オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第23部:インシマウの影
第219話:水の巫女姫。新たな額冠


 

 

/*/ スレイン法国・神都 水神殿最奥聖域『ティナゥ・アル・リアネス』 /*/

 

 

水音が静かに響いていた。

神殿の奥にある、聖なる円形の間――かつて“消失の儀”が行われた場所。

その時に一度枯れかけたといわれる水面は、今や再び澄み切り、青い光を宿していた。

 

月明かりの下、

白銀の衣を纏った少女が、静かにその水面を見つめている。

 

――新たな“水の巫女姫”。

 

彼女はまだ十代半ばほどの年頃だろう。

だがその瞳は、年齢にそぐわぬほど冷静で深い。

何より特筆すべきは――その瞳が、隠されていないということだった。

 

以前の巫女たちは、聖なる視力を封じるため布で目を覆っていた。

しかし、彼女の眼差しは“封じられた神秘”を超えてなお、己の意志で開かれている。

 

その双眸――水底のように透き通る碧が、

まるでこの世ならぬ景色を映していた。

 

彼女は両手を胸の前に組み、囁く。

 

「〈第八位階魔法・プレイナーアイ/次元の眼〉――発動」

 

水面が静かに揺れた。

やがて波紋が広がり、

光の筋が天へ、そして横へと伸びる。

 

水面に映し出されたのは――空を翔ける巨大な船。

帝国の風脈ガレオン船《フラウ・アーヴィス》。

 

その甲板には、四機の鉄の巨人。

“鉄の翼”――ベベネ・バイセン隊だ。

 

「……これが、帝国の辺境の守護者……」

巫女の唇がわずかに動く。

 

背後に控える高位神官たちが、祈りの声を潜めて問う。

「巫女姫様……彼らが本当に“魔導国の技術”を用いた者たちで?」

 

「ええ」

巫女は静かに頷いた。

「けれど――彼らは〈死の国〉の道具ではありません。

 あの操縦士たちの魂は、生きている。

 ……とても、眩しいほどに」

 

水面が拡大し、視界が下方へ。

そこには《鉄の騎士・改》が滑るように着地し、トロールの群れを焼き払う光景が映る。

炎が走り、爆音が轟き、夜空が朱に染まる。

 

それを見ながら巫女は、

まるで祈るように両手を握り締めた。

 

「戦いの炎を“護りの火”に変えられる者……

 彼――ベベネ・バイセン。

 この世界の“意思”が選んだ人です」

 

神官長の老人が息を呑む。

「巫女姫……では、彼を“神の代行者”と?」

 

「……いいえ」

巫女はゆっくりと首を振る。

月光が髪を撫で、その碧い瞳が水面の火を映す。

 

「彼は神ではなく、“人間”です。

 けれど――その魂は、神よりもまっすぐ。

 見えます。

 彼の周囲には、鉄と風の精霊が集っている……」

 

映像の中で、ベベネの機体が地を駆け、仲間の《鉄の騎士》と共に陣形を組む。

背後ではガレオン船の魔導炉が風脈を捕まえ、蒼い光を放つ。

 

巫女の頬を一筋の涙が伝う。

 

「……あれは、戦場ではありません。

 ――祈りの形です」

 

静寂。

周囲の神官たちは誰も言葉を発せなかった。

神聖魔法の観測が、これほど“美しい”と感じたことはなかったのだ。

 

老婆――前代から生き残った長老神官が、震える声で尋ねる。

「巫女姫……貴女はその瞳で、何を見るのですか……?」

 

巫女は答えた。

 

「……“世界が揺らぐ”未来です。

 ですが、彼ら――鉄の翼がいる限り、

 この地はまだ崩れません」

 

そして、水面が静かに閉じた。

映像が消え、ただ青い光だけが残る。

 

巫女姫は静かに立ち上がり、

手を合わせて祈った。

 

「どうか……鉄の翼に、水の加護を」

 

その声は、神殿の天井を越え、

遠く、風脈を渡って空の果てへと届いていった。

 

――まるで、

祈りそのものが彼らの翼を押し上げるかのように。

 

 

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