オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第185話:神槍と炎王

 

 

/*/ 黒い都市 中心層 “炎王の祭壇” /*/

 

 

灼熱の空間。

天井から垂れる黒炎の雫は、大地に落ちるたびに溶岩の波紋を広げていた。

熱で空気が歪み、遠近の感覚すら狂っていく。

その中心に、二つの“炎を纏う存在”が対峙していた。

 

ひとりは、赤黒い王冠を戴き、業火を背に立つヤルダバオト。

その全身を覆うのは、凝縮された悪魔の炎、まるで恒星の表面のような熱。

ひとたび手を振れば、世界そのものを燃やし尽くすことができる。

 

そしてもうひとり――

白銀の鎧を焦がしながらも一歩も退かぬ男。

漆黒聖典第一席次、ケネウス・レクス・ヴァロール。

その手に握るのは、神造の槍《ブリューナク》。

刃先は絶えず白光を放ち、周囲の炎を押し返していた。

 

「……熱の波形、無効化完了。やはり通じんか。」

ケネウスの呟きは、ほとんど音にならなかった。

この空間では、空気そのものが燃えている。

呼吸するたび、喉に火が走った。

 

対するヤルダバオトは、愉悦の笑みを浮かべる。

「貴様も“炎熱完全耐性”を持つか。愚かな人の身で神の属性を得たとはな。」

「貴様こそ、その力に縋る亡者だ。……私には、まだ矛がある。」

 

ケネウスは槍を構えた。

一歩、踏み出すたびに、足元の岩が溶け落ちる。

次の瞬間、白光が閃いた。

 

《光槍展開――突撃形態(フォトン・ランス)》

 

槍の穂先から迸る光が、一直線にヤルダバオトを貫く――

だが、命中した瞬間、光が反転した。

炎熱無効。

ヤルダバオトの体表で光が散り、破片のように霧散する。

 

「同じ理を持つ者同士。光も炎も、我らには無意味だ。」

悪魔王の声は雷鳴のように響いた。

 

反撃。

ヤルダバオトの腕がゆっくりと上がる。

その掌の上に、炎球がいくつも生まれる。

ただの火ではない。

“概念燃焼”――存在の定義そのものを焼く魔炎。

 

ケネウスは一瞬の迷いもなく跳び、槍を薙ぎ払った。

炎球が砕け、破片が空間ごと歪ませる。

しかし、爆発の余波は避けられず、彼の左肩の鎧が音を立てて弾けた。

 

「ぐっ……!」

衝撃で吹き飛び、膝をつく。

体の奥で、魔力の流れが乱れる。

対照的に、ヤルダバオトは一歩も動かず、静かに空間を支配していた。

 

「貴様は確かに強い。だが、人の器に宿る神性は、長くは持たぬ。」

「言ってくれる……ッ!」

 

ケネウスは符札を投げ、光の結界を展開する。

直後、背後の溶岩が噴き上がり、炎流が奔った。

炎を押し返す光壁――しかし圧が違う。

ヤルダバオトが片手を伸ばすたびに、結界が軋み、

崩壊音が空間を満たしていく。

 

(防御結界、三重目が崩壊……もう維持限界だ)

 

ケネウスは汗ではなく血を吐いた。

魔力の行使速度――それが決定的に違う。

ヤルダバオトは“炎熱”の権能だけでなく、

複数の高位魔法を同時展開できる完全多重詠唱の支配者。

人間の身では、詠唱の一瞬すら致命的な隙となる。

 

「見えるぞ。貴様の魔力はもう残りわずかだ。」

「ならば――それで十分だ。」

 

ケネウスは立ち上がる。

槍を正面に構え、全身の魔力を一点に集中させた。

ブリューナクの光が膨張し、空間を染める。

ヤルダバオトの目が、わずかに細まった。

 

「その光……神槍の再現か。」

 

ケネウスは一歩踏み込み――

だが、その刹那、詠唱の遅れ。

炎王の腕が振り下ろされ、灼熱の拳が直撃した。

 

「ぐああああああああッ!!」

 

衝撃波が空間を割り、地を裂いた。

ケネウスの体が宙を舞い、溶岩に叩きつけられる。

鎧が弾け、皮膚が焼け、魔力回路が悲鳴を上げた。

 

立ち上がろうとする――だが、膝が言うことを聞かない。

空気が重い。酸素が燃え尽き、肺が悲鳴を上げている。

槍の光も、弱々しく揺らいでいた。

 

ヤルダバオトがゆっくりと歩み寄る。

「終わりだ、人の王。貴様の光もここで尽きる。」

 

ケネウスはそれでも、槍を離さなかった。

焦げた唇から、かすれた声が漏れる。

 

「……終わりではない。まだ……私には……」

 

その言葉の続きを、ヤルダバオトは聞こうとしなかった。

炎が渦を巻き、次の一撃が放たれようとした――

 

その瞬間、背後から紅の閃光が走る。

 

「――遅れてすまないわね、第一席次。」

 

イビルアイの声。

紅蓮の軌跡が空を裂き、黒炎とぶつかり合う。

ケネウスは、揺らめく彼女の姿を見て、かすかに笑った。

 

――そして、この後、二人が肩を並べて立つ“あの瞬間”へと続く。

 

 

/*/ 黒い都市 中心層 “炎王の祭壇” /*/

 

 

天が焦げ、地が煮え立つ。

ヤルダバオトの本体は、黒曜の炎殻を纏い、眼窩から白熱の光を流していた。

周囲数百メートルの大地は溶岩と化し、空気すらも焼かれて音を立てている。

 

ケネウス・レクス・ヴァロールは、槍《ブリューナク》を突き立てて立っていた。

鎧は半ば融け、魔法障壁も七度焼き破られている。

だが、なおもその双眸は冷たく輝いていた。

 

「……炎を以て、炎を殺すこと能わず……か。」

彼の言葉どおり、両者の戦いは極限の拮抗を続けていた。

ヤルダバオトは灼熱の腕を振り上げ、ケネウスは聖光の槍を放つ。

しかし互いの身を包む“炎熱完全耐性”が、攻撃を無へと還す。

 

「貴様……我に似ている。己が炎に呑まれた愚かな存在よ。」

ヤルダバオトの声が、天地を震わせる。

「だが貴様は神ではない。終わりは見えている。」

 

ケネウスの呼吸が荒くなり、膝がわずかに沈む。

魔法式の発動速度が落ち、光槍の輝きも細る。

(……やはり、魔力量の差が……)

 

その時――

焼ける空間を裂いて、紅の閃光が降りた。

 

「――《ブラッディ・ストーム・ノヴァ》!」

イビルアイが風のように舞い降り、ヤルダバオトの側面を撃った。

黒炎が一瞬だけ散り、ケネウスの顔に赤い反射光が走る。

 

「遅れてすまない。あなた、まだ立っているのね。」

「……吸血鬼が太陽の中に来るとは、愚かだな。」

「ふふ、あなたが倒れるよりはマシ。」

 

イビルアイは黒布を翻し、ケネウスの横に立った。

「私がお前の魔法になろう! お前は槍を、私は炎を。」

「……なるほど。共に撃つか。」

 

ケネウスが頷き、ルクス・ブリューナクを構える。

イビルアイがその背に魔力を流し込むと、白金の槍が紅蓮に染まった。

 

「――照準合わせる。私の魔力を感じて。」

「感じている。貴女の息まで、すべて。」

 

二人の詠唱が重なり、双つの魔力が共鳴する。

その瞬間、白と赤の螺旋が空を突き抜け、

ヤルダバオトの胸を貫いた。

 

黒い炎が爆ぜる。

だが、災禍の王はまだ崩れない。

代わりにその口端が、不気味に歪んだ。

 

「なるほど……血の穢れを借りた聖光か。面白い。」

 

ヤルダバオトの目が、イビルアイを捉えた。

炎熱耐性を持たぬ吸血鬼に狙いが移る。

 

「しまっ――!」

 

次の瞬間、灼熱の腕が閃き、炎塊がイビルアイへと殺到する。

ケネウスは反射的に彼女を突き飛ばした。

 

爆発。

白金の閃光が、血煙に変わる。

 

「ケネウスッ!!」

イビルアイが叫んだ。

ケネウスは半身を焼かれ、鎧が崩れ落ちていた。

片膝をつきながらも、彼は微笑んでいた。

 

「馬鹿な……どうして!? どうして庇ったの!」

「貴女を失えば……この戦場の光が消える。」

 

イビルアイは震える手で彼の顔を支える。

その白い指に、彼の血が滲んでいく。

 

「イビルアイ様……私の血を、吸ってください。」

「な、何を――!」

「そうすれば……私は、また立ち上がれる。」

 

「馬鹿を言うな!」

「永劫の夜でも、二人で歩けばきっと暖かい。」

 

ケネウスの声は穏やかで、微笑を帯びていた。

「私は、貴方の夜を……暖めたい。」

 

イビルアイの目に、血のような涙が浮かぶ。

彼女は震えながら、唇を重ねた。

 

夜空に再び、ブリューナクが光る。

その白金の輝きが、炎王ヤルダバオトの影を照らし出す。

 

そして――

神と吸血鬼の絆が、再び世界を燃やす。

 

 

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