オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第209話:占星千里

 

 

/*/ スレイン法国・法都シクルサンテクス 大神殿地下・聖封監獄 /*/

 

 

湿った石の空気が、重く張り詰めていた。

聖封監獄――七大神の御印で封じられた地下聖域。

その中心、透明な結晶に閉じ込められた第七席次・ミリアが、

静かに星のような光を漏らしていた。

 

彼女の瞼の裏には、無数の星が瞬いている。

感染は脳層、魂層、そして――観測層。

完全に外なる神と“視線を共有”してしまっていた。

 

そこに、ゆっくりと足音が響いた。

深い夜の色のローブ。金属のペン先を模した杖。

魔導国・情報局主任分析官、ぐりもあ。

 

その後ろには、青と白の毛並みの人狼――ジョン・カルバイン。

そして、彼に付き従う赤髪の戦乙女、ルプスレギナ。

 

ぐりもあは静かに結晶の前に立ち、

軽く指を鳴らした。

 

「……観測痕、深刻ですねー。完全に“星の記憶”と混線してます。」

 

神官長が焦燥を隠せずに問う。

「どうすれば、救えますか?」

 

「記憶の再観測を行います。

 《コントロール・アムネジア》――記憶操作です。

 感染記憶を“閲覧・操作・削除”して、

 外なる神との観測経路を切断します。」

 

「そんなことが可能なのですか……?」

 

ぐりもあは微笑んだ。

「“自分が自分を見る”のが、この世界の一番古い魔法ですからね。」

 

彼女は魔導書を開いた。

ページが自動でめくれ、封印札が浮かび上がる。

淡い青光がぐりもあの身体を包み、

周囲の空気が一気に凍りついたように冷たくなる。

 

「ジョンさん、ルプー。

 僕は意識を“記憶層”に沈めるので、

 その間、MPを供給してください。切れたら、僕が消えます。」

 

「了解。」

ジョンが指を鳴らし、

ルプスレギナがぐりもあの背中に掌をかざした。

「うっす、まかせてっす♪ “カルバイン様リンク・チャネル、開通っ!”」

 

魔力の糸が三人の間を繋ぐ。

淡い光の流れが、心臓の鼓動とともに脈打った。

ジョンの青白いオーラと、ルプスレギナの紅の魔力が、

ぐりもあの体内に吸い込まれていく。

 

「行きます。」

 

ぐりもあは指を額に当てた。

魔法陣が広がり、

彼女の視界に、ミリアの“記憶”が流れ込む。

 

――星空。

――無数の眼。

――「見ているぞ」という声。

 

「っ……!」

脳を焼くような感覚。

外なる神の観測意識が逆流してくる。

ぐりもあは即座に防壁を書き換える。

 

「《ロジック・シールド・オーバーライド》――

 構造分解、始動!」

 

文字が光り、

星々の視線が“文”として分解されていく。

それは詩にも似た流れ。

「見る」「感じる」「知る」という三つの語根が、

彼女の意識の中で回転し、意味を失っていった。

 

だが同時に、感染がぐりもあ自身へと広がる。

星の紋が腕に浮かび、

魔導書のページが勝手に開く。

 

「……やっぱり、来ますよねぇ。」

彼女は苦笑しながら、指先でページを裂いた。

「感染ページ、隔離開始!」

 

黒い頁が分離し、浮遊する。

それを見据え、ぐりもあは再び杖を構えた。

 

「――逆ハック、開始。」

 

詠唱とともに、外なる神の知識が洪水のように流れ込む。

“運命とは観測であり、観測は再生であり、存在は……”

意味を持たない数式が千の言語で囁かれる。

 

ジョンが歯を食いしばり、

ぐりもあに魔力を送り続ける。

「まだか、ぐりもあさん!」

 

「もう少し……! 外なる神の“辞書”を書き換えます!」

 

「辞書!?」ルプスレギナが驚く。

 

「そうですよー! この世界で“観測”って単語を削除してしまえば、

 奴らは覗く言葉すら失う!」

 

空間が震えた。

星の視線が霧散し、

ミリアを包んでいた結晶の光が少しずつ収まっていく。

 

だが、ぐりもあの顔色は蒼白だった。

魔力の流れが暴走し、

魔導書のページが一斉に燃え上がる。

 

「ぐりもあ、限界だ!」

ジョンが叫ぶ。

 

「――まだ、終わってません!」

 

最後のページに指を突き立て、

ぐりもあは叫んだ。

 

「《セクション・ディバイド――アムネジア・エクリプス》!」

 

閃光。

空気が焼ける音とともに、

部屋の中に漂っていた星光が一瞬で消滅した。

 

静寂。

 

ミリアの結晶がひび割れ、

封印がほどけていく。

ゆっくりと瞳を開けたミリアは、

虚ろな声で囁いた。

 

「……星が……遠ざかっていく……」

 

神官長が涙を浮かべる。

「……助かったのか……?」

 

ジョンは疲れた息を吐き、

ぐりもあの肩を支えた。

彼女はフラフラと立ち上がり、

魔導書の燃え残りを手にしたまま、へらりと笑った。

 

「はいー……感染は消去。

 記憶観測経路も断ち切りました。

 でも、えへへ……」

 

「何だ?」

 

「また、ページが一枚、“星色”に染まっちゃいました。」

 

ジョンが頭を押さえる。

「お前、ほんとにそれ大丈夫か?」

 

ルプスレギナが両手を合わせて笑った。

「さっすがぐりもあ様っす! 星の神様までハックしちゃうとか、もうナザリック最強のバグっすね!」

 

ぐりもあはにこりと笑い、指を唇に当てた。

「しーっ。神様もシステムも、見てないふりが一番ですよー。」

 

――天井の奥、見えない空で、

星がひとつだけ瞬いた。

その光が、まるで笑っているように。

 

 

/*/ 法都シクルサンテクス 大神殿地下・聖封監獄 /*/

 

 

静寂を破るように、ぐりもあがふうっと長い息を吐いた。

魔導書の頁はまだかすかに燻っており、灰の中で一枚――淡く“星色”に染まった紙が光を放っている。

 

ジョンが腕を組み、低く言う。

「……そのページ、いつまで持つ?」

 

「んー、三週間ぐらいですかねぇ?

 でも大丈夫ですよ、恒常化すれば“感染”じゃなくて“拡張機能”になりますから!」

 

「拡張機能って……」ジョンは額を押さえた。

「お前、神をハッキングしてんだぞ。もう少し自重しろ。」

 

ぐりもあはにこりと笑い、杖をくるくる回す。

「まー僕の本体のページを増やせば、浸食率は下がりますから大丈夫ですよ。

 リソースの分散、ですよリソースの分散!」

 

ルプスレギナが興味津々に覗き込む。

「ページ増やすって、どうやってっすか?」

 

ぐりもあはさらりと言った。

「ジョンさんの抜け毛、フェルト紙にして使います。」

 

「……は?」

 

「だってあれ、魔力伝導率高いんですよ?

 耐久もあるし、ページ素材として優秀! 紙にすれば魔導書の記憶域が拡張できるんです!」

 

ジョンは無言で髪を押さえた。

「……俺の毛はインフラじゃねぇ。」

 

ルプスレギナが腹を抱えて笑う。

「ぎゃははっ! カルバイン様の毛から星の知識が生まれるとか、もう伝説っすね!」

 

「笑いごとじゃねぇ!」

 

ぐりもあはそれでも涼しい顔で、星色のページを魔導書に差し込みながら言った。

「いいじゃないですかぁ、これでまた一歩、“人類の観測限界”を突破しましたよ。

 あ、ちなみに今回の外なる神の波形、星導師の媒介経路に割り込むアルゴリズムとして保存しましたから、

 今後の法国対応は、僕の脳内クラウドに任せてください!」

 

「お前、魔導書なのにクラウドって言葉使うな。」ジョンのツッコミが飛ぶ。

 

ぐりもあは頬を膨らませた。

「えー、いいじゃないですかぁ。データは冗長化してナザリックに自動バックアップしますしー。」

 

ルプスレギナが目を輝かせて言う。

「ぐりもあ様、ほんとに天才っすね! 星の神様でも勝てない感じっす!」

 

「ふふふ、神様が何人いようと、僕は“知識の多重起動”で上書きしますよー。

 ――ま、見なければ存在しないんですけどね。」

 

ぐりもあの笑みが、静かに夜光のように灯った。

その背後、結晶の中で眠るミリアの表情は安らかだった。

星の感染は消え、代わりに“静かな夜”が戻っていた。

 

ジョンは一度深く息を吐き、

ルプスレギナと共にぐりもあの肩を支えながら呟いた。

「……ほんと、お前が味方で良かったよ。」

 

「ですよねー♪」

 

彼女は悪戯っぽく笑い、

まだ星色のインクが滲む魔導書をそっと閉じた。

 

――ページの隙間から、かすかに星光がこぼれた。

それはもはや呪いではなく、“観測済みの知識”として、

この世界に刻まれた新しい頁となった。

 

 

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