オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第201話:大型ランチャー配備
/*/ バハルス帝国辺境防衛隊 第3軍団・第5121小隊 前線陣地 /*/
乾いた風が吹きすさぶ岩場。補給車の列が砂塵を巻き上げながら停まると、兵士たちは歓声とも悲鳴ともつかぬ声を上げた。
「な、なんだこりゃ!?」
「……おい、対魔獣用ランチャーだぞ!? しかもMark.IIだ!」
「嘘だろ、俺たち辺境守備隊だぞ!? 第八軍の主力装備がなんでここに!」
整備兵が木箱の封印を切り、中身を見た瞬間に声を失う。
「お、おい。オリハルコンシリンダーに魔導信号機……これ、帝都直送品だ」
副長が伝令書を開き、額を押さえた。
「“皇帝直命・特別配備対象部隊”。印章は……金色だ。ジルクニフ陛下の直筆サイン入りだ」
「なんで俺たちが特別扱いなんだよ!?」
ざわめく兵たちをよそに、ジョン・ドゥ少尉は静かに木箱のひとつを手に取った。
外装に指を走らせ、無言のまま空を見上げる。
――やりやがったな、ジルクニフ。
笑いもため息も混じった小さな呟きが喉の奥で消える。
これだけ戦力を増やせば、確かに防衛は楽になる。
「戦場が楽になれば、退屈してすぐいなくなるだろう」――
そう読まれている。
読まれてなお、腹も立たない自分に気づいて、ジョンは軽く笑った。
「整備班、積み下ろし急げ。使えるもんは使うぞ。壊す前に撃て」
「撃てって、少尉! この装備、部品一個で俺の年俸超えですよ!?」
「問題ない。壊れたら、皇帝が弁償してくれるさ」
「そ、それ本気で言ってます!?」
「命令だ。撃て」
ジョンが淡々と告げると、兵士たちは顔を見合わせ、半ば呆れた笑いを漏らす。
乾いた風が鉄の匂いを運び、箱の中でランチャーの金属が鈍く光った。
遠い帝都では、ジルクニフが報告書を読みながら薄く笑っていた。
「ふむ、“ジョン・ドゥ少尉”の部隊は、すぐに飽きてどこかへ行くと見た。ならば武装を与え、好きに暴れさせておけ。戦果だけは残る」
彼の予測は、半分だけ当たっていた。
辺境に嵐の前触れのような静けさが訪れる。
第5121小隊――後に“帝国最強の辺境部隊”と呼ばれる小隊の、伝説の序章である。
/*/ 星の智慧派秘儀 “闇の聖堂” /*/
地底の深淵。
風はなく、空気すら死んでいる。
だが、そこにある無数の“星の眼”が、まるで生き物のように瞬いていた。
洞窟の中央――祭壇の上に立つ影。
それは星導師ルメナ・クレア・ナイ。
黒曜石のように滑らかな肌。
背丈は人より二つ分も高く、痩せているのに骨の輪郭が美しい。
身に纏うのは、神父服に似た黒衣。だが胸元には十字ではなく、
逆さにねじれた“星”が彫られている。
その模様は生き物のように蠢き、見る者の心を吐き気と畏怖で締め上げた。
声は静かだった。
だが、言葉が空気を震わせ、洞窟の岩壁が“応答”する。
「――星の智慧を、すべての民に」
祭壇の周囲には、オーガ、トロール、ゴブリンたちが跪いていた。
その瞳は焦点を失い、涎を垂らし、
星導師の言葉を受けて、肉体が泡立つように震えている。
天井の裂け目から、黒い星空が覗いた。
その夜空のひとつひとつの星が、
まるで“見下ろして”いるかのように、光を歪ませていた。
星々の光が糸のように降り注ぎ、
オーガの頭蓋を貫く。
その瞬間、骨が膨張し、角がねじれ、
肉が“何かに書き換えられる”。
「……星が……語る……」
「見える……見えるぞ……!」
呻き声が詠唱に変わる。
新たに生まれたのは、
人の理を超えたオーガ・メイジ、ゴブリン・ロード、トロール・ワイズマン。
彼らは“進化”ではなく、“感染”していた。
ルメナ・クレア・ナイは腕を広げ、静かに微笑んだ。
その笑みは司祭のように穏やかで、同時に底なしの闇のようでもあった。
「神々は天を棄てた。
だが星々は、なお我らを見ている。
ゆえに、我らは星の夢を受け取るのだ」
その言葉に呼応するように、
祭壇の裏で、闇が膨らんだ。
それは空間の裂け目であり、
星々の裏側――“智慧の腐海”への門だった。
夜空の星が一つ、増える。
地上の村人たちは誰もそれに気づかない。
ただ、眠りの中で同じ夢を見る。
――黒い神父が立っている。
――星々が囁く。
――「ルメナ・クレア・ナイは見ている」と。
翌朝、オーガの群れが動いた。
星の光を宿した眼で、人間の村を見つめながら。
それはもはや生物ではなく、“星の夢の端末”だった。
/*/ 星の智慧派儀式記録:“多相の星導師”現象 /*/
その夜、星空は異様に静かだった。
風が止み、獣の鳴き声も消え、
ただ世界のどこにいても――耳の奥で“何かの鼓動”が響いていた。
それは、ひとつではなかった。
──帝国北境・凍土の祭壇跡。
──王国南方・湿地の廃村。
──スレイン法国の巡礼街道沿い、朽ちた修道院。
──アーグランド評議国の地下鉱道。
それぞれに、同じ姿が立っていた。
黒衣をまとった長身の男。
黒曜の肌に、淡く青白い光を宿す瞳。
胸には、捻じれた星の印。
星導師ルメナ・クレア・ナイ。
同じ服装、同じ声、同じ仕草。
だが、それぞれがまったく同時に、
異なる場所で“儀式”を始めていた。
「――星の智慧を、すべての民に」
その声は囁きだった。
だが、大陸全土の夜空にこだまするように広がった。
星々が微かに軋む。
まるで、天空そのものが“歪みながら応答”しているように。
凍土の地では、氷に埋まったオーガたちが呻きながら目を開き、
湿地の奥では、トロールの骸が泥から這い出し、
修道院の跡では、ゴブリンの群れが言葉を覚え始めた。
どこでも同じ言葉が響く。
まるで一つの喉から出た声が、数百の口を通って繰り返されているかのように。
「星は見ている」
「星は語る」
「星は我らを照らす」
ルメナの姿は増えていった。
大陸のあらゆる祭壇、遺跡、洞窟、廃教会に。
目撃者の記録では、そのすべてが“同じ瞬間に、同じ動きで”祈りを捧げていたという。
まるで、一人の存在が無数の肉体を通して“自分自身を拡散”しているように。
帝国魔法学院の天文課が、夜空を観測した記録を残している。
“この夜、観測可能な星の数が増減を繰り返した。
その周期は各儀式地帯の地脈の鼓動と一致する。
まるで、星空そのものが呼吸しているようであった。”
一方、辺境の村では、奇妙な現象が報告された。
“同じ男が、三日連続で違う方向から村に入ってきた。
声も顔もまったく同じだった。
彼は夜ごとに祈り、朝には消えていた。”
その後、村ごと消えた。
“星導師ルメナ・クレア・ナイ”とは何者なのか。
一人なのか、無数なのか。
あるいは――大陸の上に投影された、“星の意思”そのものなのか。
星の智慧派の古い文書には、こう記されている。
『星は個を持たず、形を借りて語る。
ルメナとは、声の名にすぎぬ。
それを聞く者が増えれば、星は地上に降る。』
今夜もまた、
帝国南方の空で、一つの星が微かに増えたという。
そして、その下の村では、
黒衣の男が笑いながら、同じ言葉を囁いていた。
「――星の智慧を、すべての民に。」
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