オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第179話:隊長の装備交換
/*/ スレイン法国・聖都郊外 試験演習地 /*/
午後の陽光が荒野の岩肌を白く照らしていた。
空気は乾いて澄み、音ひとつしない。
その静寂の中で、ジョンが腕を組んで立ち、一本の黒銀の槍を見下ろす。
それが――伝説級神器《ブリューナク》。
槍身には紅玉の光脈が流れ、鼓動のように脈打っていた。
少しでも近づけば皮膚が焼けるほどの熱を放っている。
「なあ、隊長。お前の使ってる槍、あれ世界級だよな。……たしか《ロンギヌスの槍》とか言ったか?」
鎧の白銀を陽に反射させ、漆黒聖典第八席次――槍の隊長が膝をついた。
「はい、神獣様。《ロンギヌス》は神々の遺物にして、使えば敵国を滅ぼせますが……同時に、私の魂も消滅いたします」
「やっぱりな。使い捨てだ。
だから、こっちを使ってみろ。――伝説級だけど、扱いやすい。何より死なずに済む」
ジョンは懐から布に包まれた槍を取り出し、隊長の前に置いた。
そして、その隣に小さな金の指輪を置く。
「こちらは……?」
「火属性耐性アップの装飾品だ。完全耐性をつけてないと死ぬ。
撃つだけで空気が燃えるからな」
「……死ぬ、ですか」
「まぁ、最初に言っておかないとな。こいつは“投げられない神槍”なんだ。
本来、投げる仕様だったけど、ゲームの処理が追いつかなくてな。代わりに――光を撃つ」
ジョンが軽く笑う。
隊長は無言で頷き、槍を手に取った。
握った瞬間、風が唸りを上げた。
穂先から紅蓮の光が走り、周囲の温度が一瞬で跳ね上がる。
草が燃え、空気が震える。
「目標、丘陵の岩塊――距離六百メートル。……撃て」
ジョンの低い声に、隊長はわずかに息を整え、槍を構えた。
「――《ブリューナク・レイ》」
次の瞬間、世界が白光に呑まれた。
轟音。
光線が直線に伸び、丘の岩塊を貫いた。
閃光の尾が消える頃には、そこにあった岩も、土も、影さえ残っていない。
ただ、焦げた地表から立ち上る熱気が残るのみ。
遠くで見守っていた神官たちは、目を見開いたまま呟いた。
「……あ、あれは……聖光ではない……」
「岩が……蒸発した……? 神の裁き……?」
白衣の神官長が膝をつき、祈るように胸の前で手を組む。
だが、その目は恐怖に濁っていた。
ジョンは腕を組んだまま淡々と言った。
「それが《ブリューナク・レイ》。
真っ直ぐ撃ち抜く神槍の光だ。……でも、まだ試験段階だぞ」
「これで……試験段階……」
隊長の声はわずかに震えていた。
「次は全開だ。《ルクス・ブリューナク》、撃ってみろ」
「……御意、神獣様」
隊長は槍を天に掲げた。
空に紅い円環が浮かび上がり、周囲の風が渦を巻く。
そして――光が、降った。
無数の光線が雨のように大地を撃ち抜き、辺り一帯を白炎に変える。
砂は融け、岩は溶け、数百メートル先まで地面が波打つ。
地平線の向こうにまで、白光の痕が続いていた。
「……これが……神の御業か……」
「いや……人が、神の力を使っている……」
呆然と立ち尽くす神官たちの間に、熱風が吹き抜ける。
ジョンは静かに言った。
「火傷してねぇな。指輪、ちゃんと効いてるみたいだ」
隊長は槍を下げ、膝をついた。
鎧の継ぎ目から湯気が上がっているが、身体に損傷はない。
「……おかげで、燃えずに済みました。
神獣様のお力……感謝いたします」
「いいってことよ。お前みたいな指揮官は、生きて戦場を見届けるほうが価値がある。
世界級の使い捨てより、伝説級の継戦能力――だろ?」
隊長は深く頭を垂れた。
「……畏まりました。
この《ブリューナク》――必ず神の御名に恥じぬ槍として、振るってみせます」
ジョンはその言葉に満足げに頷き、空を見上げた。
焦げた大地から立ち上る熱が陽炎のように揺らめき、遠い空を歪めている。
それは確かに――人間が手にした神の炎。
神官たちはその場から動けず、ただ燃える空を見上げていた。
/*/ スレイン法国・大神殿・聖議会室 /*/
静寂。
白大理石の床の上に光が反射し、会議卓を淡く照らしている。
中央に座るのは六大神院の最高神官長。
その周囲には、各大教区の枢機卿と聖典代表が列を成していた。
一際目を引くのは――漆黒の礼服に純白のマントを羽織る男。
漆黒聖典・第1席次、神槍の騎士隊長。
彼の傍らには、黒銀の槍――《ブリューナク》が静かに立てかけられていた。
その穂先は会議室の光を飲み込み、淡く紅の脈動を放っている。
「……では報告を始めよ」
最高神官長の声に、副官の神官が立ち上がった。
「はっ。昨日実施された《ブリューナク》実験、成功にございます。
操者、漆黒聖典第一席次。
観測者は神獣様――魔導国代表ジョン殿。
照射の威力、半径二百五十メートル範囲を完全蒸発。
岩盤融解温度、推定一万五千度超。
生体反応――皆無。副次的被害、魔力漏洩も認めず」
報告を聞く一同の顔が青ざめていく。
だが、その中心に座る隊長だけは、微動だにせず、静かに槍の柄に手を添えていた。
「……それほどの威力を放ちながら、使用者に損傷がないというのか?」
「はい。神獣様より授与された“火耐性の加護指輪”が完全に作動しております」
重々しい沈黙。
枢機卿の一人が震える声で呟いた。
「まるで、神の雷を人が放ったようだ……」
最高神官長がゆっくりと視線を隊長へと向けた。
「隊長。お前の判断を問う。《ブリューナク》の運用、如何に見る」
「――神獣様の御加護なくしては、この槍は扱えません。
しかし、戦力としての実効性は極めて高い。
《ロンギヌスの槍》の欠点――“使用者の消滅”を完全に克服しております」
「ふむ……。つまり、“代わりの神槍”として実用可能と?」
「はい。ですが――神獣様より条件を頂いております」
「条件?」
隊長が静かに頷き、視線を落とす。
「《ブリューナク》を授かる代わりに、我が保有していた《ロンギヌスの槍》を――
アインズ・ウール・ゴウン魔導国が回収・保管する、という取り決めであります」
議場がざわめいた。
「なっ……!? 神槍を他国へ渡すだと!?」
「それは……神の遺産を他国に奪われるに等しい!」
椅子が軋み、枢機卿たちが一斉に立ち上がる。
だが大神官は静かに手を上げ、場を鎮めた。
「……神獣様の御名の下に取り決められたこと。
その意味を軽んじてはならぬ。
我らが《ロンギヌス》を持つ資格を失ったとも言えるだろう」
老練な神官が呻くように言った。
「……しかし、ナザリックは異神の存在。
彼らに神槍が渡れば、いずれ――」
「――滅びるのは、我らではなく“敵”だ」
隊長の低く鋭い声がそれを断ち切った。
その声音には、もはや信仰ではなく、確信が宿っていた。
「《ロンギヌス》は、使えば操者の魂を神へ捧げる呪われた槍。
しかし《ブリューナク》は、神獣様の理の下で、人が生きたまま神罰を行使できる。
神の意思を伝えるのが法国の使命であるなら、我らはこの力を用いねばならない」
沈黙ののち、大神官が立ち上がる。
「……よかろう。
《ブリューナク》を漆黒聖典正式装備と認める。
《ロンギヌス》の回収は、神獣様に委ねよ。
神の御心が、魔導国に宿るのであれば――それもまた、神の定めだ」
神官長たちは顔を見合わせたが、誰も反論しなかった。
あの光景を見た以上、誰も“神獣様”の意志に逆らう勇気を持たなかったのだ。
/*/
会議の後、静かな回廊で。
隊長は《ブリューナク》を背に、ひとり膝をつく。
遠くから、ジョンの影がゆっくりと歩み寄ってきた。
「話は通ったようだな」
「はい、神獣様。《ロンギヌス》は後日、魔導国の輸送隊により引き渡されます」
「そうか。あれは危険すぎる。ナザリックで封印しておく」
ジョンは隊長の肩に軽く手を置いた。
その掌から、微かな魔力の脈が伝わる。
「お前がそれを持つなら、もう十分だ。……あとは自分を焼かないようにな」
隊長は微笑み、深く頭を垂れた。
「御心のままに。
神獣様――この槍、必ず貴方の威光を辱めぬよう、振るってみせます」
「期待してるよ。……神の炎を、正しく使え」
ジョンが踵を返す。
その背を見送りながら、隊長は静かに《ブリューナク》を構えた。
紅い光が穂先を包み、まるで神々の鼓動のように脈打つ。
その夜、聖都の上空には赤い光の帯が走った。
それは《ブリューナク》の残留熱が天に描いた軌跡――
スレイン法国が“神の力”を人の手で扱い始めた、その証だった。
/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層・玉座の間 /*/
黄金の王座の前。
静寂の中、ジョンが漆黒の封印箱をゆっくりと運び入れた。
箱の表面には、何重もの封魔刻印が刻まれ、近づくだけで空気が軋む。
周囲に立つ守護者たちでさえ、一歩引いて息を呑むほどの“重さ”があった。
「モモンガさん。スレイン法国から《ロンギヌスの槍》、回収してきたよ~」
「……やはり、本物か……」
アインズの紅い眼光が淡く輝き、空間を見透かす。
封印箱の中に眠るそれは、光も闇も吸い込むような静謐を放っていた。
「ありがとう、ジョンさん。これで――危険の芽が一つ、摘めたな」
ジョンは少し笑いながら、封印箱を台座に置いた。
「まったく、どんな狂気の設計思想だろうね。
“使えば相手を完全抹消できる。ただし、使用者も完全に消える”。
……しかも“データ抹消”レベル。魂も、記憶も、存在記録すら残らない」
アインズが頷く。
その骨の指先が、封印箱の縁を軽くなぞる。
触れた瞬間、空間がひずみ、微細な魔力反応が波紋のように広がった。
「この反応……間違いない。
これは、“カテゴリー二十”に属するワールドアイテムだ」
「うん、“二十”ってやつだね。
ワールドアイテムの中でも、運営が一度削除しかけた連中。
――“あまりにも取り返しがつかない”って理由で」
ジョンの声には、どこか遠い記憶を懐かしむような苦味があった。
「ユグドラシル時代でも、使ったプレイヤーは完全消滅。
復活も、再ログインも不可能。
唯一の方法は――別のワールドアイテムを使って、“存在データ”を再生成することだけ。
そんなもの、普通の手段じゃ絶対無理だよ」
アインズが腕を組み、深く息をつくように低く言った。
「……つまり、“死”どころではない。
存在そのものの削除――この世界の“記録”から消される。
ユグドラシルでも一部の運営しか再生成できなかったレベルだ」
「そう。
NPCに使われたら、そのNPCも――そしてギルドが作れるNPC総数そのものが減る。
言い換えれば、ギルドの“生命容量”を削るようなもんだ。
もしナザリックのNPCに使われたら……再建は、永遠に不可能になる」
アインズの瞳の光が細くなった。
それは怒りでも恐怖でもなく、純粋な理解――理性で認識した破滅の光。
「……シャレにならんな。
使えば勝ちだが、使った瞬間に“世界の一部が欠損する”。
まるで……神が設計した“終末スイッチ”だ」
「スレイン法国があれを“神の槍”って呼んでた理由が分かるよ。
神を殺せるんじゃなくて、神ごと宇宙から消す槍なんだから」
ジョンは軽く肩をすくめ、冗談めかした口調で言う。
だがその笑みに、少しも軽さはなかった。
アインズはしばし沈黙し、ゆっくりと立ち上がった。
王座の光が、骨の身体を金色に染める。
「……ナザリックの封印区画を拡張しよう。
他の世界級とは隔離し、結界を三重に強化する。
ロンギヌスは決して、誰の手にも触れさせてはならない」
ジョンが頷く。
「了解。ブリューナクを法国に渡した時点で、彼らはこの存在を忘れた。
あっちは“扱える範囲の神罰”で満足するはずさ。
ロンギヌスは、ここで永久封印――それが一番安全」
アインズが少しだけ目を細めた。
「……ジョンさん。
これを見つけてくれたのは、やはり君で正解だった。
もし他の者の手に渡っていたら――」
「この世界が、もう一つ“消えてた”かもね」
二人の間に、長い沈黙が落ちる。
玉座の間を満たすのは、封印箱から漏れ出す微かな歪みの音――
まるで、世界の外側から響く心臓の鼓動のようだった。
アインズは最後に、低く静かに呟いた。
「……《ロンギヌスの槍》――それは、“神殺し”などではない。
世界抹消の証明だ。
この力を人が持った時、神話は終わる……」
ジョンは小さく笑った。
「だったら、封印しておこう。
“神話の終わり”は、俺たちの手で書き換えるために、ね」
ナザリックの奥深く、封印保管庫「深淵隔離区」に新たな記録が刻まれる。
【カテゴリー二十・ロンギヌスの槍】
―使用者も対象も、存在ごと消去。復元不可。
―ナザリック主命令により、永遠封印。
そして、封印箱の中――誰も知らぬ場所で、
微かな金属音が一度だけ鳴った。
それはまるで、“まだ終わっていない”と言うかのように。