オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第193話:芋守(イモガミ)

 

 

/*/ エ・ランテル 冒険者の宿《黄金の輝き亭》 夜 /*/

 

 

カウンター奥のランプが、琥珀色の光をテーブルの上に落としていた。

木の壁には夜風が当たり、かすかに鳴る音が心地よい。

ジョンは湯気の立つ珈琲を片手に、向かいのイビルアイを見やる。

 

「イビルアイ、蟲殺しって魔法持ってるじゃん。第5位階魔法だっけ?」

「そうだが――お前、また妙なことを考えてる顔をしているな。」

 

ジョンは頷き、テーブルに紙とペンを広げた。

「教えてくれよ。あれを改良して、小さな虫にしか効かないようにして、

 生活魔法レベルまで落とし込みたい。ジャガイモ畑用にな。」

 

イビルアイの赤の瞳が細められた。

「……ジャガイモ畑?」

「ああ。ジャガイモシストセンチュウって小さい虫がいてな。

 根に巣を作って、収穫量をがっつり減らす。

 火で焼いても残るし、薬でも完全には死なねえ。

 だから、根絶が難しい。

 ――なら、魔法でやろうと思ってさ。」

 

イビルアイは腕を組み、フードの影で微かに笑った。

「第5位階の"蟲殺し(ヴァーミンベイン)"は、

 本来"生命反応の閾値"を基準にして発動する。

 つまり、虫と認識できるサイズのもの全てを殺す。

 ……だが、それを"一定以下の魔力波動を持つ対象"に限定すれば、

 低位の害虫だけを狙うことは可能かもしれんな。」

 

「なるほどな。生命波動の閾値制御か。」

ジョンは感心したように顎に手を当てる。

「だったら、それを魔導通信塔の魔石に組み込んで、

 定期的に"畑一帯"に発動するようにしてやれば、

 農家でも扱える魔法になる。」

 

「……人間がそんな手間を惜しまぬなら、確かに可能だ。

 だが、それではお前の"拳"の仕事が減るぞ?」

イビルアイの皮肉に、ジョンは笑って珈琲を啜った。

 

「拳で虫を潰してたら一生終わっちまう。

 それに――俺は人が"安心して畑を耕せる世界"を作りたいんだよ。」

 

その言葉に、イビルアイの赤い瞳が一瞬だけ柔らいだ。

「……あいかわらず、妙に優しい化け物だな。」

 

ジョンは笑いながらペンを走らせる。

紙の上には、"生活魔法《蟲退け》"の構文式が描かれ始めていた。

やがてイビルアイも椅子を引き寄せ、隣に腰を下ろす。

 

「いいだろう。協力してやる。

 ただし、名は変えろ。

 "蟲殺し"では、あまりにも物騒すぎる。」

 

ジョンは口元を緩めて頷いた。

「じゃあ――"芋守(イモガミ)"にするか。」

 

イビルアイが吹き出し、肩を震わせた。

「ふ……ははっ。まったく……どこまでも俗っぽい神だな、お前は。」

 

イビルアイが目を細めて訊く。

「今まではどうしてたんだ?」

 

ジョンは肩をすくめて、紙に書いた式をさらりと指でなぞる。

「畑の土に発勁を打ち込んで殺すか。高位の炎の悪魔を呼び出して、畑ごと2日くらい蒸し焼きにしてもらってた。」

 

イビルアイが吹き出す。

「また極端な。農夫が死ぬって、そういうの止めてあげなさいよ。」

 

ジョンは真顔で首を振る。

「発勁は局所的で綺麗なんだが、範囲が狭い。手作業で何百株もある畑に使うには非現実的だ。

 炎の悪魔は確実に殲滅できるけど、土の養分も飛ぶ。連続使用で地力が落ちるし、隣の畝の種まで煮えてしまう。要は"効くけど代償がデカイ"んだ。」

 

イビルアイが眉を寄せる。

「で、芋守(イモガミ)はどこが違うの?」

 

ジョンは少し笑って、指を天井の光にかざすようにして説明を続けた。

「狙いを"生体サイズと魔力閾値"に絞る。ジャガイモシストセンチュウは微小で魔力放出が弱い。芋守はそのパターンだけを検出して、低出力の生体干渉波で神経束を無効化するんだ。要するに"殺す"んじゃなくて"活動を停止させる"。土壌そのものには干渉しない。」

 

ぐっとイビルアイが頷く。

「なるほど。土へのダメージがないのは重要ね。じゃあ装備や運用は?」

 

「魔石を畦に置く形で自動発動。魔導小塔に組み込めば、農夫でもボタン一つ。定期パルスで駆除、閾値は遠隔で更新できるから、害虫の耐性が出たらファームごとにソース更新すればいい。消費魔力も低くて、魔導国の廉価魔石で運用可能にするつもりだ。」

 

イビルアイがからかうように笑う。

「相変わらず現実に落とすのが早いわね。ジョンが畑に出る日も近いかもね。鍬片手に『芋守』の説明をしてる姿、想像すると可愛いわ。」

 

ジョンはわずかに赤くなって珈琲を飲む真似をしてから、真面目な顔に戻った。

「テストが必要だ。まずは小さな圃場で種を蒔いて検証、非標的生物への影響、土中微生物群集の変化、作物の風味や保存性までチェックする。農夫の同意も必須だ。魔導塔は貸し出しで、故障時のフェイルセーフを組む。要は"魔法の工業化"だな。」

 

イビルアイはふっと笑って肩をすくめた。

「あなたって、いつも戦場の発想を日常に落とし込むわね。まあ、世界の役に立つなら文句はないわよ。名付けは『芋守(イモガミ)』で決まり?」

 

ジョンがにやりと笑う。

「そうだ。だけど正式名はもっと格好良くする。農協が喜ぶやつを考えよう。『生活魔法・芋護衛式――イモガミMk-I』とかどうだ?」

 

イビルアイが吹き出して肘でジョンの肩をつついた。

「……ださい。でも、きっと農夫には受けるわね。やるなら早く設計図を持ってきて。私が魔力閾値の調整手伝ってやる。」

 

窓の外、星がひとつ流れた。二人は紙の上に新しい式を書き加えながら、小さな発明が広がる未来を想像していた。

 

 

/*/ エ・ランテル 冒険者の宿《黄金の輝き亭》 裏庭・夜風の中 /*/

 

 

夜の冷気が、窓越しに漏れる灯りを震わせていた。

中ではジョンとイビルアイが、机いっぱいに魔法陣の紙を広げている。

インクの匂いと、淡い魔力光。

「……閾値はここだ。虫より少し上の生命波だけ切る」

「了解、じゃあここにフィールド干渉式を――」

 

そんなふたりのやり取りが、裏庭にまで聞こえていた。

 

そこに、黒衣の影――漆黒聖典第1席次、ケネウスが立っていた。

指先には光を灯す魔石。だが、それを見つめる瞳はどこか沈んでいる。

 

「……俺には、戦うことしかできないのか。」

ぽつりと呟く声が、夜の空気に溶けた。

 

剣も槍も、血も炎も。

それらは人を守るためのものだったはずだ。

けれど――中で笑いながら、農民のための魔法を作る二人の姿を見て、

胸の奥に小さな棘が刺さる。

 

「イビルアイ……楽しそうだな。」

その声はどこか遠い。

 

ジョンの笑い声が聞こえた。

「いいぞ、もう少し右。あぁ、その構文なら魔力流が安定する。」

イビルアイの声が重なる。

「やっぱり貴方、研究屋でも通用するわね。拳だけの化け物じゃなかったのね。」

 

ケネウスの手が少し震えた。

拳を握る。――戦いしか知らない自分には、

こうして“創る”という行為が、まぶしく見えた。

 

そのとき。

 

背後から声がした。

「おい、隊長。」

 

振り向くと、ジョンがそこに立っていた。

カップを片手に、どこか柔らかい目で見下ろしている。

 

「覗き見は趣味か?」

「……いや、違う。ただ――」

ケネウスが言葉を探すように唇を噛む。

「俺には、ああいうことはできない。

 戦う以外に……人のためになる術がないんだ。」

 

ジョンは小さく笑った。

「バカ言え。お前が戦うから、あいつらが“創る時間”を持てるんだよ。」

 

「……俺が、支えている?」

 

「ああ。」

ジョンは肩を軽く叩いた。

「戦場の前線で人を守る奴がいなきゃ、畑も、魔法も、誰も笑えねえ。

 だからお前はそれでいい。

 イビルアイだって、あんたがいるから“作る”余裕ができたんだ。」

 

ケネウスは目を伏せ、そして――わずかに笑った。

「……保護者みたいな言い方をするな。」

 

「保護者だよ。年の功ってやつだ。」

ジョンはにやりと笑い、星を見上げた。

「若いってのはいいな。そういう気持ちを持てるうちが華だ。

 ……ま、惚れた女の隣に立ちたいなら、“創る”覚悟も学べ。」

 

「創る、か。」

 

ケネウスの瞳に、夜空の星が映る。

その光はもう、落ち込んだ戦士のものではなかった。

 

ジョンは背を向けながら呟いた。

「戦う奴が“破壊”だけで終わるな。

 その後に“築く”奴であれ。――それが人の形だ。」

 

ケネウスは静かに頷いた。

遠くで、イビルアイの笑い声が響く。

それを聞いて、彼はもう一度だけ空を見上げた。

 

その夜、若者の胸に生まれたのは――

戦士としてではなく、“一人の男”としての新しい火だった。

 

 

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