オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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課金は偉大なり。

キング・クリムゾンッ!
戦闘シーンは消し飛ぶッ!

ガゼフさんの見せ場は書籍版準拠です。原作買って読んでね!

2015.10.22 9:00頃 位階魔法の『第』が『弟』になっていたのを修正。
2015.10.22 18:00頃 多種族→他種族 修正。
2015.11.30 誤字修正


第17話:その日、運命に出会った。

 

「……天使達よ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ」

 

冷徹な言葉に重なる無数の翼のはためき。

ガゼフがせめて、と決死の覚悟で走り出そうとした時、すぐ横から声がかかる。

 

「そこまでだ」

 

まるで魔法のように、その場に現れた青い毛並みの人狼。

続けて聞こえた。「戦士長、伏せろ」との声。ガゼフは身を投げ出して大地に伏せた。

青い人狼はガゼフの前に一歩踏み出しながら、振り被った腕を大きく振るう。

 

ズンと大気が震えた。

振るった腕が風を巻き起こし、突風と衝撃波が人狼を中心に円形に広がり、周囲を喰らい尽くす。衝撃波が走ったのは一瞬だったが、その結果は歴然として残る。

 

「……あり、ありえない……」

 

誰かのつぶやきが風に乗って聞こえる。それほど信じられない光景が広がっていた。

総勢40体を超える天使。それらが全て、人狼の腕の一振りで消滅していた。

 

対抗魔法による召喚解除ではない。衝撃波に飲み込まれた天使達が消滅していく姿はダメージによるもの。この人狼は腕の一振りで天使を全滅させるような衝撃波を発生させたという事だった。

ゾワリとニグンの全身が震える。脳裏にガゼフの言葉が蘇る瞬間、人狼の大音声が草原に響き渡った。

 

 

「控えよ! 人間! 我等が盟主(大魔王様)の御前である!!」

 

 

人狼の背後に闇を垂らしたような闇よりも黒い色が生まれた。それは黄昏の空の色を斑に溶かし込んだ闇の色で世界を侵食し切り取る。その中から死の気配が噴出し始め、人の身には許されない虹色が混濁する領域を踏み越えて、何者かが『こちら側』へ踏み出してくる。

 

歩み出て来たものは、死そのものだった。

 

異様な杖を持ったおぞましい死の具現。

骸骨の頭部を曝けだした化け物。

まるで闇が一点に集中し、凝結したようなその存在。

 

それをニグンは知っていた。

 

空ろな頭蓋骨の空虚な眼窩。その中に流れ出した血にも似た色の光が灯っている。

それはまさに死の神スルシャーナの姿だった。

圧倒的な存在感、圧倒的な死の気配。これを六大神に仕える自分が間違える筈が無い。間違えるなどあってはならない。

 

ニグン・グリッド・ルーインは迷う事無く、その場に跪いていた。

 

 

「死の神……! スルシャーナ様ぁっ!!」

 

 

死の神の姿をしたものが杖を一振りすると、一瞬の後に左右に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に跨った死の騎士(デス・ナイト)が10体。蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が2体。その先頭には全身を甲殻で覆い、白銀のサーコートをゆったりと纏った異形の騎士(ロードナイト)が立っていた。

その白い異形の騎士が持つ巨大なグレイブは、白銀色の高貴な魔法のオーラを漂わせ、腰には見事な装飾を施された――長剣にもサイズ的に見える――大剣を下げていた。どちらもニグンから見れば、漆黒聖典の扱う神の残した武具とも思える強大なオーラを放つ。

 

 

異形の騎士達は一糸乱れぬ動きで剣を携え、死の神スルシャーナへ剣を捧げる。

 

 

その場を満たす圧倒的な死の気配、物理的に押し潰されるような重圧に耐え切れずニグンの部下達、ガゼフの部下達は残らず跪き、平伏し、恐怖に耐え切れず自傷する者達まで現れていた。

 

 

やはりそうか。

モモンガはニグンの反応から判断する。

かつてスルシャーナと言う名の死の支配者(プレイヤー)が存在し、彼らの神となり、同じくプレイヤー(八欲王)に殺された。

 

 

「それはお前達の名。私はアインズ・ウール・ゴウン」

 

 

その言葉に跪いたニグンがはっと顔を上げる。ニグンの黒い瞳を、血の色をした空虚な眼窩の中の光が覗き込む。

ニグンは自らの心どころか魂までも、暗き深遠の神に覗き込まれ、飲み込まれるような恐怖を覚えた。

ゆっくりと骨の手が突き出され、他ならぬニグンを指し示す。

 

 

「かつて、人を救おうとした。だが、拒絶された。

 ならば、人ならざる者を救い。人を滅ぼすしかない」

 

 

その言葉にニグンは魂から震え上がった。

命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。

そして、他の五神よりも強大とされる神。

 

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「そ、それは大罪人が……我々は人類の為、人類の力を結集させる為にっ!!」

 

 

神を拒絶したのは大罪人なのです。我々は貴方様の加護を必要としているのです。

我々こそが神に従うスレイン法国の切り札たる六色聖典。我々こそが貴方様の愛した人類を愛し、その未来を守護する者なのです。

神よ、貴方を拒絶したのは我々ではないのです。どうか、どうか。

 

そのニグンの心を読み取ったように死の神が言葉を続ける。

 

実際は魔法《ESP》を使用して表層意識を読み取っての事だ。

ユグドラシルではセットしたキャストタイム中のスキルを読み取る魔法だったが、ここでは表層意識を読み取る魔法に変化していた。低レベル魔法であるので簡単に防御できる筈だが、彼らは防御手段を講じてはいないようだった。

 

 

「思い上がりも甚だしい。人類だけで生きれるとは愚か。私の心を理解できていないようだ。力弱き人間ならば、他種族と寄り添い共に生き、共に死ね。それが、より良き生となり、より良き死となる」

 

 

人類至上を掲げるスレイン法国の方針を真正面から否定する神の言葉。

しかし、大罪人によって自分達人類の許から放逐され、今再び、その尊き姿を現した神の言葉を、ニグンは否定する事が出来なかった。

 

 

「それで、私の領域でお前達は何をしている? 死は私の支配するところ。いずれ来る命を私以外の者が、無下に奪うのは多少不快だ」

「お、お許しを、お許しを」

「ならば、汝の信仰、汝の全てを我へ捧げよ。そして、汝の信仰、汝の全てを以て、汝が成すべき事を成すが良い」

 

 

「さ、捧げます。私の信仰、私の全てをスル……いえ、アインズ・ウール・ゴウン様へ捧げます」

 

 

その死の神の左右に控えていた異形異能の姿に、ニグンは気づいていなかった。

片側にはあの人狼が、逆の側には悪夢の凝結としか思えない異形の姿があった。

 

それは人の身体に歪んだ蛸にも似た生物に酷似した頭部を持っている。刺青で何らかの文字が刻まれた肌は水死体の如き白で、粘液に覆われたような光沢を持つ。黒一色に銀の装飾を施されたぴったりとした何かの革のような服を着た異形の者がニグンの前へ歩み出てくる。

 

まさに異形としか言えないその存在は口脇から生えた、太ももの辺りまでありそうな六本の長い触手をうねらせながら、ニグンの頭部を触手で覆いつくす。

瞳の無い青白く濁った目と頭部を覆いつくす触手と頭が割れるような激痛。

 

 

それが、ニグンの見た最後の光景だった。

 

 

/*/

 

 

エンリが教会の前に村人を集め終わった時、その扉の前には大きな狼がいた。

行儀良く座り、村人達を見る眼は深みのある英知と強大な力を感じさせ、それはとても唯の狼には見えなかった。

 

また騎兵が村に近づいてきている。

村の救世主、人狼のカルバインに危なくなったら、あの神様がつくった教会の中に逃げろと言われた。

なら、この狼も人狼なのだろうか。

 

エンリが声をかけようとした時、狼はすくっと立ち上がった。

 

驚くエンリ、村人の目の前。ほんの数秒にも満たない時間で狼は、赤髪の三つ編み褐色の美女。

メイド服と修道服を合わせて2で割ったような服装の女性になっていた。

その瞳だけは狼の時と同じ色。カルバインと同じ金の瞳のその女性は、淑やかな動作で一礼し、口を開いた。

 

 

「始めまして。私はカルバイン様のメイドにして、アインズ様に仕えるルプスレギナと言います」

 

 

これまで見た事もない美貌の女性に誰も口を開けない中、ネムだけが子供ゆえの純粋さか、それともジョンと向き合った経験によるものか、ルプスレギナへ問いかける事が出来た。

 

 

「狼さんの……お嫁さん?」

「おおっ!? 良い子っすね!! 私の中のお気に入りランクがぐぐっと上昇っすよ!!!」

 

 

ネムの声にルプスレギナは笑顔を向ける。

その満面の笑顔は、その場の者達が全て引き込まれてしまうほどの華やかな太陽のような輝きを放っていた。

 

「ま、あなた方は今のところは安全っすよ。仮にもお客様にこんな口を向けるのは不味いことなんすけど、そこは許してほしいっすねー」

 

まるで別人ではと思われるような、冗談めかした口調でそれだけ言うと、最初のメイドに相応しい表情に戻った。

その急激な変化に驚くと同時に、ルプスレギナという女性にあっているようにエンリは感じた。

 

「アインズ様の家は、今日はあなた方を迎え入れます」

 

口調を戻し、村人へ一礼して扉を開けたルプスレギナに促され、エンリ達村人は教会の中に招き入れられた。

扉を抜け、教会の内部に入ると、そこは城塞都市(エ・ランテル)でも見たことが無い立派な聖堂だった。

 

まるで空のように高い天井。広く真っ直ぐに主祭壇まで延びる通路には深紅の絨毯。その左右には悠々と五人はかけられそうな信徒用の長椅子が並び、塵一つない静謐な空間を作っている。

突き当たりの壁、主祭壇の背後には壮麗なステンドグラスが飾られ、もう黄昏時だと言うのに光を放っていた。

 

 

エンリ達は攫われてきた小動物を思わせる雰囲気で、落ち着かなく周囲をきょときょとと見渡している。

まるで、お姫様が出るような物語に入り込んでしまったような、夢のような煌びやかな世界。自分達がいて良い世界ではない。

 

血と泥と埃で汚れた自分達が入って、本当に良いのだろうか。

 

けれど、ルプスレギナはエンリ達を主祭壇まで案内し、長椅子を勧める。

本当に座って良いものか、互いにきょときょとと顔を見合わせる村人達の様子にルプスレギナは小首を傾げ、また満面の笑顔になって村人達へ語りかけた。

 

「汚れとか気にしないで座ってほしいっすね。座ってもらえないと私がジョン様に怒られてしまうっすよー」

 

そして、よよよ、と泣き真似をして見せる。

エンリとネムにはルプスレギナのその姿に、自分達を落ち着かせる為、あえて馬鹿な事を言い、おどけ、肩をすくめて見せたジョンの姿が重なって見えた。

 

「狼さんといっしょー」

「うん、そうだね。カルバイン様にそっくり。……あの、お二人は恋人同士だったりするのですか?」

 

安堵感から生じた好奇心に負けたエンリの質問に、ルプスレギナは一瞬だけ口ごもり、誰を指した言葉か理解し、顔を真っ赤にする。

 

「え? うへへへへ。そう見えちゃうっすか? うへへへへ。お世辞言ってもこれ以上はサービスしないっすよ。うへへへへ」

 

いやお世辞というより単なる疑問なんです。

そんな思いは口には出さない。流石にエンリといえども空気を読むことぐらいは出来る。いや、完全にでれでれに蕩け切ったルプスレギナを前に、そんなことを口に出来る人間がいるはずが無い。

良かった変な事を聞かなくて。エンリはそう内心で安堵した。

 

ルプスレギナは顔をぐいっとエンリに近づけ、声を落とす。

 

「まだそんな事なってないっすけどね。ずっと憧れの方だったっすけど、専属メイドにして頂いて、ジョン様と名前で呼ぶ事までお許し頂いたっすよ」

「そうなんですか……」

「ジョン様になら玩具にされて泣かされても、手足の一本二本ぐらいかじり取られても、全然おっけーっす……うへへへへ」

「そ、そうなんですか……」

 

エンリも少女として他人の恋話には興味がある。しかし、なんというか前半は兎も角、後半はなんだろう? 泣かされるとか、手足の一本二本かじり取られてもとは、どう言う状況なのだろう。

羞恥に頬を染めながらの話だから、自分の知らない何か性的な比喩なのだろうか。乏しい知識で想像し、エンリも頬を赤く染めた。

 

こほん。

 

しばらく、変な笑い声を上げていたルプスレギナであったが、咳払いをして居住まいを正すと。

 

「エンちゃんとネムちゃんがあんまりにも良い子っすから、ちょーっとサービスするっすよ」

 

全然あらたまっていなかった。

そのまま浮かれた様子でルプスレギナが主祭壇に掲げられている鏡を何事か操作すると、鏡に村の外で戦うガゼフの姿が浮かび上がった。

 

血を流し、歯を食いしばり、ガゼフが剣を振るう度に天使が倒れるが、部下の戦士達も次々と倒されていく。

 

自分達を守り、血を流すガゼフの姿を見て、鏡に向かって祈り始める村人達。

 

「……私が知ってるダーシュ村と違うっすね。ダーシュ村の村人はこんな時、全力全開で相手を殴り返してたっすよ。なんかもー手加減一発、岩をも砕くって感じで」

「私達もそうなれるでしょうか」

「さぁ? 私は知らないっすね。でも、ジョン様は鍛えてやるって仰ったっすよね」

 

突き放すようなルプスレギナの言葉に子供達の中から、応じる声が上がった。

 

「僕、強くなる。カルバイン様や戦士長みたいに強くなって、今度は僕も皆を守るよ!」

 

それは絶望の中で笑う声。絶望を否定し、自分達にも何かが出来るのだと、先行くものの背中に憧れる声だった。

ジョンやモモンガならば眩しく思っただろう。ジョンならば強くなれと背中を押し、モモンガならその意志に憧れ、眩しそうに目を細めただろう。

しかし、ルプスレギナは疑問に思うのが精一杯だった。

 

(おおう? なんか眩しいっすね? さっきまで死にそうな表情(かお)してた村人達が、弱いくせに何か覚悟を決めた表情(かお)になったっすよ。絶望と苦痛に表情を歪ませた後は、虫見たいにプチッと潰されるだけじゃないんすか? うーん?)

 

「悔しい。どうして僕は子供なんだ。なんで力が無いんだ。もっと強ければ、父さんだって……」

「強くなって、カルバイン様にも村の皆にも、もうこんな悲しい思いはさせない。いつか、今度は俺も戦う!」

 

お? やっぱ絶望するっすか? さっきの騎士は良い表情(かお)したっすね。

 

『おかね、おあああ、おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけて――』

 

でも、あれと違うっすよね? どっちかって言うと晩餐の後に見せて頂いた特典映像の少年っぽいっす。そーすると、この玩具=村人が死んだら、やっぱり、ジョン様は悲しまれるんすかね? うーん。どうすれば、あ、でも、壊して……『ルプスレギナ、お前には失望したぞ』とか叱られるのは嫌っす……。

 

ジョンに相談すると言う事には思い至らない駄 犬(ルプスレギナ)だった。

 

その遠隔視の鏡による覗き見は、自分の勇姿を村人にまで見られたくないモモンガに咎められるまで、ジョンが腕の一振りで天使を全滅させるまで続けられた。

 

 

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全身の脱力感が酷い。

体の中がドロドロになっているようだった。

異常な疲労感だ。どれだけ過酷な運動をしてもこれほどの酷い状態になった事は無い。

 

ニグンは重い瞼を必死に開ける。

 

眩しい光が目の中に飛び込んでくる。自分は一体、どうしたのか。ここは何処で、自分はどうなったのか。

 

「復活したようだな。だが、死の領域より魂を引きずり出した影響で弱っているか。ニグン・グリッド・ルーイン、我が力を受け、再び立ち上がるが良い」

 

身体に、いや魂にだろうか? 直接、力が注ぎ込まれている未知の感覚があった。

一息毎に身体に力が吹き込まれ、身体がより強靭に、高位の存在に進化していくような感覚だとニグンは思った。

 

 

モモンガが使ったのは過疎対策の新規ユーザー優待アイテム。使うと経験値が1Lvから10Lvに上がるだけの数量が加算されるアイテムだ。無論、ユグドラシルが95Lvまではレベルが上がり易いとは言っても、例えばこれだけで30Lvまで上げようとすれば7~8個は必要となるだろう。

 

カンスト組には意味の無い(1時間モンスターを狩った方が早いし金貨も手に入る)アイテムであったが、モモンガとジョンはこれと抱き合わせになっているアイテム目当てに大量に購入していた。ガチャの外れアイテムとして、一時期大量に供給された事もあった。ジョンはサポートキャラクター用にある程度は使っていたが、スタック数が多くインベントリを圧迫しないので邪魔にならなかった。その為、モモンガとジョンは二人合わせると馬鹿馬鹿しい数を保有していた。

 

それをモモンガはニグンへ5個使った。

ジョンが見るところニグンの気はガゼフを勝るとも劣らない程となっていた。レベルにして30前後。彼らの言う英雄級と言う奴だろうか。

 

 

だが、そんな事を知らない彼らから見れば、これはどのように目に映るだろうか?

ニグンがやっとの事で身体を起こした時、部下達は全員が平伏していた。全てピクリとも動かないその姿――それは異様なほど強い崇拝を感じさせるものだった。

 

自分(ニグン)は死の神の従属神の手にかかり、一度、死に。今、復活したのだろう。

大儀式を行っての復活魔法はある。多くの神官を併用した――かの十三英雄の一人が責任者を勤めた儀式。もしくは人外の英雄達、漆黒聖典の者達ならば或いは単独行使も可能かもしれない。

 

だが、神より吹き込まれた息吹により、今なら手の届かなかった信仰系魔法第5位階までも扱える気がする。

 

蘇生により、力が失われる事を陽光聖典の隊長であるニグンは知っていた。

復活により逆に能力が向上するなど、ありえない事なのだ。

 

 

異形異能の騎士を率い、蒼褪めた乗り手、死の騎士、骨の竜を従え、死を与え、死より救い上げる存在。

これこそまさに死の神。

ニグンはよたよたと体の向きを変え、死の神の前に平伏する。

 

「いだいなるおかた」

 

それを見下ろしながら、死の神はすこしだけ驚いたような様子を見せ、すぐに何かを納得したのか、軽く頭を振ることで答える。

 

「かみよ。わたしのしんこうをあなたさまへささげます」

「私を拒絶した人類を、私は信じる事が出来ない。ニグン・グリッド・ルーイン、自らの身に何が起こったのか。しかとその目に映すが良い」

 

 

/*/

 

 

平伏したニグンの前に死体が横たえられる。

誰であるか、ニグンは理解できた。囮部隊の実質的な隊長ロンデス・ディ・グランプだ。

鎧を着たままだったが、鎧に覆われていない部分は殴打されつくし、歯は折れ、眼窩は落ち窪み、致命にならない打撃で弄り殺しにされたような無残な死に様だった。

 

「この者は人類の為と無辜の民へ死を振り撒き、唯一人、己の行いの結果を、民に殺される事を自ら受け入れた。己が死を振り撒くならば、自身が死に蝕まれる事をも従容と受け入れよ。ニグン・グリッド・ルーイン、この者と手を携え、汝が成すべき事を成すが良い」

 

死の神がその御手に神聖な雰囲気を漂わせる30センチほどのワンドを持ち、それを一振りした。

 

「ロンデス・ディ・グランプ、我が力を受け、再び立ち上がるが良い」

 

それだけで、ただそれだけで、傷だらけの死体は傷一つ無く、呼吸をする生者となっていた。

同時にモモンガは時間停止を使用し、ロンデスにも件の課金アイテムを5個使用している。

 

 

ニグンには奇跡の光景としか見えなかった。

 

 

もとより、自らの身に何があったか。神の言葉を疑うなど欠片もなかったが、自らの目の前で繰り広げられた奇跡。まさしく神の御業。

 

続けて神はニグンが本国より貸し出された六大神の遺産。

魔封じの水晶より最高位天使、威光の主天使を呼び出すと、なんと《善なる極撃》を自らに放たせる。人の身では到達する事も出来ない《善なる極撃》を受けて、尚、傷一つない強大なる死の神。最高位天使が傷一つつける事が出来ず、逆に神は、ほんの小手先の一撃で最高位天使を消滅させる。

 

 

おお、なんと言う神の御業よ。

永久の闇を従える偉大にして至高なる死の支配者よ。

 

 

そして、神は魔封じの水晶に第十位階怪物召喚で地獄の番犬ケルベロスを封じると、これはニグン・グリッド・ルーインが使うが良いと告げる。

 

 

ニグンは感動に打ち震えていた。

 

 

絶対の大いなる存在。その巨大な存在の一端に触れた。

ここには圧倒的な存在感があった。圧倒的な力感があった。圧倒的な感動があった。

この喜びは、神に仕える者しか感じることはできない。そして、この喜びの前には、これまでの信仰が間違っていた事など、些細な事としか思えない。

 

ニグンは自分は今日この日の為に存在していたのだと、自らが神に選ばれた事を世界全てに感謝していた。

心を揺り動かす大きなうねりは涙となって瞳から溢れ、口からは神への感謝の聖句が零れ出す。

 

 

/*/

 

 

陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインのその姿に、ジョンは内心滝のような汗を流していた。

モモンガの前に跪き、祈りを捧げるニグンの目は完全に向こう側へ行ってしまっていた。所謂、目覚めた人になっている。

 

一度、信仰を否定し、絶望させておいて、あっさり声をかけて力を与える。──なんと酷いマッチポンプだろう。

寧ろ、性質の悪いマインドコントロールでは無かろうか。ぎりぎりまで追い詰め──るどころか、死の谷に突き落としていたが──優しく奇跡をおこして依存させる。それでもって、めでたく信者獲得。

 

ウルベルトが言ってた。いわゆる悪徳新興宗教なんかの信者獲得方法。

一般的な手段にプラスして、本物の神秘体験まで付いてきているのだから余計に質が悪い。

 

 

(これだけ出来る人が、村人の殺戮に何も感じないから、俺は人間じゃないと凹むとかマジ勘弁)

 

 

《モモンガさん、魔封じの水晶はなんでわざわざ手間をかけて?》

《これはこの任務の為に本国からレンタルされた神の遺産だそうです。彼らにとっては国宝級ですね。それを彼等が掲げる神から、名指しで個人が使えとされたらどうなると思います?》

《そりゃ、軋轢でぎくしゃく……ああ、こいつ生かして帰す事で、幾つも問題が起きるように仕込んでるんですね》

《そうです。第7位階で人類が到達できないそうですから、特殊なアイテムを使うか、漆黒聖典とか呼ばれる英雄級を超える人間で漸く第8位階が使えるとか。上層部は取り上げたいでしょうね。でも、ニグンは全力で抵抗するでしょうし、彼に味方する勢力も出るでしょう》

 

《でも、大丈夫なんですか》

 

《法国は現行の体制で数百年やってるようですから、当然、既得権益があります。現行体制から利益を得ているものからすれば、私の存在は許せないでしょう。では、現状で受ける利益が少なく、純粋に神を信仰している現場の人間はどうでしょうか。国と言う組織の中で上下で意識が乖離し、組織力を発揮できなくなるとは思いませんか。例えば、王国のように》

《今日は絶好調だね、モモンガさん。……やっぱアンデッドでも寝なきゃダメじゃん》

 

ぷにっと萌えさんが乗り移ってるんじゃないかと疑う頭の冴えだ。

やっぱり、一人で追い込まれてると頭の回転も悪くなるよなーとジョンは考え、楽しそうにあれこれ語るモモンガに笑みを浮かべた。

 

 

/*/

 

 

不意に空がパキン、と割れ、瞬きの間に元に戻った。

天を振り仰いだ死の神が、平伏するニグンへ視線を移す。

 

 

「私を見下ろすか、人間」

 

 

死の神の言葉にニグンは震え上がった。本国では定期的に自分達の様子を監視していたのだろう。

そして、それが今、死の神の怒りに触れた。

 

神を守る異形異能の騎士達の列から、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に跨った死の騎士(デス・ナイト)が6体。

蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が2体消えていた。

彼等は神を天から見下ろす不敬を行った者の所へ、神罰を与えにいったのだとニグンは悟った。

 

 

「恐れながら! アインズ・ウール・ゴウン様! 本国が私を監視していたものでございます。決して!! 決して!!! 御身に不敬を働こうなどとは……」

「ならば行け。ニグン・グリッド・ルーイン。行って、汝が成すべき事を成すが良い」

 

 

「ハッ! 私の信仰、私の全てを御身へ捧げ、道を違えた信仰を正して参ります!」

 

 

そう答えたニグンの黒い瞳はガラス玉のような硬質な灰色に変化していた。この瞳は二度と元の色に戻る事はないだろう。

最早、何者にも折れず、曲がらず、動じずに、彼は信仰に生き、信仰に死すのだから。

 

 

それが彼の幸せなのだから。

 

 

《あの、モモンガさん。スケドラとデスナイトとペイルライダーは何処やったの?》

《虚仮威しに召喚しただけでは勿体無いので、ニグレドの逆探知と反撃にあわせ、それっぽく振舞うよう命じて術者のところに送り込みました》

 

 




ニグンさん生存! ニグンさん生存!!
ニグンさん、これからも頑張って下さい。

次回「お願い、モモンガさん!(上位物品作成」

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