オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
いまさら日間ランキングに載って困惑。
ありがたいのですが、どうして?
/*/ 辺境の村・灰の丘地帯 /*/
……風が止んだ。
村の犬が吠えるのをやめた。
次の瞬間、大地が鳴った。
赤茶けた土煙が巻き上がり、地平がうねる。
屋根瓦が崩れ、井戸の水面が波打つ。
村人たちは声もなく祈り、ただその“影”を見上げた。
――ギガントバジリスク。
山脈のごとき体躯、鎧のように重なった鱗。
その瞳は緑黒く、光を呑み込んで揺れている。
一息吐くだけで、空気が焦げ、草木が溶け落ちた。
毒。
それは生態系そのものを腐らせる“死の吐息”。
だが――その毒霧を正面から切り裂くものがあった。
黒鉄の装甲が陽光を跳ね返し、
地を踏み砕きながら進む。
鋼の脚が大地を鳴らし、内部で魔導炉が唸りを上げる。
乗り込み型ゴーレム――《鉄の騎士》。
その胸部の奥、狭い操縦席の中で、
操縦士ベベネ・バイセンは汗を拭う暇もなく操縦桿を握りしめた。
「……来いよ、毒トカゲ。
今日の昼飯は、お前で決まりだ」
金属と魔力がうねる。
モニターには、毒霧を弾く防御結界の光。
外装表面に付着した毒液がじりじりと音を立てて蒸発していく。
だが、魔導合金の装甲はびくともしない。
ギガントバジリスクが吠えた。
その咆哮は衝撃波となり、山を揺らす。
村人たちが耳を塞ぎ、瓦礫の陰に身を隠す中――
鉄の騎士は、ただ前を見ていた。
ベベネが深く息を吐く。
「――いくぞ」
スイッチが叩かれる。
脚部の〈ローラーダッシュ〉が点火。
鋼鉄の脚が火花を散らして地を滑る。
左腕の盾を構え、正面突撃。
「いけぇぇぇぇぇっ!」
轟音。
瞬間、尾が振るわれる。
鉄の騎士は宙を舞い、丘を転がり落ちた。
背部装甲が裂け、警告灯が赤く点滅する。
「クソッ……冷却板、完全にイカれたか……!」
コクピットに響く警告音。
機体損傷率“42%”。
汗がヘルメットの縁を伝い落ちる。
ベベネは奥歯を噛み締め、操縦桿を強く握り直した。
「まだだ……まだ動ける!」
ギガントバジリスクが再び毒を吐く。
黒い霧が襲いかかる。
だが、鉄の騎士の胸部プレートが光を放った。
防御結界、再展開。
電撃のような火花を散らしながら、毒霧を弾き返す。
視界が開けた。
「――今だッ!」
ベベネは左手の盾を放り捨て、右腕の剣を引き抜く。
白金の刃が陽光を裂き、
高熱を帯びた魔導線が刀身を走った。
両脚のスラスター、最大出力。
脚部の金具が軋む音。
警告灯が点滅し、熱が警告値を越える。
それでもベベネは迷わない。
「ぶっ壊れても構うもんかぁぁぁぁっ!」
機体が跳躍した。
黒鉄の巨体が、空を裂く。
剣が閃き、鱗が砕け、火花が弾け飛ぶ。
――巨体同士がぶつかり合う。
丘が崩れ、空気が爆ぜる。
金属の悲鳴と獣の咆哮が重なり合い、
世界が一瞬、音を失った。
ギガントバジリスクの顎が開く。
猛毒の牙が迫る。
ベベネは左腕を突き出し、受け止めた。
金属と骨がぶつかる鈍い衝撃。
センサーが白く弾ける。
すべての音が、遠のいていく――。
――そして、沈黙。
砂煙の中に、ひとつの巨体がゆっくりと立ち上がった。
半壊した《鉄の騎士》。
右腕は切断され、外装は焼け焦げ、
黒煙を上げながらも、確かに“生きて”いた。
コクピットの中で、ベベネは息を吐き、乾いた笑いを漏らした。
「はぁ……くそ、腰のアクチュエータまで死んでやがる。
でも――まあ、勝ちは勝ちだな」
足元には、斃れたギガントバジリスク。
その巨体は真っ二つに裂かれ、
緑の血が、地を焼きながら流れている。
やがて、遠くで子どもの声がした。
「……勝った?」
村人たちが、崩れた壁の陰から顔を出す。
黒鉄の残骸の中で、鉄の騎士の片眼――センサーがかすかに光った。
「……おいおい、動くなよ。
まだ、村が見てんだ」
ベベネの声が、ノイズ混じりに響く。
ゆっくりと、鉄の騎士が膝をついた。
砂が舞い、空気が静まる。
黄金にも黒鉄にも見える巨体が、沈む夕陽に照らされる。
その姿は、敗北ではなかった。
毒も恐れぬ“鉄の騎士”としての矜持を――
確かに、この地に刻みつけていた。
そして、風が吹いた。
焼けた装甲の上で、ヘルメットの中の男が、
ほんの少しだけ笑った。
/*/ 帝国中央工廠・第一再生ドック /*/
金属の鳴る音が、絶え間なく響いていた。
槌音、油の匂い、低く唸る魔導炉。
それはまるで、帝国の心臓そのものが鼓動しているかのようだった。
整備員たちが無言で動く。
蒸気が立ちこめ、火花が舞う。
その中央に、巨大な影が横たわっていた。
――《鉄の騎士》。
黒鉄の装甲は焼け焦げ、右腕は完全に欠損。
左脚も内部の魔導骨格が露出し、
胸部には、ギガントバジリスクの牙の跡が深々と刻まれていた。
だが、その巨体はまだ息づいているように見えた。
整備灯の明滅が、まるで心拍のように、
ゆっくりと鉄の輪郭を照らしていた。
ベベネ・バイセンはドックの上層通路から、その姿を見下ろしていた。
傷だらけの操縦服のまま、ヘルメットも外さず、
一言も喋らずにいた。
背後から、白衣の技術士官が声をかける。
「――まるで戦場そのものが歩いてきたような機体ですね。
これほどの損壊で動作記録が残っているのは奇跡です」
ベベネは煙草を取り出し、火を点けることもなく唇に咥えた。
「奇跡じゃねぇ。
あいつは……生き延びることに慣れてるだけだ」
士官は目を細めた。
「人格化ですか?」
「違う。
共に戦った相棒への礼儀だよ」
彼はゆっくりと手すりに手を置き、
眼下の巨体に視線を落とした。
「こいつの動力炉は、まだ鳴ってる。
バジリスクの毒を喰らっても、心臓だけは止まらなかった」
士官が頷く。
「確かに。炉心部の魔導核は生きています。
しかし、全系統の神経線(マギライン)は断裂。
再生には最低でも一か月は――」
「……一週間でやれ」
士官が息を呑む。
「ですが、それでは試験も検証も――」
ベベネは短く吐き捨てた。
「次の戦線が待ってる。
こいつは“戦ってる時”にしか、生きられねぇ機体だ」
士官はその目を見て、言葉を失った。
その瞳には、機械よりも鋭い熱が宿っていた。
工廠の深部――再生区画。
炉心が再点火され、魔導炉の光が鉄の体を内側から染めていく。
再接続された神経管が振動し、断線した動力線が赤く輝く。
整備士たちが走り、術者たちが詠唱を重ねる。
呪文と金属音が混じり合い、まるで祭礼のようだった。
やがて、機体の胸部に刻まれた紋章が赤熱化する。
「――魔導炉、起動準備完了!」
「冷却系、再構築終了!」
「オーバーロード弁、耐圧確認!」
光が走った。
巨大な体がわずかに震える。
そして、次の瞬間。
――《鉄の騎士》の片眼が、再び光を取り戻した。
工廠全体が一瞬静まり返る。
誰も息をしなかった。
その赤いセンサーが、まるで何かを“見た”かのように瞬いた。
ベベネは、唇の端を上げた。
「……おはようさん。相棒」
応えるように、機体の外殻から低い唸りが響く。
それは金属音ではなかった。
まるで――巨人の呼吸のような、
“再生”の音だった。
後日、整備士たちは驚愕した。
鉄の騎士の一部装甲が、修復途中にもかかわらず、
自動で内部から再構築を始めていたのだ。
記録上、そんな機能は存在しない。
誰かが呟いた。
「……この機体、まるで“生きている”ようだ」
だが、ベベネはただ肩を竦めた。
「生きてるよ。
あいつは、戦場が呼べば立ち上がる。
それが“鉄の騎士”だ」
そのとき、背後で低く唸るような音がした。
再生ドックの暗闇の中――
赤い眼光が、再びゆっくりと灯る。
――それは確かに、答えだった。
/*/ 帝国・テストパイロット ベベネ・バイセン /*/
彼は生まれたときから、地図の端にいた。
帝国地図にすら描かれぬような乾いた村。
貴族の視線も、軍の補給も届かない。
子どもの頃に見たのは、兵ではなく――
魔獣に喰われた大人の残骸だった。
だからこそ、彼は決めた。
「守る側に回る」――と。
ベベネ・バイセン。
帝国辺境出身。平民階級。
だが、その異様な操縦感覚と空間認識能力、
そして何よりも“恐怖に飲まれない胆力”で、
若くして帝国軍技術局のテストパイロットに抜擢された。
初めて《鉄の騎士》の操縦席に座った日、
技術士官たちは「奇跡だ」と言った。
だが、ベベネ自身は肩を竦めて答えた。
「こいつは、守るための鉄の体だろ?
じゃあ、俺にぴったりじゃねぇか」
以来、彼は辺境の“守護者”として知られるようになる。
帝都の貴族が視察に訪れることもない、
報奨も勲章も届かない、名もなき戦場。
ギガントベア、ワーム、マンモスのような魔獣――
どの名も、彼の《鉄の騎士》の前には跡形もなく沈んだ。
派手な戦果ではない。
だが、救われた村は数知れず。
夜空の星のように散る火の粉の中、
彼はいつも同じ言葉を口にした。
「……俺は、帝国のためじゃなく、
“家族みたいな村”のために戦ってるんだ」
上官からすれば、型破りで、軍紀無視の男。
だが、兵たちは笑いながらこう呼んだ。
――“辺境の盾(フロンティア・ガード)”。
彼は騎士ではなかった。
だが、誰よりも“騎士”らしかった。
その背中を追って、幾人もの若き整備兵が志願していった。
ベベネはいつも冗談めかして言う。
「俺は貴族じゃない。
けど、貴族様よりも多くの人に“ありがとう”って言われてんだぜ」
その笑いの奥に、誇りと疲労が同居していた。
油に汚れた作業服、焦げ跡だらけの操縦席。
それが、彼の勲章だった。
/*/ 帝国軍戦闘任務記録・抜粋 /*/
任務名:辺境防衛行動 No.78
機体名:《鉄の騎士》試作四号機
出撃理由:北方村落ギガント・バジリスク出現
損耗率:92%(右腕・背部損壊)
生還者:操縦士 ベベネ・バイセン(軽傷)
備考:戦闘後、現地住民による感謝状多数
ベベネ・バイセン。
帝国正規軍に名は刻まれずとも、
辺境では彼の名を知らぬ者はいない。
戦場に花束は咲かない。
だが、彼が通った後には――
静かな“生活の灯り”が戻る。
それを見られる限り、
彼にとっての戦いは終わらない。