オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル・黄金の輝き亭 夕刻 /*/
ランプの灯りがゆらめき、木製の天井に柔らかな橙色の光を落としていた。
冒険者たちの笑い声が遠くに響く中、ジョンとイビルアイは窓際の席に向かい合って座っていた。
イビルアイがカップを置き、仮面越しに問いかける。
「魔導国北部直轄領ではアンデッドで耕作してるって聞いてるが、カルネ・ダーシュ村とかは畑が増えた分はどうするんだ? アンデッド使うのか?」
ジョンは苦笑し、カップの中のコーヒーを軽く回した。
「使ってるところもあるが……効率化を進めるのにゴーレムを使う予定なんだ。
帝国や竜王国に輸出してる“鉄の騎士”で、ゴーレムの自立行動をオミットして、人が操る事でコストダウンしたモデルが出来た。
今、それを農耕用に再設計してるところだ。」
イビルアイが眉を動かした。
「……ゴーレムで耕作? まさか戦闘用の外殻をそのまま流用するのか?」
「いや、もっと実用的だ。」
ジョンは腰の魔導端末を軽く叩き、空中に投影魔法で映像を浮かべた。
そこに現れたのは、土色の鋼板で覆われた、大型トラクターのような機械。
前面には回転する鋼鉄の犂(すき)と、後部には穀物を刈り取るための複合機構が取り付けられていた。
全体は低重心で、車輪は魔法陣の刻まれた黒鉄製。
車体の側面にはナザリック工務局の紋章が光っている。
「――これが試作一号だ。名称は《農耕ゴーレム・タイプN1》。
見た目は昔の世界で言う“コンバイン”や“トラクター”だな。
操作は座席型の魔導インターフェース。魔力を流せば走る。」
イビルアイは仮面の下で目を細めた。
「……これはもはや“ゴーレム”じゃない。“機械文明”の領域だ。」
ジョンは片手を上げ、苦笑を返す。
「まあ、こっちの世界だと“ゴーレム”って言った方が早いからな。
このタイプは魔力核を一段階下げて、思考演算を削除。
その代わりに、人が魔力操縦する半自律式。
これなら整備も簡単で、村の鍛冶屋でも修理できる。」
「なるほど……つまり、ゴーレムというより“農業用車両”ね。」
ジョンは頷き、映像の中で回転する車輪を指さした。
「そう。ロータリーの部分は魔法で土の硬さを自動判定して深さを変える。
刈り取り装置は魔力の振動刃で、刃こぼれもない。
アンデッドだとただ掘るだけだが、これなら“耕す”“植える”“刈る”まで全部こなせる。」
イビルアイは感嘆の声を漏らす。
「まるで魔導工学の革命だな……。でも、そんな大がかりなものを村単位で運用できるのか?」
「そこも考えてる。」
ジョンはコーヒーを飲み干し、カップをテーブルに置く。
「帝国の“鉄の騎士”工廠で量産ラインを流用してる。
農業向けは戦闘用より軽装だし、素材は青銅合金で十分。
魔力核も下位互換品に替えれば、製造コストは五分の一になる。
村ごとに二、三台導入できれば、数百ヘクタール規模の畑を人手なしで維持できる。」
「……村単位でゴーレムが畑を耕す時代、ね。」
イビルアイは呟き、少しだけ微笑んだ。
「戦争より、そっちの方が人を救う“革命”だと思うわ。」
ジョンはその言葉に小さく笑った。
「だろ? 飯が安定すれば、争いの火種はひとつ消える。
神獣の仕事ってのは、派手な破壊より――地味な“建設”の方が多いんだ。」
イビルアイは黙って頷き、浮かぶ映像の中で土を耕す農耕ゴーレムを見つめた。
その背後には、風に揺れるカルネ・ダーシュの畑が、ゆっくりと夕陽に染まっていった。
/*/ スレイン法国・大神殿・技術評議室 午前 /*/
陽光が白い大理石の壁を照らし、会議机の上に図面が何枚も広げられている。
部屋の隅には、魔導通信機と解析用の水晶盤。
ジョン、ケネウス、そして土塵聖典のメンバーたちが顔をそろえていた。
最初に報告書を手にした聖典の女官が、どこか申し訳なさそうに口を開く。
「本日は……土神官長らは“悪阻”のため、お休みでございます」
ジョンは肩をすくめ、深いため息をついた。
「だから“一斉にするな”と言ったのに……。
まあいい、仕事は進めよう。――これが農耕用ゴーレムの最終設計図だ」
彼が広げた図面には、鋼鉄の機体が細密に描かれていた。
幅広の前輪と魔法陣の刻まれた後輪、犂(すき)ユニット、種まき装置、収穫用の刃。
まるで巨大なコンバインを思わせるが、魔導炉を動力源にした純魔導機構だった。
「これを使えば、農夫の耕作能力は別次元になる。
一年のうちに三作は可能だ。食料生産が劇的に増えて、人口増加にも耐えられるようになる。」
土塵聖典の若い聖職者たちはどよめいた。
「まさに神の御業……これがあれば、飢饉もなくなりますね!」
ジョンは指先で図面をとんとんと叩き、静かに言葉を継いだ。
「ただ――」
空気が引き締まる。
「肥料そのものは魔導国から提供可能だ。魔力抽出スライムの副産物で、
安定した窒素とリン、カリウムを含んでいる。
だが、現状の“排泄物を堆肥にする農業”にはもう一つの側面がある。」
ケネウスが横から補足するように頷く。
「生命の循環、ですね。」
ジョンは頷き、指で円を描く。
「そう。人が食べ、排泄し、それを土に返す。
それによって“生命力”が微細に還元され、
その土地で採れる作物には、ほんの僅かだが“生命の気”が宿る。
それを食べた人間の活力が上がりやすくなる――小規模農業の強みだ。」
土塵聖典の一人が神妙に問う。
「では、大規模農業ではそれが失われると?」
ジョンは顎に手を当て、淡々と答えた。
「完全ではないが、失われやすい。
効率だけを追えば、土地は栄えるが、人は鈍る。
だから、“生命の循環”を維持しつつ量産できる体系――
そこをどう設計するかが課題だ。」
ケネウスが新しい書類を差し出した。
「ジョン様の提案では、“分散堆肥循環炉”の導入を考えています。
村ごとにスライムと微生物を共棲させ、生命エネルギーを保持したまま分解。
魔導国製肥料と混ぜて使えば、従来より豊かで安全な土が再生される仕組みです。」
聖典のメンバーたちは顔を見合わせた。
「……生命の循環と効率の両立、ですか。
それが成り立てば、法国の農地も救えますな。」
ジョンは小さく笑った。
「“命を生かす農業”ってやつだ。
アンデッドでも、ゴーレムでも、土地の“息”は奪っちゃいけねぇ。
人が生きてるなら、土も生かさなきゃならん。」
ケネウスが静かに頷いた。
「神の奇跡ではなく、人の知恵で神に並ぶ――まさに再鍛造計画の理想形ですね。」
ジョンは腕を組み、薄く笑みを浮かべた。
「理想ってのはな、腹が減ってる奴に飯を食わせてから語るもんだ。
――それが分かるまでは、俺たちはまだ神の真似事だよ。」
外の鐘が鳴り、会議室の窓から風が流れ込む。
白い図面がふわりと舞い上がり、まるで未来の豊穣を告げるように光を反射した。