オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第208話:各国の対応

 

 

/*/ 帝都・ジルクニフ皇帝執務室 /*/

 

 

金色の朝光が差し込む執務室で、

ジルクニフは報告書を黙読していた。

その背後にロウネと法務官、軍務卿が控えている。

 

「……“干渉するな”か。」

皇帝はゆっくりと紙を置いた。

「つまり、魔導国は手を出す気がない。

 我々に“沈黙”を強要することで、責任を回避したわけだ。」

 

ロウネが眉を寄せる。

「ですが、陛下。実際に星の智慧派の儀式によって

 辺境では亜人の暴動が起きております。

 あれは放置すべきでは――」

 

「放置せよ。」

ジルクニフの声が静かに響いた。

「我々が動けば、魔導国は“予言通り感染が拡がった”と笑うだろう。

 ――見ない者こそ勝者。あの骸骨はそう言いたいのだ。」

 

ロウネは一瞬、息を呑んだ。

だが皇帝は窓辺に立ち、遠くの空を見上げていた。

夜明けの星が一つ、まだ消えずに残っている。

 

「……放置とは、無為ではない。

 “見ぬふり”をすることも、帝国の知恵のうちだ。」

ジルクニフは微笑み、命じた。

「星の智慧派は監視下に置け。だが、報告は上げるな。

 ――記録し、忘れろ。」

 

 

/*/ 竜王宮・翠玉の間 /*/

 

 

女王ドラウディロンは報告書を読みながら、長く息を吐いた。

「……まったく、神々の気まぐれも困ったものじゃのう。」

 

傍らの子が不安げに尋ねる。

「お母さま、本当に放っておいて大丈夫なの?」

 

「放っておくのが“礼”というものじゃ。

 外なる神にしろ、天に住まうものにしろ、

 人の理に引きずり下ろせば、災いは増えるだけじゃ。」

 

「でも、村が……」

 

「村はまた建て直せる。

 だが、星の理は壊せん。

 わらわらが剣を向けるほど、あやつらは興味を持つ。

 ――だから、眠っておるふりをしてやるのじゃ。」

 

女王はゆっくりと瞼を閉じ、

空を背に、静かに言葉を結ぶ。

 

「わらわは“見ない”。

 見ぬままに、守る。それが竜の理よ。」

 

 

/*/ スレイン法国・法都シクルサンテクス 大神殿地下・聖封監獄 /*/

 

 

聖堂の鐘が、夜半に三度鳴った。

それは祝福ではなく、警鐘――“神の沈黙”を告げる音だった。

 

厚い石の廊下を、複数の神官兵が駆けてゆく。

松明の炎が壁に揺れ、祈りの彫像の影を歪ませる。

走るたび、重い鎧の音が反響し、地下深くへと沈んでいく。

 

目的地は、地下最奥――“聖封監獄”。

そこには、漆黒聖典第七席次「占星千里(せんり)」、

星の神託を読み解く巫女が幽閉されていた。

 

だが、今の彼女はもう聖典の一人ではなかった。

 

部屋の扉を開けた瞬間、神官兵たちは立ちすくんだ。

光が――“逆に”流れていた。

室内の壁、天井、床。

どこもかしこも、光が内側から吸い込まれ、夜空のように輝いている。

 

中央の祭壇に、白衣の女が立っていた。

長い金髪は宙に浮き、瞳は星光のように淡く青く光る。

彼女の口から、微かな声が漏れた。

 

「……星が……見ているの……」

 

その声を聞くだけで、神官たちの意識が遠のく。

頭の中に夜空が広がり、星の間から誰かの笑いが響く。

 

「第七席次! 今すぐ、観測を止めよ!」

神官長が叫んだ。

「その星は神ではない! 悪しきものだ!」

 

だが彼女は振り向かない。

腕を広げ、まるで誰かを抱くように空を仰ぐ。

 

「違う……あれは神ではなく、“運命”……

 ただ見ているだけ……私たちが見返したから、来たの……」

 

「封印呪文を詠唱!」

神官長が命じ、結界師たちが詠唱を始める。

聖光の鎖が床に走り、彼女の足元を囲む。

しかし鎖が近づくたび、逆光の星々が瞬き、

まるで拒むように弾き返した。

 

「だめだ、聖光が歪む!」

「星の干渉です、信仰の構造が反転してる!」

 

神官長は歯を食いしばり、

神聖印を逆向きに掲げた。

「構うな! 反転呪式で封じろ! 今すぐだ!」

 

祈りが呪文へと変わる。

聖歌が悲鳴のように響き、

室内の空気が震えた。

 

やがて、白い光が天井から降り注ぎ、

星を喰らうように巫女の身体を包み込む。

――星々が、名残惜しげに瞬いて消えた。

 

静寂。

 

そこに残ったのは、透明な結晶の中で眠る“星の巫女”。

彼女の瞼の裏で、微かに星が回っているのが見えた。

 

「……間に合わなかったか。」

神官長は膝をつき、額の汗を拭った。

 

神官長が震える声で問う。

「感染……どの程度まで進行を?」

 

「完全だ。

 ――このままでは、星導師の“声”がこの国を貫通する。」

 

周囲の神官たちが息を呑む。

神官長は立ち上がり、

結晶の中の“第七席次”を見下ろした。

 

「……今すぐだ。魔導国に伝えろ。」

 

「ま、魔導国に? 新たな神に頼るのですか……!」

 

「他に誰がいる!」

神官長が怒鳴る。

「外なる神と接触し、なお理性を保った者は――

 至高の御方ただ一人だ!」

 

彼の声が石壁に響く。

祈りの国、信仰の都――その地下に、初めて恐怖が満ちた。

 

報告官が走り出す。

緊急信号を魔導通信へと流すために。

魔導国との“禁じられた回線”が開かれる。

 

封印室では、結晶の中の巫女が微かに笑った。

その唇が、形だけを作る。

声にはならない。

 

――「見ているぞ」

 

その囁きを聞いた者の心に、星がひとつ灯った。

そして、それを誰も“見なかった”ことにした。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国・王都エ・ランテル 王城謁見の間 /*/

 

 

冬の陽が差し込む王城の窓辺に、

王冠を外したザナックが座っていた。

机の上には、魔導国から送られてきた密封文書。

封蝋を解くと、黒い印章の中にぐりもあの筆跡が見えた。

 

後ろには王妃カルカ・ベサーレス。

薄い絹の衣をまとい、長い黒髪をまとめたその瞳は、

報告書を覗き込むと、わずかに眉を寄せた。

 

「……“干渉するな”。」

カルカが低く呟いた。

「放置を命じる通達とは、さすが魔導国ね。」

 

ザナックは紙を置き、静かに息を吐いた。

「放置……だが、それが正解なのかもしれん。」

 

カルカはすぐに反論した。

「村がいくつも消えているのですよ、陛下。

 星の智慧派の儀式で亜人が暴れ、

 民は“夜に星を見たら死ぬ”と怯えている。

 それを見過ごせと?」

 

ザナックは机に肘を置き、

報告書の一節を指で叩いた。

「“外なる神は目的を持たぬ。干渉は感染を招く。”

 ――ぐりもあ嬢の言葉だ。

 あの女は、あの骸骨陛下の傍にいて狂わずに帰ってきた唯一の者。

 信用に値する。」

 

「魔導国の理屈を信じるの?」

カルカの声には皮肉が混じっていた。

 

「信じはせん。ただ――選択肢がない。」

ザナックは椅子の背にもたれ、

窓の外の灰色の空を見上げた。

「星を見上げるほど、あれに“気づかれる”のだろう。

 ならば、見ないふりをするしかない。」

 

「ふり、ですか。」

カルカはゆっくりと歩き、夫の隣に立つ。

その声は静かだが、芯に冷たい怒りがあった。

「見ぬふりをしている間に、民が死ぬのを見過ごせと?」

 

ザナックは彼女の横顔を見た。

目の奥に、燃えるような意志がある。

王妃というより、戦場に立つ女の眼。

 

「……お前は、強いな。」

 

「私が強くなったのは、あなたが弱音を吐けないからです。」

カルカは微笑んだ。

「けれど、私は民を守りたい。

 魔導国が“沈黙せよ”と言っても、

 私は祈ります――神でも、星でもない“人のために”。」

 

その言葉に、ザナックは短く笑った。

「祈ることは感染にならんだろう。」

 

「なら、祈ります。星にではなく、あなたに。」

 

彼は少しだけ目を細めた。

「……王妃が王を励ますとは、面白い国だな。」

 

「リ・エスティーゼはあなたの国です。

 なら、滅ぶ時もあなたと共に滅びます。」

 

風が吹き抜け、窓の外で旗がはためいた。

遠くの空に、白く光る星がひとつ、昼間でも消えずに残っている。

 

ザナックはその光を一瞥し、

静かに報告書を蝋封した。

 

「――“放置”だ。

 魔導国の忠告に従う。

 ただし、星がこちらを見てきたら……

 そのときは、俺が見返してやる。」

 

カルカは黙って頷いた。

彼の横顔は、王というよりも、

荒野に立つ戦士のように静かだった。

 

 

/*/

 

 

その夜、王妃カルカはひとり、

寝所の窓を開け、天を見上げた。

星は静かに瞬き、まるで笑うように光っていた。

 

――見られた瞬間、運命は動き出す。

 

それでも、彼女は目を閉じなかった。

「……どうか、この国を守って。」

 

その祈りが風に乗り、

遠く魔導国の空へと消えていった。

 

 

/*/

 

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