オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓・第9階層 モモンガの執務室 /*/
魔灯の光が穏やかにゆらめき、白骨の主の執務室には静謐な香りが漂っていた。
机の上には書類の山、封印された魔導文書、そして――水タバコの細い煙。
モモンガは椅子にもたれ、煙の泡が水の中でぷくりと弾ける音を聞きながら、ゆったりと一息ついた。
その向かいで、ぐりもあが優雅に紅茶のカップを傾ける。
「……で、モモンガさん。あれ?ジョンさんは今日は来ないんですか?」
モモンガは骨の指でパイプを軽く持ち上げ、泡をもうひとつ弾かせてから答えた。
「ええ、今は帝国軍で“ミリタリー生活”を満喫中です」
「……は?」
紅茶を口に含んだまま、ぐりもあがまじまじと彼を見る。
「なにしてるんですかあの人」
「鉄の騎士部隊に“変装”して潜り込んでますよ。名前は――ジョン・ドゥとかいう無難な偽名で」
「えぇ……」
モモンガは肩をすくめ、骨の頬の奥で微かに笑った。
「“軍隊ごっこがしたい”そうです。自分で開発した戦闘糧食を持ち込んで、実際に野営で食べて、整備兵たちと談笑しているそうですよ」
「……もう、なにしてるんですか本当に」
「この前も報告が来ました。“辺境防衛線の味覚革命”とかいう題名で。
帝国の整備兵たちにモカカプチーノを配って回ったら、全員砂糖漬けになって寝不足になったとか」
ぐりもあは額を押さえ、紅茶のカップを置いた。
「仕事熱心なのか、ただの遊び人なのか分かりませんね……」
「まあ、あのバイタリティは感心しますよ。
たしかに“あんなもの思いつくのはジョンだけだ”と、アルベドも呆れていました」
モモンガは再びパイプをくゆらせ、青白い煙をゆっくりと吐き出した。
煙は空気にほどけ、静かに天井へと昇っていく。
「……それにしても、“架空の人間の経歴をでっちあげてまで軍隊に入る”という発想は、常識ではなかなか出ませんね」
ぐりもあは半眼になりながら、淡々と紅茶を口に含む。
「……つまり、あれですよね。“至高の御方”のやるロールプレイはスケールが違う」
「まったくです」
二人はしばし沈黙した。
静かな水泡の音と、紅茶の香りだけが部屋を満たす。
やがてモモンガが、ふと遠くを見るように言った。
「でも……あいつのそういうところ、嫌いじゃないんですよ。
“この世界の人間として生きてみたい”って気持ちは、私にも理解できる」
ぐりもあは目を細め、カップを机に戻す。
「……確かに。ナザリックの中だけじゃ、息が詰まりますもんね」
モモンガは無言で頷いた。
煙の向こうで、彼の紅い光が静かに揺らめく。
「……まあ、次に帰ってきたら、“軍用飯のお土産”でも期待しておきましょうか」
「どうせまた、変なもの作ってきますよ。『帝国標準カレー・試験型』とか」
二人は同時に吹き出し、静かな笑いが執務室に広がった。
ナザリックの夜は、今日も穏やかに更けていく。
/*/ ナザリック地下大墳墓・第9階層 会議室 /*/
荘厳な魔導灯がゆらめく会議室。
円卓の上には帝国・王国・竜王国の地図が魔法投影され、薄く光の線が走っていた。
その中心――アインズ・ウール・ゴウン魔導王モモンガが静かに座している。
左右にはアルベド、デミウルゴス、コキュートス、シャルティアらが整列。
いつもの作戦会議――のはずだった。
「では――次の議題に移る。ジョン・カルバインの現況報告について」
モモンガが静かに告げた瞬間、会議室の空気がわずかに揺れた。
アルベドが片眉を寄せ、冷ややかな笑みを浮かべる。
「“現況報告”ですか……また何か、なさったのですね、あのお方」
「ええ。どうやら帝国軍の鉄の騎士部隊に“変装して潜入”しているようです」
デミウルゴスが眼鏡を押し上げ、信じられないという顔をする。
「……は? まさか、軍務を――ご自身で?」
「その通りだ」
モモンガは淡々と答える。
「偽名は“ジョン・ドゥ”。帝国の辺境防衛線第3軍第5121小隊所属。階級は少尉」
「勝手に階級まで捏造してるじゃありませんか……!」
アルベドの声がひときわ鋭く響く。
「なぜモモンガ様のご許可も得ず、そんな危険な真似を――!」
「……いえ、許可は求められましたよ。“軍隊ごっこしてきてもいいですか”って」
モモンガが少し申し訳なさそうに視線を逸らす。
「お許しになったんですか!?」
アルベドが机を叩いた。
「軍隊ごっこって……! あの御方の“ごっこ”は毎回、現実を変えるんですよ!」
デミウルゴスが小さくため息を漏らし、眼鏡を押さえた。
「……まったく。以前もそうでしたね。“ちょっと農村を手伝ってくる”と仰って、半年後には『帝国農政改革白書』が発行されていた」
「“気功の研究してくる”と言って戻ってきた時は、“帝国陸軍モンク部隊”が出来てたでありんす」
と、シャルティアが鼻で笑う。
「ム……ダガ、功績ハ確カデアル」
コキュートスが腕を組んで低く唸った。
「鉄ノ騎士ノ改良モ、カルバイン様ノ関与ガアッテコソ。帝国ノ防衛力ハ大キク上ガッタ」
「功績と問題は別よ!」
アルベドが苛立たしげに言い返す。
「あの方は毎回“遊び”で国家を動かすのです! 帝国軍に潜入なんて、洒落になりません!」
「……ま、でも、本人楽しそうなんですよ」
モモンガが小さく笑った。
「整備兵たちと一緒に食事して、テリヤキビーフスティックだの、モカカプチーノだの開発して。
“帝国辺境の食文化が貧しいのは国家の損失”とか言って、現地改善プロジェクトを始めたそうです」
「……はぁ……」
アルベドはこめかみを押さえ、深いため息をついた。
「“食文化改革”……またそんな方向に。モモンガ様、放置してよろしいのですか?」
「まあ、現時点で問題はありませんし、彼の行動で帝国の治安が上がっているのも事実です。
……それに、“遊んでいる”ようでいて、いつも結果を出すんですよね。困ったことに」
「……まったく、あの方らしいですな」
デミウルゴスが苦笑を浮かべる。
「計画性がないようで、気づけば帝国の制度を根本から変えている。実に――混沌の申し子です」
アルベドは腕を組んで憮然としたまま、低く呟いた。
「……せめて、次は出発前に報告してもらわないと。
このままではナザリックが“趣味人の秘密基地”と誤解されます」
「うん、それは否定できませんね……」
モモンガは水タバコのパイプを軽く叩き、静かに息を吐いた。
「――まあ、ジョンが飽きるまでは様子を見ましょう。
次はどうせ、“帝国標準野営コンロ”とか作って帰ってきますよ」
沈黙。
そして次の瞬間――デミウルゴスが眼鏡を光らせ、静かに呟いた。
「……それ、実用化したら魔導国軍にも導入しましょう」
「デミウルゴス!」
アルベドの怒号が響き、円卓会議室に珍しく笑い声が混じった。
ナザリックの夜は、今日も騒がしく、そして妙に楽しげに更けていくのだった。