オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ スレイン法国・大神殿 神官長会議室 /*/
白大理石の壁に、神々の象徴である七色の光が差していた。
長卓の中央では、各部門の神官長たちが沈痛な面持ちで集っている。
「……つまり、漆黒聖典隊長が“吸血種”へと変化した以上、
新たな“聖なる後継”が必要、というのが貴方の意見ですね?」
ジョン・カルバインは椅子の背にもたれ、眉をひくつかせた。
対面の土神官長は、まるで発明家のように興奮した口調で続ける。
「はい! 我らは神の血を継ぐ“新たな人類”を造る段階にあります。
古代より語られる《再鍛造計画(リフォージ)》を、
現代科学と神学の融合によって実現できるのです!」
ぐりもあが横でこめかみを押さえる。
「ねぇジョンさん、なんでこの人たちそんな理系用語をペラペラ言えるんです?」
「……うっかり、牛の繁殖管理を教えた。」
「……あー、それで“禁断の知識”カテゴリが開いちゃったんですね。」
神官たちは神妙な顔で頷き合っている。
「神の獣(ジョン)様の遺伝因子を媒体にすれば、
人と獣と魔の血を融合した“新種の聖人”が誕生するのです!」
ジョンは片手を上げて遮る。
「おい待て、現実的に考えろ。
生まれてくるのは人間か、亜人か、せいぜい半魔だ。
“聖なる新人類”なんて出来ゃしねぇ。」
それでも土神官長は、神秘と科学が混ざったような笑みを浮かべていた。
「それでも、神々はきっと導かれるはずです。
――神獣様、どうかお力を。」
ジョンは深い溜息をつき、椅子の背に身を預ける。
「……俺がうっかり教えたことを、ここまで発展させるとはな。
ほんと、法国の連中は学習能力が高すぎる。」
ぐりもあがくすっと笑い、記録板を閉じた。
「ねぇジョンさん、“人類再鍛造計画”ってタイトルだけ見たら
完全にホラーなんですけど。」
ジョンはぼそっと答えた。
「……だろ? たぶん次の章タイトルになる。」
/*/ スレイン法国・大神殿 神官長会議室(つづき) /*/
重い沈黙の中、土神官長の言葉が再び落ちる。
「すでに母体の選定は終わっています。
この計画が成功すれば、神の血を受け継ぐ新しい人類が――」
ジョンは手を上げ、言葉を遮った。
「ちょっと待て。
“神の血”って俺のことだろ? 勝手に遺伝資源扱いするな。
それに、お前らの“新しい人類”って何だ? 選ばれた血筋のクローンか?」
会議室がざわつく。
他の神官長たちは困惑したように顔を見合わせる。
ぐりもあがジョンの横で手を挙げる。
「えーと、つまりですね。
牛の人工繁殖の技術を“神の奇跡”として導入して、
その応用を人間に――やっちゃったと?」
土神官長は得意げにうなずいた。
「その通りです。
神獣様より授けられた“受胎の理(リプロコード)”を応用し、
我々は生命の再構築に手をかけたのです!」
「……いや、それ俺、ただ“搾乳効率を上げる講義”しただけなんだが。」
ジョンが頭をかく。
ぐりもあは机を指でとんとん叩きながら言った。
「それを“神の教え”に昇華した辺り、
この国ほんとにやばいですね。」
「やばい」と言われても、土神官長は神妙に頷く。
「神の血と人の器。
我らはついに、神話を現実にできるのです!」
ジョンは深くため息をついた。
「……生まれてくるのは人狼、人間、半魔くらいだ。
“神”でも“新しい種”でもない。
お前らがやってるのは、ただの生物交配だ。」
「しかし、理論上は――!」
「理論上、じゃねえ!」
ジョンの声が低く響いた。
「神を造ろうとして、滅んだ文明がいくつあったと思ってる。
お前らが造ろうとしてるのは“人類の未来”じゃない。
都合のいい道具だ。」
空気が張り詰める。
土神官長は青ざめ、周囲の神官たちが息を呑む。
ぐりもあが苦笑まじりに囁いた。
「……ジョンさん、たぶん今の発言、“神託級”で記録されますよ。」
「いいさ。」
ジョンは立ち上がり、白い会議卓を見下ろした。
「どうせやるなら、創造じゃなくて共存の話をしよう。
人と魔と神が、同じ大地で笑えるやり方を探せ。」
彼が背を向けると、長衣が静かに揺れた。
土神官長は呆然とその背を見送り、
やがてぽつりと漏らした。
「……やはり、真の神は“人”の姿をして現れるのですね。」
ぐりもあは額を押さえて溜息をつく。
「いやだからそれが教義暴走なんですよ……!」
ジョンは扉を押し開け、外の光の中へ歩き出した。
その背中は、どこか苦笑しているようで、
けれど確かに――神よりも“人間”の温度を帯びていた。
/*/ スレイン法国・大神殿 回廊 /*/
大理石の長い廊下に、ジョンの足音だけが響いていた。
窓の外には、薄曇りの空と白い尖塔が並ぶ。
彼の後ろを、ぐりもあが慌てて追う。
「ねぇジョンさん、あの土神官長、完全に“やる気スイッチ”入ってましたね。
“再鍛造計画”とか言ってたけど、たぶんもう計算始めてますよ?」
ジョンは肩を竦めて答えた。
「だろうな。あの顔は“もう止まらん”顔だ。」
「じゃあ止めないんです?」
「止めるさ。ただ――正面から怒鳴っても無駄だ。
ああいうタイプは“成果”が出ないと現実を見ない。」
ジョンは足を止め、窓辺に手をついた。
外の修道庭では、神官見習いたちが祈りの姿勢を取っている。
「……犬耳と尻尾くらいにしとけって言っといたんだがな。」
ぐりもあがきょとんとする。
「は?」
「亜人化ってのは、線を越えたらもう“人”じゃなくなる。
混ざり過ぎりゃ魂の形が変わる。
人が人のままでいられる限界は――
せいぜい耳と尻尾がつくくらいだ。」
「……犬耳と尻尾。」
ぐりもあは想像して、ぴくりと眉を上げる。
「ちょっと可愛いじゃないですか。」
ジョンは苦笑する。
「そういう問題じゃねぇ。
“人に似たもの”を作ろうとして、“人をやめる”のが一番危険なんだ。
魂が壊れりゃ、もう何を継いでも“神の器”にはならん。」
ぐりもあはしばらく考え、ため息をついた。
「でも、それ言っても彼ら聞かないですよ。
“神に近づく”っていう言葉、法国じゃ麻薬みたいなもんですし。」
「知ってる。」
ジョンはゆっくりと歩き出す。
「だから今度は、実物を見せてやる。」
「実物?」
「“人間らしさ”ってやつのな。」
ジョンは笑って、懐から古い羊皮紙を取り出した。
そこには、魔導国の教育改革案――
《人と異種族の共同学校設立計画》と書かれている。
「法国に“混ざっても生きられる場所”を見せてやるさ。
神が作らなくても、人が歩けば、それが未来になる。」
ぐりもあは小さく笑って頷いた。
「……そういうとこ、ほんとジョンさんらしいですよね。
犬耳と尻尾の話してた人と同一人物に聞こえない。」
「犬耳と尻尾も平和の象徴になるなら上等だろ?」
「……たしかに。可愛いし。」
二人の笑い声が、静かな回廊にこだました。
外では鐘の音が響き、遠く天の雲間に、
紅と白――双星の光がかすかに瞬いていた。
それは、人と神と異種の狭間に生きる者たちへ、
まだ見ぬ未来を照らす灯のように。
/*/ スレイン法国・大神殿 裏庭の回廊 /*/
修道士たちの祈りの声が遠くに消え、
白い回廊の影でジョンとぐりもあが並んで歩いていた。
話題は――例の「人類再鍛造計画」。
ぐりもあが小声で言う。
「ジョンさん、あの神官長たち……
“雑種強勢”の理屈、理解してない感じでしたね。」
ジョンは鼻で笑って答える。
「理解してたら、あんな計画立てねぇさ。
確かに**第一世代(F1)**は強くなる。
異なる種の遺伝情報を掛け合わせれば、
筋力も魔力も回復力も平均より伸びる――
それが“ヘテロシス”ってやつだ。」
「でも、問題はその先、ですよね。」
「ああ。**第二世代(F2)**になると形質がばらける。
強い個体も出るが、弱い個体や不安定な体質も生まれる。
種として安定しないんだ。」
ぐりもあは頷き、手元のメモにさらさらと書き込む。
「つまり、“一代限りの奇跡”を量産してるにすぎないと。」
ジョンは片手を上げて空を指した。
「そういうこった。
あいつらは“神の血統”だの“聖なる再創造”だの言ってるが、
生物学的には持続不能の分裂種を作ろうとしてるだけだ。
しかも、混ぜすぎりゃ魂の安定が保てねぇ。」
「魂の遺伝子版エラーですね。」
ぐりもあが口角を上げる。
ジョンはふっと笑い、腰のポーチから石片を取り出す。
それは魔導国で採取した遺伝刻印石――生命情報を記録する古代遺物だ。
「俺たちが牛や麦で“交配”って言ってるのは、
結局“食うため”の改良だ。
けど、あいつらがやってるのは“信仰の強化”だ。
人の未来を作るつもりが、“信仰の純度”を上げようとしてる。」
ぐりもあが肩をすくめる。
「つまり、“神を強くする”ための人間。
“人を強くする”ための神じゃないんですね。」
「そういうこった。」
ジョンは石を光にかざして言った。
「雑種強勢は一度きりの夢だ。
次の世代では夢が壊れる。
それでも種を繋ごうとするのが“人”だ。
でも、作る側がそれを理解してねぇと――
ただの“神の実験”で終わる。」
「ジョンさん、たまに本気で怖いくらい理性的ですよね。」
「そりゃお前、こっちは“神獣”だ。
神より現実を見てる分、正気でいられる。」
ぐりもあがくすっと笑う。
「……皮肉ですねぇ。神より人間らしい神獣。」
「人間ってのはそういうもんだ。
壊れながら、次を作る。
それがほんとの“再鍛造”だよ。」
風が吹き、修道庭の草花がざわめく。
どこか遠くで、聖堂の鐘が鳴った。
ジョンは立ち止まり、
空に浮かぶ紅と白の双星を見上げながら呟いた。
「――あいつらがほんとに“神を造る”つもりなら、
まず“人”の限界を知らなきゃな。」
ぐりもあはその横で微笑む。
「教えちゃいます? またうっかり。」
ジョンは小さく笑って答えた。
「うっかりが、文明の始まりだからな。」
そして二人は再び歩き出した。
その背中を、双星の光が静かに照らしていた。