オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第1話:玉座の間、笑う人狼。

時刻は0:00:00……1、2、3とカウントを続けている。

 

あれ? 

 

「ログアウト、しない?」

「サーバー停止が中止になったとか?」

 

玉座の上と下で顔を見合わせるジョンとモモンガ。

これまで見たことが無いきょとんとした表情のジョンの狼顔に愛嬌を感じてしまい、モモンガは小さく笑った。

 

それぞれ、サーバー停止延期のお知らせや何かないかと、コンソールを呼び出し、システムログやGMコールを確認し始める。

だが、コンソールも呼び出せず、GMコールに反応も無い。

 

 

「どうかなさいましたか、モモンガ様? カルバイン様?」

 

 

横合いからかけられた女性の声に、二人は驚愕と共に視線を向ける。

モモンガは肩を強張らせながら首だけを向け、ジョンは肩の力を抜き、腰を少し落としながら右足を引いて身体ごと向くという違いはあったが。

魔王と狼男の驚愕の視線にさらされながら、アルベドは気遣わしげな表情をモモンガへ向けている。

 

……表情?

本来ならばマクロなどで一時的にしか動かせないNPCの表情が、生きているように生き生きと動き、受け答えしている。

 

そして、ジョンは気づいた。アルベドの匂い、モモンガの匂い。だが、ユグドラシルでは匂いまでは再現されていない。いや、そもそも人間の嗅覚はそこまでの性能を持っていない。

加えて、アルベドの生命反応、モモンガの負の生命反応が視界に入れずとも、自分を中心にどこにいるかが、その大きさまでも含めてわかる。

まるで各種索敵スキル、殺気感知、生命感知、気配感知などが発動しているようだった。どれが発動してるかまではまだ分らなかったが。

これではまるで、そう、まるで本当に『ジョン・カルバインになった』ようだった。

 

そう考えてみれば、さきほどアルベドに向き直った瞬間、その瞬間の動きに何の違和感もなかった。

 

本来であれば、リアルの身体ではない違和感を感じる筈が、触覚や嗅覚の不足もなく、システムの動作補助などの違和感もなく、あくまで自然に、リアルの身体よりもスムーズに力強く動く事に何の違和感も感じなかった。

 

……本当に、さっきの動きがリアルで出来たら、自分は全国優勝どころか世界大会でもいけるんじゃないだろうか。全国優勝なんてした事はないけど。

 

そんな事を思いながら、掌をぐっぱっと閉じたり開いたりして身体の動きを確かめる。

自分は猫ではなく狼なのだが、爪も有る程度まで自分の意志で伸ばしたり縮めたり出来るようだ。これなら物を握ったり、拳を握ったりも出来そうだと思い安心する。

 

 

「なんでもない……なんでもないのだ、アルベド。ただ……GMコールが利かないようなのだ」

 

 

玉座から聞こえたモモンガの声に視線を上げれば、自ら動き出したアルベドがモモンガの下へと歩み寄り、間近に立って気遣わしげにモモンガの顔を覗き込んでいた。

ジョンからアルベドの表情は見えなかったが、アルベドが本当にモモンガを心配しているのは、気配と言うか、匂いと言うか、そう言うリアルの自分よりも鋭敏になった感覚で捉える事が出来ていた。

 

なんでもないと手を上げて応えるモモンガに対し、アルベドは再び返答を返した。

 

「……お許しを。 無知な私ではモモンガ様に問われました、GMコールなるものに関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

消え入りそうに意気消沈しているアルベドには悪いが、それを無視してジョンはメッセージを起動させ、モモンガと繋ぐ。

 

《メッセージは……使えますね。モモンガさん、匂いがするんですけど? モモンガさんとアルベドが匂いで区別出来るんですけど。おかしくないですか?》

《ジョンさん、そんなに鼻が利きましたっけ?》

《そんなわけないです。人間は体臭で個人判別とか無理ですよ。まるで良くあるネット小説の異世界転移ですね》

 

《何が起こっているかわかりませんが、事態の把握が必要です。 手分けを……いや、NPCを使ってナザリック内外の情報を収集させたいと思いますが、どうでしょう……って、何してるんですか!?》

 

思案に耽ったがモモンガが目を向けると、そこには玉座の間で型……それとも演舞だろうか……をしている狼男の姿があった。

右を払って、左を突き……こういったものをモモンガは見た事がないのだが、拳が空を突くたびに炸裂音と共に円錐型の雲(ベイパーコーン)が発生し、脚が床を踏み込む度に、ずしん、ずしんと見た目よりも遥かに重そうな音が響くのは、人間業なのだろうか。

 

《いや、この身体どうなってるのかと……》

《……それで、どうですか?》

《軽く突いてるだけなのに、絶対!! 音速超えてますよ。これ!!!》

 

音速拳だひゃっふぅぅぅー!!!と興奮するジョンの声を聞きながら、モモンガはキャラクターが保有していた高い基礎ステータスは問題なく自分達も持っているようだと判断する。

その間に型を終えたジョンは終わりの礼を玉座のモモンガに向けて行った。

 

その一礼に思うところがあったのか、アルベドは改まった態度で「カルバイン様、直答の無礼をお許し下さい」と告げてきた。

何かを恐れるようなアルベドの様子に首を傾げ、次いで直答の意味を数瞬考え、ジョンは直答を許すと答える。

 

 

「我等へと最後の別れを告げ、お隠れになった至高の方々。……カルバイン様も、モモンガ様へ別れを告げにいらっしゃったのでありましょうか」

 

 

は? いやいやいや。

 

ジョンとしては何を言ってるんだこいつは?という状態だったが、零れ落ちそうな涙を堪えたアルベドの表情に言葉を飲み込み、考えた。

どうしてそうなった? いやまて、ひょっとして……こいつら、昨日、皆が最後に来たのを覚えてるのか?

 

(数年ぶりのギルメンIN=ゲーム時間で数十数百年+別れの挨拶)*(玉座の前でギルド長に一礼する俺)=(そして誰もいなくなる)って、事か!?

 

 

そう思った上でアルベドを見れば、はらはらと金の瞳から涙を流す彼女が捨てられた幼子のように見えた。

 

 

捨てないで、忘れないで下さい。

私たちはどうなろうとも、あなたたちの役に立つ事こそが喜びです。

どうか、行かないで下さい。連れて行かないで下さい。

最後に残って下さったこの方を、どうか私たちから取り上げないで。

 

 

一人去り、二人去り、リアルの事情で誰も彼もがログインしなくなり、彼らはアインズ・ウール・ゴウンを捨てた訳ではないけれど、優先順位の違いから自分とモモンガだけが最後まで残った。

自分も残った側だから、残された側の気持ちは痛いほど良く分かる。その不安は自分のものでもあったのだ。

 

だから、笑う。

 

だから、ジョンは何の心配も無いのだと笑ってみせる事にした。

 

 

「泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。

 俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る」

 

 

この狼頭で上手く笑えていれば良いけれど。

 

 


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