オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第183話:一人師団出撃!

 

 

/*/ スレイン法国・占星院「天穹の間」 /*/

 

 

夜の宮殿の最上階、雲より高く浮かぶ白き塔。

その頂にある円形の間――“天穹の間”には、静寂だけが満ちていた。

 

幾千もの星を模した魔法光球が宙に浮かび、淡く瞬く。

その中央で、制服姿の女がひとり、巨大な水晶盤の上に両手を翳した。

占星千里(オラクル)。

星を読む者にして、神敵の再臨を見通す唯一の眼。

 

彼女の唇がかすかに震える。

 

「……星が、軋んでいる」

 

空間全体が微かに鳴動した。

天井を覆う星図が歪み、南天の第七星群――“カトラスの鎖”が血のような紅に染まる。

霧のような魔力が漂い、水晶盤の上に一つの影が浮かび上がった。

 

――黒い都市。

 

山脈の稜線の間、霧の奥に、幾重にもねじれた塔と歪んだ門が見える。

その影の奥から、赤黒い光と無数の翼のようなものが渦巻く。

ミリアは息を呑み、震える指で筆を取った。

 

「黒き都市、門を開く。悪魔座、逆行す――三千年ぶりの兆し。

神敵、再臨せり。」

 

水晶盤の中で、霧が裂ける。

そこに現れたものは、血と硫黄の匂いを運ぶような幻視。

うねる炎の中、歪んだ王冠を戴いた影が立っていた。

 

「……ヤルダバオト。」

 

その名を口にした瞬間、天穹の間の星々が一斉に明滅した。

空気が震え、光が弾け、塔の外では風が唸る。

 

ミリアは祈るように書簡を封じると、聖印を押した。

 

「星は告げている。――“聖典の矛を掲げよ、神の兵を放て”。」

 

使いの天使が白光を残して飛び去る。

その羽音だけが、嵐のような静寂を裂いていった。

 

 

/*/ スレイン法国・最高評議会 /*/

 

 

夜を徹して集められた6の席。

白い大理石の床には、淡い金の聖句が刻まれている。

円卓の中央で、大神官が立ち上がった。

 

「――神敵再臨。」

 

その声が響いた瞬間、会議の空気が重く沈む。

神官長たちは沈黙し、ただ祈るように胸に手を当てた。

 

老いた神官の一人が震える声で問う。

「星は、確かか?」

 

「確かだ。」大神官は答える。

「占星千里が視た。黒き都市が再び脈を打ち、ヤルダバオトの影が甦る。

 このまま放置すれば、西境は七日にして炎に沈む。」

 

場内にざわめきが広がる。

しかし、大神官は一歩も退かぬまま宣言した。

 

「漆黒聖典を動かす時だ。」

 

その言葉と同時に、鐘が鳴り響いた。

天井のステンドグラス越しに、黎明の光が射す。

金と白の光が交差し、円卓の上に落ちた。

 

文官が命令書を読み上げる。

 

『漆黒聖典 第5席次 “一人師団(アイン・レギオン)” クアイエッセを派遣せよ。』

『補助部隊として陽光聖典を随行させ、神の天使を降ろし、悪魔軍の進行を阻止せよ。』

 

「神の敵は、神の光によって討たねばならぬ。」

 

その瞬間、全員が立ち上がった。

神官長たちは一斉に聖句を唱え、

高天から金の羽がひとひら落ちてくる。

 

外では、鐘楼が鳴り響き、兵たちが祈りを捧げる。

天光が白い城壁を照らし、旗が一斉に翻った。

 

クアイエッセ――“一人師団”。

その名が読み上げられるたび、空気が震えた。

 

彼が戦場に立つ時、

獣が吼え、天が震えるという。

 

そして今、神敵再臨の報せとともに、

法国の白の軍勢が再び動き始めた。

 

遠い山脈の向こうで、赤黒い煙が昇る。

黒い都市は門を開き、

この地上に、再び“災厄の影”が差し込み始めていた。

 

 

/*/ スレイン法国東境 山脈前線 /*/

 

 

夜が鳴いた。

黒い玄武岩の都市の門が、再び開かれた。

光なき空から、血色の霧とともに――悪魔の軍勢が這い出してくる。

 

山を越えて吹き下ろす風は熱を帯び、

大地は脈打ち、岩の下で呻くような音を立てていた。

天を覆う赤い月の下、炎の影が幾万と蠢く。

 

その中心に立つ一人の男――クアイエッセ・ハゼイア・クインティア。

漆黒聖典第5席次、“一人師団(アイン・レギオン)”。

 

彼は白銀の鎧を纏い、片膝をつく。

周囲を囲む陽光聖典の兵士たちが、祈りの詠唱を始めた。

 

「第七天より降り注ぐ光よ……我らに道を――」

 

クアイエッセは掌を開く。

七つの召喚陣が空中に浮かび上がり、

その中心に聖句のような言葉が淡く響く。

 

「我、神の御獣を統べる者なり――召喚、《神獣陣列》。来たれ、七つの命。」

 

地が割れ、光が奔る。

雷鳴とともに、七体の巨獣がその姿を現した。

 

白雷の獅子が吼え、炎鱗の竜が翼を広げ、

黒曜の蛇が大地を這い、銀角の鹿が光を散らす。

それぞれが神聖文字の鎖でクアイエッセと繋がり、

彼の意志一つで戦場を駆ける。

 

「行け――悪魔どもを、神の門より遠ざけよ!」

 

雷が落ち、獣たちが一斉に突撃した。

黒い翼を持つ悪魔の群れが空を覆うが、

白光がそれを貫き、焼き、消し去っていく。

 

同時に、後方から陽光聖典の詠唱が完成した。

 

「聖なる審判を、天より下せ――《アーク・セラフィム降下》!」

 

雲を割り、金の羽が舞い落ちた。

天使たちが列を成し、光の槍を構えて地上へ降り立つ。

天と地、獣と天使が同時に咆哮する。

 

炎と光の境界が弾け、黒い都市を中心に嵐が巻き起こる。

空が白く裂け、山脈の稜線が震える。

 

「――まだだ。」

 

クアイエッセは風の中で呟く。

彼の視線の先、黒い門の奥で“何か”が動いた。

 

悪魔の群れが退き、霧の中に道が開く。

その奥に、炎の冠を戴く巨影――

かつて世界を焼いた“あの名”が、

再び呼吸を始めていた。

 

『久しいな、人の子よ。』

 

ヤルダバオトの声が響いた瞬間、

空が真紅に染まり、天使たちの羽が焦げた。

神獣たちが吼える。クアイエッセの瞳が黄金に輝く。

 

「――神敵再臨、確認。

 第5席次クアイエッセ、作戦を継続する。

 天使隊は支援射を、獣隊は右翼を制圧!」

 

彼の号令に呼応して、獣たちが咆哮する。

雷光が山を裂き、聖光が空を灼く。

神と悪魔、信仰と狂気の境界で、

地上最大の戦闘が始まった。

 

そしてその光景は、遠く上空を漂う《アインズ・アイズ》が、

淡く光る眼で静かに記録していた。

その観測報告の末尾には、こう記されている。

 

「神敵、再び現出。

漆黒聖典第5席次、獣の群れと共に健在。

山脈戦線、未だ制圧ならず――」

 

空の彼方で、赤黒い稲妻が閃いた。

それは、神と悪魔の戦いの幕開けを告げる、最初の号砲だった。

 

 

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