オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル 黄金の輝き亭・夜の中庭 /*/
月光が瓦屋根に淡く落ち、夜風が葡萄棚を揺らしていた。
ジョンは腰を下ろして湯気の立つカップを手に、
向かいに座るケネウスをちらりと見た。
「そういえば――ケネウスは国元に詰めてなくて大丈夫なのか?」
ケネウスは静かに笑った。
白銀の鎧は脱いでおり、代わりに薄手の旅装をまとっている。
「ええ。魔導国のおかげで、周辺の人間の生存環境が安定しました。
竜王国も交易を再開し、辺境の治安も向上した。
おかげで、こうして少しの余裕ができたんですよ。」
ジョンは感心したように頷き、
カップを口に運びながらニヤリと笑う。
「平和ってやつは、案外“悪魔の副産物”みたいなもんだな。
……で? 法国から呼び戻されないのか?」
ケネウスは懐から小さな銀の機械を取り出した。
掌サイズの魔導装置――携帯型〈伝言〉魔導通信機。
ナザリック製の、改良型通信機だ。
「これのおかげで、どこにいてもすぐ連絡が取れるようになりました。
上層部からの指示も直接受けられますし、
戦線で何かあっても即応できます。
要するに――“詰めてなくても、常に詰めてる”ようなものですね。」
ジョンは喉の奥で笑う。
「なんかあればすぐに呼び出せるってわけか。
便利になったもんだな。……昔は伝書鳩か、馬だったのにな。」
ケネウスも笑みを浮かべた。
「そうですね。あの頃なら、エ・ランテルに来るまで何日もかかっていました。
今は一瞬で連絡が届く。文明というのは、本当に戦いを変える。」
そこで、彼の声がわずかに柔らかくなった。
「それに――キー……いえ、イビルアイのところなら、
呼び出されてもすぐに〈転移〉で送ってもらえますから。」
ジョンの眉がぴくりと動いた。
「おいおい、“キー”って、今ちゃんと名前言いかけただろ。」
ケネウスはわずかに赤くなり、カップを口に運んだ。
「……気のせいです。」
ジョンはにやにやしながら身を乗り出す。
「気のせいねぇ。
呼び出しを彼女に任せるとか、信頼ってレベルじゃねぇな。
いや、これはもう“同棲してる夫婦の連絡体制”だろ。」
「ち、違います!」
ケネウスは慌てて立ち上がる。
耳まで赤く染まり、言葉を詰まらせる。
ジョンは腹を抱えて笑った。
「はははっ、いいねぇ青春してるじゃねぇか!
あの冷徹な第1席次が、恋の話で動揺するとはな。」
「……からかわないでください。」
ケネウスは溜息をつき、しかしどこか満更でもなさそうな顔をした。
夜風が二人の間を抜け、遠くでイビルアイの声が聞こえた。
「ジョン、ケネウス、魔力干渉式の再計算が終わったわよー!」
ジョンが立ち上がり、カップを傾けながら言う。
「ほら、呼ばれたぞ。ご主人様のお出ましだ。」
「……うるさい。」
ケネウスは苦笑しながらも、すぐに彼女の声のする方へ歩き出した。
ジョンはその背中を見送りながら、
コーヒーを一口飲んで小さく呟く。
「若いってのは、いいもんだな。
……守ってやりたくなる。」
夜空の下、彼の言葉は煙のように消えていった。
/*/ エ・ランテル 冒険者の宿《黄金の輝き亭》 夜更け /*/
ランプの明かりが静かに揺れ、テーブルの上には小さな銀の装置が置かれていた。
イビルアイが身を乗り出し、赤い瞳を細めてそれを観察する。
「掌サイズの魔導装置――携帯型〈伝言〉魔導通信機か。……見せてみろ。」
ケネウスは一瞬ためらい、慎重に装置を手渡した。
「壊さないでくださいよ。これは本当に希少品なんですから。」
「帝国もまだ持ってないんだろ?」
ジョンがカウンターに肘をつきながら頷く。
「ああ。帝国はまだ“背負式”のを使ってる。
魔石三基式のあれな。重いくせに転送範囲が狭くて、山脈越えができない。
この掌サイズのは、魔導国製の新型だ。」
イビルアイは装置を光にかざし、
薄く刻まれた符文をじっと見つめながら感嘆の息を漏らした。
「こんな小ささで〈伝言〉が文字化けしないとはな……信じがたい精度だ。」
ジョンがニヤリと笑い、マグカップを傾ける。
「いや、こいつ単体の性能じゃない。
中継塔を建てまくって、常時〈伝言〉を複数経路でバックアップしてるんだ。
だから、どんな干渉や文字化けが起きても自動修復できる。
通信の精度は“国全体の魔力網”で維持してるわけだ。」
「つまり――装置が賢いんじゃなくて、国が賢いってわけか。」
イビルアイがくぐもった声で言う。
ジョンはうなずき、指先で装置を軽く弾いた。
「その通り。単体ではただの魔導器具だが、
国家インフラ級の魔法陣と繋がって初めて真価を発揮する。
魔導国が背後で通信の霊脈を維持してるんだ。
今じゃ“魔法で作った神経網”みたいなもんだよ。」
ケネウスが興味深そうに首をかしげる。
「じゃあ、この規模で使えるのは魔導国だけなんですね?」
ジョンは指を二本立てて笑った。
「今のところはな。
だが、法国、帝国、王国、竜王国――
この四カ国にも通信塔ネットワークの建築を進めてる最中だ。
特に法国は協力的で、もう試験塔の稼働を始めてる。
帝国は魔導省が張り合ってるし、竜王国は“災害監視”って名目で導入中だ。」
イビルアイが唸るように呟いた。
「……魔導国が通信を握る。つまり、情報の流れを支配するってことか。」
ジョンはにやりと笑って指を振る。
「いやいや、“共有”だよ。“支配”なんてしないさ。
塔の建築も、維持費も各国負担だ。
ただ――“通信核の管理権”はうちが持つ。それだけ。」
イビルアイは冷笑を浮かべた。
「それを“支配”って言うんじゃないのか?」
ジョンは笑みを崩さず、コーヒーを啜る。
「言葉の定義は任せるよ。
でも、魔法が通じる範囲を広げるってのは、戦争を減らすことにも繋がる。
互いがすぐに話せる世界なら、“勘違い”で死ぬ奴も減る。」
ケネウスが通信機を受け取りながら、穏やかに頷いた。
「確かに。神敵の時もそうでした。
この装置があったおかげで、各国の連携は驚くほど早かった。」
「そういうことだ。」ジョンが満足げに笑う。
「文明は、力じゃなくて“繋がり”で強くなる。
それを形にするのが、この塔の仕事だ。」
イビルアイは通信機を返しながら、
小さく呟いた。
「……繋がり、ね。
それを魔導国が握ってる限り――
この世界の夜は、もう完全には暗くならないってわけか。」
ジョンはカップを掲げて答える。
「ああ。闇の時代は終わりだ。
次は、光を誰が灯すかの時代だ。」
ジョンが軽く笑って続ける。
「中継塔が各国に出来れば、国を超えて魔導国TVやラジオも聞けるようになる。民間の娯楽も増えるし、村からの救援要請も簡単に届くようになるんだ。」
イビルアイが目を細める。
「娯楽か……舞台劇や口承詩が全国ネットで流れたら、文化の交差点になるね。民の声が届けば政治も変わるかもしれない。」
ケネウスは静かに頷いた。
「救援要請が迅速に届くのは軍としても助かります。被災地への初動が早ければ、被害は格段に減る。」
ジョンの表情が少し真剣になる。
「もちろん、運用は全部野放図じゃダメだ。非常通報チャネルは優先ルートにして、暗号化とバックアップは必須。流言飛語やプロパガンダ対策も組み込むつもりだ。だが仕組みさえあれば、村の子供でも都市の劇場でも同じ情報網にアクセスできる。面白くなるよ。」
イビルアイはやや冷ややかに笑った。
「“面白くなる”って、あんたはいつも民間レベルの未来まで考えるのね。宣伝屋としては才能が有るわ。」
ジョンは肩をすくめて冗談めかす。
「宣伝屋兼救急隊長兼芋守の開発者だ。マルチタスクってやつさ。想像してみろ、夜中に村から『助けてくれ!』って入って、夕方には救援と種芋と食糧が届く世界を。」
ケネウスは遠くを見つめ、穏やかな声音で言った。
「それが現実になれば、戦う理由も変わる。守るべきものが増えるほど、守る価値も増す。」
三人の間に短い沈黙が落ちる。窓外の星は静かに瞬き、風が葡萄棚を揺らした。
夜は深いが、彼らの話す未来図はどこか明るく、確かに距離を越えて届く声のように感じられた。