し笑いながら、封印箱を台座に置いた。

 

「まったく、どんな狂気の設計思想だろうね。

 “使えば相手を完全抹消できる。ただし、使用者も完全に消える”。

 ……しかも“データ抹消”レベル。魂も、記憶も、存在記録すら残らない」

 

アインズが頷く。

その骨の指先が、封印箱の縁を軽くなぞる。

触れた瞬間、空間がひずみ、微細な魔力反応が波紋のように広がった。

 

「この反応……間違いない。

 これは、“カテゴリー二十”に属するワールドアイテムだ」

 

「うん、“二十”ってやつだね。

 ワールドアイテムの中でも、運営が一度削除しかけた連中。

 ――“あまりにも取り返しがつかない”って理由で」

 

ジョンの声には、どこか遠い記憶を懐かしむような苦味があった。

 

「ユグドラシル時代でも、使ったプレイヤーは完全消滅。

 復活も、再ログインも不可能。

 唯一の方法は――別のワールドアイテムを使って、“存在データ”を再生成することだけ。

 そんなもの、普通の手段じゃ絶対無理だよ」

 

アインズが腕を組み、深く息をつくように低く言った。

 

「……つまり、“死”どころではない。

 存在そのものの削除――この世界の“記録”から消される。

 ユグドラシルでも一部の運営しか再生成できなかったレベルだ」

 

「そう。

 NPCに使われたら、そのNPCも――そしてギルドが作れるNPC総数そのものが減る。

 言い換えれば、ギルドの“生命容量”を削るようなもんだ。

 もしナザリックのNPCに使われたら……再建は、永遠に不可能になる」

 

アインズの瞳の光が細くなった。

それは怒りでも恐怖でもなく、純粋な理解――理性で認識した破滅の光。

 

「……シャレにならんな。

 使えば勝ちだが、使った瞬間に“世界の一部が欠損する”。

 まるで……神が設計した“終末スイッチ”だ」

 

「スレイン法国があれを“神の槍”って呼んでた理由が分かるよ。

 神を殺せるんじゃなくて、神ごと宇宙から消す槍なんだから」

 

ジョンは軽く肩をすくめ、冗談めかした口調で言う。

だがその笑みに、少しも軽さはなかった。

 

アインズはしばし沈黙し、ゆっくりと立ち上がった。

王座の光が、骨の身体を金色に染める。

 

「……ナザリックの封印区画を拡張しよう。

 他の世界級とは隔離し、結界を三重に強化する。

 ロンギヌスは決して、誰の手にも触れさせてはならない」

 

ジョンが頷く。

 

「了解。ブリューナクを法国に渡した時点で、彼らはこの存在を忘れた。

 あっちは“扱える範囲の神罰”で満足するはずさ。

 ロンギヌスは、ここで永久封印――それが一番安全」

 

アインズが少しだけ目を細めた。

 

「……ジョンさん。

 これを見つけてくれたのは、やはり君で正解だった。

 もし他の者の手に渡っていたら――」

 

「この世界が、もう一つ“消えてた”かもね」

 

二人の間に、長い沈黙が落ちる。

玉座の間を満たすのは、封印箱から漏れ出す微かな歪みの音――

まるで、世界の外側から響く心臓の鼓動のようだった。

 

アインズは最後に、低く静かに呟いた。

 

「……《ロンギヌスの槍》――それは、“神殺し”などではない。

 世界抹消の証明だ。

 この力を人が持った時、神話は終わる……」

 

ジョンは小さく笑った。

 

「だったら、封印しておこう。

 “神話の終わり”は、俺たちの手で書き換えるために、ね」

 

 

ナザリックの奥深く、封印保管庫「深淵隔離区」に新たな記録が刻まれる。

 

 

【カテゴリー二十・ロンギヌスの槍】

―使用者も対象も、存在ごと消去。復元不可。

―ナザリック主命令により、永遠封印。

 

そして、封印箱の中――誰も知らぬ場所で、

微かな金属音が一度だけ鳴った。

 

それはまるで、“まだ終わっていない”と言うかのように。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。