オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 第十七章 『漆黒聖典、帰還せよ(オペレーション・カーディナル)』 /*/
夜明けの光が差し込む法国の法都――シクルサンテクス。
鐘楼が低く鳴り、街の石畳には金の光が溶けていく。
神都の中心、大聖堂〈セント・カーディナル〉の尖塔では、
朝の祈りの鐘がすでに五度鳴り終わっていた。
その鐘音の下、重厚な扉が開かれる。
漆黒聖典、帰還。
――六人の影が、静かに堂内に入る。
その先頭を歩くのは、白銀の鎧をまとった男。
第一席次“漆黒聖典”ケネウス・レクス・ヴァロール。
その背後には、傷を負いながらも毅然とした第五席次クアイエッセ、
第十席次“人間最強”、第十一席次“無限魔力”らが並んでいた。
大理石の床を踏みしめ、彼らはひざまずく。
その中央に立つ大神官は、杖を地に突き、
静かに言葉を紡いだ。
「神敵、ヤルダバオト。完全消滅を確認。
漆黒聖典、よくぞ帰還した。」
「……ありがとうございます。」
ケネウスは頭を垂れた。
その顔には疲労の色が濃い。
戦いの余波、そして――血の契約《ブラッド・オース》の影響。
ミリア・デ=カストルが一歩前に進み出て、
天穹の水晶盤を掲げる。
「観測報告によれば、
神敵の消滅と同時に“星の配列”が変化しました。
南天の第七星群〈カトラスの鎖〉――
それが今、白と紅の光を放っています。」
「……白と紅。」
大神官が小さく呟く。
「神の光と、吸血鬼の夜。
交わるはずのないものが、今や一つの星を成したというのか。」
ミリアは目を伏せる。
「はい。――それが、“彼ら”です。」
大神官は沈黙した。
堂内の空気が重くなる。
神官たちの間に、わずかなざわめきが走る。
やがて、大神官が口を開いた。
「ケネウス・レクス・ヴァロール。」
「……は。」
「貴公の行いは、神々の法を越えた。
人ならぬ者と血を交わし、力を結び、
神敵を討ったという――これは、光の教義からすれば背徳だ。」
その言葉に、聖典兵たちの空気が凍る。
イビルアイのことを――知っている。
しかし大神官は続けた。
「だが、その“背徳”こそが、世界を救った。
ゆえに、我らは貴公を裁かぬ。
この奇跡を、神の沈黙の中の啓示として受け入れる。」
ケネウスは頭を下げ、短く答えた。
「……御意。」
大神官は杖を掲げた。
「汝、光の名をもって、新たな誓いを立てよ。
その槍を掲げ、再び神々の座へ捧げよ。」
ケネウスはゆっくりと立ち上がる。
ルクス・ブリューナク――今やブリューナク・ノクティス。
その槍を掲げると、刃先が淡く光を帯びた。
紅と白の光が、天井のステンドグラスを照らす。
それは聖と夜を繋ぐ新しい祈り。
「我が名において、誓う。
光が闇を裁かぬように、闇もまた光を恐れぬ世界を――」
静寂。
神官たちが祈りの姿勢を取り、
聖堂の鐘が再び鳴り響いた。
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同刻。
ナザリック地下第9層。
モモンガは、アインズ・アイズの最新記録をスクロールしていた。
「ふむ……なるほど。
“神の啓示として裁かれず”か。
さすがはスレイン法国、政治の香りがする。」
後方でジョン・カルバインがにやにやと笑う。
「いいねぇ、宗教国家の“落とし所”。
燃やすだけ燃やして、最後は感動の大団円。」
モモンガは肩をすくめた。
「感動と言えば――あの槍の変化。
あれは神造兵装の進化例として実に興味深い。
光属性と吸血鬼の魔力の共鳴。
物理的には相反するはずだが……」
ジョンは笑いながら割り込む。
「愛だよ、愛。物理法則を越えるのは、いつだって人の情熱さ。」
モモンガは無言で顎に手を当てた。
「愛、ね。……ふむ。ならば――」
彼はゆっくりと視線を上げた。
「――次は、我々が“神敵”と呼ばれる番かもしれんな。」
ジョンは唇の端を上げた。
「だったら、面白い劇が見られそうだ。
あの神槍と吸血姫が、今度はこっちを見据えるかもな。」
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夜が再び訪れる。
スレイン法国の空には、紅と白の星が寄り添い、
世界の新たな均衡を照らしていた。
そして、その光を見上げる者たちは、
皆、無言のうちに感じていた。
――神々はまだ、この地を見放してはいない。
/*/ 第十八章 『双星交響(シンフォニア・ディ・ルーメン)』 /*/
夜の帳が降りた法都シクルサンテクス。
白大理石の尖塔に紅と白、二つの星が輝いていた。
それは世界の新たな象徴――光と闇の共鳴、〈双星〉である。
大聖堂の鐘が静かに鳴る。
その響きの下、漆黒聖典の宿舎に灯がともり、
クアイエッセ、ニグン、ほかの席次たちが集まっていた。
「……第1席次が帰ってきたというのに、誰も笑っていないな」
第十席次“人間最強”が低く呟く。
「笑える状況じゃないでしょう。」クアイエッセが答える。
「彼が連れ帰ったのは、吸血姫。しかも――神槍の共鳴者。」
沈黙。
その言葉は重い。
だが誰も、ケネウスの功績を疑うことはできなかった。
あのヤルダバオトを討ったのだ。
扉が開く音。
白銀の鎧の男が、静かに部屋に入ってきた。
「ケネウス様!」
兵たちが立ち上がる。
だが、彼の顔には微笑みも威圧もなかった。
ただ穏やかで、人間的な疲労と静けさがあった。
「皆、無事で何よりだ。
……長い戦いだった。」
クアイエッセが一歩前に出る。
「第1席次殿。あの“夜の契約”は、まだ続いているのですか。」
「続いている。」ケネウスは答える。
「だがそれは呪いではない。
血ではなく、意思で繋がる絆だ。」
部屋の空気が少し揺れた。
彼の声には力があった。
クアイエッセはゆっくりと頷き、敬礼した。
「……ならば、我らも貴方に続きましょう。
光と闇の均衡を保つために。」
ケネウスは小さく微笑む。
「ありがとう、第五席次。
――お前の獣たちの咆哮が、まだ耳に残っている。」
クアイエッセは目を細めた。
「次は、もう少し静かな戦場にしましょう。」
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同じ頃。
法都の外れ、法都墓苑の片隅。
イビルアイが月光の下で一人佇んでいた。
彼女の周囲に、淡い光が集まる。
亡骸ではない。――それは祈りの残響。
「あなたたちの犠牲で、世界は少しだけ長生きした。
でも、私たちはまた戦うわ。
光が闇を拒まない日まで。」
その声は夜風に溶け、月に届く。
その背後に、足音がした。
「……また墓場か。らしくない。」
ケネウスだった。
彼は鎧を外し、黒の外套を羽織っていた。
イビルアイは振り返らずに答えた。
「貴方が“生きて帰れ”と言ったから。
でも、あれだけの死を見たら、立ち止まらずにはいられないわ。」
ケネウスは彼女の隣に立ち、夜空を仰いだ。
「双星が綺麗だな。」
「ええ。……ねえ、あれはどっちが貴方で、どっちが私?」
ケネウスは少し考え、答えた。
「私が白。貴女が紅。」
「理由は?」
「白は空を照らす。だが、紅がなければ輝かない。」
イビルアイは小さく笑った。
「詩人ね。――でも、悪くない。」
二人は静かに並び、星を見上げた。
その光が、二人の影をひとつに重ねる。
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その上空。
《アインズ・アイズ》の観測ログに、
またひとつ新しい文が刻まれた。
【観測補遺】
神槍保持者ケネウスおよび吸血姫イビルアイ、
共に法国中枢にて安定。
星位共鳴現象、継続中。
コードネーム更新:《シンフォニア・ディ・ルーメン》。
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ナザリック・第9階層。
ジョンが机の上のプリントを片手に、にやりと笑う。
「“双星交響”か。詩的でいいじゃねぇか。
おい、ぐりもあ、ポスター案つくっとけ。」
モモンガが頭を抱える。
「……また宣伝する気か?」
「当然。英雄譚は広めてナンボだ。
神も悪魔も惚れるような恋と戦いだぜ?」
モモンガは苦笑し、肩をすくめる。
「やれやれ。だが、あの二人のことだ。
次に動くときは――もう“人と神”の戦いでは済まんだろうな。」
「なら、俺たちも観客じゃいられねぇな。」
ジョンの声が、愉快に響く。
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夜空に二つの星が瞬く。
その光は互いを拒まず、混じり合い、
やがて天の川を横切るように一筋の光跡を描いた。
それは、光と闇の交響――
“世界の調律”が、静かに始まる前触れだった。