オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第191話:人類再鍛造計画2

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 回廊の薄明/*/

 

 

夜風が石造りの回廊を走る。ジョンはぐりもあと並んで、まだ明るさの残る窓外を見下ろしていた。無限魔力(セリエル)は、椅子にだらりと座り、眠たげな金の瞳で二人を見返す。

 

「――そうだ。人類再鍛造計画を諦めきれない土神官長たちに、母体になってもらうのはどうだろう?」

ジョンの声はいつもより軽やかだが、中身は真剣だった。

 

セリエルが咳払いして顔をしかめる。

「え? 土神官長たちは高齢の男ですよ? 母体になれるわけが……」

 

ジョンは両手を広げ、にやりと笑った。

「ナザリックの技術なら、年齢も性別も変えられる。若くて出産可能な“成年の女”にしてやることは出来る。しかも、完全可逆。戻す際の保障も組める。」

 

セリエルのまぶたがぴくりと動く。

「ちょっと待ちなさい。まず倫理的にどうなのよ。本人たちの同意は? 製作・管理・戻すための医療体制は? それに“女の子”って言い方、軽率すぎるわよ。」

 

ぐりもあが割り込むように小声で言う。

「“年齢は産める成人の範囲で”って断らないと、未成年扱いに誤解されますよ?」

 

ジョンはすっと真面目な顔になった。

「もちろん同意は必須だ。だが、無限魔力たちのような高レベルの女性に代理母や見ず知らずの男の種を受け入れて子を成せと言うなら、言ってる本人たちも同じ状況になるべきだ。男だから出来ないで済ませて良いわけがない。自分も可能になった時に出来ないなら、それを女性に押し付けるべきではない」

 

セリエルは、半ば呆れたように笑った。

「……相変わらず筋は通ってるのね。けど、あんたの理屈は倫理委員会が頭抱えるわよ。要するに――“口だけの理想を語るなら、まず自分が同じ立場になれ”って話でしょ?」

 

ジョンは軽く頷く。

「そういうことだ。自分の身体を変えてでもやる覚悟があるなら、発言に重みが出る。

 倫理ってのは他人を縛る鎖じゃなく、自分を縛る鎖であるべきだ。」

 

ぐりもあがペンをくるくる回しながら相槌を打つ。

「“言うならやれ、やれないなら言うな”……ジョンさんらしいですけど、フランスパンより硬い信念ですよね。」

 

セリエルは肩をすくめて煙管を取り上げる。

「まあ、理屈は立派よ。

 ……けど、その理屈を土神官長たちに直接ぶつけたら、全員顔真っ赤にして倒れるわよ。男のプライドってそういうもん。」

 

「プライドなんざ生殖の前では塵みたいなもんだ。」ジョンは笑い、指先で机を叩いた。

「生き残るための計画を立てるなら、性別も体裁も超えて踏み込むしかない。

 “できない理由”より、“やるための形”を見つけるのが俺の仕事だ。」

 

セリエルはその真っすぐな目を見て、ため息をついた。

「……ほんと、あんたが言うと冗談に聞こえないのが怖い。

 でも、言葉としては嫌いじゃないわ。筋は通ってる。」

 

ジョンはわずかに笑みを浮かべ、空を仰いだ。

「この世界は“やれない”を積み重ねて滅びかけた。

 だから、“できる”を探す連中がもう少しいてもいい。」

 

ぐりもあが小さく笑いながら、メモに書きつける。

「――“やれない”を語るより、“やれる”を形にする。それが神獣流再鍛造倫理、ですね。」

 

セリエルは椅子の背にもたれ、半眼で呟いた。

「……ま、どうせあなたが止まらないのは知ってる。

 やるならやるで、記録と責任はこっちが持つ。

 ただし、倫理委員会を巻き込むこと。正式に議題に上げて。いいわね?」

 

ジョンは静かに頷いた。

「約束する。倫理は越えるためじゃなく、共に進むための線だ。

 その線を一緒に描こうぜ。」

 

夜風が回廊を渡り、三人の間を通り抜けた。

遠く、鐘楼が一度だけ鳴り、白い石の壁に低い余韻を残した。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 神官長会議室 夜半 /*/

 

 

重い扉が閉ざされ、長卓を囲む神官長たちの顔に灯りが落ちる。

土神官長、祈祷長、財務長、儀礼長――名だたる顔ぶれが並ぶ中、

ジョン・カルバインは一歩前に出て、静かに言葉を放った。

 

「我々は、話を先延ばしにしている間に“種”を脆くした。

 言葉だけで済ます時間はもうない。

 ならば――君たち自身に問いかけよう。言うならやれ。やれないなら言うな。」

 

沈黙が、落ちた。

会議室の空気が急速に冷え、火の灯りが不自然に揺れる。

 

土神官長の頬がみるみる青ざめる。額の血管が浮き、杖を掴んだ手が震える。

祈祷長が掠れた声を漏らした。

「お、おのれ……その“やれ”の意味を――」

 

セリエルが淡々と補足する。

「ナザリックの技術での一時的変性。可逆的な若返りを伴う試験です。

 志願するなら、あなた方当事者が“母体役”になって実行するか、

 あるいは公然と辞退し、他の形で協力するか。強制はしません。

 ただ――選べ、という話です。」

 

土神官長は一瞬、口を開きかけ――

次の瞬間、ひくりと頬を痙攣させ、笑った。

 

「わ、我々が……我々が身体を差し出す、だと?」

その言葉は自嘲ではなく、熱だった。

目が座り、呼吸が荒くなる。

 

「人類の為に我が身を掛けて行えるならば、これ以上の福音は無い。

 このような機会、寧ろ神獣様に感謝いたしますぞ!」

 

立ち上がる音が連鎖した。

彼の背後に立つ補佐官たちが、一斉に膝を折る。

「神の器として、我らもその御身に従います!」

祈りの声が重なり、室内に反響する。

――理性の壁が、祈りの熱に呑み込まれていく音がした。

 

ぐりもあがうへーと呟く。

「思ったよりも狂信的だった……」

 

会議室の片隅で、祈祷長の手が震えながら十字を切る。

彼の目には恐怖と陶酔が混ざっていた。

 

聖職者たちは深々と頭を垂れ、だがその目はどこか醒めた光を帯びている。

信仰と恐怖の狭間に、決断の影が生まれ始めていた。

 

夜は更け、鐘が一度だけ鳴る。

外の空では双星が淡く輝き、その光が窓の縁に一筋の線を引いた。

 

真っ青に染まった彼らの色は、

やがて――決断と行動へと変わるのか。

 

会議は、沈黙とともに幕を下ろした。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 実験室・翌朝 /*/

 

 

淡い光が差し込む冷気の部屋。

魔導冷凍保存庫の隣、実験台の上で、姿の変わった土神官長ががっくりと肩を落としていた。

白衣を着せられ、頬はげっそり、しかしどこか満足げな達成感すら漂っている。

 

「……ああ……せっかくこの身になったからには、もう少し“劇的な体験”があると思っていたのだが……」

 

ぐりもあが眉をひそめる。

「“劇的”って、何を期待してたんですかこの人……」

 

ジョンは眉間を押さえながら答えた。

「悪いけど、味気ないくらい清潔で正確に終わるのがナザリック式だ。

 美味しい目は見させねぇよ。」

 

ぐりもあは書類をめくりながら、苦笑交じりに呟く。

「つまり――理想の再鍛造より先に、神官長の紳士的(?)欲求が鍛え直されてしまったと。」

 

ジョンは肩をすくめ、冷却装置を閉じながら言った。

「ま、これで次は変な幻想抜きで議論できるだろ。

 現場の現実を知るってのは、案外大事なんだよ。」

 

土神官長は小さく咳払いし、眼鏡を直した。

「……貴重な体験でした。神に感謝を……いや、神獣様に。」

 

ぐりもあがぼそりと漏らす。

「実は変態紳士だったよ、この人。」

 

ジョンはため息混じりに笑い、手袋を外して言った。

「まあ、信仰ってのは“どこまで真面目に狂えるか”だからな。」

 

冷たい光が差し込む中、冷凍保存庫のランプが淡く点滅した。

新たな「人類再鍛造計画」の第一歩――

だがその裏で、法国の神官たちは想定外の“内的再教育”を受けることとなった。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿 巫女区控えの間 /*/

 

 

朝の鐘が鳴り、香の煙が静かに天へ昇る。

占星千里ミリアは机に新しい星図を広げながら、

隣で書類を整理する無限魔力(セリエル)のぼやきを聞いていた。

 

「……ねえ、ミリア。最近さ、変じゃない?」

「何が?」

「神官長たち。やたら優しいのよ。昨日なんて土神官長が、

 “寒くないかね?”って毛布持ってきたの。あの人がよ?」

 

ミリアは目を瞬かせ、星図のペンを止めた。

「まあ……確かに。先週も祈祷長が私に“星を読む時はちゃんと休憩を取りなさい”って言ってきたわ。

 ……以前は“占いは神意の独占だ”とか言って怒鳴ってたのに。」

 

控えの間の奥では、各神殿付きの巫女姫たちと、彼女らに仕える女性神殿兵たちが談笑している。

その笑顔の数は、ここ最近で明らかに増えていた。

 

「うちの上司、変わりましたよね」

「うん。前は“神意を盾にパワハラ”って感じだったのに、

 今は“神の慈悲を盾に差し入れ”って感じ」

「差し入れ?」

「焼きたてのパンとミルク。『カルバイン様に倣って、栄養は義務だ』ですって」

 

部屋に小さな笑いが広がる。

巫女姫の一人が冗談めかして呟いた。

「もしかして、“母体候補実験”のあれで人生観変わったんじゃないですか?」

 

セリエルは片眉を上げた。

「なるほど……“自分が一度、相手の立場を体験した”ってやつね。」

ミリアは小さく頷く。

「理屈ではなく、実感で知ること。――それが一番の教育だもの。」

 

巫女兵の一人がにっこりと笑い、手を合わせた。

「どんな理由でも、職場の空気が柔らかくなるなら歓迎ですよ。

 神様より現場が優しい方が、ずっと救われます。」

 

窓の外、白い雲が流れていく。

ジョン・カルバインの仕掛けた“実験”は、

人類の遺伝よりも先に――人間の心を少しだけ再鍛造していた。

 

ミリアは静かにペンを置き、呟く。

「……星々の軌道が、ほんの少し優しくなった気がするわね。」

 

セリエルは椅子にもたれながら、眠たげな笑みを浮かべる。

「そうね。今の法国、奇跡より“現場改革”の方が効いてるわ。」

 

柔らかな笑い声が、石壁の中に静かに溶けていった。

 

 

 

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