オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第180話:隊長の対魔獣訓練

 

 

/*/ スレイン法国・聖都郊外 特別訓練場 /*/

 

 

冷気が漂っていた。

夏の盛りだというのに、訓練場一帯の温度が目に見えて下がっていく。

中心に立つ白銀の竜人――ヘジンマールが静かに息を吐くたび、

その吐息は霜となり、地面を白く染めた。

 

対峙するのは、漆黒の甲冑を纏う漆黒聖典第1席次、神槍の騎士。

手にする神槍《ブリューナク》が紅に光り、霜の世界に一筋の炎のような軌跡を描く。

 

その後方で、ジョンが腕を組み、穏やかに微笑んでいた。

 

「……改めて、ご挨拶を。帝国魔法学院より参りました、ヘジンマールと申します」

白竜は恭しく頭を垂れた。

低く澄んだ声は、雪解けの水のように静かで柔らかい。

 

「僕は、その……力試しとか、あまり得意ではないんですけど……

 神獣様にお呼びいただいた以上、全力を尽くします」

 

「構えろ、ヘジンマール」

隊長は短く答え、槍を構えた。

空気が震え、ジョンの声が響く。

 

「手加減は不要だ。お互いの限界を見たい。

 氷の息で、どこまで神槍を凍らせられるか――試してみろ」

 

「……承知しました」

 

ヘジンマールの両腕に淡い青光が灯る。

〈アイアン・ナチュラル・スキン〉――竜の鱗が白鋼のように硬質化し、

〈アイアン・ナチュラル・ウェポン〉によって爪が氷晶の刃へと変わる。

 

彼の足元に雪が舞い上がり、風が凍る。

魔力の渦が展開され、霜竜の魔法が発動する。

 

〈飛行〉――巨体が滑るように浮かび上がり、

続けざまに〈次元の移動〉で空間が裂けた。

 

白銀の残光だけを残し、ヘジンマールは一瞬で間合いを詰める。

 

「っ……速い!」

 

隊長がブリューナクを横に薙ぎ払う。

氷と光が激突し、爆発的な衝撃波が吹き荒れる。

砂が吹き飛び、凍てついた風が結界を叩いた。

 

「……やりますね、隊長殿」

ヘジンマールは軽く微笑み、氷の拳を構える。

「それでは――少し本気を出します」

 

空間が白く染まる。

彼の背後に、幾つもの氷晶体が浮かび上がり、

青白い魔力線が空へと伸びた。

 

「――〈氷星爆破(グレイシャル・ノヴァ)〉」

 

呟きと共に、氷の星々が形成され、瞬間的に閃光を放つ。

それは凍結した流星群のように降り注ぎ、

触れた空気ごと全てを絶対零度へ変えた。

 

訓練場の地面が一瞬で凍結し、結界の外まで白銀の波が広がる。

 

「……なんという冷気……っ!」

隊長が息を吐く間もなく、霜が鎧を包む。

ブリューナクの穂先に魔力が集まり、紅い光が閃いた。

 

「――《神槍照射:ブリューナク・レイ》!」

 

紅と蒼。

炎の神槍と氷の星群が交錯する。

世界が悲鳴を上げるような轟音とともに、

光と氷がぶつかり合い、訓練場の結界が何層も砕け散った。

 

爆光が収まった時――

そこは一面、氷と蒸気の地獄だった。

 

結界の外まで続く氷の大地。

中心に立つ二つの影。

隊長は片膝をつき、ブリューナクを杖のように支えていた。

一方のヘジンマールも膝をつき、肩で息をしている。

 

その白い翼は一部が焼け焦げ、鎧の隙間から蒸気が立ち上っていた。

 

「……すごい。僕の〈氷星爆破〉を……真正面から相殺されるなんて」

「お前こそ……あの一撃、結界がなければ大陸ごと凍っていたな」

 

二人が顔を見合わせ、苦笑する。

 

ジョンがゆっくりと近づいてきた。

「お疲れ。

 ヘジンマールの氷、ブリューナクの炎、どっちも想定以上だったよ。

 ――良いデータが取れた」

 

「……神獣様、僕……お役に立てましたか?」

 

「十分だよ。

 隊長が“神槍を防がれた感触”を覚えられた。それだけで価値がある」

 

ジョンは満足そうに頷き、結界の残骸を見渡す。

 

「フロスト・ドラゴンの格闘術と空間転移の組み合わせ……

 実戦投入できれば、竜種でも上位戦力だな」

 

ヘジンマールは少しだけ照れたように笑った。

 

「えっと……お褒めいただくのは嬉しいんですけど、

 あまり戦うのは好きじゃなくて……研究とか、静かな仕事の方が……」

 

「そう言うと思った。だからこそ、お前に頼んだんだよ」

ジョンの声は優しかった。

「戦うことを恐れない竜はいくらでもいる。

 でも、“恐れながらも戦える”竜は、滅多にいないからな」

 

ヘジンマールは小さく頷き、冷たい息を吐いた。

氷の霧が白く広がり、陽光に溶けていく。

 

その光景を見つめながら、隊長は槍を立てた。

 

「……神獣様、私はこの経験を胸に刻みます。

 この槍は、ただ敵を滅ぼすためではなく――“世界を守るため”に振るいます」

 

ジョンは静かに頷き、視線を遠くへと向けた。

白竜と神槍――冷と炎、静と烈。

その共鳴が、聖都の空気をまだ震わせていた。

 

 

/*/ スレイン法国・聖都郊外 特別訓練場・観覧結界内 /*/

 

 

白光と氷霧が交錯する。

訓練場全体が冬の嵐に包まれたようだった。

氷の鱗をきらめかせる白竜――ヘジンマールが翼を広げ、

大気を震わせて咆哮する。

 

その対面で、漆黒聖典第1席次、神槍の騎士が《ブリューナク》を構えていた。

炎のような紅光と、凍てつく蒼光。

二つの極がぶつかり合うたび、天地が軋み、空気が悲鳴を上げた。

 

「っ……あれが……帝国の霜の白竜〈フロスト・ドラゴン〉……!」

結界の外で見守る神官長のひとりが、思わず息を呑む。

白銀の竜が放つ氷の息――〈氷星爆破(グレイシャル・ノヴァ)〉が炸裂するたび、

周囲の大地が氷河のように波打ち、結界が軋んだ。

 

「なんという……桁外れの魔力放射だ……!」

「いくら訓練とはいえ、あの規模……もはや竜王級の領域ではないか!?」

 

「違う」

最上席の神官長が、静かに言葉を差し挟んだ。

その老練な目には、恐怖と畏敬が入り混じっている。

 

「――偽りの竜王級だ」

 

ざわめきが走る。

 

「竜王ではない。だが、それに匹敵する力を持ちながらも、理性を保ち、

 あのように精密な戦闘を行うなど……通常の竜族ではあり得ん。

 まさか、そんなものまで理性的に従えているとは……」

 

老神官長は喉を鳴らし、震える声で続けた。

 

「……流石は神獣様だ。

 竜王に届く力を持つ存在を、知性の下に平然と御しておられる……」

 

他の神官たちが一斉に頭を垂れ、祈りの言葉を口にした。

 

「神の使徒にして、神々をも統べる理の獣……」

「まさに神の代行者に相応しきお方……」

 

結界の向こうでは、神槍の閃光が氷の嵐を裂き、

フロスト・ドラゴンの白銀の翼が煌めいている。

その戦いは、もはや“試合”ではなく、“天地の交わり”に近かった。

 

神官長は呆然と呟く。

 

「……我らは、あの御方に見守られている。

 だが同時に、あの御方の理の下にある限り、

 人も竜も、神すらも――同じ理の秩序に従うのだな……」

 

氷の息が止み、光が収束する。

結界の外からでも分かるほど、空気が重く、静まり返っていた。

 

ジョンが一歩、訓練場へと進み出る。

その姿を見た瞬間、神官たちは一斉に頭を垂れた。

 

「神獣様の御威光……この世の理を越えておられる……」

 

氷の白竜が膝を折り、静かに頭を下げる。

その仕草は、主への忠誠というより――深い敬意だった。

 

ジョンは軽く頷き、穏やかに笑う。

 

「よくやったな、ヘジンマール。

 お前の氷は、美しかった」

 

「……ありがとうございます、神獣様」

白竜は少し照れたように笑い、

その吐息がまた、空気をひんやりと包んだ。

 

結界の外、沈黙の中で老神官長が最後に呟いた。

 

「――やはり、我らが神獣様は“理”そのものを統べる御方だ。

 竜をも従え、神罰をも操る……

 あれを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と呼べようか」

 

 

/*/ スレイン法国・聖都郊外 特別訓練場 観覧結界内 /*/

 

 

轟音が大地を裂いた。

氷と炎、紅と蒼。

それはもはや戦闘ではなく、神話の再演だった。

 

霜の白竜〈フロスト・ドラゴン〉ヘジンマールの氷星が天空を覆い、

神槍《ブリューナク》が地を貫く。

世界の理がぶつかり合う瞬間――空間が悲鳴を上げ、結界が軋んだ。

 

観覧結界の向こう側で、漆黒聖典の隊員たちは息を呑んでいた。

誰もが、ただその光景を見つめるしかなかった。

 

「……嘘だろ。これが……訓練か?」

若い隊員が、呆然と呟く。

 

目の前の戦いは、彼らの知る戦闘のすべてを超えていた。

ブリューナクの紅光が放たれるたびに、空気が焼け、

ヘジンマールの氷星が爆ぜるたびに、大地が凍り付く。

 

人が立ち入る余地など、どこにもなかった。

 

「竜の力だけじゃない……あれは理そのものの衝突だ」

別の隊員が低く呟いた。

「……隊長は、本気で“竜王級”と渡り合っている……」

 

氷の竜と、人の槍。

その間に、圧倒的な差があった。

だが――隊長は、退かない。

神槍を握るその姿に、人間の誇りが宿っていた。

 

「俺たち……勘違いしてたんだな」

長年の歴戦を誇る隊員が、拳を握りしめる。

「自分たちは神の加護を受けた選ばれた戦士だなんて……

 でも違う。俺たちはまだ、“人間”の範疇にいたんだ」

 

「……そうだな」

隣の女隊員が静かに頷く。

「竜と並ぶなんて、傲慢だった。

 でも、あの人は――人でありながら、竜に届こうとしている。」

 

視線の先、氷煙の中で紅光が閃く。

隊長が、ブリューナクを構え直した。

体中が凍傷で焼けただれても、膝をつかない。

 

その姿を見た瞬間、

全員の胸の奥に、かつて忘れかけていた“信仰”が灯った。

 

「……あれが、俺たちの隊長だ」

 

低く響いた声に、誰もが頷く。

それは命令ではなく、祈りのような言葉だった。

 

「人の身で、竜王と対等に立つ。

 ――それが、人類の誇りだ」

 

氷の嵐が吹き荒れ、

ヘジンマールの〈氷星爆破(グレイシャル・ノヴァ)〉が炸裂する。

その中心で、隊長はブリューナクを天に掲げた。

 

紅と蒼が衝突し、世界が白光に包まれる。

やがて光が収束した時――そこに立っていたのは、ただ一人。

 

神槍を支え、息を切らせながらも笑う隊長。

 

「……やっぱり……人間って、すげぇな」

若い隊員が震える声で呟く。

 

「そうだ」

年長の隊員が応じる。

「竜の理を超えるんじゃない。

 人でありながら、竜の隣に立つ。それが――俺たちの誇りだ」

 

沈黙の中、全員が自然と跪いた。

その膝をつく音が、まるで祈りの合図のように響く。

 

訓練場を見下ろす高台で、ジョンが静かに微笑んだ。

 

「……いい顔をしてるな。

 “折れた鼻柱”は、誇りを知るための通過儀礼だ」

 

隣に立つ神官長が深く頷く。

「彼らは悟ったのですな。

 人が神の真似をするのではなく――

 人が、人のままに理へ届くことの意味を」

 

ジョンは軽く笑い、凍てつく空を見上げた。

そこでは、白竜ヘジンマールが翼をたたみ、隊長へ頭を下げていた。

 

「……そうだ。

 理性ある竜王が、人の勇を認めた。

 それだけで十分だ」

 

冷たい風が吹き抜け、

氷の訓練場に、静かな敬意だけが残った。

 

それは敗北ではなかった。

――人の限界を越えようとする意志への、再び燃え上がる誇りだった。

 

 

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