オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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いまさら日間ランキングに載って困惑。
ありがたいのですが、どうして?




第215話:辺境での鉄の騎士

 

 

/*/ 辺境の村・灰の丘地帯 /*/

 

 

……風が止んだ。

村の犬が吠えるのをやめた。

次の瞬間、大地が鳴った。

 

赤茶けた土煙が巻き上がり、地平がうねる。

屋根瓦が崩れ、井戸の水面が波打つ。

村人たちは声もなく祈り、ただその“影”を見上げた。

 

――ギガントバジリスク。

 

山脈のごとき体躯、鎧のように重なった鱗。

その瞳は緑黒く、光を呑み込んで揺れている。

一息吐くだけで、空気が焦げ、草木が溶け落ちた。

毒。

それは生態系そのものを腐らせる“死の吐息”。

 

だが――その毒霧を正面から切り裂くものがあった。

 

黒鉄の装甲が陽光を跳ね返し、

地を踏み砕きながら進む。

鋼の脚が大地を鳴らし、内部で魔導炉が唸りを上げる。

 

乗り込み型ゴーレム――《鉄の騎士》。

その胸部の奥、狭い操縦席の中で、

操縦士ベベネ・バイセンは汗を拭う暇もなく操縦桿を握りしめた。

 

「……来いよ、毒トカゲ。

 今日の昼飯は、お前で決まりだ」

 

金属と魔力がうねる。

モニターには、毒霧を弾く防御結界の光。

外装表面に付着した毒液がじりじりと音を立てて蒸発していく。

だが、魔導合金の装甲はびくともしない。

 

ギガントバジリスクが吠えた。

その咆哮は衝撃波となり、山を揺らす。

村人たちが耳を塞ぎ、瓦礫の陰に身を隠す中――

鉄の騎士は、ただ前を見ていた。

 

ベベネが深く息を吐く。

「――いくぞ」

 

スイッチが叩かれる。

脚部の〈ローラーダッシュ〉が点火。

鋼鉄の脚が火花を散らして地を滑る。

左腕の盾を構え、正面突撃。

 

「いけぇぇぇぇぇっ!」

 

轟音。

瞬間、尾が振るわれる。

鉄の騎士は宙を舞い、丘を転がり落ちた。

背部装甲が裂け、警告灯が赤く点滅する。

 

「クソッ……冷却板、完全にイカれたか……!」

 

コクピットに響く警告音。

機体損傷率“42%”。

汗がヘルメットの縁を伝い落ちる。

ベベネは奥歯を噛み締め、操縦桿を強く握り直した。

 

「まだだ……まだ動ける!」

 

ギガントバジリスクが再び毒を吐く。

黒い霧が襲いかかる。

だが、鉄の騎士の胸部プレートが光を放った。

 

防御結界、再展開。

電撃のような火花を散らしながら、毒霧を弾き返す。

視界が開けた。

 

「――今だッ!」

 

ベベネは左手の盾を放り捨て、右腕の剣を引き抜く。

白金の刃が陽光を裂き、

高熱を帯びた魔導線が刀身を走った。

 

両脚のスラスター、最大出力。

脚部の金具が軋む音。

警告灯が点滅し、熱が警告値を越える。

それでもベベネは迷わない。

 

「ぶっ壊れても構うもんかぁぁぁぁっ!」

 

機体が跳躍した。

黒鉄の巨体が、空を裂く。

剣が閃き、鱗が砕け、火花が弾け飛ぶ。

 

――巨体同士がぶつかり合う。

 

丘が崩れ、空気が爆ぜる。

金属の悲鳴と獣の咆哮が重なり合い、

世界が一瞬、音を失った。

 

ギガントバジリスクの顎が開く。

猛毒の牙が迫る。

ベベネは左腕を突き出し、受け止めた。

 

金属と骨がぶつかる鈍い衝撃。

センサーが白く弾ける。

すべての音が、遠のいていく――。

 

――そして、沈黙。

 

砂煙の中に、ひとつの巨体がゆっくりと立ち上がった。

半壊した《鉄の騎士》。

右腕は切断され、外装は焼け焦げ、

黒煙を上げながらも、確かに“生きて”いた。

 

コクピットの中で、ベベネは息を吐き、乾いた笑いを漏らした。

 

「はぁ……くそ、腰のアクチュエータまで死んでやがる。

 でも――まあ、勝ちは勝ちだな」

 

足元には、斃れたギガントバジリスク。

その巨体は真っ二つに裂かれ、

緑の血が、地を焼きながら流れている。

 

やがて、遠くで子どもの声がした。

「……勝った?」

村人たちが、崩れた壁の陰から顔を出す。

 

黒鉄の残骸の中で、鉄の騎士の片眼――センサーがかすかに光った。

 

「……おいおい、動くなよ。

 まだ、村が見てんだ」

 

ベベネの声が、ノイズ混じりに響く。

ゆっくりと、鉄の騎士が膝をついた。

砂が舞い、空気が静まる。

 

黄金にも黒鉄にも見える巨体が、沈む夕陽に照らされる。

その姿は、敗北ではなかった。

 

毒も恐れぬ“鉄の騎士”としての矜持を――

確かに、この地に刻みつけていた。

 

そして、風が吹いた。

焼けた装甲の上で、ヘルメットの中の男が、

ほんの少しだけ笑った。

 

 

/*/ 帝国中央工廠・第一再生ドック /*/

 

 

金属の鳴る音が、絶え間なく響いていた。

槌音、油の匂い、低く唸る魔導炉。

それはまるで、帝国の心臓そのものが鼓動しているかのようだった。

 

整備員たちが無言で動く。

蒸気が立ちこめ、火花が舞う。

その中央に、巨大な影が横たわっていた。

 

――《鉄の騎士》。

 

黒鉄の装甲は焼け焦げ、右腕は完全に欠損。

左脚も内部の魔導骨格が露出し、

胸部には、ギガントバジリスクの牙の跡が深々と刻まれていた。

 

だが、その巨体はまだ息づいているように見えた。

整備灯の明滅が、まるで心拍のように、

ゆっくりと鉄の輪郭を照らしていた。

 

ベベネ・バイセンはドックの上層通路から、その姿を見下ろしていた。

傷だらけの操縦服のまま、ヘルメットも外さず、

一言も喋らずにいた。

 

背後から、白衣の技術士官が声をかける。

「――まるで戦場そのものが歩いてきたような機体ですね。

 これほどの損壊で動作記録が残っているのは奇跡です」

 

ベベネは煙草を取り出し、火を点けることもなく唇に咥えた。

「奇跡じゃねぇ。

 あいつは……生き延びることに慣れてるだけだ」

 

士官は目を細めた。

「人格化ですか?」

 

「違う。

 共に戦った相棒への礼儀だよ」

 

彼はゆっくりと手すりに手を置き、

眼下の巨体に視線を落とした。

 

「こいつの動力炉は、まだ鳴ってる。

 バジリスクの毒を喰らっても、心臓だけは止まらなかった」

 

士官が頷く。

「確かに。炉心部の魔導核は生きています。

 しかし、全系統の神経線(マギライン)は断裂。

 再生には最低でも一か月は――」

 

「……一週間でやれ」

 

士官が息を呑む。

「ですが、それでは試験も検証も――」

 

ベベネは短く吐き捨てた。

「次の戦線が待ってる。

 こいつは“戦ってる時”にしか、生きられねぇ機体だ」

 

士官はその目を見て、言葉を失った。

その瞳には、機械よりも鋭い熱が宿っていた。

 

工廠の深部――再生区画。

 

炉心が再点火され、魔導炉の光が鉄の体を内側から染めていく。

再接続された神経管が振動し、断線した動力線が赤く輝く。

 

整備士たちが走り、術者たちが詠唱を重ねる。

呪文と金属音が混じり合い、まるで祭礼のようだった。

 

やがて、機体の胸部に刻まれた紋章が赤熱化する。

「――魔導炉、起動準備完了!」

「冷却系、再構築終了!」

「オーバーロード弁、耐圧確認!」

 

光が走った。

巨大な体がわずかに震える。

 

そして、次の瞬間。

 

――《鉄の騎士》の片眼が、再び光を取り戻した。

 

工廠全体が一瞬静まり返る。

誰も息をしなかった。

その赤いセンサーが、まるで何かを“見た”かのように瞬いた。

 

ベベネは、唇の端を上げた。

「……おはようさん。相棒」

 

応えるように、機体の外殻から低い唸りが響く。

それは金属音ではなかった。

まるで――巨人の呼吸のような、

“再生”の音だった。

 

後日、整備士たちは驚愕した。

鉄の騎士の一部装甲が、修復途中にもかかわらず、

自動で内部から再構築を始めていたのだ。

 

記録上、そんな機能は存在しない。

 

誰かが呟いた。

「……この機体、まるで“生きている”ようだ」

 

だが、ベベネはただ肩を竦めた。

「生きてるよ。

 あいつは、戦場が呼べば立ち上がる。

 それが“鉄の騎士”だ」

 

そのとき、背後で低く唸るような音がした。

再生ドックの暗闇の中――

赤い眼光が、再びゆっくりと灯る。

 

――それは確かに、答えだった。

 

 

/*/ 帝国・テストパイロット ベベネ・バイセン /*/

 

 

彼は生まれたときから、地図の端にいた。

 

帝国地図にすら描かれぬような乾いた村。

貴族の視線も、軍の補給も届かない。

子どもの頃に見たのは、兵ではなく――

魔獣に喰われた大人の残骸だった。

 

だからこそ、彼は決めた。

 

「守る側に回る」――と。

 

ベベネ・バイセン。

帝国辺境出身。平民階級。

だが、その異様な操縦感覚と空間認識能力、

そして何よりも“恐怖に飲まれない胆力”で、

若くして帝国軍技術局のテストパイロットに抜擢された。

 

初めて《鉄の騎士》の操縦席に座った日、

技術士官たちは「奇跡だ」と言った。

だが、ベベネ自身は肩を竦めて答えた。

 

「こいつは、守るための鉄の体だろ?

 じゃあ、俺にぴったりじゃねぇか」

 

以来、彼は辺境の“守護者”として知られるようになる。

 

帝都の貴族が視察に訪れることもない、

報奨も勲章も届かない、名もなき戦場。

ギガントベア、ワーム、マンモスのような魔獣――

どの名も、彼の《鉄の騎士》の前には跡形もなく沈んだ。

 

派手な戦果ではない。

だが、救われた村は数知れず。

夜空の星のように散る火の粉の中、

彼はいつも同じ言葉を口にした。

 

「……俺は、帝国のためじゃなく、

 “家族みたいな村”のために戦ってるんだ」

 

上官からすれば、型破りで、軍紀無視の男。

だが、兵たちは笑いながらこう呼んだ。

 

――“辺境の盾(フロンティア・ガード)”。

 

彼は騎士ではなかった。

だが、誰よりも“騎士”らしかった。

その背中を追って、幾人もの若き整備兵が志願していった。

 

ベベネはいつも冗談めかして言う。

 

「俺は貴族じゃない。

 けど、貴族様よりも多くの人に“ありがとう”って言われてんだぜ」

 

その笑いの奥に、誇りと疲労が同居していた。

油に汚れた作業服、焦げ跡だらけの操縦席。

それが、彼の勲章だった。

 

 

/*/ 帝国軍戦闘任務記録・抜粋 /*/

 

 

任務名:辺境防衛行動 No.78

機体名:《鉄の騎士》試作四号機

出撃理由:北方村落ギガント・バジリスク出現

損耗率:92%(右腕・背部損壊)

生還者:操縦士 ベベネ・バイセン(軽傷)

備考:戦闘後、現地住民による感謝状多数

 

ベベネ・バイセン。

帝国正規軍に名は刻まれずとも、

辺境では彼の名を知らぬ者はいない。

 

戦場に花束は咲かない。

だが、彼が通った後には――

静かな“生活の灯り”が戻る。

 

それを見られる限り、

彼にとっての戦いは終わらない。

 

 

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