オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第189話:約束ですよね、神獣様

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 神官長会議室 /*/

 

 

白大理石の壁に、神々の象徴である七色の光が差していた。

長卓の中央では、各部門の神官長たちが沈痛な面持ちで集っている。

 

「……つまり、漆黒聖典隊長が“吸血種”へと変化した以上、

 新たな“聖なる後継”が必要、というのが貴方の意見ですね?」

 

ジョン・カルバインは椅子の背にもたれ、眉をひくつかせた。

対面の土神官長は、まるで発明家のように興奮した口調で続ける。

 

「はい! 我らは神の血を継ぐ“新たな人類”を造る段階にあります。

 古代より語られる《再鍛造計画(リフォージ)》を、

 現代科学と神学の融合によって実現できるのです!」

 

ぐりもあが横でこめかみを押さえる。

「ねぇジョンさん、なんでこの人たちそんな理系用語をペラペラ言えるんです?」

 

「……うっかり、牛の繁殖管理を教えた。」

「……あー、それで“禁断の知識”カテゴリが開いちゃったんですね。」

 

神官たちは神妙な顔で頷き合っている。

「神の獣(ジョン)様の遺伝因子を媒体にすれば、

 人と獣と魔の血を融合した“新種の聖人”が誕生するのです!」

 

ジョンは片手を上げて遮る。

「おい待て、現実的に考えろ。

 生まれてくるのは人間か、亜人か、せいぜい半魔だ。

 “聖なる新人類”なんて出来ゃしねぇ。」

 

それでも土神官長は、神秘と科学が混ざったような笑みを浮かべていた。

「それでも、神々はきっと導かれるはずです。

 ――神獣様、どうかお力を。」

 

ジョンは深い溜息をつき、椅子の背に身を預ける。

「……俺がうっかり教えたことを、ここまで発展させるとはな。

 ほんと、法国の連中は学習能力が高すぎる。」

 

ぐりもあがくすっと笑い、記録板を閉じた。

「ねぇジョンさん、“人類再鍛造計画”ってタイトルだけ見たら

 完全にホラーなんですけど。」

 

ジョンはぼそっと答えた。

「……だろ? たぶん次の章タイトルになる。」

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 神官長会議室(つづき) /*/

 

 

重い沈黙の中、土神官長の言葉が再び落ちる。

「すでに母体の選定は終わっています。

 この計画が成功すれば、神の血を受け継ぐ新しい人類が――」

 

ジョンは手を上げ、言葉を遮った。

「ちょっと待て。

 “神の血”って俺のことだろ? 勝手に遺伝資源扱いするな。

 それに、お前らの“新しい人類”って何だ? 選ばれた血筋のクローンか?」

 

会議室がざわつく。

他の神官長たちは困惑したように顔を見合わせる。

 

ぐりもあがジョンの横で手を挙げる。

「えーと、つまりですね。

 牛の人工繁殖の技術を“神の奇跡”として導入して、

 その応用を人間に――やっちゃったと?」

 

土神官長は得意げにうなずいた。

「その通りです。

 神獣様より授けられた“受胎の理(リプロコード)”を応用し、

 我々は生命の再構築に手をかけたのです!」

 

「……いや、それ俺、ただ“搾乳効率を上げる講義”しただけなんだが。」

ジョンが頭をかく。

 

ぐりもあは机を指でとんとん叩きながら言った。

「それを“神の教え”に昇華した辺り、

 この国ほんとにやばいですね。」

 

「やばい」と言われても、土神官長は神妙に頷く。

「神の血と人の器。

 我らはついに、神話を現実にできるのです!」

 

ジョンは深くため息をついた。

「……生まれてくるのは人狼、人間、半魔くらいだ。

 “神”でも“新しい種”でもない。

 お前らがやってるのは、ただの生物交配だ。」

 

「しかし、理論上は――!」

 

「理論上、じゃねえ!」

ジョンの声が低く響いた。

「神を造ろうとして、滅んだ文明がいくつあったと思ってる。

 お前らが造ろうとしてるのは“人類の未来”じゃない。

 都合のいい道具だ。」

 

空気が張り詰める。

土神官長は青ざめ、周囲の神官たちが息を呑む。

 

ぐりもあが苦笑まじりに囁いた。

「……ジョンさん、たぶん今の発言、“神託級”で記録されますよ。」

 

「いいさ。」

ジョンは立ち上がり、白い会議卓を見下ろした。

「どうせやるなら、創造じゃなくて共存の話をしよう。

 人と魔と神が、同じ大地で笑えるやり方を探せ。」

 

彼が背を向けると、長衣が静かに揺れた。

土神官長は呆然とその背を見送り、

やがてぽつりと漏らした。

 

「……やはり、真の神は“人”の姿をして現れるのですね。」

 

ぐりもあは額を押さえて溜息をつく。

「いやだからそれが教義暴走なんですよ……!」

 

ジョンは扉を押し開け、外の光の中へ歩き出した。

その背中は、どこか苦笑しているようで、

けれど確かに――神よりも“人間”の温度を帯びていた。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 回廊 /*/

 

 

大理石の長い廊下に、ジョンの足音だけが響いていた。

窓の外には、薄曇りの空と白い尖塔が並ぶ。

彼の後ろを、ぐりもあが慌てて追う。

 

「ねぇジョンさん、あの土神官長、完全に“やる気スイッチ”入ってましたね。

 “再鍛造計画”とか言ってたけど、たぶんもう計算始めてますよ?」

 

ジョンは肩を竦めて答えた。

「だろうな。あの顔は“もう止まらん”顔だ。」

 

「じゃあ止めないんです?」

 

「止めるさ。ただ――正面から怒鳴っても無駄だ。

 ああいうタイプは“成果”が出ないと現実を見ない。」

 

ジョンは足を止め、窓辺に手をついた。

外の修道庭では、神官見習いたちが祈りの姿勢を取っている。

 

「……犬耳と尻尾くらいにしとけって言っといたんだがな。」

 

ぐりもあがきょとんとする。

「は?」

 

「亜人化ってのは、線を越えたらもう“人”じゃなくなる。

 混ざり過ぎりゃ魂の形が変わる。

 人が人のままでいられる限界は――

 せいぜい耳と尻尾がつくくらいだ。」

 

「……犬耳と尻尾。」

ぐりもあは想像して、ぴくりと眉を上げる。

「ちょっと可愛いじゃないですか。」

 

ジョンは苦笑する。

「そういう問題じゃねぇ。

 “人に似たもの”を作ろうとして、“人をやめる”のが一番危険なんだ。

 魂が壊れりゃ、もう何を継いでも“神の器”にはならん。」

 

ぐりもあはしばらく考え、ため息をついた。

「でも、それ言っても彼ら聞かないですよ。

 “神に近づく”っていう言葉、法国じゃ麻薬みたいなもんですし。」

 

「知ってる。」

ジョンはゆっくりと歩き出す。

「だから今度は、実物を見せてやる。」

 

「実物?」

 

「“人間らしさ”ってやつのな。」

ジョンは笑って、懐から古い羊皮紙を取り出した。

そこには、魔導国の教育改革案――

《人と異種族の共同学校設立計画》と書かれている。

 

「法国に“混ざっても生きられる場所”を見せてやるさ。

 神が作らなくても、人が歩けば、それが未来になる。」

 

ぐりもあは小さく笑って頷いた。

「……そういうとこ、ほんとジョンさんらしいですよね。

 犬耳と尻尾の話してた人と同一人物に聞こえない。」

 

「犬耳と尻尾も平和の象徴になるなら上等だろ?」

 

「……たしかに。可愛いし。」

 

二人の笑い声が、静かな回廊にこだました。

外では鐘の音が響き、遠く天の雲間に、

紅と白――双星の光がかすかに瞬いていた。

 

それは、人と神と異種の狭間に生きる者たちへ、

まだ見ぬ未来を照らす灯のように。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 裏庭の回廊 /*/

 

 

修道士たちの祈りの声が遠くに消え、

白い回廊の影でジョンとぐりもあが並んで歩いていた。

話題は――例の「人類再鍛造計画」。

 

ぐりもあが小声で言う。

「ジョンさん、あの神官長たち……

 “雑種強勢”の理屈、理解してない感じでしたね。」

 

ジョンは鼻で笑って答える。

「理解してたら、あんな計画立てねぇさ。

 確かに**第一世代(F1)**は強くなる。

 異なる種の遺伝情報を掛け合わせれば、

 筋力も魔力も回復力も平均より伸びる――

 それが“ヘテロシス”ってやつだ。」

 

「でも、問題はその先、ですよね。」

 

「ああ。**第二世代(F2)**になると形質がばらける。

 強い個体も出るが、弱い個体や不安定な体質も生まれる。

 種として安定しないんだ。」

 

ぐりもあは頷き、手元のメモにさらさらと書き込む。

「つまり、“一代限りの奇跡”を量産してるにすぎないと。」

 

ジョンは片手を上げて空を指した。

「そういうこった。

 あいつらは“神の血統”だの“聖なる再創造”だの言ってるが、

 生物学的には持続不能の分裂種を作ろうとしてるだけだ。

 しかも、混ぜすぎりゃ魂の安定が保てねぇ。」

 

「魂の遺伝子版エラーですね。」

ぐりもあが口角を上げる。

 

ジョンはふっと笑い、腰のポーチから石片を取り出す。

それは魔導国で採取した遺伝刻印石――生命情報を記録する古代遺物だ。

 

「俺たちが牛や麦で“交配”って言ってるのは、

 結局“食うため”の改良だ。

 けど、あいつらがやってるのは“信仰の強化”だ。

 人の未来を作るつもりが、“信仰の純度”を上げようとしてる。」

 

ぐりもあが肩をすくめる。

「つまり、“神を強くする”ための人間。

 “人を強くする”ための神じゃないんですね。」

 

「そういうこった。」

ジョンは石を光にかざして言った。

「雑種強勢は一度きりの夢だ。

 次の世代では夢が壊れる。

 それでも種を繋ごうとするのが“人”だ。

 でも、作る側がそれを理解してねぇと――

 ただの“神の実験”で終わる。」

 

「ジョンさん、たまに本気で怖いくらい理性的ですよね。」

「そりゃお前、こっちは“神獣”だ。

 神より現実を見てる分、正気でいられる。」

 

ぐりもあがくすっと笑う。

「……皮肉ですねぇ。神より人間らしい神獣。」

 

「人間ってのはそういうもんだ。

 壊れながら、次を作る。

 それがほんとの“再鍛造”だよ。」

 

風が吹き、修道庭の草花がざわめく。

どこか遠くで、聖堂の鐘が鳴った。

 

ジョンは立ち止まり、

空に浮かぶ紅と白の双星を見上げながら呟いた。

 

「――あいつらがほんとに“神を造る”つもりなら、

 まず“人”の限界を知らなきゃな。」

 

ぐりもあはその横で微笑む。

「教えちゃいます? またうっかり。」

 

ジョンは小さく笑って答えた。

「うっかりが、文明の始まりだからな。」

 

そして二人は再び歩き出した。

その背中を、双星の光が静かに照らしていた。

 

 

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