オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第197話:第3軍5121小隊

 

 

/*/ バハルス帝国・辺境防衛線 第3軍5121小隊 戦闘後 /*/

 

 

焦げた草の匂いと、油の焦げる音がまだ残る戦場。

地面に大きく膝をついた鉄の騎士《アダマント035号》は、機体の胸部をゆっくりと開いた。

蒸気がふわりと漏れ、淡い夕陽がコックピットの中を黄金色に照らす。

 

内部から現れたのは、操縦士ジョン・ドゥ。

額に張りついた汗を袖でぬぐい、深く息を吐く。

 

「……ふぅ、やれやれ。昼飯の時間が夜になっちまったな」

 

腰のポーチから銀色のパックを取り出す。

戦闘糧食だ。帝国軍では簡易加熱式の魔導パックが支給されるが、彼の手つきは慣れたものだ。

封を切ると、温かい香りがゆるやかに広がる。

 

テリヤキビーフスティックをひと噛み。

しっとりとした柔らかさが歯に心地よく、甘辛いタレの香ばしさが口いっぱいに広がる。

 

「うん、悪くない。相変わらず“ビーフジャーキーの親戚”みたいな味だが、こういうので十分だ」

 

次に、トルティーヤを開き、ビーフ&ブラックビーンズのソースを流し込む。

豆の香り、トマトの酸味、そして肉の旨味。

それらをひとまとめにして巻き上げると、帝国の最前線とは思えぬほどの食事が出来上がった。

 

「……ああ、これだよな。飯が温かいと、それだけで生き返る」

 

口に運ぶと、トルティーヤの柔らかい生地と、スパイスの効いたソースが絶妙に混ざり合う。

大ぶりの肉がほろりと崩れ、黒豆の粒が香ばしく弾けた。

 

「帝国の補給部も、最近は頑張ってるな。昔は“粘土パン”なんて呼ばれてたのに」

 

小さく笑いながら、魔導保温ポットからモカカプチーノを注ぐ。

湯気とともに漂うのは、甘く濃い香り。

一口含むと、舌の上をまるで砂糖の奔流が流れたかのように甘い。

 

「……甘っ。うん、でも眠気は吹っ飛ぶな。砂糖で脳を殴られる感じだ」

 

彼は機体の脚部装甲に腰を預け、空を見上げた。

遠くでは、補給隊が機材を回収している。

エンジンの熱気がゆっくりと冷えていく中、ただ、夕風がやさしく吹き抜ける。

 

ジョンは残りのトルティーヤを口に運びながら、淡々とメモパッドに戦闘記録を残す。

「オーガ七、トロール一。損傷軽微。燃料残量六割。――まあ、悪くない一日だ」

 

最後にもう一口、モカカプチーノを飲み干すと、彼は満足そうに目を細めた。

 

「さて、飯も済んだし……もう少し冷めたら、整備に入るか」

 

コックピットの外では、夕暮れがゆっくりと夜へと変わっていく。

風に揺れる草の音と、鉄の巨体が冷却を終える小さな音だけが、静かに辺境の空に響いていた。

 

 

/*/ バハルス帝国・辺境防衛線 第3軍5121小隊 補給地点B /*/

 

 

戦闘が終わり、夕闇が深まりはじめる頃。

戦場跡の丘に、帝国軍の整備班が集まっていた。鉄の騎士が三機、うずくまるように停止している。

その一つ――《アダマント035号》の装甲板がゆっくりと開き、冷却蒸気が白く立ちのぼった。

 

整備班長のドワーフ、ハルドが油まみれの手で額を拭いながら声を上げる。

「よう、ジョン・ドゥ少尉! 派手にやったみたいじゃねぇか!」

 

ジョンはコックピットから身を乗り出し、片手を軽く挙げた。

「オーガの群れ相手にちょっと手間取っただけさ。被弾はしてないけど、右脚サーボが妙に熱を持ってる」

 

「熱、ねぇ……また冷却管のバルブか? あれ、前回の戦闘でも交換したろ」

 

ジョンは機体を降りながら、膝装甲の継ぎ目を軽く叩いた。

「多分、排熱ルートに細かい砂が噛んでる。気流の逆流で冷却効率が落ちたんだと思う。今日は南西風が強かったからな」

 

「まったく、風まで敵かよ」

ハルドがぼやきながら、部下たちに指示を飛ばす。

「おい、035号の冷却系統チェックだ! オイル循環、バルブ圧、すべて再測定!」

 

整備兵たちが一斉に動き出す。魔導ランプが灯され、夜の現場が青白く照らされる。

ジョンはその光の中で、先ほどの戦闘ログを確認しながら口を開いた。

 

「燃料残量、六割。出力安定、魔力リアクター温度八十五。左腕の駆動音が少し重いな。――こっちは後で調整頼む」

 

「了解。お前さんの機体はほんと、数字だけ見りゃ優等生なんだがな。実際に分解すると、毎回どっかが微妙に歪んでやがる」

 

「俺の乗り方のせいじゃないと信じたいね」

ジョンが苦笑する。

 

整備班の一人が、左脚のジョイントを覗き込みながら叫んだ。

「班長! これ、冷却パイプに細かい黒砂が詰まってます! エアで吹いても抜けません!」

 

「やっぱりか。ジョン、こりゃ分解コースだ。夜通し作業だな」

 

「悪いな、助かる。明日の巡回、別機に代わってもらう」

 

「気にすんな。あんたが生きて帰ってきた時点で上等よ」

 

ハルドはニッと笑い、手にした工具を振る。

「にしても、あのビーフの匂い、腹減るな。お前、戦闘中にまた食ってたろ」

 

ジョンは思わず吹き出した。

「……バレたか。まあ、戦闘終わった後な。温かいモカカプチーノ付きでな」

 

「贅沢なもんだ。俺らは冷めた豆スープだってのに」

「交代の時に差し入れするよ。あの甘さ、眠気吹き飛ぶぞ」

 

整備班の笑い声があがる。

鉄の巨体の影の下で、兵士たちの短い休息が続く。

ジョンはふと、夜空を見上げた。月が低く浮かび、風が穏やかに吹き抜けている。

 

「……辺境の夜は静かだな。こういう時間が、いちばん危ないんだけどさ」

 

「へいへい、心配性の少尉殿。整備は任せとけ。明朝にはピカピカにしてやるよ」

 

ジョンは小さく笑い、ハルドに敬礼を返した。

「頼んだ。――この鉄の騎士が動く限り、村は守れる」

 

そう言って、彼は工具箱の音を背に、補給テントの明かりへと歩き出した。

温い風と油の匂いが混ざり合い、遠くで夜虫の声が響いていた。

 

 

/*/ 帝国辺境防衛線・第3軍5121小隊 補給テント 夜 /*/

 

 

ランタンの明かりが、淡い琥珀色に揺れていた。

テントの中には油と鉄の匂い、そして食事の湯気が立ちこめている。

外では、遠くで機関の冷却音がまだ小さく唸っていた。

 

「――でさ、少尉。あんた、ほんとに戦闘中にモカ飲んでたんですか?」

整備兵の青年リドが笑いながら言う。彼の皿には、温め直したスープと固い黒パンが乗っている。

 

ジョンは、スプーンをくるくる回しながら答えた。

「戦闘“後”にな。まあ、飲んでる途中でまた敵が出てきたら、熱々のまま吐き出してたろうけどな」

 

「ははっ、そりゃいい。敵の目にでもかけてやれば、あっちもびっくりだ」

「おいリド、それ笑いごとじゃねえ。こないだの戦闘、あの巨体で三時間だぞ? 操縦席、サウナみてぇに熱かったらしい」

と、班長のハルドがスープを啜りながら口を挟む。

 

ジョンは肩をすくめ、カップに残っていた水を飲み干した。

「冷却管が詰まってた。砂が噛んでたんだ。あれがもう少し酷けりゃ、脚部のシリンダーが焼け付いてたな」

 

「ふむ。じゃあ今夜の整備は正解だったわけだ」

ハルドは顎髭を撫でながら満足げに頷く。

「ま、あの機体はお前さん以外が乗るとすぐ文句を言うからな。鉄の塊なのに、まるで犬みてぇに」

 

「犬って言うなよ。あれは“相棒”だ」

ジョンが笑って返すと、整備班の誰かが「はいはい、愛機愛機」と囃し立てた。

 

リドが鉄のカップを持ち上げる。

「まあいいじゃないっすか。今日も全員生きて帰ってきたんだ。乾杯ってことで」

 

「乾杯!」

ランタンの明かりの下、カップ同士が軽くぶつかる。金属音が、外の冷たい夜気に溶けて消えた。

 

ジョンは少し遅れて口をつけた。

温いスープ、塩の強い干し肉。粗末だが、戦闘の後には不思議と美味い。

 

「……にしても、あんた、操縦席の中で飯まで食ってたら太るぜ」

「心配するな。戦闘で全部燃える」

 

「じゃあ今度、モカカプチーノ持ってきてくれません? 班長のコーヒー、砂みたいに苦いんで」

「おう、あれは“仕事用の味”だ。寝る暇削って整備してんだ、甘いもんなんざ要らねぇ」

「いや、いるだろ普通に」

 

整備班の笑いが再び広がる。

誰もが疲れていた。だがこの短い時間だけは、戦争も魔物も遠い世界の話に思えた。

 

ジョンはふと、テントの外に目をやる。

夜風が布を揺らし、冷えた空気が頬を撫でた。

 

「……こういう時間が、いちばん“帝国軍らしい”な」

「どういう意味で?」とリドが首をかしげる。

ジョンは少し考え、静かに笑った。

 

「みんなが生きてて、飯を食って、笑ってる。――それ以上の戦果はないさ」

 

しばらくの沈黙。

そして、ハルドが低く笑いながら言った。

 

「……そうだな。じゃあ明日の朝までに、あんたの“相棒”も元気にしてやらねぇとな」

 

ジョンは軽く頭を下げた。

「頼むよ。あいつは、俺よりも頑丈だからな」

 

テントの外では、星が滲むように光っていた。

戦場の夜に、整備班の笑い声と、湯の沸く音だけが優しく響いていた。

 

 

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