オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
その日、スレイン法国神都では、陽光聖典隊長ニグンに切り札として渡されていた最高位天使を召喚する魔封じの水晶の使用が確認された。如何に王国最強戦士ガゼフ・ストロノーフであっても、最高位天使を必要とする状況は考え難い。だからこそ、定時監視の為に準備を進めていた土の巫女姫を中心とした高位神官達による探査魔法儀式が急遽行われたのだ。
土神官副長の命令に従い、精神を集中し、魔法を発動させた土の巫女姫は、先ず水晶を使用した者を調べようとした。
土の巫女姫の魔法が発動する。
しかし、何の変化も無い。静寂だけがあり、失敗した際の黒い映像すらも無い。
土神官副長が不快げな視線を周囲に放った。長い経験を持つ神官副長を以てしても、何が起こったのかわからない。
本来であれば、像が浮かぶはずだったのだ。
土の巫女姫の前に魔法の投射映像が浮かぶ事。それが魔法の結果であり、効果なのだから。
それが何も起こらない。
沈黙と静寂の中、突如――爆発。
何の前触れも無く土の巫女姫の身体が大爆発を起こした。
吹き飛んだ血肉と臓物が、周囲に紅い雨となって降り注ぎ、周囲の神官達から悲鳴が上がる。
土神官副長も息を飲み込み、目を見開く。
一体、何が起こっているのか?
先程まで巫女姫の存在していたそこ――空中に深遠が存在していた。
まるで巫女姫の生命を飲み干したような深遠の穴だ。
ぽっかりとした黒い穴は何処までも、何もかも吸い込みそうな、漆黒の色を湛えていた。
儀式の場にいる神官達全てから見ても真円に見えるそれは、実際には球体状の漆黒の穴であった。
「ギャギャギャギャ!」
そんな奇怪な声を上げながら、子供よりは若干大きい程度の悪魔達が、漆黒の穴から零れ落ちてくる。
やたらと大きな頭を持ち、そこには瞼の無い真紅の瞳、鋭い牙がむき出しになった口がある。肉体はやたらと引き締まっていた。鋭い爪の生えた両腕は長く伸びて、床に着いている。肌は死人のように白く、病んで死んだ死体のようだった。
彼らはライトフィンガード・デーモンと呼ばれるモンスターたちである。
「!!……この聖域に邪悪なるものたちの侵入を許すとは!」
「討て!」
呆然としたのも一瞬。
神官、衛兵達は悪魔の姿に正気を取り戻すと、すかさず衛兵達が走り、ライトフィンガード・デーモンたちに剣を振り下ろそうとした。
振り下ろそうとしたのだ。
『『悪魔達よ、静まれ』』
ぞっとするような冷気よりも冷たい、死そのもののような声が響く。
その声に悪魔は静まり返り、神官も、衛兵達も動きを止めた。暗く冷たい死そのものの声は何処から聞こえてくるのか。
神官も衛兵も、目だけでお互いに様子を窺う。誰か一人でも声を上げ、背を向ければ、それを切欠に誰もかれもが逃げ出してしまうような恐怖がその場を支配していた。
漆黒の穴から人骨を捻じ曲げ、絡み合わせて作ったような巨大な骨の脚が姿を見せる。
手狭な漆黒の穴を押し広げるように、深遠の穴から
魔法を無効化する
それが
漆黒聖典を複数名必要とする大災害級の事態と言える。
だが、如何に伝説級とは言え
ならば、先ほどの声は如何なる存在のものだったのか?
続けて、
禍々しくも強大な死の力を感じさせる蒼褪めた乗り手は間違いなく人間ではないだろう。
天使たちよりも、
『人よ、聞こえているか』
『人よ、覚えているか』
死の力を強く内包した禍々しい声は掠れたように聞き取り難い。なのに冬の冷気のように頭に沁み込んで来る。
聞き続けるだけで生命の炎が冷え切って、死へ誘われる恐れを抱かずには入られない声。
『偉大なる御方は嘆き、哀しんでいる。……救わなければ良かった。愛さなければ良かった……と。そうして流した黒い涙の中から、我等は来た』
『偉大なる御方を放逐し、今また天より見下ろす大罪人よ。偉大なる強壮たる死の御方が許しても、我等は許さぬ』
強壮なる。偉大なる。死の御方…? 大罪人?
それはかつて、大罪人よりこの世界から放逐された他の五柱の神よりも強大だとされる神。命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。
死の神『スルシャーナ』を脳裏に思い浮かべ、頭を振ってそれを脳裏から振るい落とす。
法国の、人類の守護神たる神が、人を見捨てると言う言葉を、彼は信じるわけにいかないのだ。
あってはならない言葉なのだ。
『悪魔達よ、かかれ』
『死の騎士よ、蹂躙を開始せよ』
ゆっくりと、見せ付けるように剣を抜いた
それは土の神殿全てを蹂躙するという意志に見えた。
「ギャギャギャギャ!」
「クカカカカカカ……ッ」
悪魔が哂い、死の騎士の臓腑を転がす呻き声のような哂い声が周囲に響く。
走り出したライトフィンガード・デーモン達は、振り下ろされる衛兵の剣を巧妙に避けて攻撃する。
「な!」
「うそ!」
デーモンたちと対峙した衛兵たちが一斉に騒ぎ始めた。それは痛みから来るものではなく、どうしようもない混乱からくるものだった。
「鎧が!」
そんな叫びを上げた衛兵を見てみれば、その着ていたはずの鎧がどこかに無くなってしまっていた。
「――剣が無い!」
「嘘! 聖印が無くなった!」
混乱し、動きの止まった衛兵達。
そこへ
甲高い奇怪な声を上げながら、デーモン達は嗤いながら周囲を跳び回り、
「押さえろ! 外に出すなぁッ!!」
「駄目だ!! 逃げろ! 逃げろぉぉ!!」
衛兵も、宝石よりも貴重な第3第4位階までもが使える神官達もが、ゴミのように宙を舞い死んでいく。
否、宙を舞っている時点で既に真っ二つになっている者。タワーシールドで全身を殴りつけられ、ひしゃげている者は既に人ではなくなっているだろう。
「土神官副長、お下がり下さい! ここは危険です!」
この場の要人である土神官副長を庇い、衛兵達が撤退を進言する。
「まて、まだ、叡者の額冠がっ!」
「いけませんっ!! 危険です!!」
スレイン法国の最秘法【叡者の額冠】が、爆発した土の巫女姫と共に儀式の間の何処かに吹き飛んでおり、未だ発見できていない。
裏切り者の手により、既に一つが失われている現在、万が一にも紛失するわけには行かないのだ。
【叡者の額冠】の価値は己の生命などよりも、この場にいるもの全てよりも重いのだ。
「いけませんっ! 土神官副長が倒れたら、誰が! この惨状を神官長会議に報告するのですかっ!!」
「私が残って【叡者の額冠】を捜索します! お前達は土神官副長を安全な場所まで……神殿の外までお連れするのだっ!」
衛兵長の必死の訴えに土神官副長は苦渋の決断を下し、衛兵に守られながら撤退を開始する。
強大なアンデッドに騎乗する伝説級のアンデッド6体。魔神2体の許に残り、無事に帰れる筈もない。
死を覚悟し、その場に残る衛兵長達へ目礼し、目に涙を浮かべながら護衛についた衛兵達は土神官副長を庇い下がっていく。
その彼らも、
だが、それがどうしたと衛兵長は思う。
震える拳を握り締め、恐怖に震える部下達へ、奮い立てと声を上げる。俺達こそが最後の盾。
「俺達こそが、人類を愛し、人類を守護するスレイン法国の盾! 偉大なる六大神の聖域を汚す悪魔に、神の信徒である俺達は屈しない!! 我等こそが神の代理人、人類の未来の守護者! 今此処であの邪悪を打ち滅ぼす! 汝らの信仰を神に捧げよ! 行くぞぉっ!!」
「「「おおぉおおぉぉぉぉっ!!!」」」
隊長の檄に心を奮い立たせ、恐怖を打ち破らんと雄雄しく雄叫びをあげて衛兵達が絶望へ向かって突撃していく。
倒す事が出来なくとも、それが僅か数秒でも、土神官副長が脱出し、より強力な部隊が魔神討伐に駆けつけてくれる事を信じ、彼らは自らの生命をかけて戦いを挑んでいった。
それは地上の星。
輝かしき、人の生命の煌き。強く輝く意志の光。
人間の希望の星だった。
そうして、その日、神都最大聖域の1つ。土の神殿は壊滅した。
衛兵達に担ぎ出された土神官副長こそ無事であったが、土の巫女姫とその周囲に仕える神官達は全滅。衛兵にいたっては完全に全滅していた。
神官達を蹂躙した
後に残されたのはゾンビとなった死体と、廃墟となった神殿。
貴重な宝物や資料の多くが失われ、神殿の修復、人材の補充に数十年は掛かるだろうと予想された。
モモンガが捨て駒として送り込んだ威力偵察のデスナイト、ペイルライダー達は単に召喚時間切れによって消滅しただけであったが、そうとは知らないスレイン法国上層部は、神都に強力なアンデッドが潜伏していると疑った。その結果、スレイン法国は展開中の漆黒聖典を一旦全て呼び戻し、常に神都防衛戦力を温存する事を余儀なくされた。
そして、叡者の額冠を始め、失われたとされる土の神殿の宝物、資料は、影の悪魔を始めとするデミウルゴス配下の悪魔達の手により、ナザリック地下大墳墓に回収されていた事を付け加えておく。
文章には出てこないけれど、デミウルゴスとパンドラとニグレドが大活躍中。