オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ スレイン法国・大神殿地下 聖封監獄区 /*/
静まり返った封印室。
新生児の呼吸だけが、湿った空気をわずかに震わせていた。
白布に包まれた小さな身体を見つめながら、土神官長がゆっくりと口を開く。
「……ジョン様。
この子――ルーナ・フェンリルの形質を、“固定化”するにはどうすれば良いのでしょうか?」
ジョンは赤子を抱いたまま、視線を床の金紋に落とした。
その輪郭を指でなぞりながら、どこか遠い昔を思い出すように呟く。
「……F1だな。」
「F1?」
「一代限りの交雑種って意味だ。
異なる血脈の優性形質を合わせることで、爆発的な力を得られる。
だが、それはあくまで“一世代”の奇跡だ。
次に生まれる子は、ほとんどが親よりも劣化する。
どの形質を継ぐかが安定していない。
だから――“固定種”にするまで安定させるには、選抜と交配を繰り返す必要がある。」
土神官長は眉を寄せ、赤子の頬を撫でた。
「では……どれほどの年月が必要に?」
ジョンはわずかに目を細めた。
「……人間の育種法で言えば、8~10世代。
形質の発現に魔導因子が絡むから、もう少しかかるかもしれん。
この子の寿命は長い――千年、いや、二千年生きるかもしれない。
だから、固定化には最低でも千年単位の選抜が必要だろうな。」
彼の声は、神秘を語るでも、科学を説くでもない。
ただ冷静な、観測者としての調子だった。
「千年……」
土神官長はかすかに笑みを浮かべた。
「長い道のりですね。」
「そうだな。
俺たちの世代じゃ、結果は見届けられねぇ。
種の安定化ってのは、どんな神でも一夜でやれるもんじゃない。」
それでも――と、土神官長は静かに言葉を継ぐ。
「それが神の試練であれば、私たちは受けましょう。
世代を超えて意志を繋ぎ、やり遂げます。
この子が“始まり”なら、次の世代が“形”を、
そしてその先が“真の人”を作る。
そうして、いつの日か――人が再び神の隣に立てるように。」
ジョンは短く笑った。
その笑いには、敬意と少しの哀れみが混じっていた。
「……あんたら法国の奴らは、本気でやるから怖ぇよ。
でも、そういう執念がなきゃ、進化なんて起きねぇ。
やるなら、千年かけて“神を超える人”を作ってみせろ。」
彼は赤子の額に手をかざした。
淡い蒼光がゆらめき、ルーナ・フェンリルの体表に微かな紋様が浮かぶ。
それは、狼のような月輪と、枝葉のような紋が重なったもの――
“土と月の盟約”を象徴する印。
土神官長は深く頭を垂れた。
「この印、必ず受け継がせてみせます。
たとえ幾千の時が過ぎようとも――」
ジョンは肩をすくめ、部屋を後にする。
「なら、あんたらがやることは一つだ。
“生き残る”ことだ。
進化の途中で死に絶えたら、神も計算も意味を失う。」
松明がパチリと弾ける。
その光が、神官長の瞳に宿る決意を照らし出した。
――こうして、スレイン法国はひとつの“繁殖計画”を始動させる。
目的は、“神の血”を千年かけて人に定着させること。
それは聖なる祈りであると同時に、最も長い実験の幕開けでもあった。
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