オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第222話:死を撒く剣団2

 

 

/*/

 

 

 

ナザリックの冷たい空気が執務室を満たしている。机の上の封印箱は既に用意され、周囲には簡素な結界と監視符が巡らされていた。ぐりもあがまだ興奮と不安の入り混じった表情で棘を見つめる中、ジョンは静かに手を伸ばした。

 

「俺が回収する。」

 

ブレインはまだ手袋で棘を掴んでいたが、ジョンの合図で躊躇なくそれを差し出す。黒い棘は手渡されるとわずかに脈打ち、空気が一瞬歪んだ気がした。ジョンは素早く棘を金属の鞘に収め、その鞘を更に錬金合金で作られた筒に納める。ぐりもあが唱える短い封印詠唱に合わせ、モモンガが赤い光の輪を描いて鍵をかけた。

 

「これで直接的な“観測”と接触は遮断できるはずだ。だが完全ではない。絶対に誰にも触らせるな。」モモンガの指示は冷徹だ。

 

ジョンは棘の封印箱を頷いて受け取り、ぐりもあの興奮した顔を一瞥してから言葉を続けた。

 

「ブレイン。お前にやってもらうことがある。」

 

ブレインは黙ってジョンを見返す。ジョンは腰の袋から小さな鉄製の玉を取り出し、中に赤い符文が渦巻くのを指で撫でた──〈火球〉手榴弾だ。ナザリック仕様に改良され、爆炎の範囲や燃焼温度が制御された魔導爆具である。

 

「これを数個、持っていけ。現場で死を撒く剣団を切り刻め──切り刻んで可能な限り肉体を無力化し、その後で〈火球〉で徹底的に焼却処分しろ。灰にして、粉砕して、残滓が黒い葉脈で再結合する余地を与えるな」

 

ブレインは短くうなずいた。「焼却までやると?」

 

「そうだ。斬って倒すだけじゃ駄目だ。切断面から出るあの黒い液が、また枝を伸ばす。燃え残りさえあれば“再結合”する。完全な灰にするまで燃やせ。火力が足りなければ追加で爆具を使え。だが――」ジョンの声音が一瞬低くなる。

 

「周到にやれ。村人や通行人の被害を最小限にする。可能なら夜明け前、霧のせいで被害が拡散している地点を選べ。棘の断片は絶対に回収してこい。もし棘が反応したら速やかに撤退、こちらに報告せよ。生捕りは状況次第だが、持ち帰れそうならこちらで解析する」

 

ぐりもあが目を輝かせて付け加えた。「そして、見つけた者の体に棘の痕が無いか、焼却前に再確認を。痕が残っていればそれも切り取って別に処理してください!」

 

ブレインは手の中で〈火球〉を確かめるように転がし、冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「判った。斬って、焼く。……終わったら、棘は確実に持って帰る。俺の剣で灰が舞うようなことは許さん」

 

ジョンは封印箱を机に戻し、最後に一言付け加えた。

 

「誰にも余計な好奇心を出させるな。ぐりもあ、封印は二重にしておけ。モモンガ、監視と収容準備を頼む。こいつが単独行動している限り、被害は局所的に留められるかもしれない」

 

モモンガは薄く微笑んだが、その瞳は一切の冗談を許していなかった。「了解。必要があれば私も介入します」

 

灯りが一つ、また一つと消え、準備は整った。ブレインは暗がりへと歩を進める前に、短く息を吐いた。

 

「夜が来る。仕事をするなら、夜だ」

 

そしてナザリックの奥、封印された棘の脈動が僅かに止まり、三人の影は重く、しかし確かな決意を胸に抱いて執務室を出て行った。

 

 

/*/ 夜の旧街道 深夜 /*/

 

 

霧が路面を這い、ランタンの橙色が薄く揺らいでいるだけの道を、ブレインは一人で歩いていた。足音は柔らかく、刀の重みだけが腰で確かに鳴る。辺りには人影もなく、ただ遠くで水音がいつまでも反響していた。

 

突然、霧の向こうで何かが動いた。影が二、三、五と立ち上がる。夜の闇を裂くように、揃った剣筋が一斉に形成される。刃先の薄い光が、月の無い夜に冷たく光った。

 

「来たか」ブレインは呟き、構えを取る。刃は自然と身体に馴染んで、呼吸が一定になる。

 

影たちは間を詰めてきた。動きは滑らかで、だがどこか継ぎ接ぎのような不協和音を含んでいる。切りかかっては瞬時に連携し、まるで一つの意志が複数の肉体を操っているかのようだった。

 

刃と刃がぶつかる。火花が散り、冷たい夜気が鋭く裂ける。ブレインは影の一体を斬り伏せ、次いでもう一体を斬りつける。切断面から黒い液がにじみ出し、地に落ちたそれが細い筋を伸ばして他の欠片と繋がっていくのを、彼は目の端で見た。

 

「焼却だ」彼は低く呟き、腰の袋から〈火球〉手榴弾を取り出す。符文が赤く回転するのを確かめ、狙いを定めて投擲した。炸裂とともに炎が上がり、濃い黒煙と、何か硫黄にも似た腐った匂いが鼻をついた。焼けた黒い組織がぐずりと崩れ、伸びていた葉脈のような筋も焼き切られていく。

 

それでも幾体かは残り、再び襲いかかってきた。ブレインは斬り、避け、投げた火球で焼き尽くす。切り刻まれ、四肢を切り落とされた者同士が、黒い液で縫い合わされて立ち上がる――だが、炎はその再結合を妨げた。破片は炭化し、焼け焦げて灰になった。夜の風が灰を撒き散らし、白い粉が霧と混ざって舞う。

 

戦いの最中、呼び慣れた、しかし胸を凍らせる声が耳元で呼ばれた。

 

「ブレイン……」

 

それは、以前に失ったはずの誰かの名だった。刹那、刃の動きが止まりかけるのを彼自身が感じた。声は柔らかく、懐かしさと喪失とが混じった誘いのようだった。影の中の一体が、片腕を伸ばして囁くように前に出る。顔は――遠い記憶の輪郭を持っていた。かつての仲間の面影。だがその瞳は濁り、葉脈のような線が頬を横切る。

 

「あいつを利用するつもりか」ブレインは思う。名を呼ばせ、感情の隙を突いて触れさせ、棘の媒介に楔を打ち込むつもりだ――吸い込まれ、繋がれてしまう前に消せ。

 

影が一歩、二歩と近づく。ブレインは刃を振るい、相手の腕を切り落とす。相手は苦悶の声を上げるでもなく、その欠損した肉片を別の欠片に縫い合わせようと身をよじる。黒い液が飛び、石畳に滴っては煙を上げる。

 

「来るな!」短く叫んで、ブレインは二つ目の〈火球〉を投げつけた。炎が直撃し、相手は猛火の中でもがく。皮膚が炭化し、歯が軋むような音が夜に響いた。なおも呼ぶ声が、炎の向こうから彼の名を引き絞る。

 

だが今回は違った。ブレインはその声の出所を見据えたまま、冷静に動いた。最後の一振りで胸を貫き、相手の中心に近づく。破れた胸腔から見えたのは、小指ほどの黒い棘が心臓の位置に突き刺さっている姿だった。棘は微かに脈打ち、そこから葉脈のような黒い線が広がっていた。

 

「これだ」息を詰め、彼は棘を慎重に引き抜く。触れた瞬間、冷たい感覚が指先を駆け抜け、耳元でざわめきが走った。だが彼は手を離さない。ぐっと力を込めて抜き取り、すぐさま近くの空き地へと手榴弾を投げ込む。三つ目、四つ目の〈火球〉が裂け、炎が一瞬にして棘を焼き尽くした。黒い芯が赤熱に焼かれ、粘性は泡立ち、最後にパチリと弾けて灰と煙になった。

 

相手は地に崩れ、そこから出ていた葉脈の線も黒い煙と共に消え失せた。呼んでいた声は、掠れた呻きになり、やがて途切れた。

 

ブレインは膝をつき、深く息を吐く。夜風が灰を払い、ランタンの光が戻ってくる。路面には焼け焦げた黒い斑と、いくつかの焦げた欠片だけが残った。だが彼の手には、完全に灰化する前に引き抜いた、ほんの短い棘の芯の一片が握られている――まだ温かく、かすかに脈動を感じさせる。

 

「持ち帰る」ブレインは呟いた。声には疲労と刃を握る者の静かな決意が混じっている。背後の霧の向こうで、あるいはもっと遠くで、誰かが低く囁いたように聞こえた。

 

「まだ……間に合う……」

 

その囁きを背に、彼は刀を鞘に収め、夜道を引き返した。封印のために、そして次に来る夜へ備えるために。

 

 

/*/

 

 

幾夜にもわたる闘いは、夜の刻と共に暮れては来ることを繰り返した。

最初の夜の焼け跡――黒い斑と灰の匂い――はすぐに次の夜の残滓となり、次の夜にはまた別の場所へと移動していく。ブレインは一度の戦いで疲弊しながらも、夜明けとともにナザリックへと戻り、棘の残骸を差し出し、モモンガとぐりもあの解析を受ける。ぐりもあは狂喜と不安の狭間で断片的な発見を繰り返し、モモンガは冷静に封印と追跡の手を張る。ジョンは現地の証言を集め、霧や地形を読み、通行人の被害を最小にする動線を組み立てる。三人の綿密な連携が、夜ごとの勝敗を少しずつこちらに傾けていった。

 

ブレインの戦術は単純だが徹底的だった。奇襲は許さず、影の群れを見つけ次第剣で切り崩し、再接合を許す前に〈火球〉で焼尽する。だが燃やせば燃やすほど、風が灰を撒き、夜霧の向こうへと黒い粒子が漂う。焼却の痕跡を徹底的に回収するために、彼はしばしば夜明け近くまで路面を這い、隠れた棘の小片を探した。寒さと疲労で手が震え、眠りは浅く、夢の端に仲間の顔がちらつく――あの名を呼ぶ声が耳に残る。

 

数夜目、捕獲の試みが行われた。ぐりもあの解析した痕跡から得た情報を基に、モモンガが結界と拘束具を用意する。待ち伏せの配置は緻密で、囮の配置、退路の封鎖、火球の支援位置まで計算した布陣だ。群れが現れ、例によって継ぎ接ぎの像が立ち上がったとき、ブレインは合図と共に斬り込み、仲間が仕掛けた拘束網が黒い液の流れを遮断した。生け捕りを目指したのは一度だけ――しかし、生け捕りの直前に群れの一体が叫び、かすかな共鳴が起きて拘束が崩れた。結局、完全な捕縛には至らず、数名の切り取られた欠片と一本の棘を持ち帰ったに留まった。

 

時間と共に、現象は次第に衰えを見せた。棘の出現頻度は減り、群れの規模は小さくなり、活動範囲も縮んだ。ぐりもあの解析は進み、棘が発する魔力は「観測」あるいは「共鳴」の性質を強めていること、だが外部からの断絶に弱いことがわかってきた。モモンガの結界網と、ジョンの情報網、ブレインの焼却処置が三位一体となり、棘の媒介する連鎖を徐々に断っていったのだ。

 

最後の夜は薄い霧が立ち込めるだけで、影は現れなかった。ブレインはいつものように旧街道を往復し、棘の微かな兆候を探したが、音も気配もなかった。夜明け前、彼は一つの路面の裂け目にかすかな黒い斑点を見つけ、それを焼き尽くして封じた。帰路で振り返ると、霧の奥にかすかな「視線」を感じたが、それはもう遠く、確かな脅威には見えなかった。

 

討伐は「成功」と言えるだろう。数夜にわたる集中した作戦で、死を撒く剣団の活動は止まり、目に見える棘は封印箱の中へと納められた。村人たちは次第に夜道を怖れなくなり、交易は再び戻り始める。だが終わったのは表層だけだ。ぐりもあの解析は、棘の根本的な性質が短期間で消えるものではないことを示していた。モモンガは封印を強化し、監視を続ける術式を張り巡らせた。ジョンは通行路の警備網を恒常化し、ブレインは随時の巡回を怠らない。

 

三人は表情を崩さずに仕事を続けつつも、夜更けに酒を傾けるとき、互いに言葉少なげに確認し合う。あの名を呼ぶ声、あの黒い葉脈、そして最後に見た遠い「視線」。それらは消えたわけではない。ただ、いまは目を逸らしているだけだと。夜はまた来る。彼らはその日が来ても構えられるように、備えを重ねていった。

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第9層・モモンガの執務室 朝 /*/

 

 

魔力灯の明かりが柔らかく輝き、ナザリックの朝がゆっくりと始まる。

冷たい空気に香ばしい香りが混ざっていた。

 

モモンガは黒檀の机の中央に座り、水タバコの長い吸い口を静かに手に取った。

深紅の炭がぱちりと音を立て、薄紫の煙がゆらゆらと舞う。

その対面で、ジョンが淹れたての珈琲を飲みながら書類をめくり、隣ではぐりもあが香り高い紅茶を両手で包み込んでいる。

 

朝の報告会――とはいえ、戦の緊張も血の匂いもない穏やかな空気が、今は執務室を支配していた。

 

ぐりもあが紅茶をひと口含み、微かに笑う。

「一応、解決しましたが……幾つか謎が残りましたね」

 

ジョンは珈琲を置き、背もたれに軽くもたれる。

「そうだな。まず――最初に“死を撒く剣団”にグラ―キの棘を誰が使ったのか。

 そしてもう一つ、ブレインの剣筋をどうやってコピーしたか、だな」

 

モモンガは静かに煙を吐き、天井へと視線を上げた。

水タバコの煙がゆるやかに渦を描き、光に透けて淡い灰色の花を咲かせる。

 

「前者については、ぐりもあさんの仮説があったはずですね。“媒介者”がいたと」

 

ぐりもあは頷き、紅茶のカップを静かに机に戻した。

「はい。棘を扱うには、それなりの知識と“触媒”が必要です。

 人間や冒険者程度の知識では、あのような制御は不可能。

 おそらく、誰かが棘を“撒いた”のではなく、“植えた”のです。

 信徒のような者が、長い年月をかけて。地中や死体の内部に埋め込み、条件を満たした時に発芽させる――そんな構造でしょう」

 

ジョンが顎に手を当てて、低く唸る。

「つまり、最初にやられた連中は、自覚もない“苗床”だったってわけか。

 あの剣団は、すでに死ぬ前から取り込まれていた……」

 

ぐりもあの瞳が紅茶の湯気を映すように細められる。

「ええ。そして、ブレインの剣筋が再現された件ですが――。

 棘の内部構造を解析して分かりました。あれは、魔力経路を“記録”する特性を持っています。

 戦闘中に触れた対象の動きを取り込み、神経の信号を模倣してしまう。

 つまり、ブレインが最初に斬った従者を通じて、群体全体に彼の剣筋が転写された可能性が高いのです」

 

モモンガは再びゆっくりと水タバコを吸い込み、淡く煙を吐いた。

「……神経網の共有、ですか。なるほど、だから群体の動きが一糸乱れなかったわけですね」

 

「しかも、観測も共有しています」ぐりもあが小さく息を呑む。

「封印中の棘から、今も微弱な魔力反応が続いています。

 まるで……どこか遠くから、こちらを“見ている”ような」

 

ジョンは眉をひそめ、苦い珈琲を一口飲んだ。

「……見るのは勝手だが、また出てきたら叩き潰すだけだ。

 火でも灰でも、完全に燃やせば再生しねぇ。地上の“枝”は断ち切った。

 残ってるのは――“根”だな」

 

モモンガは小さく笑みを浮かべる。

「ええ。地上での事象は終息と見ていいでしょう。

 しかし旧支配者の関与がある以上、油断はできません。

 奴らは直接の攻撃ではなく、長い時間を使って侵食してくる。芽吹きを封じる仕組みを確立せねばなりません」

 

ぐりもあは紅茶を啜りながら頷く。

「棘の波動を解析すれば、“根”の座標が見えるかもしれません。

 もし見つけられれば、封印ではなく――根絶も可能になるかも」

 

ジョンは苦笑し、カップを置いた。

「やれやれ、また危ないことを言い出すな。俺なら火山に放り込んで終わりにするが」

 

「だからこそ、君が実行し、ぐりもあさんが解析し、私が統べるのです」

モモンガの声は静かで、どこか満足げだった。

 

三人はしばし言葉を交わさず、湯気の立つ空気を楽しんだ。

珈琲の深い苦み、紅茶の甘い香り、そして水タバコの柔らかな煙。

それらがゆっくりと溶け合い、執務室を穏やかな朝の色に包む。

 

だが――。

その静寂の奥で、封印された棘を納めた黒い箱が、

コトリと、かすかに鳴った。

 

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