オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ ナザリック地下大墳墓 第9階層 モモンガの執務室 朝 /*/
いつもの朝。
書類の山。湯気の立つカップ。
モモンガ、ジョン、ぐりもあ――ナザリック朝の報告書読み合わせ会。
だが今日のぐりもあは、いつもより明らかにテンションが高かった。
「……で! これ見てください、これっ!」
彼女が勢いよく机に広げたのは、帝国の報告書。
封蝋にはバハルス皇帝の印章、
表題にはこうある。
『カルサナス都市連合 帝国保護下における行政再編計画(第一期完了報告)』
ぐりもあの声が弾んでいた。
「すごいですよねぇ~! あの帝国、戦争せずに領土を増やしてるんですよ!?
しかも、現地の住民が“感謝”してるんです!
反乱ゼロ! 流血ゼロ! 文句ゼロ!
……なんですかこれ、優しい侵略ですか!?」
モモンガが沈黙し、ジョンがコーヒーをすすりながらぼそりと呟く。
「……優しいかどうかはともかく、見事なやり口だな」
「ねっ!? これもう、“戦略芸術”ですよ!
普通の支配者は、せいぜい戦って勝つまでですけど、
帝国は“勝った後の幸福度”まで計算してるんです!」
ぐりもあは勢いのまま、ふとモモンガとジョンを見比べ――
じっと、何かを考える顔をした。
そして――言った。
「……ねぇ、これ……
もしかして――ジョンさんとモモンガさんが裏でジルクニフ様に教えたんじゃないですか?」
「…………」
「…………」
空気が止まった。
蝋燭の炎が、カチリと音を立てて揺れる気さえした。
モモンガは硬直したまま、
「……どういう意味かな、ぐりもあさん?」
ぐりもあは悪びれもせず、きらきらした笑顔で言葉を続ける。
「だってですよ!?
こんな精密な行政改革、戦略心理戦、経済圧迫からの文化的浸透……!
お二人の得意分野じゃないですか!」
「おい待て」
ジョンが手を上げる。
「俺はそんな“侵略の教科書”みたいなこと教えてねぇぞ」
「でも、戦争せずに勝つとか、支配の仕組み作るとか、
“力じゃなく秩序で支配する”とか――
言ってましたよね? 前に!」
モモンガが赤い眼光をわずかに細める。
「ぐりもあさん、それは“感想”であって、“指導”ではない」
「えぇ~? 本当ですかぁ?
だって、帝国のやってること、ナザリックの方式とそっくりですよ?
違うのは、見た目が“優しい”ってだけで」
ジョンが眉をひそめた。
「……待て、それはつまり俺らが“怖いジルクニフ”ってことか?」
「いえいえ! 怖いどころか、育てた、ですね!」
「育ててねぇよ!」
ジョンの即答が響いた。
だがぐりもあは止まらない。
机をトン、と叩いて力説する。
「だって、考えてみてください!
ジルクニフって、昔は“頭の切れる策士”でしたけど、
ここ最近、やり方がもう“構造支配”になってるんですよ!?
文化、経済、補給、教育――全部帝国が握ってる!
まるで、ナザリックの統治手法を地上に移植したみたい!」
モモンガが口を開きかけて、閉じた。
そして静かに机の端を指で叩く。
「……たしかに、似てはいる。
だが、ぐりもあさん。君は“似ている”のと“関わっている”を混同している」
ぐりもあは頬に指を当て、考え込みながら言う。
「でも、“偶然にしては出来すぎてる”って思いません?
帝国が、血を流さずに国を吸収してるんですよ?
まるで――“外部から神の視点で支配構造を設計した”みたいに」
ジョンが無言で椅子の背にもたれ、天井を見上げた。
「……おい、モモンガさん。
ぐりもあさんの分析、当たってたら俺ら、地上で超悪役だぞ」
モモンガが乾いた笑いを漏らす。
「うむ。だが幸い、私は皇帝ではない。
彼が自分でここまで成長したのだと、そう信じたいところだ」
ぐりもあはにやにやしながら、羽ペンでメモを取り始める。
「“成長”……つまり、“教えたことを自分で応用した”と」
「ぐりもあさん」
モモンガが低い声で呼ぶ。
「は、はい」
「それ以上メモすると、“観察対象”から“実験対象”に変わるぞ」
「はわっ!? い、いえ! ちょっとした学術的興味ですっ!」
ジョンはカップを置いて、苦笑を浮かべる。
「やれやれ……帝国よりぐりもあさんの方が怖ぇな」
モモンガは肩を落としながらも、
その報告書を一枚取り上げ、静かに呟いた。
「……それにしても、帝国の進化は目覚ましい。
もし我々が何もしていなくても――
“理解者”が現れたということなのかもしれんな」
ぐりもあは無邪気に笑う。
「じゃあもう、モモンガさんとジョンさんがいなくても大丈夫ですね!」
「…………」
「…………」
今度こそ、完全に空気が止まった。
モモンガがゆっくりと立ち上がり、
ジョンが無言でカップを置く。
「……ジョンさん」
「なんだ」
「ぐりもあさんを、しばらく帝国に派遣してみるか?」
「いいな。発言に責任を持たせる意味でも」
「えっ!? ええっ!? 冗談ですよね!? お二人!?」
静かな笑いと紙の音が交錯する、
ナザリックの朝であった。
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