オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
第219話:水の巫女姫。新たな額冠
/*/ スレイン法国・神都 水神殿最奥聖域『ティナゥ・アル・リアネス』 /*/
水音が静かに響いていた。
神殿の奥にある、聖なる円形の間――かつて“消失の儀”が行われた場所。
その時に一度枯れかけたといわれる水面は、今や再び澄み切り、青い光を宿していた。
月明かりの下、
白銀の衣を纏った少女が、静かにその水面を見つめている。
――新たな“水の巫女姫”。
彼女はまだ十代半ばほどの年頃だろう。
だがその瞳は、年齢にそぐわぬほど冷静で深い。
何より特筆すべきは――その瞳が、隠されていないということだった。
以前の巫女たちは、聖なる視力を封じるため布で目を覆っていた。
しかし、彼女の眼差しは“封じられた神秘”を超えてなお、己の意志で開かれている。
その双眸――水底のように透き通る碧が、
まるでこの世ならぬ景色を映していた。
彼女は両手を胸の前に組み、囁く。
「〈第八位階魔法・プレイナーアイ/次元の眼〉――発動」
水面が静かに揺れた。
やがて波紋が広がり、
光の筋が天へ、そして横へと伸びる。
水面に映し出されたのは――空を翔ける巨大な船。
帝国の風脈ガレオン船《フラウ・アーヴィス》。
その甲板には、四機の鉄の巨人。
“鉄の翼”――ベベネ・バイセン隊だ。
「……これが、帝国の辺境の守護者……」
巫女の唇がわずかに動く。
背後に控える高位神官たちが、祈りの声を潜めて問う。
「巫女姫様……彼らが本当に“魔導国の技術”を用いた者たちで?」
「ええ」
巫女は静かに頷いた。
「けれど――彼らは〈死の国〉の道具ではありません。
あの操縦士たちの魂は、生きている。
……とても、眩しいほどに」
水面が拡大し、視界が下方へ。
そこには《鉄の騎士・改》が滑るように着地し、トロールの群れを焼き払う光景が映る。
炎が走り、爆音が轟き、夜空が朱に染まる。
それを見ながら巫女は、
まるで祈るように両手を握り締めた。
「戦いの炎を“護りの火”に変えられる者……
彼――ベベネ・バイセン。
この世界の“意思”が選んだ人です」
神官長の老人が息を呑む。
「巫女姫……では、彼を“神の代行者”と?」
「……いいえ」
巫女はゆっくりと首を振る。
月光が髪を撫で、その碧い瞳が水面の火を映す。
「彼は神ではなく、“人間”です。
けれど――その魂は、神よりもまっすぐ。
見えます。
彼の周囲には、鉄と風の精霊が集っている……」
映像の中で、ベベネの機体が地を駆け、仲間の《鉄の騎士》と共に陣形を組む。
背後ではガレオン船の魔導炉が風脈を捕まえ、蒼い光を放つ。
巫女の頬を一筋の涙が伝う。
「……あれは、戦場ではありません。
――祈りの形です」
静寂。
周囲の神官たちは誰も言葉を発せなかった。
神聖魔法の観測が、これほど“美しい”と感じたことはなかったのだ。
老婆――前代から生き残った長老神官が、震える声で尋ねる。
「巫女姫……貴女はその瞳で、何を見るのですか……?」
巫女は答えた。
「……“世界が揺らぐ”未来です。
ですが、彼ら――鉄の翼がいる限り、
この地はまだ崩れません」
そして、水面が静かに閉じた。
映像が消え、ただ青い光だけが残る。
巫女姫は静かに立ち上がり、
手を合わせて祈った。
「どうか……鉄の翼に、水の加護を」
その声は、神殿の天井を越え、
遠く、風脈を渡って空の果てへと届いていった。
――まるで、
祈りそのものが彼らの翼を押し上げるかのように。
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