オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝国中央工廠・試験ドック No.3 /*/
鈍色の光が工廠を満たしていた。
金槌の音も火花の音も、今日は止まっている。
代わりに響くのは、魔導炉の低い脈動音――
まるで巨人が息をしているかのような、静かな鼓動。
その中央に、《鉄の騎士・改》が立っていた。
旧型の黒鉄の装甲は一新され、
全身のラインはより鋭角に、そして洗練されている。
左肩には八連装の〈魔法の矢〉発射筒、
右肩には〈煙幕弾〉ポッド。
左腕の盾にはパイルバンカーが内蔵され、
右手の剣は新素材のルーン鋼で再鍛造されていた。
機体全体を支えるフレームは新設計の“第Ⅱ世代魔導骨格”。
反応速度を2割向上させ、出力も安定化。
その姿は、かつての“鉄の兵器”ではなく、
もはや“意志ある戦士”のようだった。
整備士が端末を見ながら呟く。
「……出力安定。魔導炉温度、正常。
全系統リンク、良好です」
通話機から技術主任の声が響く。
「ベベネ・バイセン、テスト任務開始を許可する。
この改良機は、君のデータがなければ完成しなかった。
どうか、もう一度“目を覚まさせて”やってくれ」
上層デッキのベベネが短く返した。
「了解。……起こしてやるよ、相棒」
彼は操縦服の袖をまくり上げ、
無骨な掌で機体の外装を叩いた。
その一撃が合図のように、装甲の内側から
赤い光がじわりと滲む。
「……いい顔だな。やる気か」
機体の胸部が開く。
油の匂いと熱気が流れ出る中、
ベベネはコクピットへ滑り込んだ。
スイッチオン。
制御系統が再接続され、光のラインが全身を走る。
メインモニターが起動し、
機体の視界と彼の視界が重なる。
「鉄の騎士・改、起動確認。
フレーム反応率98パーセント。
神経接続、良好――」
ベベネの脳裏に、かすかな共鳴音が響いた。
“おかえり”――そんな気がした。
「行くぞ、相棒」
操縦桿が握られる。
その瞬間、重機のような駆動音がドック全体に響き渡った。
鉄の騎士が、ゆっくりと首を上げる。
赤いセンサーが点灯し、
工廠の空気がわずかに震えた。
/*/ 試験場・第三区域 /*/
乾いた大地と、訓練用の残骸群。
かつての戦場を模した広域演習場。
「テスト項目:複合戦闘行動。
射撃、回避、接近戦、全系統チェック開始」
ベベネが短く息を吐く。
「了解。……やってみようか」
まずは左肩の八連装〈魔法の矢〉。
スイッチを弾くと、
装填口が回転し、ルーン光が迸る。
「ロックオン――8、全照準」
放たれた魔法弾が空を裂き、
擬似標的を次々と貫いていく。
爆光と砂煙。
「……命中率、百パーセント。
悪くないな」
続いて右肩の〈煙幕弾〉。
弾頭が飛び出し、辺りを白煙が覆う。
モニターが曇るが、
ベベネは構わず視界拡張を起動。
赤外線と魔力反応で敵影を補足。
「視界奪いの中でも動ける。いいぞ」
ベベネはスラスターを噴かし、突撃態勢。
左腕の盾を前に構え、
パイルバンカーを展開――。
金属の咆哮。
鉄杭が標的に突き刺さり、
粉砕音が大地を揺らす。
「これが……新しい“拳”か」
最後に右手の剣を構える。
白金の刃に魔力が流れ、稲妻のような軌跡を描く。
一閃。
砂煙が割れ、残骸が真っ二つに裂けた。
通信が入る。
「ベベネ・バイセン、テスト結果――
すべて基準値を大幅に超過。
これで正式運用に入れる。
君のデータは第8軍にも転送されるだろう」
ベベネは笑い、
軽くコクピットの計器を叩いた。
「だとよ、相棒。……まだ現役だってさ」
センサーが一瞬だけ点滅した。
それは、まるで返事のようだった。
彼はその後、報告書に短くこう記した。
《鉄の騎士・改》――問題なし。
応答良好。
まるで“生きてる”。
……俺の相棒は、まだ戦える。
ベベネ・バイセン。
辺境を守る“鉄の騎士”は、
再び歩き出した。
/*/ 辺境防衛線・灰の丘南方 /*/
夕陽が傾き、赤く染まる丘陵。
その向こうから、地鳴りのような唸りが押し寄せた。
大地を震わせる、無数の足音。
「……あれ全部、オーガかよ」
ベベネ・バイセンはコクピットの中で呟いた。
視界に映るのは、灰色の肌と鉄骨を振り回す巨躯。
十体、二十体――いや、数え切れない。
帝国の防衛線など存在しない。
ここは地図の外側、
守る者がいなければ、滅ぶだけの場所。
だが、今この丘の上には一騎。
《鉄の騎士・改》。
金と黒の装甲が夕焼けに輝き、
魔導炉の鼓動が静かに唸りを上げていた。
「――これ以上、村に行かせねぇ」
ベベネは操縦桿を握り、
機体の脚部スラスターを起動する。
地面が砕け、黒鉄の巨体が前に滑り出す。
通信が入る。
「こちら監視隊! ベベネ少尉、退避を! 数が多すぎる!」
「退く気はねぇ。俺の村の方が近ぇんだ」
応答を切り、加速。
左肩の八連装〈魔法の矢〉を起動。
ルーン光が閃き、上空に魔法陣が展開される。
「……撃ち抜け」
八本の光の矢が空を裂き、オーガの群れを貫いた。
爆光が走り、巨体が吹き飛ぶ。
だが、まだ止まらない。
煙の中から次の群れが突進してくる。
岩を投げ、咆哮を上げ、血の匂いが風に乗った。
「数で押す気か……上等だ」
ベベネはスラスターを全開。
黒鉄の脚が唸り、前線へ飛び込む。
右肩から〈煙幕弾〉を発射。
白い霧が広がり、視界を奪う。
「煙幕展開――“見えなくても当てられる”んだよ」
センサーが赤外線反応を捉える。
左盾のパイルバンカーが展開し、
金属杭が魔力を帯びてうなりを上げる。
――ズドォンッ!!
衝撃。
正面のオーガの胸を貫き、背骨ごと吹き飛ばす。
鉄と肉が混じった匂いがモニター越しに伝わってくるようだった。
「次――!」
右手の剣が閃く。
刃に魔導火が走り、
横薙ぎ一閃、三体の首が同時に飛んだ。
オーガの血が夕陽に照らされて黒く輝く。
機体の装甲に当たり、煙を上げた。
「――ふざけんな。お前らの牙じゃ、鉄は喰えねぇよ」
ベベネは一気に前進。
足元を滑らせながら、盾を構えて突撃。
二体目をパイルで吹き飛ばし、
三体目の腹を蹴り上げ、回転しながら斬り裂く。
オーガの群れが後退する。
その間隙を逃さず、左肩の八連装が再装填される。
「ラストだ……全部持ってけ!」
――発射。
連続する八つの光が夜を照らし、
轟音が丘を越えた。
爆発の波が大地を揺らし、
オーガの群れは四散した。
土煙の中、鉄の騎士は片膝をつく。
装甲の一部が焼け、左腕が煙を上げている。
ベベネは息を吐き、ヘルメットを叩いた。
「……あーあ、また修理行きか」
モニターの向こうには、
煙の向こうで灯り始める村の明かりが見えた。
彼は微笑んだ。
「でもまあ、間に合ったな」
通信が再び入る。
「こちら監視隊、敵勢反応消失を確認! ベベネ少尉、応答願います!」
「こっちは問題なし。
村も無事だ。……報告はそれで十分だろ?」
その声は、疲れていたが、
確かな誇りを宿していた。
《鉄の騎士・改》がゆっくりと立ち上がる。
燃え残る煙の中、赤いセンサーがかすかに光った。
まるで、“まだ戦えるぞ”と言っているように。
ベベネは笑った。
「……ああ。お前はほんと、タフだな。
頼りにしてるぜ、相棒」
そして彼は、
夜空に浮かぶ満月の下、ゆっくりと背を向けた。
辺境の村を守る“無冠の騎士”。
鉄と魂が一つになった戦士は、
再び静寂の中に溶けていった。
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