オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ スレイン法国・大神殿・戦術解析室 /*/
広い会議室の中央に、魔導投影の光が浮かんでいた。
映し出されているのは――数時間前の訓練映像。
凍てつく嵐の中、神槍の紅光と氷竜の蒼光が交錯する瞬間だった。
ジョンは椅子に腰を下ろし、肘をつきながら淡く笑う。
その視線の先では、漆黒聖典第1席次とヘジンマールが並んで立っていた。
「……改めて見ると、すごい絵面ですね……」
ヘジンマールが少し肩をすくめ、苦笑する。
「僕、自分のブレスで結界を三重も割るなんて……後で学院に知られたら怒られますよ」
「怒られるだけで済めばいいな」
ジョンが軽く笑う。
「だが、結果としては上々だ。
――隊長、お前はどう見る?」
漆黒の甲冑をまとった第1席次が、一歩前に出た。
静かな声で答える。
「……率直に申し上げます。
彼の速度、転位の精度、氷魔法の制圧範囲――いずれも私の想定を上回っていました。
“敵を知らずして神槍を振るえば、ただの暴威に堕する”――神獣様の仰った通りです」
ジョンは顎に手を添え、にやりと笑った。
「つまり、お前が学んだのは“恐れ”だな」
「……はい。
自らより強大な存在を前にしても、冷静さを保つ術を。
それこそが、我ら人の限界を越える鍵だと理解しました」
「よく言った」
ジョンの声が静かに響く。
「――力は、怖いくらいでちょうどいい。
恐れを知る者だけが、力を正しく使える。
逆に、恐れを失えば、力は必ず暴走する」
彼は指を鳴らし、映像を止める。
停止した光景の中、ブリューナクと氷星爆破がぶつかり合う瞬間が映し出されていた。
「この一撃。
もし双方がもう一歩踏み込んでいたら、訓練場どころか聖都まで吹き飛んでた。
――だから、俺たちは“引き際”を覚えなきゃならない」
静寂。
ヘジンマールが小さく頷いた。
「……神獣様。
その……僕の氷星爆破は、元々、相手を完全凍結させて封じる術です。
でも今回は、あえて威力を殺しました。
おかげで……生きて、学べた気がします」
「いい判断だ。お前の理性は強さそのものだよ」
ジョンは椅子の背にもたれ、天井を仰ぐように言葉を続ける。
「戦いってのは、力比べじゃない。
“学習の速さ”で決まるんだ。
戦うごとに、考えるごとに、結果を変えられる者が本当の勝者だ」
「……“学習の速さ”、ですか?」
ヘジンマールが首を傾げる。
「そう。
強さは“今の結果”でしかない。
でも勝敗を決めるのは、“次にどう動けるか”だ。
だから俺は、戦士よりも“学ぶ者”を信じる」
その言葉に、隊長が静かに槍を立てた。
「神獣様……。
もし許されるなら、今後の訓練にもヘジンマール殿をお招きしたい。
あの冷徹な氷の戦術――人の身で超える価値があります」
「えっ!? ぼ、僕ですか?」
突然の指名にヘジンマールが慌てて翼をすぼめた。
「そ、そんな大それた……。僕なんて、戦いより研究の方が……」
「だからだよ」
ジョンが笑う。
「お前みたいな“戦いたくない奴”の方が、戦いの本質を知ってる。
無闇に戦う奴よりずっと信用できるさ」
ヘジンマールは少し恥ずかしそうに笑い、視線を落とした。
「……ありがとうございます、神獣様。
僕、次はもう少し頑張ってみます」
「うん。次は凍らせるだけじゃなく、“凍ったまま動かす”技を研究してみろ。
応用すれば、軍単位での戦術にも使える」
「え、ええ!? そんな大規模な応用まで……」
ジョンは楽しそうに笑い、立ち上がった。
「やってみな。
――理性ある竜が、戦略を学んだらどうなるか。
この世界に証明してやろうぜ」
会議が終わった後、
去っていくヘジンマールの足跡が廊下に薄氷を残した。
ジョンはその跡を見つめながら、小さく呟く。
「“偽りの竜王級”……か。
始原の魔法のあるなしがどこまでの差になるかな」
そしてその目には、どこか楽しげな光が宿っていた。
――まるで、“新たな駒”が盤上に現れたことを喜ぶかのように。
/*/ スレイン法国・大神殿 戦略会議室 /*/
氷嵐の訓練から一夜明けた。
スレイン法国の上層評議会――神官長、聖典代表らが円卓に集っている。
中央の魔法投影には、霜の白竜〈フロスト・ドラゴン〉ヘジンマールの姿が映し出されていた。
氷晶の翼を広げ、空を舞うその光景は、
まるで神話が現実に蘇ったかのようだった。
「……では、確認いたします」
神官長のひとりが震える声で口を開く。
「神獣様。この竜――帝国より招聘されたというヘジンマール殿は、
確かに“竜王級”の戦力と見なしてよろしいのですな?」
ジョンは軽く頷いた。
「そうだ。
ヘジンマールは〈霜の白竜〉――フロスト・ドラゴンの中でも特異な個体だ。
総合レベルは七十前後だが、
出力、魔力量、戦術制御の水準は明確に竜王級に達している。
スレイン法国においても正式に“竜王級戦力”として扱って構わない」
神官たちの間にざわめきが走る。
その中心で、老神官長が深く頷き、慎重に言葉を選んだ。
「……つまり、“真なる竜王”ではなく、“偽りの竜王”と呼ばれる存在なのですな」
「その通りだ」
ジョンは穏やかに答えた。
「“真なる竜王”と“偽りの竜王”の違いは、ただ一つ。
――“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を使えるかどうか、だ。
始原の魔法を扱える者だけが、世界法則に直接干渉できる“真なる竜王”とされる。
ヘジンマールはそれを持たないが、それ以外の能力は竜王と遜色がない」
神官長たちは息を呑む。
竜王――それは、神話時代に神々と争った存在。
それと同格の力を持つ竜が、今、彼らの味方としてここにある。
「……つまり、神獣様。
始原の魔法を扱えないゆえに“偽り”と呼ばれるものの、
実際の戦闘力・統率力は竜王級……と」
「うん。しかも理性的で、交渉が通じる」
ジョンは薄く笑いながら言った。
「“真なる竜王”は、概念そのものを破壊できるが、他の種族を見下す。
だがヘジンマールは違う。
己の知性で他の種族の目線で考えられる。
――つまり、“理性を持った竜王”。
人の側につく竜王級として、最も理想的な存在だ」
神官たちの間で静かな感嘆が漏れる。
「……理性を持つ竜王級……。
あのような存在を、神獣様が理性の下に導かれているとは……」
「我らの信仰は現実となったのだ」
老神官長が震える声で言う。
「竜王級を従える神獣様。
それはもはや、神々の時代すら凌駕する秩序ではないか……」
ジョンは椅子から立ち上がり、映像に映る白竜を見上げる。
その瞳に宿るのは威厳ではなく、静かな信頼だった。
「ヘジンマール。これからはスレイン法国の“竜王級防衛顧問”として働いてもらう。
名目上は研究職だが、運用は俺の指揮下に入る。いいな?」
『も、もちろんです、神獣様……!
僕の力が、人の平和のために使えるのなら、それが本望です。
帝国の歴史や文化も大分学んだので、法国のそれも勉強したいです』
「うん、そう言うと思った」
ジョンは満足げに笑い、神官たちへと振り向く。
「――これで、法国は“人と竜の防衛線”を確立した。
帝国、王国、魔導国のいずれが動こうと、
竜王級が味方にいる国を軽んじることはできない」
その言葉に、神官たちは頭を垂れた。
老神官長は深く息を吐き、感嘆を漏らす。
「理性ある竜王級……。
“始原の魔法”を持たずとも、あの存在は神話そのもの。
神獣様、我らの信仰は正しかった……」
ジョンは苦笑しながら肩をすくめた。
「信仰じゃないさ。理(ことわり)だよ。
この世界では、“力を理で縛れるかどうか”がすべてなんだ」
会議が終わったあと、ジョンは窓辺に立ち、
遠くの空に舞う白い影を見つめた。
――霜の白竜、ヘジンマール。
その飛翔は、冬空に一筋の氷の軌跡を描いて消えた。
「……偽りの竜王、ね」
ジョンは小さく笑い、呟く。
「“偽り”ってのは、人がつけた名前だ。
本当の意味じゃ――“理を知る竜王”ってことさ」