オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第20部:第3軍5121小隊
     土なる母


 

 

/*/ スレイン法国・大神殿地下 聖封監獄区 /*/

 

 

湿った石壁を照らす松明の火が、ゆらゆらと揺れていた。

地下の静寂の中、聖印で封じられた小室――その中央に、

白衣の女が横たわっている。

 

 

土神官長。

柔らかな褐色の髪を結い、両手を腹の上で組んでいた。

その腹は穏やかに膨らみ、確かな鼓動を宿している。

人の身でありながら、神の因子を宿した存在――“土なる母”と呼ばれ始めた女。

 

 

扉が軋み、鋼靴の音が響く。

巨躯の影が立ち止まり、金の瞳が彼女を見下ろした。

ジョン・カルバインである。

 

 

「……来たのですね、ジョン様。」

「おう。調子はどうだ、聖母さんよ。」

 

 

土神官長は微笑み、手で腹をなでた。

「子は静かです。神の血が、この身の中で形を取っていくのが分かります。」

 

 

ジョンは壁に背を預け、ぼんやりとその腹を見つめた。

「神の血、ねぇ……。

 あれはな、良くて五世代くらいで消える。

 けど法国は母集団が少なかった。

 だから血の濃度が下がり切らず、多少は“神の情報”が残ってたんだろう。」

 

 

「では、年々人が弱くなっていくのは……」

「神の血が薄まってるからだろうな。」

 

 

土神官長は視線を落とした。

「……わたしたちは神に選ばれた民だと信じてきました。

 けれど、その“選ばれ”が、実は劣化の過程に過ぎなかったのなら……。」

 

 

ジョンは腕を組み、静かに言葉を紡いだ。

「数を増やせば、情報は薄まる。

 強さは分散し、奇跡は消える。

 でもな、同時に“安定”も生まれる。

 神に近い者ほど、壊れやすいもんだ。」

 

 

「……それでも、わたしは人を救いたいのです。」

彼女の瞳は柔らかく、それでいて揺るぎなかった。

「この子がその“鍵”になるなら――どんな代償でも受け入れます。」

 

 

ジョンは目を細め、低く笑った。

「人をどうにかしたい、って気持ちは分かる。

 でもな、何度か繰り返せば、

 “神の形質”は人の基本形質として取り込まれる。

 つまり――神と人の境界そのものが消える。」

 

 

「神が人になるのか、人が神になるのか……」

土神官長はゆっくりと呟く。

「それは罪なのでしょうか。」

 

 

「さぁな。」

ジョンは天井を見上げる。

「だが、進化ってのはいつだって“越えてはいけない線”を踏み越えた奴から始まる。

 罪も祝福も、やってみなきゃ分からねぇ。」

 

 

沈黙の中、松明がぱちりと弾けた。

その音と重なるように、胎内の鼓動が微かに響く。

 

 

ジョンは小さく息をつき、呟くように言った。

「……その子が生まれたとき、人が神に近づくのか、神が人に戻るのか――

 どっちに転んでも、きっと“世界が変わる”だろうな。」

 

 

土神官長はそっと目を閉じた。

「それでも、人は土に生まれ、土に還る。

 ならば――この身が、その“中間”であってもいい。」

 

 

ジョンは無言で頷いた。

炎の光が二人の影を伸ばし、

やがて石の間に溶けていった。

 

 

誰も知らぬ地の底で、

“神の再臨”でも“人の進化”でもない――

新しい創世の胎動が、静かに息づいていた。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓第9層・モモンガ執務室 /*/

 

 

魔導灯の白光が書類の山を照らし出す。

ぐりもあは分厚い設計書を抱え、勢いよく扉を開け放った。

 

「――つまりですね! そんなに強い人間が欲しいなら、変身機能を付ければいいんですよ!」

 

不意を突かれたモモンガとジョンが、同時に顔を上げる。

 

「……変身機能?」

「は?」

 

ぐりもあは胸を張って頷いた。

「はい。人狼のジョンさんを参考にすれば、戦闘時だけ“戦闘特化形態”に変わる人間が作れます。

 普段は普通の人、でも戦う時だけ獣のように強くなる。

 金の黄昏錬金術師団から吸収した技術がある今なら、実現可能です!」

 

ジョンは腕を組み、目を細めた。

「要するに、“人のまま強くなる”んじゃなく、“戦う時に獣になる人間”ってわけか……いいな、それ。」

 

モモンガは眉をひそめた。

「ちょっと待て。それは倫理的に問題が――」

 

「呼称は“獣人”とか“戦形変化人間”とかになっちゃいますけどね!」

ぐりもあは楽しそうに続ける。

「ジョンさんの人狼形態みたいに、外見もカッコ良くしますよ! 光る爪、毛並み、尻尾! 筋肉が“がしゃん”って浮き出る感じ!」

 

「いいなそれ。」

 

「おい。」

 

ぐりもあは勢いのまま設計図を机に広げた。

そこには、魔力血脈を利用して“人間体⇔戦闘体”を切り替える魔導回路の図面が描かれている。

 

「戦闘時だけ骨格と筋肉を再構築して、血流に魔素触媒を流し込むんです。

 臓器の強化はこの補助線。心臓の代わりに小型魔晶核を埋め込み――」

 

モモンガはペンを置いて天を仰いだ。

「それはもう完全に人間じゃないな……」

 

「見た目が人ならいいだろ?」

「君は基準がずれているぞ、ジョン。」

 

ぐりもあは悪びれもせず言った。

「じゃあモモンガさんもどうです? “魔王形態”に変身できるように――」

「しない。」

「ちょっと見てみたいけどな。」

「おい。」

 

ジョンは笑って椅子にもたれた。

「いいじゃねぇか。魔導国版“獣人計画”。弱い人間が強くなって、しかも見た目がカッコいい。世界がまた少し面白くなる。」

 

モモンガはため息をついた。

だがその眼窩の奥には、わずかな興味の光が見え隠れしていた。

 

「じゃあ決まりですね!」

ぐりもあは声を弾ませた。

「試作個体は“変身可能人間タイプ・試作零号”で――」

 

「待て、勝手に進めるな!」

「もう名前決まってるの笑うな……」

 

笑い声が、書類と魔導灯の間に響いた。

ナザリック第9層――その一室で、

“人の新しい形”をめぐる計画が、また静かに動き出していた。

 

 

/*/ スレイン法国・大神殿地下 聖封監獄区 /*/

 

 

静寂を破る産声が、石の回廊に響いた。

湿った空気の中、聖印で封じられた扉の奥――

土神官長の寝台の上に、小さな命が生まれ落ちた。

 

松明が揺れ、祈祷師たちの詠唱が重なっていく。

金の紋が床に浮かび上がり、

血と魔力が同時に“神の印”として空気を震わせた。

 

ぐりもあが差し出した銀盆の上で、赤子はか細い声を上げる。

その肌は人のものに近いが、耳はわずかに尖り、閉じた瞼の下からは銀に光る睫毛が覗いていた。

卵子はアンティリーネの、精子はジョンのもを使ったスレイン法国の人類再鍛造計画の第一子。

 

ジョンがゆっくりと歩み寄り、手をかざした。

青白い魔光が赤子の上に浮かぶ。

 

「……鑑定。――種族判定:ルーナ=フェンリル。」

 

神官たちの息が止まる。

誰も聞いたことのない名。

ジョンは淡々と続けた。

 

「分類、人狼とハーフエルフの混血種。

 魔力循環構造は精霊系統、骨格は獣人型。

 再生機能と自然同調機能を併せ持つ……新生の神人だな。」

 

床に立つ金の紋章が音もなく変化した。

円環が二重に重なり、中央に“月と樹”の意匠が浮かび上がる。

それは――神の遺伝子が再び芽吹いた証。

 

ぐりもあが息を呑んだ。

「まるで……森の精霊と狼が、一つの命を分け合ってるみたい……」

 

ジョンは静かに赤子を抱き上げた。

小さな手が彼の指を握り、

その瞬間、空気が微かに震える。

 

「この魔力……懐かしいな。

 人でも獣でも精霊でもない。“土の理(ことわり)”に近い。」

 

産床の上、汗に濡れた土神官長が微笑んだ。

「……あの子の名を……つけてください、ジョン様。」

 

ジョンは数秒だけ考え、

その瞳に宿る金と銀の光を見つめた。

 

「――ルーナ=フェンリル。

 月に生まれ、森に生き、血に目覚める者。

 この名で行こう。」

 

ぐりもあが小さく呟いた。

「ルーナ……月。フェンリル……狼……

 神の血と人の願いを繋ぐ、新たな“神人”の誕生ですね。」

 

神殿の天井から、どこからともなく白い光が降り注いだ。

それは祝福のようであり、警告のようでもあった。

 

ジョンは腕の中の赤子を見つめながら、低く言った。

「この子は世界を変える。

 神の再臨ではなく――“神を超えた人”の始まりとして。」

 

土神官長は静かに目を閉じた。

その唇から、かすかな祈りが漏れる。

 

「願わくば……この子が、人を滅ぼす神ではなく、人を救う神でありますように。」

 

彼女の祈りを、赤子の小さな呼吸が吸い込み、

やがて、神殿の封印陣が穏やかに光を失った。

 

――新たな神人、ルーナ=フェンリル。

その名が記録に刻まれた日、

スレイン法国の運命は、静かに変わり始めていた。

 

 

 

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