オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第207話:ナザリックでも勝てない時がある

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓第9層モモンガの執務室。 /*/

 

 

水晶の灯がひとつだけ灯る。

壁の陰に刻まれた魔法陣が、静かに青白く脈打っていた。

その中央で、ぐりもあが報告書を手にして立っていた。

厚い羊皮紙の束――その一枚一枚に、星の印が刻まれている。

 

モモンガがゆっくりと口を開いた。

「……それが、結論なのか?」

 

ぐりもあは頷く。

「はい。外なる神は“目的”を持ちません。

 人間を滅ぼそうとも、導こうともしていません。

 ただ――観測されることで現象する。

 強いて言えば、“運命”そのものです。」

 

デミウルゴスが眼鏡の奥で目を光らせた。

「しかし、現実には被害が出ています。

 オーガの群れが武装し、トロールが村を襲い、

 ゴブリンが魔術を使うようになっていますが、それは?。」

 

「ええ。それは“副作用”です。」

ぐりもあは報告書の一枚を捲る。

ページには、星形の模様を持つオーガ・メイジの図が描かれていた。

「外なる神の一柱――“観測者”が、

 無意識に彼らへ魔力を投下しています。

 それは攻撃ではなく、観測の反応。

 観測した瞬間に、観測者自身の情報構造が流れ込み、

 亜人たちの魔力構造を変質させているんです。」

 

「つまり……奴は“見ただけ”で、世界を変えてしまうということか。」

ジョンが呆れたように息を吐いた。

 

ぐりもあは軽く頷き、手元の魔導書を撫でた。

「はい。意志ではなく、反射です。

 だから、あれに敵意はない。

 でも――こちらが敵意を示せば、その反射も返ってくる。」

 

モモンガは沈黙した。

骨の指が、ゆっくりと机を叩く。

カン、カン、と乾いた音が室内に響く。

 

「……では、対処は?」

 

ぐりもあは静かに口を開いた。

「――放置、です。」

 

室内の空気が、一瞬、凍りついた。

 

「放置?」とアルベド。

「それが最善なのですか?」

 

「はい。星の智慧派を攻撃すれば、

 その行為自体が“観測行為”となり、

 外なる神のアクセス・ポイントを増やします。

 儀式を止めるほど、あの存在は世界に深く侵入してしまう。」

 

デミウルゴスが眉をひそめる。

「つまり、見ても、触れても、語ってもいけない……と。」

 

「そうです。干渉は感染です。」

ぐりもあの声は、珍しく低かった。

「この現象は信仰でも呪いでもなく、情報的な災害。

 だから、“沈黙”が最良の防衛策なんです。」

 

アインズは報告書を取ると、無言でページをめくった。

記された文は淡々としている。

 

――〈観測は侵食〉

――〈干渉は感染〉

――〈沈黙は防衛〉

 

ゆっくりと閉じて、彼は呟いた。

「……愚かしくも理性的だな。」

 

「外なる神は理性を否定しません。

 理性すら“素材”のひとつですから。」

ぐりもあはわずかに笑った。

「それでも、僕は理性の側に立ちます。

 見ることを選ばない勇気――それが、この世界を守る鍵です。」

 

ジョンが椅子の背に寄りかかり、煙を吐くようにため息を漏らす。

「……皮肉な話だな。

 俺たちは世界を観測するために生まれた。

 なのに、見るなって言われるなんてな。」

 

「見るな、ではありませんよー」

ぐりもあは軽く首を振る。

「“覗くな”。――その違いです。」

 

ジョンが目を細めた。

「ふむ。確かに“覗く”のは傲慢の始まりだ。」

 

アインズは椅子の背に身を預け、長い沈黙を置いた後、

重々しく言った。

「……ぐりもあさん。各国に通達を。

 “星の智慧派には干渉するな”。

 ただし、監視は続けろ。見ずに感じろ。

 見たがる者を止めろ。」

 

「了解です、モモンガさん。」

ぐりもあは笑みを浮かべた。

だがその笑顔は、以前より少しだけ冷たく、どこか遠かった。

 

彼女の魔導書がぱらりと開く。

封印されたはずのページが、ひとりでに風を受けるように揺れた。

中から微かな囁きが漏れる。

 

――〈見るな。けれど、星は見ている。〉

 

その言葉を、誰も聞き取れなかった。

 

 

/*/

 

 

夜。

魔導国の空に、ひとつの星が消え、

かわりに、誰にも見えない“眼”がひらいた。

 

それでも誰も、見ようとはしなかった。

それが、魔導国の勝利であり――敗北でもあった。

 

 

/*/

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