オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝都アーウィンタール・皇城・戦略評議室 /*/
重厚な扉が閉ざされ、室内の空気が張り詰めた。
長卓の中央に座るのは――バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
黄金の瞳が、卓上の報告書を静かに見つめていた。
「……鉄の騎士、ベベネ・バイセン。
辺境黒沼地帯でのトロール殲滅、被害軽微。村人の避難成功率、百パーセント。
この数字はもはや偶然ではあるまい」
参謀長が頷く。
「はっ。彼の戦闘データは他の部隊の参考になっております。
ただ……機体損耗率六割超。修理と補給に時間が掛かり、即応性は不足しております」
ジルクニフは唇に指を当てた。
「つまり、“一騎で守る”には限界があるというわけだ」
技術局長が資料を差し出す。
「はい、陛下。操縦技術も特殊であり、代替要員も不足しております。
ゆえに――彼を中核とした“部隊編成”を提案いたします」
皇帝の眉がわずかに動いた。
「……部隊編成?」
「はい。ベベネ・バイセンを隊長とし、彼の操縦を間近で学んだ者を三名選抜。
四騎による小規模戦術遊撃部隊を創設。
指揮系統は独立、行動は迅速、補給は自律式。
名目上は“辺境守護遊撃隊”――実際には、帝国北辺を縦横無尽に動ける鉄の騎士隊となります」
「なるほど。
……だが、補給をどうする?」
「その件で、魔導国のジョン殿より提案がありました」
その名が出た瞬間、場の空気が微かに揺れた。
魔導国の技術顧問、そして“死者すら動かす男”。
帝国にとっては協力者であり、同時に最大の“観察者”でもある。
技術局長が続ける。
「ジョン殿の提供する“風脈ガレオン船”――
風脈を捉えて空を航行する、魔導推進の大型艦です。
これをベベネ隊の母艦として運用すれば、辺境間の移動・修理・補給が全て一元化できます。
艦内には野外整備機能、冷凍庫、医療設備も完備可能。
〈魔導通信〉で帝都とも常時連絡が取れます」
ジルクニフはしばし沈黙し、机上の地図を見つめた。
その指先が、北方の荒野から西の黒沼、そして東のカルサナス方面へと滑る。
「……つまり、“どこにでも現れる帝国の盾”を作るわけか」
参謀長がうなずく。
「陛下の仰る通りにございます」
ジルクニフの唇にわずかな笑みが浮かぶ。
「まるで神話だな。鉄の守護者が空を渡り、村を救う……。
民はそういう“物語”を信じやすい」
そして低く言葉を続ける。
「だが――我々は“物語”を支配する側でなければならぬ。
そうでなければ、民は誰を信じていいか分からなくなる」
その言葉に、参謀たちは一斉に頭を垂れた。
ジルクニフは立ち上がり、背後の窓から帝都の夕陽を見つめる。
「ベベネ・バイセン。
貴族でも将官でもない。だが彼の戦い方には、“信義”がある。
信義を力で包めば、国家の芯となる」
彼は静かに言った。
「――四騎で編成せよ。
遊撃部隊として辺境全域に展開。
部隊名は《鉄の翼(アイアン・ウィング)》とする」
参謀長が記録官に命じる。
「はっ! “鉄の翼遊撃部隊”、本日をもって発足!」
ジルクニフは一度だけ目を閉じ、そして開いた。
「ジョン殿にも伝えろ。
彼の技術が“空を翔ける盾”として帝国を守る日が来た、と」
/*/ 帝国工廠・第8格納区 /*/
轟音とともに、風脈ガレオン船《フラウ・アーヴィス》が浮上する。
船体には魔導符が刻まれ、甲板の両端には四体の《鉄の騎士・改》が並ぶ。
ベベネ・バイセンはその中央で、コクピットハッチを開きながら笑った。
「……これが俺たちの空か」
背後で整備士が敬礼する。
「遊撃部隊《鉄の翼》、準備完了! 母艦出航可能!」
通信に、ジョンの声が混ざる。
「聞こえてるか、ベベネ。
そのガレオンの炉心は特別製だ。
魔導炉と風脈制御を融合させた“半自律航行型”だ。
つまり――お前らが眠ってても、こいつは家まで帰れる」
ベベネが吹き出すように笑う。
「そいつはありがたい。何しろ、うちの奴ら寝ないと動かねぇんでね」
「ふっ……相変わらずだな。
だが気をつけろ。
その船もお前の機体も、“生きてる”んだ。
扱いを間違えれば、怪我じゃ済まないぞ」
「了解、“魔導整備士”殿」
ジョンの声が通信の向こうで笑う。
「頼んだぞ、“辺境の盾”。
お前たちが守る村は、もう帝国の誇りそのものだ」
《風脈ガレオン船・フラウ・アーヴィス》
その名の由来は、“荒れ狂う風の母”。
空を駆けるその船は、まさに帝国の新たな希望だった。
四騎の《鉄の騎士》が甲板に並ぶ。
風が吹き抜け、陽光が装甲を照らす。
ベベネは操縦席に座り、低く呟いた。
「鉄の翼――飛ばしてみようじゃねぇか」
スラスターが唸り、
ガレオン船が空を裂いて上昇する。
遠く、地平線の先に、灰色の雲と炎の匂い。
また新たな戦場が、彼らを待っていた。
/*/ 帝国北辺・風脈航路上空 /*/
黒い雲を切り裂きながら、巨大な影が風を駆けていた。
〈フラウ・アーヴィス〉――帝国製風脈ガレオン船。
四基の魔導炉が稲妻のような光を放ち、空の風脈を掴んで滑る。
艦橋に立つのはベベネ・バイセン。
外套を翻し、風に煽られながら遠くの地平を睨む。
「……一番村、煙を上げてるな」
魔導通信士が報告する。
「報告! 第一拠点《ラルド村》が魔獣群の襲撃を受けています!
第二拠点《ハルカ丘》にも反応多数! 第三拠点《ロメス渓谷》にも敵影出現!」
三拠点同時攻撃。
普通なら軍を三つに分けねばならない。
だが、今日は違う。
艦橋のモニターに、四騎の《鉄の騎士・改》が映る。
それぞれの機体が魔導炉を唸らせ、出撃態勢に入っていた。
「全機、出撃準備!」
ベベネの声が艦内に響く。
「任務は単純だ――三つの村を同時防衛! 民間人の被害をゼロに抑える!」
「了解、隊長!」
それぞれの操縦士が応じる。
新任の三人――
赤髪のリオラ、元騎士団兵のマルク、そして魔導士上がりの少女ナミア。
ベベネは一瞬、彼らの顔を見回し、にやりと笑った。
「ビビんなよ。俺が一番地獄見てるんだ。ついてくりゃ死にはしねぇ!」
「了解っ!」
「了解、隊長!」
艦内警報が鳴る。
〈発進許可〉――魔導甲板展開。
轟音。
ガレオン船の甲板が開き、
風脈の奔流が吹き荒れる。
赤く光る滑走路が、空の道を示す。
「鉄の翼――全機発艦!」
四機の鉄の騎士が次々に飛び立つ。
スラスターが白光を引き、夜空を切り裂いた。
/*/ 第一拠点《ラルド村》 /*/
地上では炎と悲鳴。
魔獣ウルガルドの群れが、村を襲っていた。
木造家屋が倒れ、避難誘導が追いつかない。
その時――轟音が天を裂いた。
「空だ! 空に光が!」
次の瞬間、黒鉄の巨影が降下。
《鉄の騎士・バイセン機》が、爆風とともに着地した。
盾を構え、右腕の剣を抜く。
「村人を下げろ! こっからは俺の仕事だ!」
魔獣が突進する。
ベベネは滑るように回避、
左腕のパイルバンカーを叩き込む。
肉と骨が砕け、炎の刃が貫通した。
「くたばれ!」
背部の〈六連火球ランチャー〉が唸りを上げ、
夜空を赤に染めた。
火球が村外の群れを焼き払い、爆風が土煙を巻き上げる。
――一発で五十を灰に変える威力。
村人が息を呑んだ。
炎の中に立つ黒鉄の騎士。
その背には、空の船――〈フラウ・アーヴィス〉の影が映っていた。
/*/ 第二拠点《ハルカ丘》 /*/
リオラ機が降下。
敵は空を飛ぶコウモリ型魔獣“ヴァルギル”。
「空の相手は任せろ!」
リオラは機体の背部スラスターを噴射し、急上昇。
連射式魔導矢を展開――八連発、撃ち抜く。
赤い閃光が夜空を貫き、魔獣が次々に墜落する。
「よし、空域制圧完了!」
/*/ 第三拠点《ロメス渓谷》 /*/
ナミアの機体が滑るように着地。
渓谷では巨大なロックトロールが暴れていた。
「……ベベネ隊長の火力、真似できるかな」
彼女は呟き、機体の両手を地面につける。
魔導陣が展開――
「〈爆炎陣〉、展開完了!」
渓谷全体が爆ぜ、トロールの脚を焼き切った。
岩が崩れ、谷底へと落下していく。
ナミアは額の汗を拭きながら、
通信を開く。
「こちら第三拠点! 敵勢力全滅、住民の避難完了!」
/*/ 上空・〈フラウ・アーヴィス〉艦橋 /*/
通信士が叫ぶ。
「全拠点より報告――被害ゼロ! 敵勢力、完全掃討!」
歓声が上がる。
だがベベネは笑わなかった。
艦橋の窓から下を見下ろし、
静かに呟いた。
「……風脈が騒いでる。まだ終わっちゃいねぇ」
その瞬間、船体が揺れた。
〈警報:魔力圧上昇〉
魔導士が悲鳴を上げる。
「後方より大型反応! 質量、通常トロールの十倍!」
ジョンからの通信が割り込む。
「ベベネ! 大型魔獣反応確認! 名前は“トロールロード”!
お前の火球ランチャーで迎撃しろ!」
「了解ッ!」
ベベネは即座に艦外へ跳び出す。
黒鉄の巨体が空中で旋回、
背部の六連装砲が起動。
「全弾一斉発射――“燃え尽きろ”!」
――六条の火線が夜空を貫いた。
閃光。
爆音。
空と地が反転するほどの衝撃。
巨大トロールの影が吹き飛び、
沼ごと焼き払われた。
風が吹き抜け、
夜が静まった。
ベベネは息を吐き、機体のモニターを叩く。
「……これで終わりだ」
ジョンの通信が入る。
「お見事。“鉄の翼”の名に恥じない初陣だな」
ベベネは苦笑する。
「だろ? ただ――もう少し部品くれ。火球、全部使っちまった」
ジョンが笑った。
「まったく……お前は本当に、使い切る男だ」
/*/ 帝都アーウィンタール・皇帝執務室 /*/
ジルクニフのもとに報告が届く。
「陛下――《鉄の翼》初陣、被害ゼロにて三拠点同時防衛成功!」
静かな笑みが皇帝の唇をかすめた。
「……これが、空を翔ける盾か」
窓の外――遠い空に、風脈の閃光が流れていた。
それは、帝国の新たな伝説の始まりを告げる光だった。
/*/ 帝都アーウィンタール・大市街 /*/
春の風が吹き抜ける帝都。
石畳の大通りには露店が並び、香辛料と焼き菓子の匂いが漂う。
しかし、今日の街はいつもと違っていた。
人々が口々に同じ名を語っている。
――“鉄の翼”。
「聞いたか? 北の村を三つ、一晩で救ったって!」
「おお、本当だ! 空を飛ぶ鉄の騎士たちが炎を撒いて魔獣を焼き払ったんだ!」
「風の向こうから現れたって話だぞ。あれはもう、人じゃない」
少年が路地裏で木片を削っていた。
出来上がったのは、粗削りながらも翼を広げた鉄の人形。
彼は笑顔で母親に見せる。
「ねえ、母さん。これ、鉄の騎士! ぼく、これに守られてるんだ!」
母は笑って頷いた。
「そうね……“鉄の翼”の人たちは、きっと神様に選ばれた守り手なのよ」
その言葉を耳にした通行人たちも立ち止まり、
口々に祈りを捧げ始める。
「どうか鉄の翼に風の加護を……」
「彼らの剣が折れず、火が消えませんように……」
いつしか、それは帝都中の習わしになった。
夜明け前、職人たちは炉に火を入れる前に呟く。
農民たちは畑を耕す前に手を合わせる。
兵士たちは剣を磨きながら、小声で言う。
「――鉄の翼、今日も飛んでいるか」
それは“祈り”であり、“誇り”だった。
/*/ 帝国音楽院・夜会ホール /*/
豪奢な照明の下、ハープと笛の音が響く。
若い吟遊詩人が、客席の貴族や市民に向かって歌っていた。
『風脈を翔ける四つの影
鉄の翼よ、空に誓え
焔は守り、盾は抱く
我らの夜を照らす星――』
詩人の声が伸び、
最後の一節が歌われると、
客席から拍手が起こった。
一人の老貴族が静かに呟く。
「……帝国が戦場を制したのではない。
“信じられる者たち”が戦場を支配したのだな」
隣の商人が頷く。
「あの部隊がいる限り、我らの国は倒れません」
音楽は続き、歌は夜の街へ流れ出した。
路上では子どもたちがその旋律を口ずさみ、
「♪鉄の翼 風を裂け~」と歌いながら駆け回る。
/*/ 帝都外縁・軍工廠 第八格納区 /*/
その賑わいの裏で、
英雄たちは静かに整備の中にいた。
〈フラウ・アーヴィス〉の甲板。
整備員たちが忙しなく動き回り、魔導炉の調整音が響く。
ベベネ・バイセンは工具を手に、無言でパネルを締めていた。
部下のリオラが笑う。
「ねぇ隊長、聞きました? 帝都で“鉄の翼の歌”が流行ってるって!」
マルクも肩をすくめる。
「屋台のガキどもが、俺らの名前で菓子まで売ってるぞ。
“翼の焼き饅頭”だとよ」
「……そんなもん、食いもんになってんのか」
ベベネは苦笑しながら額の汗を拭った。
ナミアが端末を見ながら報告する。
「本国の新聞でも取り上げられてました。“帝国の守護者、空を翔ける”。
英雄視、加熱してますね」
ベベネはしばし黙り込み、
魔導炉の音を聞きながら呟いた。
「……守るために飛んでるだけだ。
神様にされるのは性に合わねぇ」
リオラが笑う。
「でも隊長、あの村の子どもたちは、
あんたのこと“空の盾の王様”って呼んでますよ」
「……やめろ、鳥肌立つ」
しかし、その声の奥に、
どこか誇らしげな響きがあった。
ベベネはゆっくりと立ち上がり、
風の吹き込む甲板の先に出た。
夕陽が沈み、風脈の光が空を走る。
その輝きの中、彼は小さく呟いた。
「……この空の下に、守るべき連中がいる限り。
俺たちは――飛ぶさ」
赤いセンサーが、静かに光った。
それはまるで、“ああ、そうだな”と応えるようだった。
/*/ 帝都・王城・ジルクニフの執務室 /*/
皇帝は、報告書の山の中で一枚の新聞を取り上げた。
〈“鉄の翼”市民の心を掴む――帝国の英雄たち〉
彼は小さく笑った。
「……ふふ、いいではないか。
英雄とは、民が必要とした時に現れ、
信じるうちに神話になる。
その過程を、我らは“利用”すればいい」
ロウネ・ヴァミリオネンが静かに頷く。
「ですが、陛下。
彼らの力が“信仰”に変わる時、
制御できなくなる恐れもございます」
「それでいい」
ジルクニフは窓の外を見やり、
落ちる陽光を瞳に映した。
「混沌の時代には、“信じる者”が国を動かす。
ならば――“鉄の翼”は、帝国の魂そのものだ」
窓の外、遠くの空に光の筋が走った。
それは風脈を渡るガレオン船の航跡。
まるで、空に描かれた祈りのように。
ジルクニフは囁くように言った。
「飛べ、辺境の騎士たち。
お前たちの翼が燃える限り――この帝国は、沈まぬ」
/*/