オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第204話:感染した!見るなと言ったでしょ!

 

 

/*/ 魔導国・ナザリック地下大墳墓 ぐりもあ私室 /*/

 

 

夜。

地上では一切の観測が禁止された日。

魔導国全域の通信塔は沈黙し、風さえ息をひそめていた。

 

ぐりもあは机の上に置かれた観測鏡を見つめていた。

「見るな」と言われれば言われるほど、

その向こうに“見えるもの”が気になって仕方がなかった。

 

彼女の指が、ゆっくりとレンズを覗き込む。

封印された魔導波を逆相で反転し、

結界の隙間――ほんの一点の“天”へと焦点を合わせた。

 

その瞬間、鏡の中に“黒い星”が瞬いた。

 

呼吸が止まる。

いや、空気そのものが止まっている。

部屋の中の炎が凍りつき、音が消えた。

 

星は動いていた。

脈動するように、ゆっくりと、何かをこちらへ押し出してくる。

そして――そこに「人影」が立っていた。

 

黒衣。

黒い肌。

高い背。

胸に、ねじれた星。

 

男は微笑んだ。

優しく、牧師のように。

 

「ようやく、見てくれたね。」

 

その声は、鏡からではなく、頭蓋の内側から響いた。

脳を優しく撫で、心臓を指で押すような感覚。

ぐりもあは思わず口を開いた。

 

「……ナイ、神父……?」

 

男は穏やかに頷いた。

「かつては、そう呼ばれていたよ。」

 

「……あなた……本当に……?」

 

「名などどうでもいい。」

男の唇が微笑と共に動く。

「ルメナでも、ナイでも、ニャルラトホテプでも。

 人は名を付けたがる。形にすがる。

 だが、私は“形のないもの”――這い寄る混沌。」

 

その瞬間、部屋が崩れた。

いや、崩れたのではない。

空間の“下”に、もうひとつの空間が開いたのだ。

 

そこに見えたのは、星ではなかった。

無数の眼。

光と影が混ざりあい、言葉にならぬ“情報”が洪水のように流れ込む。

 

〈星の智慧を、すべての民に〉

 

その言葉が、耳ではなく、魂の奥で繰り返される。

ぐりもあは目を見開いた。

全身を駆け巡る、狂おしいまでの快感。

理性が砕け、世界の構造がほどけていく。

 

「……すごい……これが、智慧……これが、星の……!」

 

彼女は笑っていた。

涙を流しながら、狂おしいほどの笑みで。

 

「美しい……ああ、ナイ神父……あなたは、光そのもの……」

 

男――ナイ神父は、微笑んだまま、彼女の額に触れた。

その指先が触れた場所から、皮膚がゆっくりと光り、星形の紋が浮かび上がる。

 

「この世界は閉ざされている。

 だが君は、見た。

 見た者は、扉になる。」

 

彼がそう囁いた瞬間、

部屋全体が白く閃光に包まれた。

 

***

 

翌朝、デミウルゴスがぐりもあの部屋を訪れた時、

室内は無傷だった。

だが、観測鏡のレンズが融けたように歪み、

ぐりもあ本人は、静かに床に座っていた。

 

瞳の中に、夜空があった。

そこに浮かぶ星のひとつが、

ゆっくりと瞬いていた。

 

「――這い寄る混沌は、笑っていたのよ。」

 

そう囁いたぐりもあの声は、

どこかで誰かが同時に喋っているように、

多重に重なって響いた。

 

デミウルゴスは息を呑み、報告書を握り潰した。

「……これは、観測ではなく“感染”だ。」

 

彼女の背後の壁に、微かに浮かぶ星型の紋章。

それは呼吸のように明滅していた。

 

そして夜が再び来たとき、

魔導国の上空には――

増えてはいけない“星”が、ひとつ、増えていた。

 

 

/*/ 魔導国・ナザリック地下大墳墓 第九階層・解析室 /*/

 

 

薄明の魔光が、広い実験室を白く照らしていた。

机の上には焦げた金属片、融けた魔導鏡、

そして――厚い魔導書。

表紙に刻まれた名は「Grimoire=ぐりもあ」。

 

彼女は椅子の上にちょこんと座り、

いつものようにふわふわとした笑みを浮かべていた。

が、目の下には薄く焦げ跡のような影が残っている。

 

「――いやー、危なかったです。ほんっとに危なかった!」

軽い口調でそう言いながら、

彼女は机の上の魔導書を手で撫でた。

 

ページの一部が黒く変色し、

まるで焼け焦げたように波打っている。

近づくと、そこから低い囁き声のような音が微かに漏れた。

 

「……“星を見よ……すべての民に……”」

 

ジョンが眉をひそめる。

「おいおい、まだ喋ってるぞそれ」

 

ぐりもあは苦笑して肩をすくめた。

「感染したページ、ですよー。

 あれ、星導師の“声”が文字になっちゃったんです。

 このままだと本体――つまり、私が外なる神の端末にされるとこでした」

 

デミウルゴスが腕を組んで静かに頷く。

「自覚があるうちに隔離できたのは僥倖です。

 しかし、どうやって?」

 

「ページの間に“概念封印”を挟みました」

ぐりもあはぺたん、と机に一枚の札を貼る。

符に描かれた文様がじり、と音を立てて光る。

「この札、私の魔導書の構造を一部切り離して、

 感染箇所を“異なる次元ポケット”に閉じ込めてるんです。

 要は、自分で自分のページを破いて隔離した感じですねー」

 

「自分で……自分を……?」

アルベドが目を見開く。

「それで無事なのですか?」

 

ぐりもあはニッと笑った。

「無事、ですよー! たぶん!」

 

「たぶん!?」

ジョンのツッコミが即座に飛ぶ。

 

「いやいや、ちゃんと本体の“思考層”は正常ですし、

 外なる神の干渉波も封じてあります。

 ただ、ちょっと記憶が……ところどころ“星形”に抜けてるかも?」

 

「おい、それ危険じゃねぇのか」

「いやぁ、問題ないですよ。抜けたところ、どうせ夢の中の話ですし。

 ナイ神父――じゃなかった、星導師さんの幻視とか、

 あれもう、今思えば最高に危ないやつでしたねぇ……」

 

彼女は笑いながらも、一瞬だけ目を伏せた。

笑顔の奥に、わずかな震えがある。

 

「ほんと、あと一秒遅かったら、

 “這い寄る混沌”に取り込まれて、

 ぐりもあって存在が“多重的存在”に分裂してたかも」

 

ジョンが腕を組み、呆れたように息を吐く。

「……お前、命の扱いが軽すぎるんだよ」

 

「いえいえー。“知識”って危険なもんなんですよー」

ぐりもあは軽く指を立てて笑う。

「でも、もう大丈夫。

 感染ページは封印。

 干渉波は断絶。

 魔導書の“私”は、元のぐりもあに戻りました!」

 

デミウルゴスが静かに言う。

「確認のために、記憶層の検査を行いましょう。

 ルメナの残響が残っていれば、すぐに処理を――」

 

「いーえ、要りません!」

ぐりもあは机に手を置き、ピシッと背筋を伸ばした。

その笑顔には、少しの狂気と誇りが混ざっている。

「僕は、あの“星の智慧”をほんの少しだけ見た。

 その上で、まだ自分でいられるんです。

 それならもう充分じゃないですか?」

 

沈黙。

 

アインズの声が低く響く。

「……それでも、あなたは“見た者”だ。

 もう、完全に元には戻れないだろう。」

 

ぐりもあは目を細めて、にこりと笑った。

「そうかもしれません。

 でも、モモンガさん。

 ――“見た”からこそ、あれを封じる方法がわかったんですよ。」

 

ジョンが苦笑する。

「まったく、お前ってやつは……。

 もう少しで星の眷属になるとこだったんだぞ。」

 

「えへへ、なりかけて止まるのが、僕のいいところですー!」

 

部屋の空気が、ようやく少し和らぐ。

封印札の光がゆっくりと収束していく。

 

そのとき――遠く、ナザリックの上空で、

“星の一つ”がふっと消えた。

 

アインズが、ゆっくりと目を閉じる。

「……なるほど。封じたのか。よくやった、ぐりもあさん。」

 

ぐりもあは笑って、軽く敬礼する。

「はいっ。外なる神、退治完了ですっ!」

 

ジョンが溜息をつく。

「退治って言うな……」

 

その時、机の上の黒く焼けたページが、

微かに笑うように――カサリ、と音を立てた。

 

誰も気づかなかった。

その笑いが、まるで夜空のどこかで囁く

“這い寄る混沌”の残響のようだったことに。

 

 

 

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