オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第218話:鉄の翼

 

 

/*/ 帝都アーウィンタール・皇城・戦略評議室 /*/

 

 

重厚な扉が閉ざされ、室内の空気が張り詰めた。

長卓の中央に座るのは――バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

黄金の瞳が、卓上の報告書を静かに見つめていた。

 

「……鉄の騎士、ベベネ・バイセン。

 辺境黒沼地帯でのトロール殲滅、被害軽微。村人の避難成功率、百パーセント。

 この数字はもはや偶然ではあるまい」

 

参謀長が頷く。

「はっ。彼の戦闘データは他の部隊の参考になっております。

 ただ……機体損耗率六割超。修理と補給に時間が掛かり、即応性は不足しております」

 

ジルクニフは唇に指を当てた。

「つまり、“一騎で守る”には限界があるというわけだ」

 

技術局長が資料を差し出す。

「はい、陛下。操縦技術も特殊であり、代替要員も不足しております。

 ゆえに――彼を中核とした“部隊編成”を提案いたします」

 

皇帝の眉がわずかに動いた。

「……部隊編成?」

 

「はい。ベベネ・バイセンを隊長とし、彼の操縦を間近で学んだ者を三名選抜。

 四騎による小規模戦術遊撃部隊を創設。

 指揮系統は独立、行動は迅速、補給は自律式。

 名目上は“辺境守護遊撃隊”――実際には、帝国北辺を縦横無尽に動ける鉄の騎士隊となります」

 

「なるほど。

 ……だが、補給をどうする?」

 

「その件で、魔導国のジョン殿より提案がありました」

 

その名が出た瞬間、場の空気が微かに揺れた。

魔導国の技術顧問、そして“死者すら動かす男”。

帝国にとっては協力者であり、同時に最大の“観察者”でもある。

 

技術局長が続ける。

「ジョン殿の提供する“風脈ガレオン船”――

 風脈を捉えて空を航行する、魔導推進の大型艦です。

 これをベベネ隊の母艦として運用すれば、辺境間の移動・修理・補給が全て一元化できます。

 艦内には野外整備機能、冷凍庫、医療設備も完備可能。

 〈魔導通信〉で帝都とも常時連絡が取れます」

 

ジルクニフはしばし沈黙し、机上の地図を見つめた。

その指先が、北方の荒野から西の黒沼、そして東のカルサナス方面へと滑る。

 

「……つまり、“どこにでも現れる帝国の盾”を作るわけか」

 

参謀長がうなずく。

「陛下の仰る通りにございます」

 

ジルクニフの唇にわずかな笑みが浮かぶ。

「まるで神話だな。鉄の守護者が空を渡り、村を救う……。

 民はそういう“物語”を信じやすい」

 

そして低く言葉を続ける。

「だが――我々は“物語”を支配する側でなければならぬ。

 そうでなければ、民は誰を信じていいか分からなくなる」

 

その言葉に、参謀たちは一斉に頭を垂れた。

 

ジルクニフは立ち上がり、背後の窓から帝都の夕陽を見つめる。

「ベベネ・バイセン。

 貴族でも将官でもない。だが彼の戦い方には、“信義”がある。

 信義を力で包めば、国家の芯となる」

 

彼は静かに言った。

「――四騎で編成せよ。

 遊撃部隊として辺境全域に展開。

 部隊名は《鉄の翼(アイアン・ウィング)》とする」

 

参謀長が記録官に命じる。

「はっ! “鉄の翼遊撃部隊”、本日をもって発足!」

 

ジルクニフは一度だけ目を閉じ、そして開いた。

「ジョン殿にも伝えろ。

 彼の技術が“空を翔ける盾”として帝国を守る日が来た、と」

 

 

/*/ 帝国工廠・第8格納区 /*/

 

 

轟音とともに、風脈ガレオン船《フラウ・アーヴィス》が浮上する。

船体には魔導符が刻まれ、甲板の両端には四体の《鉄の騎士・改》が並ぶ。

ベベネ・バイセンはその中央で、コクピットハッチを開きながら笑った。

 

「……これが俺たちの空か」

 

背後で整備士が敬礼する。

「遊撃部隊《鉄の翼》、準備完了! 母艦出航可能!」

 

通信に、ジョンの声が混ざる。

「聞こえてるか、ベベネ。

 そのガレオンの炉心は特別製だ。

 魔導炉と風脈制御を融合させた“半自律航行型”だ。

 つまり――お前らが眠ってても、こいつは家まで帰れる」

 

ベベネが吹き出すように笑う。

「そいつはありがたい。何しろ、うちの奴ら寝ないと動かねぇんでね」

 

「ふっ……相変わらずだな。

 だが気をつけろ。

 その船もお前の機体も、“生きてる”んだ。

 扱いを間違えれば、怪我じゃ済まないぞ」

 

「了解、“魔導整備士”殿」

 

ジョンの声が通信の向こうで笑う。

「頼んだぞ、“辺境の盾”。

 お前たちが守る村は、もう帝国の誇りそのものだ」

 

《風脈ガレオン船・フラウ・アーヴィス》

その名の由来は、“荒れ狂う風の母”。

空を駆けるその船は、まさに帝国の新たな希望だった。

 

四騎の《鉄の騎士》が甲板に並ぶ。

風が吹き抜け、陽光が装甲を照らす。

 

ベベネは操縦席に座り、低く呟いた。

「鉄の翼――飛ばしてみようじゃねぇか」

 

スラスターが唸り、

ガレオン船が空を裂いて上昇する。

 

遠く、地平線の先に、灰色の雲と炎の匂い。

また新たな戦場が、彼らを待っていた。

 

 

/*/ 帝国北辺・風脈航路上空 /*/

 

 

黒い雲を切り裂きながら、巨大な影が風を駆けていた。

〈フラウ・アーヴィス〉――帝国製風脈ガレオン船。

四基の魔導炉が稲妻のような光を放ち、空の風脈を掴んで滑る。

 

艦橋に立つのはベベネ・バイセン。

外套を翻し、風に煽られながら遠くの地平を睨む。

 

「……一番村、煙を上げてるな」

 

魔導通信士が報告する。

「報告! 第一拠点《ラルド村》が魔獣群の襲撃を受けています!

 第二拠点《ハルカ丘》にも反応多数! 第三拠点《ロメス渓谷》にも敵影出現!」

 

三拠点同時攻撃。

普通なら軍を三つに分けねばならない。

だが、今日は違う。

 

艦橋のモニターに、四騎の《鉄の騎士・改》が映る。

それぞれの機体が魔導炉を唸らせ、出撃態勢に入っていた。

 

「全機、出撃準備!」

ベベネの声が艦内に響く。

「任務は単純だ――三つの村を同時防衛! 民間人の被害をゼロに抑える!」

 

「了解、隊長!」

 

それぞれの操縦士が応じる。

新任の三人――

赤髪のリオラ、元騎士団兵のマルク、そして魔導士上がりの少女ナミア。

 

ベベネは一瞬、彼らの顔を見回し、にやりと笑った。

「ビビんなよ。俺が一番地獄見てるんだ。ついてくりゃ死にはしねぇ!」

 

「了解っ!」

「了解、隊長!」

 

艦内警報が鳴る。

〈発進許可〉――魔導甲板展開。

 

轟音。

ガレオン船の甲板が開き、

風脈の奔流が吹き荒れる。

赤く光る滑走路が、空の道を示す。

 

「鉄の翼――全機発艦!」

 

四機の鉄の騎士が次々に飛び立つ。

スラスターが白光を引き、夜空を切り裂いた。

 

 

/*/ 第一拠点《ラルド村》 /*/

 

 

地上では炎と悲鳴。

魔獣ウルガルドの群れが、村を襲っていた。

木造家屋が倒れ、避難誘導が追いつかない。

 

その時――轟音が天を裂いた。

 

「空だ! 空に光が!」

 

次の瞬間、黒鉄の巨影が降下。

《鉄の騎士・バイセン機》が、爆風とともに着地した。

 

盾を構え、右腕の剣を抜く。

「村人を下げろ! こっからは俺の仕事だ!」

 

魔獣が突進する。

ベベネは滑るように回避、

左腕のパイルバンカーを叩き込む。

肉と骨が砕け、炎の刃が貫通した。

 

「くたばれ!」

 

背部の〈六連火球ランチャー〉が唸りを上げ、

夜空を赤に染めた。

火球が村外の群れを焼き払い、爆風が土煙を巻き上げる。

 

――一発で五十を灰に変える威力。

 

村人が息を呑んだ。

炎の中に立つ黒鉄の騎士。

その背には、空の船――〈フラウ・アーヴィス〉の影が映っていた。

 

 

/*/ 第二拠点《ハルカ丘》 /*/

 

 

リオラ機が降下。

敵は空を飛ぶコウモリ型魔獣“ヴァルギル”。

 

「空の相手は任せろ!」

リオラは機体の背部スラスターを噴射し、急上昇。

連射式魔導矢を展開――八連発、撃ち抜く。

 

赤い閃光が夜空を貫き、魔獣が次々に墜落する。

 

「よし、空域制圧完了!」

 

 

/*/ 第三拠点《ロメス渓谷》 /*/

 

 

ナミアの機体が滑るように着地。

渓谷では巨大なロックトロールが暴れていた。

 

「……ベベネ隊長の火力、真似できるかな」

彼女は呟き、機体の両手を地面につける。

魔導陣が展開――

 

「〈爆炎陣〉、展開完了!」

 

渓谷全体が爆ぜ、トロールの脚を焼き切った。

岩が崩れ、谷底へと落下していく。

 

ナミアは額の汗を拭きながら、

通信を開く。

「こちら第三拠点! 敵勢力全滅、住民の避難完了!」

 

 

/*/ 上空・〈フラウ・アーヴィス〉艦橋 /*/

 

 

通信士が叫ぶ。

「全拠点より報告――被害ゼロ! 敵勢力、完全掃討!」

 

歓声が上がる。

だがベベネは笑わなかった。

艦橋の窓から下を見下ろし、

静かに呟いた。

 

「……風脈が騒いでる。まだ終わっちゃいねぇ」

 

その瞬間、船体が揺れた。

〈警報:魔力圧上昇〉

 

魔導士が悲鳴を上げる。

「後方より大型反応! 質量、通常トロールの十倍!」

 

ジョンからの通信が割り込む。

「ベベネ! 大型魔獣反応確認! 名前は“トロールロード”!

 お前の火球ランチャーで迎撃しろ!」

 

「了解ッ!」

 

ベベネは即座に艦外へ跳び出す。

黒鉄の巨体が空中で旋回、

背部の六連装砲が起動。

 

「全弾一斉発射――“燃え尽きろ”!」

 

――六条の火線が夜空を貫いた。

 

閃光。

爆音。

空と地が反転するほどの衝撃。

 

巨大トロールの影が吹き飛び、

沼ごと焼き払われた。

 

風が吹き抜け、

夜が静まった。

 

ベベネは息を吐き、機体のモニターを叩く。

「……これで終わりだ」

 

ジョンの通信が入る。

「お見事。“鉄の翼”の名に恥じない初陣だな」

 

ベベネは苦笑する。

「だろ? ただ――もう少し部品くれ。火球、全部使っちまった」

 

ジョンが笑った。

「まったく……お前は本当に、使い切る男だ」

 

 

/*/ 帝都アーウィンタール・皇帝執務室 /*/

 

 

ジルクニフのもとに報告が届く。

「陛下――《鉄の翼》初陣、被害ゼロにて三拠点同時防衛成功!」

 

静かな笑みが皇帝の唇をかすめた。

「……これが、空を翔ける盾か」

 

窓の外――遠い空に、風脈の閃光が流れていた。

 

それは、帝国の新たな伝説の始まりを告げる光だった。

 

 

/*/ 帝都アーウィンタール・大市街 /*/

 

 

春の風が吹き抜ける帝都。

石畳の大通りには露店が並び、香辛料と焼き菓子の匂いが漂う。

しかし、今日の街はいつもと違っていた。

 

人々が口々に同じ名を語っている。

 

――“鉄の翼”。

 

「聞いたか? 北の村を三つ、一晩で救ったって!」

「おお、本当だ! 空を飛ぶ鉄の騎士たちが炎を撒いて魔獣を焼き払ったんだ!」

「風の向こうから現れたって話だぞ。あれはもう、人じゃない」

 

少年が路地裏で木片を削っていた。

出来上がったのは、粗削りながらも翼を広げた鉄の人形。

彼は笑顔で母親に見せる。

 

「ねえ、母さん。これ、鉄の騎士! ぼく、これに守られてるんだ!」

 

母は笑って頷いた。

「そうね……“鉄の翼”の人たちは、きっと神様に選ばれた守り手なのよ」

 

その言葉を耳にした通行人たちも立ち止まり、

口々に祈りを捧げ始める。

 

「どうか鉄の翼に風の加護を……」

「彼らの剣が折れず、火が消えませんように……」

 

いつしか、それは帝都中の習わしになった。

夜明け前、職人たちは炉に火を入れる前に呟く。

農民たちは畑を耕す前に手を合わせる。

兵士たちは剣を磨きながら、小声で言う。

 

「――鉄の翼、今日も飛んでいるか」

 

それは“祈り”であり、“誇り”だった。

 

 

/*/ 帝国音楽院・夜会ホール /*/

 

 

豪奢な照明の下、ハープと笛の音が響く。

若い吟遊詩人が、客席の貴族や市民に向かって歌っていた。

 

『風脈を翔ける四つの影

鉄の翼よ、空に誓え

焔は守り、盾は抱く

我らの夜を照らす星――』

 

詩人の声が伸び、

最後の一節が歌われると、

客席から拍手が起こった。

 

一人の老貴族が静かに呟く。

「……帝国が戦場を制したのではない。

 “信じられる者たち”が戦場を支配したのだな」

 

隣の商人が頷く。

「あの部隊がいる限り、我らの国は倒れません」

 

音楽は続き、歌は夜の街へ流れ出した。

路上では子どもたちがその旋律を口ずさみ、

「♪鉄の翼 風を裂け~」と歌いながら駆け回る。

 

 

/*/ 帝都外縁・軍工廠 第八格納区 /*/

 

 

その賑わいの裏で、

英雄たちは静かに整備の中にいた。

 

〈フラウ・アーヴィス〉の甲板。

整備員たちが忙しなく動き回り、魔導炉の調整音が響く。

ベベネ・バイセンは工具を手に、無言でパネルを締めていた。

 

部下のリオラが笑う。

「ねぇ隊長、聞きました? 帝都で“鉄の翼の歌”が流行ってるって!」

 

マルクも肩をすくめる。

「屋台のガキどもが、俺らの名前で菓子まで売ってるぞ。

 “翼の焼き饅頭”だとよ」

 

「……そんなもん、食いもんになってんのか」

ベベネは苦笑しながら額の汗を拭った。

 

ナミアが端末を見ながら報告する。

「本国の新聞でも取り上げられてました。“帝国の守護者、空を翔ける”。

 英雄視、加熱してますね」

 

ベベネはしばし黙り込み、

魔導炉の音を聞きながら呟いた。

 

「……守るために飛んでるだけだ。

 神様にされるのは性に合わねぇ」

 

リオラが笑う。

「でも隊長、あの村の子どもたちは、

 あんたのこと“空の盾の王様”って呼んでますよ」

 

「……やめろ、鳥肌立つ」

 

しかし、その声の奥に、

どこか誇らしげな響きがあった。

 

ベベネはゆっくりと立ち上がり、

風の吹き込む甲板の先に出た。

 

夕陽が沈み、風脈の光が空を走る。

その輝きの中、彼は小さく呟いた。

 

「……この空の下に、守るべき連中がいる限り。

 俺たちは――飛ぶさ」

 

赤いセンサーが、静かに光った。

それはまるで、“ああ、そうだな”と応えるようだった。

 

 

/*/ 帝都・王城・ジルクニフの執務室 /*/

 

 

皇帝は、報告書の山の中で一枚の新聞を取り上げた。

〈“鉄の翼”市民の心を掴む――帝国の英雄たち〉

 

彼は小さく笑った。

「……ふふ、いいではないか。

 英雄とは、民が必要とした時に現れ、

 信じるうちに神話になる。

 その過程を、我らは“利用”すればいい」

 

ロウネ・ヴァミリオネンが静かに頷く。

「ですが、陛下。

 彼らの力が“信仰”に変わる時、

 制御できなくなる恐れもございます」

 

「それでいい」

ジルクニフは窓の外を見やり、

落ちる陽光を瞳に映した。

 

「混沌の時代には、“信じる者”が国を動かす。

 ならば――“鉄の翼”は、帝国の魂そのものだ」

 

窓の外、遠くの空に光の筋が走った。

それは風脈を渡るガレオン船の航跡。

まるで、空に描かれた祈りのように。

 

ジルクニフは囁くように言った。

 

「飛べ、辺境の騎士たち。

 お前たちの翼が燃える限り――この帝国は、沈まぬ」

 

 

/*/

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