オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第22部:鉄の翼
第210話:この時の為だったのか!


 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国・王都エ・ランテル 王城・政務室 /*/

 

 

曇天の朝。

王城の会議室には、山のように積まれた報告書と、

静かに燃える暖炉の音だけがあった。

 

ザナック王は机の上の文書に目を通していた。

紙の端には、各地の村々から上がった訴状。

「亜人襲撃」「冒険者依頼金未払い」「傭兵不足」。

その文字を追ううちに、王の眉間の皺が深く刻まれていく。

 

「……辺境の防衛に冒険者を使っているが、即応性に欠ける。」

ザナックは低く呟いた。

「村の財政的にも、冒険者を雇えない場合が多い。

 報酬の支払い遅延で、依頼拒否が続出している。」

 

侍従官が控えめに言葉を添える。

「陛下、地方税の減免を続けている以上、

 村の自助努力には限界がございます。」

 

ザナックは腕を組み、

視線を窓の外――灰色の王都の空へと向けた。

「やはり、魔導国のやり方を習うべきだな。

 あちらでは、村の防衛費用を国が直接負担している。

 冒険者や傭兵を“民間戦力”としてではなく、

 準軍属として登録している……。」

 

侍従官が首をかしげる。

「しかし、陛下。

 我が国の財政状況では、新たな常備防衛制度の導入は……」

 

ザナックは静かに机を叩いた。

「財源だ……問題はそれだ。」

 

机の上の書類をめくり、

ふと視線が止まる。

数ヶ月前――魔導国より提出された「時計製造技術移譲協定」。

王家占有技術としての保護を条件に、

高度な機械式時計の設計図を提供されたものだ。

 

そのときは、王室の権威を高める贅沢品だと思っていた。

だが、今――ザナックの脳裏に閃光が走る。

 

「……そうか!」

 

侍従官が驚く。

「陛下?」

 

ザナックは身を乗り出した。

「以前、魔導国からあった“時計製作技術”の王家占有――

 あれは、このためにあったのか!」

 

侍従官が目を瞬かせる。

「陛下、どういう意味でございますか?」

 

ザナックは勢いよく立ち上がり、机を叩いた。

「魔導国は、王権の信用を経済的基盤に変える方法を教えてくれていたんだ。

 時計は贅沢品ではない。王家が生産を独占し、販売・輸出すれば、

 それ自体が“時間を測る税”――つまり、国家の新たな通貨になる!」

 

侍従官の目が見開かれる。

「“時を測る税”……まさか、使用時間課税のような……?」

 

「そうだ!」

ザナックは笑みを浮かべた。

「魔導国は“時間を均一に扱う術”を持っている。

 時計を配布すれば、労働や商取引を同一基準で計れるようになる。

 つまり、経済を“時間”で管理できる!

 税も、生産も、雇用も――全て王権の尺度で測れるようになるのだ!」

 

侍従官は思わず息を呑んだ。

「……魔導国は、既にそこまで……」

 

ザナックは窓辺へ歩み寄り、

遠く、雪のちらつく王都の街並みを見下ろした。

 

「村を守るための財源が、

 民からの“金”ではなく、“時”から生まれる……

 ――これが、魔導国の発想か。」

 

風がカーテンを揺らす。

王はその音を聞きながら、

まるで独り言のように呟いた。

 

「人間の命は時間でできている。

 ならば、“時を征する者”こそ、

 国を支える本当の支配者なのかもしれんな……」

 

侍従官は跪き、

深く頭を下げた。

「陛下、もしそれを制度化できれば――

 我が国も、魔導国に並ぶ統治を……!」

 

ザナックは軽く首を振り、微笑んだ。

「まだだ。彼らは“知識”を渡すと同時に、

 “試練”も与える。

 ――この理を理解できる者だけが、次の時代に進めるのだ。」

 

遠くで鐘が鳴った。

時を告げる音。

王はそれを聞きながら、小さく呟いた。

 

「……時を制する者が、国を制す。

 それが、魔導国が我らに示した答えだ。」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 朝 /*/

 

 

金属の軋む音とともに、骸骨の主が書類に視線を落とした。

執務室の空気は冷たく澄み、机上の魔導灯が淡い青光を放っている。

 

ジョンが湯気を立てるカップを置き、軽く息を吐いた。

「――リ・エスティーゼ王国が、ようやく時計の生産と技術開発に着手しましたよ」

 

「ようやく、か……」

モモンガが骨の指を組む。声には安堵よりも呆れが勝っていた。

「不変鋼の加工術と、あれを扱えるドワーフ職人団まで引き渡してやったのに。半年以上も動かぬとは、どういうことだ」

 

ぐりもあが空中で小さく肩をすくめた。

「王国の役人たち、工房を割り振るのに三ヶ月、職人の身分を“異種族扱い”にしたまま放置するのに三ヶ月。――結果、歯車のひとつも回らない」

 

ジョンは苦笑いを浮かべながら、手元の報告書を叩く。

「ようやく重い腰を上げて、ぜんまい式時計の試作に着手したらしい。動力は魔力じゃなく物理式。精度は粗いが、国として初の試みだ」

 

「遅すぎるな」

モモンガは背凭れにもたれ、静かに息を漏らすように呟いた。

「時間を測るという概念そのものが、ようやく民の生活に入るというのに――“鉄を錆びさせる国”では、いくら不変鋼があっても磨かれぬか」

 

「ま、王都の貴族がようやく“懐中時計”を身につけて見栄を張り出したくらいですからね」

ジョンはにやりと笑う。

「とはいえ、あれも最初は魔導国製の部品頼りですよ。王国工房製のは、湿気でぜんまいが錆びる」

 

ぐりもあは魔導灯に手をかざし、空間に透過映像を映し出した。

そこには王国の新設工房、鉄粉まみれの作業場に並ぶ不変鋼の小さな歯車たち。

「ようやく“形”にはなりました。問題は、仕組みではなく“管理”。――ドワーフたちを平等な職人として扱わない限り、真価は発揮されません」

 

モモンガは静かに頷き、骸骨の指で机を叩いた。

「時間を測る道具を持っても、時間を支配する精神を持たぬ。

 ――それが、彼らと我らの決定的な違いだな」

 

ジョンは笑みを深め、立ち上がる。

「まあ、そのうち王国も学びますよ。痛い目を見ながら。

 不変鋼ってのは“魂が錆びない者”が扱ってこそ光るもんですから」

 

骸骨の眼窩にわずかな光が宿る。

「……ならば、“魂の錆び”ごと鍛え直してやるのも悪くないな」

 

執務室に、冥府の主の低い笑いが響いた。

 

 

/*/ リ・エスティーゼ王国 王都時計工房 試作初日 /*/

 

 

まだ霧の残る早朝、工房の屋根が朝日を受けて赤く染まっていた。

若い職人アルンは、息を白く吐きながら扉を押し開ける。

炉の中では、既に火が揺らめき始めていた。

灰色の髭を揺らしながら、ドワーフの老職人グルマルが鋳型を点検している。

 

「来たか。……今日からだぞ、坊主」

 

「はい、親方。あの“不変鋼”を使うんですよね」

 

作業台の上には、月光を溶かしたような金属塊が置かれていた。

淡い銀灰色――だが、触れると冷たくも熱くもない、不思議な感触があった。

それがナザリックから譲渡された“奇跡の金属”、不変鋼(ふへんこう)。

ドワーフたちはそれを「沈黙する鉄」と呼ぶ。

 

「こいつの正体は、鉄にニッケルを三割六分ほど混ぜた合金だ」

グルマルが小さな槌で軽く叩く。カァン、と高く澄んだ音。

「温度が変わっても、ほとんど膨らまねぇ。冬でも夏でも寸法が変わらん。

 だから時計みたいな“狂いを許さねぇ道具”にゃ、これ以上の素材はねぇ」

 

アルンは目を丸くした。

「そんなことが……魔法を使わずに?」

 

「魔法じゃねぇ。“理”だ。

 魔導国の技術屋が理屈を解いて、俺たちが鍛え方を覚えた。

 お前ら王国人が、ようやく“理屈で鉄を制する”気になったのが今日だ」

 

火花が散り、溶けた不変鋼が鋳型へと流れ込む。

液体はどこか重く、粘るような流れだった。

時間が経ち、冷え固まった小さな板を取り出すと――その表面は鏡のように滑らかだった。

 

「……膨張もしない、錆びもしない、魔力にも狂わない。

 まるで“時間”そのものを金属にしたみたいですね」

 

アルンの呟きに、グルマルがニヤリと笑う。

「そうだ。だからこそ、お前らがこれで“時間を刻む”んだ。

 不変鋼の歯車が回るたびに、この国の“怠け癖”も少しは削れるだろうよ」

 

アルンは笑いながらも、目の奥には静かな決意を宿していた。

彼の前に置かれたのは、直径わずか三センチの歯車。

だがそれは、リ・エスティーゼ王国における初めての“正確な一秒”を生む歯車だった。

 

キィン……キィン……。

不変鋼が削られる音が、まるで新しい暦の鐘のように響いた。

王国の“時代”が、ようやく動き始めたのだ。

 

 

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