オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第186話:神槍の血婚(ブラッド・オース)

 

 

/*/ 次章『神槍の血婚(ブラッド・オース)』 /*/

 

 

黒い都市の空が裂けた。

大地は溶け、炎の雨が降り注ぐ。

その中心で、ケネウスは片膝をつき、血に濡れた槍を支えとしていた。

 

「……まだ……終われん……」

声は掠れ、肺に焼ける空気が突き刺さる。

ヤルダバオトの巨体がゆっくりと近づくたび、地面が崩れ、溶岩が脈打つ。

 

「立つな、人の王。貴様はもう“形”を保てぬ。」

悪魔王の声は、まるで神の審判のように響いた。

 

その時だった。

焦げた空気を裂き、冷たい風が流れ込む。

紅のマントが舞い、イビルアイがケネウスの前に降り立つ。

 

「……もう、喋らなくていい。」

彼女は震える手でケネウスの顔を支える。

その瞳は、炎の光を映しながらも、どこか泣きそうに滲んでいた。

 

「イビルアイ様……私の血を……吸ってください……」

「馬鹿を言うな! そんなことをしたら――!」

「貴女となら、闇でも構わない。

 夜でも……きっと暖かい。私は、貴女の夜を暖めたい。」

 

その言葉に、イビルアイの瞳が大きく見開かれた。

彼女の喉が震え、唇が、かすかに歪む。

 

「……馬鹿……あなた、本当に……馬鹿よ……」

 

次の瞬間、彼女はケネウスの首筋に口づけた。

牙が肉を貫き、血が溢れ出す。

それは紅ではなく、白金の光を帯びた血――神の血脈。

 

イビルアイの喉を通って、その光が彼女の体を満たす。

灼熱の世界に、聖と邪の魔力が同時に迸る。

 

ケネウスの胸が、鼓動を取り戻した。

槍――ルクス・ブリューナクが振動する。

その赤金の刃が、ゆっくりと黒と白の二色に分かれて脈動し始める。

 

「これは……」

「二つの魂が一つになった……

 《ブリューナク・ノクティス》。――夜を照らす神槍。」

 

イビルアイのマントが翻る。

ケネウスが立ち上がり、二人の掌が重なった。

その手を中心に、白金と紅の魔法陣が複層的に展開される。

 

「行こう、ケネウス。」

「ええ……貴女と共に。」

 

二人の詠唱が重なり、槍の刃が咆哮を上げた。

 

《光と闇の契約(コントラクト・ルーメン)》

《神槍照射:ブリューナク・ノクティス・レイ》

 

放たれた閃光は、もはや炎でも光でもなかった。

それは“誓い”そのもの。

愛と憎しみ、聖と邪、光と闇――すべてを溶かし、世界を貫く光条。

 

ヤルダバオトが腕を交差し、咆哮を上げる。

だがその身体を包む炎殻が、ひとつ、またひとつと剥がれ落ちていく。

 

「貴様ら……この力は――!」

「これは、二人の“誓い”の光だ!」

 

光が爆ぜ、黒い都市全体を包み込む。

炎王の形が崩れ、闇の中に吸い込まれていく。

 

静寂。

 

赤黒い空の裂け目から、夜風が吹き抜けた。

イビルアイはその場に膝をつき、息を整える。

ケネウスは彼女の肩に手を置き、穏やかに微笑んだ。

 

「……貴女の夜は、思ったよりも……綺麗だ。」

「ふふ……あなたの光があるからよ。」

 

二人の背後で、崩壊した都市がゆっくりと沈んでいく。

そして、空に残るのは一本の白銀の光跡――

“神槍の誓い”の残響だった。

 

 

/*/

 

 

遠く離れたスレイン法国・天穹の間では、占星千里ミリアが星図を見上げていた。

紅と白の光が交差し、星座が書き換えられる。

 

「神槍が……新たな契約を結んだ……」

 

彼女は静かに筆を取る。

記録書簡の末尾に、こう記した。

 

“光と闇、神と吸血鬼――その血を以て世界を照らす者たち、

彼らの名を、神槍の誓血(ブラッド・オース)と呼ぶ。”

 

 

/*/ 『白夜の残響(レゾナンス・オブ・ドーン)』 /*/

 

 

黒い都市が崩壊したのち、世界は数分間、音を失っていた。

炎王ヤルダバオトの消滅により、空を覆っていた黒煙が霧散し、

焦げついた山脈の上に、静寂だけが漂っていた。

 

熱はまだ残り、溶けた岩が赤々と流れている。

だが――風が、戻ってきた。

 

風が吹き抜けるとともに、灰の中に立つふたりの影が現れた。

ひとりは、白銀の槍を杖に立つ男。

漆黒聖典第1席次、ケネウス・レクス・ヴァロール。

そしてその隣には、紅のマントを揺らす吸血姫、イビルアイ。

 

互いの手を取り、息を合わせたまま、

まだ熱を帯びた地表を見下ろしていた。

 

「……終わったのか?」

ケネウスの声は、かすれた風のように低い。

イビルアイは一度だけ頷く。

「ええ。悪魔の主はもう、どこにもいない。」

 

風が二人の頬を撫でた。

その瞬間、周囲の残滓が微かに光る。

ルクス・ブリューナク――否、ブリューナク・ノクティスが、

まるで心臓の鼓動のように淡く脈動していた。

 

イビルアイは槍の刃に手を触れる。

そこには、血と光の境界が脈を打っている。

 

「これは……あなたと私の、魂の共鳴。

 私の中の“夜”と、あなたの中の“光”が混ざって……新しい槍を生んだの。」

 

「そうか。なら――この槍は、二人の子だな。」

「……そういう言い方は、ちょっと照れるわね。」

 

イビルアイは口元を覆って笑う。

その笑顔には、かつての冷徹な魔導士の面影はなかった。

ケネウスは少しだけ顔を背け、空を仰ぐ。

 

そこには――朝があった。

 

燃え尽きた雲の隙間から、

夜明けの光が射し込んでいた。

光が、灰に覆われた山を照らし、

砕けた黒い都市の残骸を黄金色に染めていく。

 

「……夜明けか。」

「あなたの光ね。」

「いや――貴女の夜が、私の光を導いた。」

 

イビルアイは何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。

代わりに、そっとケネウスの手を握る。

その掌は、冷たいのに不思議と温かかった。

 

風が吹き、瓦礫の上に星のような白い光が舞い落ちる。

それは天穹の間の占星術士、ミリアの魔法通信による星光。

空に浮かぶ投影の中で、彼女が息を呑むように囁いた。

 

「神敵、消滅を確認……第1席次、生命反応安定。

 ――これが……“白夜の誓血”……」

 

神の光と吸血鬼の夜が交わり、

その共鳴が世界を包み込むように、

空に一本の光の帯が伸びていく。

 

それは新しい夜明けの印。

神と魔の血が交わった“白夜の残響”が、

この世界に刻まれた瞬間だった。

 

 

/*/ 

 

 

ケネウスは静かに息を吐き、

槍を肩に担いで歩き出した。

 

「行こう、イビルアイ様。

 まだ――悪魔の残滓が山中に散っている。」

「ええ、だけど……“様”はやめて。今は――戦友よ。」

 

「……そうか。」

 

一歩ずつ、焦げた大地を踏みしめる二人の足音が響く。

どこまでも続く灰の地平の向こう、

まだ立ち上る黒煙の先で、

彼らの物語は、新しい夜へと続いていく。

 

 

/*/

 

 

そして、その遥か上空。

人工衛星ゴーレム《アインズ・アイズ》の観測記録に、

次の一文が残されていた。

 

「神敵、完全消滅。

白銀の槍、紅の魔女と共鳴。

この戦いを以て、光と闇の均衡、再び世界に還る。」

 

 

/*/ スレイン法国 神都・大聖堂地下礼拝堂 /*/

 

 

「――第1席次ケネウス、帰還せり」

 

白い法衣の神官が報告を終えると、

重苦しい沈黙が礼拝堂を包んだ。

戦いの報告は、神々への祈りと同時に悲嘆の告白でもある。

 

壇上に立つ大神官は、聖印を掲げた。

その掌は微かに震えていた。

「神敵、ヤルダバオトの本体消滅を確認……だが、代償は大きい」

 

壁に刻まれた聖像が、蝋燭の光に揺らめく。

ミリア・デ=カストル――星読みの巫女が膝をつき、

目を閉じたまま報告を続けた。

 

「悪魔王の波動は断たれました。

 しかし……星図は完全な静寂ではありません。

 “残響”がまだ世界の深層を震わせています」

 

大神官は低く唸るように答えた。

「光と闇が交わり、新しき均衡を生んだ――

 それは神の奇跡か、あるいは冒涜か……」

 

「判断は神々に委ねます。ですが……」

ミリアの声がわずかに震える。

「……彼らは、確かに人を救いました」

 

礼拝堂に集う神官たちは、言葉を失い、

ただ祈りの姿勢を取るしかなかった。

やがて鐘が鳴り、報告は終わった。

 

 

/*/ 

 

 

その頃――。

 

スレイン法国東境、灰の山脈を越えた先。

崩壊した“黒い都市”の跡地に、風が吹いていた。

 

ケネウスとイビルアイは、岩陰の小高い丘に立っていた。

空には雲が流れ、黒い煙の名残が細く漂っている。

 

「……不思議ね。あれほどの地獄だったのに、

 今は風の音しか聞こえない」

 

イビルアイはマントを押さえながら、

夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。

ケネウスは槍を地に突き、静かに目を閉じた。

 

「戦場の後は、いつもそうだ。

 神も悪魔も消えた後に残るのは、

 生き残った者の心臓の音だけだ」

 

彼の声は低く、しかし温かかった。

 

イビルアイは一歩近づき、

彼の隣に立って空を見上げた。

 

「ねえ、ケネウス……あなたの“光”は、もう消えないの?」

「どうだろうな。

 神の加護は戦いのために与えられたものだ。

 終われば、静かに去っていく。

 ……だが、貴女の夜が私を包むなら――」

 

「なら?」

「闇の中でも、道を見失うことはない。」

 

イビルアイの唇が、微かに笑みを描く。

「そう。だったら……しばらくはこの夜を歩きましょう。

 あなたの光が消えるまで、私が隣で見ていてあげる」

 

ケネウスは頷いた。

その瞳には、もはや戦士の焦燥も誇りもなく、

ただ静かな決意だけがあった。

 

「……ありがとう、キーノ・ファスリス・インベルン。」

「……やめて。その名を呼ぶとき、あなたの声が優しすぎて……」

 

彼女は顔を背け、微かに笑った。

 

 

/*/ 

 

 

その光景を、上空の《アインズ・アイズ》が無音で観測していた。

機械仕掛けの瞳は、二人の姿を静かに記録し、

魔導国中枢へと報告を送信する。

 

【報告】スレイン法国西境・黒都市跡地において

神敵ヤルダバオトの消滅を確認。

第一席次ケネウスおよび吸血鬼個体イビルアイの生存を確認。

両者間に強力な魔力共鳴反応。

コードネーム:《ブラッド・オース》。

 

 

/*/

 

 

その報告を受けたナザリック地下大墳墓・第9階層。

モモンガは書類をめくりながら、思わず目を細めた。

 

「……ふむ。やはり人間たちは、面白い。」

 

背後から、ジョン・カルバインが椅子の背に腕をかけ、

にやりと笑う。

 

「愛と光と血の誓い……うーん、これもう次の劇場脚本できたな。」

「またですか……あなたという人は……」

「だって、いいじゃないか。“吸血姫と神槍の騎士”。

 これを広報に出したら観客動員、確実に十万超えだぞ。」

 

「まさか本当に舞台化するつもりか?」

「もちろん。“ブラッド・オース――永劫の誓槍”。

 演出はぐりもあ、主演は……どうするかなぁ?」

 

モモンガはため息をつき、書類を閉じた。

だが、その仮面の下の声には、

どこか楽しげな響きがあった。

 

「……まあ、悪くない題材だな。」

 

ジョンは口角を上げる。

「だろ? 英雄譚も恋物語も、みんな夜明けの後に始まるんだよ。」

 

 

/*/

 

 

遠く、スレイン法国の空に再び星が瞬いた。

それはまだ傷だらけの世界に、

新しい時代の始まりを告げる光だった。

 

 

――次章『漆黒聖典、帰還せよ(オペレーション・カーディナル)』へ続く。

 

 

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