オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第194話:携帯型〈伝言〉魔導通信機

 

 

/*/ エ・ランテル 黄金の輝き亭・夜の中庭 /*/

 

 

月光が瓦屋根に淡く落ち、夜風が葡萄棚を揺らしていた。

ジョンは腰を下ろして湯気の立つカップを手に、

向かいに座るケネウスをちらりと見た。

 

「そういえば――ケネウスは国元に詰めてなくて大丈夫なのか?」

 

ケネウスは静かに笑った。

白銀の鎧は脱いでおり、代わりに薄手の旅装をまとっている。

「ええ。魔導国のおかげで、周辺の人間の生存環境が安定しました。

 竜王国も交易を再開し、辺境の治安も向上した。

 おかげで、こうして少しの余裕ができたんですよ。」

 

ジョンは感心したように頷き、

カップを口に運びながらニヤリと笑う。

「平和ってやつは、案外“悪魔の副産物”みたいなもんだな。

 ……で? 法国から呼び戻されないのか?」

 

ケネウスは懐から小さな銀の機械を取り出した。

掌サイズの魔導装置――携帯型〈伝言〉魔導通信機。

ナザリック製の、改良型通信機だ。

 

「これのおかげで、どこにいてもすぐ連絡が取れるようになりました。

 上層部からの指示も直接受けられますし、

 戦線で何かあっても即応できます。

 要するに――“詰めてなくても、常に詰めてる”ようなものですね。」

 

ジョンは喉の奥で笑う。

「なんかあればすぐに呼び出せるってわけか。

 便利になったもんだな。……昔は伝書鳩か、馬だったのにな。」

 

ケネウスも笑みを浮かべた。

「そうですね。あの頃なら、エ・ランテルに来るまで何日もかかっていました。

 今は一瞬で連絡が届く。文明というのは、本当に戦いを変える。」

 

そこで、彼の声がわずかに柔らかくなった。

「それに――キー……いえ、イビルアイのところなら、

 呼び出されてもすぐに〈転移〉で送ってもらえますから。」

 

ジョンの眉がぴくりと動いた。

「おいおい、“キー”って、今ちゃんと名前言いかけただろ。」

 

ケネウスはわずかに赤くなり、カップを口に運んだ。

「……気のせいです。」

 

ジョンはにやにやしながら身を乗り出す。

「気のせいねぇ。

 呼び出しを彼女に任せるとか、信頼ってレベルじゃねぇな。

 いや、これはもう“同棲してる夫婦の連絡体制”だろ。」

 

「ち、違います!」

ケネウスは慌てて立ち上がる。

耳まで赤く染まり、言葉を詰まらせる。

 

ジョンは腹を抱えて笑った。

「はははっ、いいねぇ青春してるじゃねぇか!

 あの冷徹な第1席次が、恋の話で動揺するとはな。」

 

「……からかわないでください。」

ケネウスは溜息をつき、しかしどこか満更でもなさそうな顔をした。

 

夜風が二人の間を抜け、遠くでイビルアイの声が聞こえた。

「ジョン、ケネウス、魔力干渉式の再計算が終わったわよー!」

 

ジョンが立ち上がり、カップを傾けながら言う。

「ほら、呼ばれたぞ。ご主人様のお出ましだ。」

 

「……うるさい。」

ケネウスは苦笑しながらも、すぐに彼女の声のする方へ歩き出した。

 

ジョンはその背中を見送りながら、

コーヒーを一口飲んで小さく呟く。

 

「若いってのは、いいもんだな。

 ……守ってやりたくなる。」

 

夜空の下、彼の言葉は煙のように消えていった。

 

 

/*/ エ・ランテル 冒険者の宿《黄金の輝き亭》 夜更け /*/

 

 

ランプの明かりが静かに揺れ、テーブルの上には小さな銀の装置が置かれていた。

イビルアイが身を乗り出し、赤い瞳を細めてそれを観察する。

 

「掌サイズの魔導装置――携帯型〈伝言〉魔導通信機か。……見せてみろ。」

 

ケネウスは一瞬ためらい、慎重に装置を手渡した。

「壊さないでくださいよ。これは本当に希少品なんですから。」

 

「帝国もまだ持ってないんだろ?」

 

ジョンがカウンターに肘をつきながら頷く。

「ああ。帝国はまだ“背負式”のを使ってる。

 魔石三基式のあれな。重いくせに転送範囲が狭くて、山脈越えができない。

 この掌サイズのは、魔導国製の新型だ。」

 

イビルアイは装置を光にかざし、

薄く刻まれた符文をじっと見つめながら感嘆の息を漏らした。

「こんな小ささで〈伝言〉が文字化けしないとはな……信じがたい精度だ。」

 

ジョンがニヤリと笑い、マグカップを傾ける。

「いや、こいつ単体の性能じゃない。

 中継塔を建てまくって、常時〈伝言〉を複数経路でバックアップしてるんだ。

 だから、どんな干渉や文字化けが起きても自動修復できる。

 通信の精度は“国全体の魔力網”で維持してるわけだ。」

 

「つまり――装置が賢いんじゃなくて、国が賢いってわけか。」

イビルアイがくぐもった声で言う。

 

ジョンはうなずき、指先で装置を軽く弾いた。

「その通り。単体ではただの魔導器具だが、

 国家インフラ級の魔法陣と繋がって初めて真価を発揮する。

 魔導国が背後で通信の霊脈を維持してるんだ。

 今じゃ“魔法で作った神経網”みたいなもんだよ。」

 

ケネウスが興味深そうに首をかしげる。

「じゃあ、この規模で使えるのは魔導国だけなんですね?」

 

ジョンは指を二本立てて笑った。

「今のところはな。

 だが、法国、帝国、王国、竜王国――

 この四カ国にも通信塔ネットワークの建築を進めてる最中だ。

 特に法国は協力的で、もう試験塔の稼働を始めてる。

 帝国は魔導省が張り合ってるし、竜王国は“災害監視”って名目で導入中だ。」

 

イビルアイが唸るように呟いた。

「……魔導国が通信を握る。つまり、情報の流れを支配するってことか。」

 

ジョンはにやりと笑って指を振る。

「いやいや、“共有”だよ。“支配”なんてしないさ。

 塔の建築も、維持費も各国負担だ。

 ただ――“通信核の管理権”はうちが持つ。それだけ。」

 

イビルアイは冷笑を浮かべた。

「それを“支配”って言うんじゃないのか?」

 

ジョンは笑みを崩さず、コーヒーを啜る。

「言葉の定義は任せるよ。

 でも、魔法が通じる範囲を広げるってのは、戦争を減らすことにも繋がる。

 互いがすぐに話せる世界なら、“勘違い”で死ぬ奴も減る。」

 

ケネウスが通信機を受け取りながら、穏やかに頷いた。

「確かに。神敵の時もそうでした。

 この装置があったおかげで、各国の連携は驚くほど早かった。」

 

「そういうことだ。」ジョンが満足げに笑う。

「文明は、力じゃなくて“繋がり”で強くなる。

 それを形にするのが、この塔の仕事だ。」

 

イビルアイは通信機を返しながら、

小さく呟いた。

 

「……繋がり、ね。

 それを魔導国が握ってる限り――

 この世界の夜は、もう完全には暗くならないってわけか。」

 

ジョンはカップを掲げて答える。

「ああ。闇の時代は終わりだ。

 次は、光を誰が灯すかの時代だ。」

 

ジョンが軽く笑って続ける。

「中継塔が各国に出来れば、国を超えて魔導国TVやラジオも聞けるようになる。民間の娯楽も増えるし、村からの救援要請も簡単に届くようになるんだ。」

 

イビルアイが目を細める。

「娯楽か……舞台劇や口承詩が全国ネットで流れたら、文化の交差点になるね。民の声が届けば政治も変わるかもしれない。」

 

ケネウスは静かに頷いた。

「救援要請が迅速に届くのは軍としても助かります。被災地への初動が早ければ、被害は格段に減る。」

 

ジョンの表情が少し真剣になる。

「もちろん、運用は全部野放図じゃダメだ。非常通報チャネルは優先ルートにして、暗号化とバックアップは必須。流言飛語やプロパガンダ対策も組み込むつもりだ。だが仕組みさえあれば、村の子供でも都市の劇場でも同じ情報網にアクセスできる。面白くなるよ。」

 

イビルアイはやや冷ややかに笑った。

「“面白くなる”って、あんたはいつも民間レベルの未来まで考えるのね。宣伝屋としては才能が有るわ。」

 

ジョンは肩をすくめて冗談めかす。

「宣伝屋兼救急隊長兼芋守の開発者だ。マルチタスクってやつさ。想像してみろ、夜中に村から『助けてくれ!』って入って、夕方には救援と種芋と食糧が届く世界を。」

 

ケネウスは遠くを見つめ、穏やかな声音で言った。

「それが現実になれば、戦う理由も変わる。守るべきものが増えるほど、守る価値も増す。」

 

三人の間に短い沈黙が落ちる。窓外の星は静かに瞬き、風が葡萄棚を揺らした。

夜は深いが、彼らの話す未来図はどこか明るく、確かに距離を越えて届く声のように感じられた。

 

 

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