オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第210話:この時の為だったのか!
/*/ リ・エスティーゼ王国・王都エ・ランテル 王城・政務室 /*/
曇天の朝。
王城の会議室には、山のように積まれた報告書と、
静かに燃える暖炉の音だけがあった。
ザナック王は机の上の文書に目を通していた。
紙の端には、各地の村々から上がった訴状。
「亜人襲撃」「冒険者依頼金未払い」「傭兵不足」。
その文字を追ううちに、王の眉間の皺が深く刻まれていく。
「……辺境の防衛に冒険者を使っているが、即応性に欠ける。」
ザナックは低く呟いた。
「村の財政的にも、冒険者を雇えない場合が多い。
報酬の支払い遅延で、依頼拒否が続出している。」
侍従官が控えめに言葉を添える。
「陛下、地方税の減免を続けている以上、
村の自助努力には限界がございます。」
ザナックは腕を組み、
視線を窓の外――灰色の王都の空へと向けた。
「やはり、魔導国のやり方を習うべきだな。
あちらでは、村の防衛費用を国が直接負担している。
冒険者や傭兵を“民間戦力”としてではなく、
準軍属として登録している……。」
侍従官が首をかしげる。
「しかし、陛下。
我が国の財政状況では、新たな常備防衛制度の導入は……」
ザナックは静かに机を叩いた。
「財源だ……問題はそれだ。」
机の上の書類をめくり、
ふと視線が止まる。
数ヶ月前――魔導国より提出された「時計製造技術移譲協定」。
王家占有技術としての保護を条件に、
高度な機械式時計の設計図を提供されたものだ。
そのときは、王室の権威を高める贅沢品だと思っていた。
だが、今――ザナックの脳裏に閃光が走る。
「……そうか!」
侍従官が驚く。
「陛下?」
ザナックは身を乗り出した。
「以前、魔導国からあった“時計製作技術”の王家占有――
あれは、このためにあったのか!」
侍従官が目を瞬かせる。
「陛下、どういう意味でございますか?」
ザナックは勢いよく立ち上がり、机を叩いた。
「魔導国は、王権の信用を経済的基盤に変える方法を教えてくれていたんだ。
時計は贅沢品ではない。王家が生産を独占し、販売・輸出すれば、
それ自体が“時間を測る税”――つまり、国家の新たな通貨になる!」
侍従官の目が見開かれる。
「“時を測る税”……まさか、使用時間課税のような……?」
「そうだ!」
ザナックは笑みを浮かべた。
「魔導国は“時間を均一に扱う術”を持っている。
時計を配布すれば、労働や商取引を同一基準で計れるようになる。
つまり、経済を“時間”で管理できる!
税も、生産も、雇用も――全て王権の尺度で測れるようになるのだ!」
侍従官は思わず息を呑んだ。
「……魔導国は、既にそこまで……」
ザナックは窓辺へ歩み寄り、
遠く、雪のちらつく王都の街並みを見下ろした。
「村を守るための財源が、
民からの“金”ではなく、“時”から生まれる……
――これが、魔導国の発想か。」
風がカーテンを揺らす。
王はその音を聞きながら、
まるで独り言のように呟いた。
「人間の命は時間でできている。
ならば、“時を征する者”こそ、
国を支える本当の支配者なのかもしれんな……」
侍従官は跪き、
深く頭を下げた。
「陛下、もしそれを制度化できれば――
我が国も、魔導国に並ぶ統治を……!」
ザナックは軽く首を振り、微笑んだ。
「まだだ。彼らは“知識”を渡すと同時に、
“試練”も与える。
――この理を理解できる者だけが、次の時代に進めるのだ。」
遠くで鐘が鳴った。
時を告げる音。
王はそれを聞きながら、小さく呟いた。
「……時を制する者が、国を制す。
それが、魔導国が我らに示した答えだ。」
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 朝 /*/
金属の軋む音とともに、骸骨の主が書類に視線を落とした。
執務室の空気は冷たく澄み、机上の魔導灯が淡い青光を放っている。
ジョンが湯気を立てるカップを置き、軽く息を吐いた。
「――リ・エスティーゼ王国が、ようやく時計の生産と技術開発に着手しましたよ」
「ようやく、か……」
モモンガが骨の指を組む。声には安堵よりも呆れが勝っていた。
「不変鋼の加工術と、あれを扱えるドワーフ職人団まで引き渡してやったのに。半年以上も動かぬとは、どういうことだ」
ぐりもあが空中で小さく肩をすくめた。
「王国の役人たち、工房を割り振るのに三ヶ月、職人の身分を“異種族扱い”にしたまま放置するのに三ヶ月。――結果、歯車のひとつも回らない」
ジョンは苦笑いを浮かべながら、手元の報告書を叩く。
「ようやく重い腰を上げて、ぜんまい式時計の試作に着手したらしい。動力は魔力じゃなく物理式。精度は粗いが、国として初の試みだ」
「遅すぎるな」
モモンガは背凭れにもたれ、静かに息を漏らすように呟いた。
「時間を測るという概念そのものが、ようやく民の生活に入るというのに――“鉄を錆びさせる国”では、いくら不変鋼があっても磨かれぬか」
「ま、王都の貴族がようやく“懐中時計”を身につけて見栄を張り出したくらいですからね」
ジョンはにやりと笑う。
「とはいえ、あれも最初は魔導国製の部品頼りですよ。王国工房製のは、湿気でぜんまいが錆びる」
ぐりもあは魔導灯に手をかざし、空間に透過映像を映し出した。
そこには王国の新設工房、鉄粉まみれの作業場に並ぶ不変鋼の小さな歯車たち。
「ようやく“形”にはなりました。問題は、仕組みではなく“管理”。――ドワーフたちを平等な職人として扱わない限り、真価は発揮されません」
モモンガは静かに頷き、骸骨の指で机を叩いた。
「時間を測る道具を持っても、時間を支配する精神を持たぬ。
――それが、彼らと我らの決定的な違いだな」
ジョンは笑みを深め、立ち上がる。
「まあ、そのうち王国も学びますよ。痛い目を見ながら。
不変鋼ってのは“魂が錆びない者”が扱ってこそ光るもんですから」
骸骨の眼窩にわずかな光が宿る。
「……ならば、“魂の錆び”ごと鍛え直してやるのも悪くないな」
執務室に、冥府の主の低い笑いが響いた。
/*/ リ・エスティーゼ王国 王都時計工房 試作初日 /*/
まだ霧の残る早朝、工房の屋根が朝日を受けて赤く染まっていた。
若い職人アルンは、息を白く吐きながら扉を押し開ける。
炉の中では、既に火が揺らめき始めていた。
灰色の髭を揺らしながら、ドワーフの老職人グルマルが鋳型を点検している。
「来たか。……今日からだぞ、坊主」
「はい、親方。あの“不変鋼”を使うんですよね」
作業台の上には、月光を溶かしたような金属塊が置かれていた。
淡い銀灰色――だが、触れると冷たくも熱くもない、不思議な感触があった。
それがナザリックから譲渡された“奇跡の金属”、不変鋼(ふへんこう)。
ドワーフたちはそれを「沈黙する鉄」と呼ぶ。
「こいつの正体は、鉄にニッケルを三割六分ほど混ぜた合金だ」
グルマルが小さな槌で軽く叩く。カァン、と高く澄んだ音。
「温度が変わっても、ほとんど膨らまねぇ。冬でも夏でも寸法が変わらん。
だから時計みたいな“狂いを許さねぇ道具”にゃ、これ以上の素材はねぇ」
アルンは目を丸くした。
「そんなことが……魔法を使わずに?」
「魔法じゃねぇ。“理”だ。
魔導国の技術屋が理屈を解いて、俺たちが鍛え方を覚えた。
お前ら王国人が、ようやく“理屈で鉄を制する”気になったのが今日だ」
火花が散り、溶けた不変鋼が鋳型へと流れ込む。
液体はどこか重く、粘るような流れだった。
時間が経ち、冷え固まった小さな板を取り出すと――その表面は鏡のように滑らかだった。
「……膨張もしない、錆びもしない、魔力にも狂わない。
まるで“時間”そのものを金属にしたみたいですね」
アルンの呟きに、グルマルがニヤリと笑う。
「そうだ。だからこそ、お前らがこれで“時間を刻む”んだ。
不変鋼の歯車が回るたびに、この国の“怠け癖”も少しは削れるだろうよ」
アルンは笑いながらも、目の奥には静かな決意を宿していた。
彼の前に置かれたのは、直径わずか三センチの歯車。
だがそれは、リ・エスティーゼ王国における初めての“正確な一秒”を生む歯車だった。
キィン……キィン……。
不変鋼が削られる音が、まるで新しい暦の鐘のように響いた。
王国の“時代”が、ようやく動き始めたのだ。