オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第181話:偽りの竜王ヘジンマール

/*/ スレイン法国・大神殿・戦術解析室 /*/

 

広い会議室の中央に、魔導投影の光が浮かんでいた。

映し出されているのは――数時間前の訓練映像。

凍てつく嵐の中、神槍の紅光と氷竜の蒼光が交錯する瞬間だった。

 

ジョンは椅子に腰を下ろし、肘をつきながら淡く笑う。

その視線の先では、漆黒聖典第1席次とヘジンマールが並んで立っていた。

 

「……改めて見ると、すごい絵面ですね……」

ヘジンマールが少し肩をすくめ、苦笑する。

「僕、自分のブレスで結界を三重も割るなんて……後で学院に知られたら怒られますよ」

 

「怒られるだけで済めばいいな」

ジョンが軽く笑う。

「だが、結果としては上々だ。

 ――隊長、お前はどう見る?」

 

漆黒の甲冑をまとった第1席次が、一歩前に出た。

静かな声で答える。

 

「……率直に申し上げます。

 彼の速度、転位の精度、氷魔法の制圧範囲――いずれも私の想定を上回っていました。

 “敵を知らずして神槍を振るえば、ただの暴威に堕する”――神獣様の仰った通りです」

 

ジョンは顎に手を添え、にやりと笑った。

 

「つまり、お前が学んだのは“恐れ”だな」

 

「……はい。

 自らより強大な存在を前にしても、冷静さを保つ術を。

 それこそが、我ら人の限界を越える鍵だと理解しました」

 

「よく言った」

ジョンの声が静かに響く。

 

「――力は、怖いくらいでちょうどいい。

 恐れを知る者だけが、力を正しく使える。

 逆に、恐れを失えば、力は必ず暴走する」

 

彼は指を鳴らし、映像を止める。

停止した光景の中、ブリューナクと氷星爆破がぶつかり合う瞬間が映し出されていた。

 

「この一撃。

 もし双方がもう一歩踏み込んでいたら、訓練場どころか聖都まで吹き飛んでた。

 ――だから、俺たちは“引き際”を覚えなきゃならない」

 

静寂。

ヘジンマールが小さく頷いた。

 

「……神獣様。

 その……僕の氷星爆破は、元々、相手を完全凍結させて封じる術です。

 でも今回は、あえて威力を殺しました。

 おかげで……生きて、学べた気がします」

 

「いい判断だ。お前の理性は強さそのものだよ」

 

ジョンは椅子の背にもたれ、天井を仰ぐように言葉を続ける。

 

「戦いってのは、力比べじゃない。

 “学習の速さ”で決まるんだ。

 戦うごとに、考えるごとに、結果を変えられる者が本当の勝者だ」

 

「……“学習の速さ”、ですか?」

ヘジンマールが首を傾げる。

 

「そう。

 強さは“今の結果”でしかない。

 でも勝敗を決めるのは、“次にどう動けるか”だ。

 だから俺は、戦士よりも“学ぶ者”を信じる」

 

その言葉に、隊長が静かに槍を立てた。

 

「神獣様……。

 もし許されるなら、今後の訓練にもヘジンマール殿をお招きしたい。

 あの冷徹な氷の戦術――人の身で超える価値があります」

 

「えっ!? ぼ、僕ですか?」

突然の指名にヘジンマールが慌てて翼をすぼめた。

「そ、そんな大それた……。僕なんて、戦いより研究の方が……」

 

「だからだよ」

ジョンが笑う。

「お前みたいな“戦いたくない奴”の方が、戦いの本質を知ってる。

 無闇に戦う奴よりずっと信用できるさ」

 

ヘジンマールは少し恥ずかしそうに笑い、視線を落とした。

「……ありがとうございます、神獣様。

 僕、次はもう少し頑張ってみます」

 

「うん。次は凍らせるだけじゃなく、“凍ったまま動かす”技を研究してみろ。

 応用すれば、軍単位での戦術にも使える」

 

「え、ええ!? そんな大規模な応用まで……」

 

ジョンは楽しそうに笑い、立ち上がった。

「やってみな。

 ――理性ある竜が、戦略を学んだらどうなるか。

 この世界に証明してやろうぜ」

 

会議が終わった後、

去っていくヘジンマールの足跡が廊下に薄氷を残した。

ジョンはその跡を見つめながら、小さく呟く。

 

「“偽りの竜王級”……か。

 始原の魔法のあるなしがどこまでの差になるかな」

 

そしてその目には、どこか楽しげな光が宿っていた。

――まるで、“新たな駒”が盤上に現れたことを喜ぶかのように。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 戦略会議室 /*/

 

 

氷嵐の訓練から一夜明けた。

スレイン法国の上層評議会――神官長、聖典代表らが円卓に集っている。

中央の魔法投影には、霜の白竜〈フロスト・ドラゴン〉ヘジンマールの姿が映し出されていた。

 

氷晶の翼を広げ、空を舞うその光景は、

まるで神話が現実に蘇ったかのようだった。

 

「……では、確認いたします」

神官長のひとりが震える声で口を開く。

「神獣様。この竜――帝国より招聘されたというヘジンマール殿は、

 確かに“竜王級”の戦力と見なしてよろしいのですな?」

 

ジョンは軽く頷いた。

「そうだ。

 ヘジンマールは〈霜の白竜〉――フロスト・ドラゴンの中でも特異な個体だ。

 総合レベルは七十前後だが、

 出力、魔力量、戦術制御の水準は明確に竜王級に達している。

 スレイン法国においても正式に“竜王級戦力”として扱って構わない」

 

神官たちの間にざわめきが走る。

その中心で、老神官長が深く頷き、慎重に言葉を選んだ。

 

「……つまり、“真なる竜王”ではなく、“偽りの竜王”と呼ばれる存在なのですな」

 

「その通りだ」

ジョンは穏やかに答えた。

 

「“真なる竜王”と“偽りの竜王”の違いは、ただ一つ。

 ――“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を使えるかどうか、だ。

 始原の魔法を扱える者だけが、世界法則に直接干渉できる“真なる竜王”とされる。

 ヘジンマールはそれを持たないが、それ以外の能力は竜王と遜色がない」

 

神官長たちは息を呑む。

竜王――それは、神話時代に神々と争った存在。

それと同格の力を持つ竜が、今、彼らの味方としてここにある。

 

「……つまり、神獣様。

 始原の魔法を扱えないゆえに“偽り”と呼ばれるものの、

 実際の戦闘力・統率力は竜王級……と」

 

「うん。しかも理性的で、交渉が通じる」

ジョンは薄く笑いながら言った。

「“真なる竜王”は、概念そのものを破壊できるが、他の種族を見下す。

 だがヘジンマールは違う。

 己の知性で他の種族の目線で考えられる。

 ――つまり、“理性を持った竜王”。

 人の側につく竜王級として、最も理想的な存在だ」

 

神官たちの間で静かな感嘆が漏れる。

 

「……理性を持つ竜王級……。

 あのような存在を、神獣様が理性の下に導かれているとは……」

 

「我らの信仰は現実となったのだ」

老神官長が震える声で言う。

「竜王級を従える神獣様。

 それはもはや、神々の時代すら凌駕する秩序ではないか……」

 

ジョンは椅子から立ち上がり、映像に映る白竜を見上げる。

その瞳に宿るのは威厳ではなく、静かな信頼だった。

 

「ヘジンマール。これからはスレイン法国の“竜王級防衛顧問”として働いてもらう。

 名目上は研究職だが、運用は俺の指揮下に入る。いいな?」

 

『も、もちろんです、神獣様……!

 僕の力が、人の平和のために使えるのなら、それが本望です。

 帝国の歴史や文化も大分学んだので、法国のそれも勉強したいです』

 

「うん、そう言うと思った」

ジョンは満足げに笑い、神官たちへと振り向く。

 

「――これで、法国は“人と竜の防衛線”を確立した。

 帝国、王国、魔導国のいずれが動こうと、

 竜王級が味方にいる国を軽んじることはできない」

 

その言葉に、神官たちは頭を垂れた。

老神官長は深く息を吐き、感嘆を漏らす。

 

「理性ある竜王級……。

 “始原の魔法”を持たずとも、あの存在は神話そのもの。

 神獣様、我らの信仰は正しかった……」

 

ジョンは苦笑しながら肩をすくめた。

 

「信仰じゃないさ。理(ことわり)だよ。

 この世界では、“力を理で縛れるかどうか”がすべてなんだ」

 

会議が終わったあと、ジョンは窓辺に立ち、

遠くの空に舞う白い影を見つめた。

 

――霜の白竜、ヘジンマール。

 

その飛翔は、冬空に一筋の氷の軌跡を描いて消えた。

 

「……偽りの竜王、ね」

ジョンは小さく笑い、呟く。

 

「“偽り”ってのは、人がつけた名前だ。

 本当の意味じゃ――“理を知る竜王”ってことさ」

 

 

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