オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許して貰おうとも思っていない。

でも、この項目(+1)を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この項目(+1)を作ったんだ。

じゃあ、注文を聞こうか。



第20話+1:夜に散歩しないかね。

 

 

カルネ=ダーシュ村に聳える高さ30mの聖堂を持つアインズ・ウール・ゴウン教会。

死の神の御業により、一瞬で出現した教会の居住区にある部屋は、どれも同じ造りだ。どれを選んだところで変わるところは無い。

その一つ一つの部屋は、小さなホテルのシングルルームという雰囲気だった。シングルベッドに簡易の机にイス。そして隣の部屋にはユニットバス。それで一部屋という構成だ。上水、下水の処理も全てモモンガの魔法で建物だけで自己完結している。

 

今この教会の居住区は2部屋だけが使われている。一つは至高の御方であるジョン・カルバインが。ジョンは第九階層に自室を持っているが、開拓中は村で休む事を好んだ。だが、防衛力に劣る村で、しかも防御など無いも同然の風呂屋の2階で休む事など、モモンガも、NPC達も認める事は出来なかった。

彼等は、せめて休む時は、モモンガの魔法で創造された建物の中で、NPCを供に置いてほしいと願ったのだ。

 

その結果、普段は意見を違える事も多いデミウルゴスとセバスが、揃って慈悲深き御方と評するジョン・カルバインは、慈悲深くもシモベ達の意を汲み、教会で休む事を了承した。

 

教会にはセバスよりカルバイン専属を任じられ、またモモンガより教会と村を任されていた戦闘メイド・プレアデスが一人、ルプスレギナ・ベータが常駐し、ジョンが村にいる際には教会の居住区を使用し、ジョンに仕えていた。ジョンもルプスレギナも、アイテムにより睡眠飲食不要となっていたが、至高のモモンガもジョンも、シモベ達には出来る限り休みを取らせる方針であったので、ルプスレギナは夜、普通に眠る事ができた。

 

 

「ジョン様のお側にいられて、仕事も少なくて、夜はゴロゴロ! 最高っすねー」

 

 

そんな事を言いながら、髪を解いて寝る用意をしているルプスレギナ。

ナザリック基準では簡素なワンピース姿。風呂上りで乾かした長い髪を丁寧にブラッシングしている。

 

ナザリック内だけでの務めならば大して汚れもしないが、この村にいると、どうしても埃っぽくなってしまう。ジョンのように生活系魔法を習得していれば良かったのだが……否、そのような事を言っては定められた至高の御方に不敬というものだ。

 

「んーふふー♪」機嫌良く鼻歌など歌いながら、ナザリックで飼育されている魔法の豚(食用)の毛から作られたブラシで、丁寧にブラッシングを続ける。

毛繕い自体は嫌いでは無い。寧ろ好きだ。

 

プレアデスの姉妹達は基本的に代謝の無いユリとシズ。擬態であるソリュシャン、エントマ。変身を解いて外装を初期化できるナーベラル(頂いた姿を自ら解除する事は先ず無かったが)と、至高の御方より頂いた姿を維持する為の日常的な手入れは、実の所、ルプスレギナが一番必要としている。

と、ルプスレギナは思っていたが、ナーベラルも外装をリセットしないので同じ程度の手間を必要とするし、蜘蛛人であるエントマは蜘蛛としての自身の毛繕いに加え、全身に共生する擬態蟲のそれも加わるので、単純な作業量ではエントマが一番手間が掛かっているだろう。

 

だが、見目麗しい人の姿は至高の御方が、自分達一人一人に特別に創り与えて下さったものなのだ。それを維持する為の労力など、自らに与えられた至高の御方の愛を再確認する喜びであり、手間を厭うなど思いもしない。

 

ルプスレギナは鏡に映る至高の御方より頂いた艶やかな赤い髪が満足のゆく輝きとなったところで、ほうっと一息をつく。

その横顔、息をつく唇は、普段の彼女の陽気さや、時折覗かせる獣の凶悪さは感じさせず。寧ろ、意外ではあるが幼い純真さを感じさせるものであった。

 

寝る前にもう一度ゆるく三つ編にしようと彼女が自身の髪へ手をかけた時、扉が3度ノックされた。

 

3度のノックならば姉妹の誰かだろう。わざわざこちら(教会)まで来て何のようだろうか。

寝間着のワンピースの上にガーディガンを羽織り、「今行くっすよー」と扉へ向かう。姉妹の誰が来たのだろうかと考えながら、扉を開けた。

 

そこには、青と白の毛並みの人狼が立っていた。

 

 

「うひゃ…!……あ。し、失礼しました!!」

 

 

慌てた様子のルプスレギナに首を傾げるジョンだったが、これはジョンが悪い。

 

ジョンの理解しているノックのマナーは『2回はトイレ。面接などは3回』、その程度だ。

対して、メイドであるルプスレギナは、4回は(至高の御方を始めとする)礼儀が必要な相手や場所。3回は家族や友人、恋人などの親しい間でのみとの認識なのだ。

ましてや、至高の御方であるジョンが、シモベの元を訪ねるなど思いもしないし、仮にそうであってもノックなど――シモベ側の都合など――必要ないのだから。

 

「あ、ああ、気にする必要は無いぞ……」

 

気にする事はないと言う事は、それだけ自分を親しく近しいものと見て下さっている事なのだろうか。いや、しかし、直接口にされていないのに不敬では……。

いつものメイド服ではなく寝間着姿である事も忘れ、思考がぐるぐるしているルプスレギナだったが、ジョンがじっと見つめている事に気づき、自分から声を掛けてしまった。

 

「あ、あの、ジョン様?」

「あ、ああ……髪を解いてる姿は初めてだな、とな」

 

NPC達は至高の御方に与えられた自らの姿を非常に大事にしており、それ故、頂いた姿以外を見せるのは命じられた場合を除くと先ず無い。

そう言った意味で、髪を解いた姿を至高の御方であるジョンに見られたのは、ルプスレギナも初めてであり、与えられた姿を崩している所を見られた事は、彼女にとっては非常に羞恥にあたるのだった。かっと頬が羞恥で朱に染まる。直に身を翻し、頂いた姿に身支度を整えたいが、至高の御方の許しなく身を翻すなど出来はしない。

 

羞恥に床へ視線を落とし、おずおずと上目遣いにジョンの様子を伺えば、目が合ってしまい更に頬が熱くなる。

 

ジョンからすれば、この頬を染め、もじもじと上目遣いで見上げる表情は、ルプスレギナの敵を前にしたサディスティックな鋭い表情、普段の太陽のような笑顔を知るからこそ、大きなギャップとなって破壊力が増す。それは(凄いや。これがペロさんとタブラさんの趣味の融合なんだね!)と、彼の精神が悲鳴をあげるほどのものだった。

 

「……んんッ、その、なんだ。髪を解いている姿も可愛いな」

「うぇっ…!……か、可愛いでですか?」

 

 

(ちょッッななに言ってんの俺ぇッ!? 落ち着け、落ち着くんだ素数を数えろ。1,2,3,4……)残念駄犬、それは自然数だ。

 

 

「ね、寝る時は解いて寝るのか?」/(ちょッッなに言ってるのぉッ!?)

「もう一回編むっすよ」/(か、かかか可愛いっすか!? 解いてた方が良いっすか!?)

 

「寝るのにか?」/(だから、俺、止めろ。もう口を開くなぁッ!!)

 

「寝てる間に絡まるっす。寝返りをうつと髪が下敷きになるっすよ」

「……すまないな。そんな面倒を掛けているとは思っていなかった」

 

「? ジョン様が謝られるような事は……」/(あれ?)

 

「ルプーの髪は俺が設定(リクエスト)させてもらったからな」/(ああぁッ誰だえまえッ!★?)

「……ええええー!?……あっ」/(またやっちまったっすー!?)

 

「そ、それよりも、良い月だから散歩に行こうと思うんだ。一応出かける前に一声掛けておこうと思ってな。……良かったら、一緒にどうだ?」

/(馬鹿なの俺ぇッ!? ルプーは今から寝るとこだろ! 何言ってんのぉッ!?)

 

 

「行くっす! すぐ用意致します!!」/(ジョン様とお散歩!)

 

 

髪を編むので少々お待ち下さい!と身を翻すルプスレギナの背に向け、ジョンはフィンガースナップで《小さな願い》を2度発動させる。その一瞬で解かれていた豊かな髪が、いつもの三つ編となった。

ルプスレギナは魔法で編まれた髪を手に取り、しげしげと眺め。

 

「おおー! 便利っすね!」

 

生活便利魔法に満開の笑顔を見せる。その笑顔に気を良くしたジョンは、信仰系にも似たようなものがあった筈だと余計な事を言った。

 

「信仰系にもなかったか? 確かシャルティアが傘とか作っていた気がするぞ?」

「……お許しを。無知な私ではジョン様に問われました事にお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

あれ? なんか急に機嫌悪くなった?

 

「と、取り敢えず教会の前で待ってる。着替えてきてくれ」

 

 

俺、何かしたか? 内心で首を捻りながら、そそくさとその場から離れる駄犬(ジョン)であった。

 

 

/*/

 

 

教会を出るとジョンは狼形態となった。

手足の長さが変わり、骨盤、肩甲骨の向きが直立歩行のそれから四足歩行のそれへと変わる。装備品は魔法的な効果で一旦取り込まれる形で姿を消し、数秒後には体長2m、肩までの体高1mを越す巨大な青い毛並みの狼がそこにいた。

 

そのまま行儀良く座って、星と月に青く照らされた教会を見上げてルプスレギナを待つ。

 

昼間と違い月明かりの中に身をおくと、ふつふつと身体の奥底から何かが湧き上がってくるような気がしてくる。

精神を高揚させるそのままに、長く尾を引く遠吠えをすれば、さぞや気持ちが良いだろう。しかし、流石に村人達が寝ている村で本気で吠えるわけには行かない。

どうせなら、なるべく高いところ。カルネ=ダーシュ村から見て、北のアゼルリシア山脈の頂上(うえ)まで駆け上り、そこから下界を見下ろしながら遠吠えがしたい。

 

人間などからすると威嚇音にしか聞こえない低音で喉を鳴らし、機嫌良く教会を見上げ、星を見上げ、月を見上げ、世界を見上げて、ルプスレギナを待つ。

それほど待つ事も無く教会の扉が開き、いつもの姿となったルプスレギナが現れた。

 

「お待たせ致しました」

「いや、誰かを待つのも時には楽しい。さあ、ルプー乗れ」

 

ジョンを待たせた事を一礼して詫びるルプスレギナへ、気にしていないと言いながら、伏せて自分の背中を示すジョン。

 

「うぇッ!? え、ええ!? ジョ、ジョン様、そんな! 至高の御方の背になど恐れ多いです!!」

「俺が良いと言ってるんだ。気にすんな。モモンガさんだって笑いこそすれ、怒りはしない」

 

楽しげに尻尾を振りながら、もう一度ルプスレギナへ己の背中を示す。

それにどっちにしても、ちょっと本気で走りたいから、乗ってくれないとルプーがついてこれないとジョンは笑う。

困った表情でジョンの顔と背中を見比べていたルプスレギナだったが、ぶんぶんと振られる尻尾と本気で走りたいとの言葉に観念し、「では、失礼致します」と恐る恐ると言った風にジョンの背中に跨った。

 

どの道、本気で走られると《飛行》の魔法などでは追いつけないのだ。

 

ジョンはその背に跨ったルプスレギナから伝わる熱さに驚き、かっと眼を見開いた。

いや、実際は物理的にそこまで温度が高いものではなく。ただジョンの意識の問題なのであるが。

 

背に跨った一点がカッと熱く、胴を挟み込む太腿もまた熱い。狼の異常に広い視界のおかげで振り返らなくとも、スカートのスリットから零れる太腿が月明かりに青く照らされる様も良く見え、ストッキングを止めるガーターベルトのクリップと、そこに見えるルプスレギナのすべやかな生の太腿にジョンは思わず唾を飲み込んだ。

 

(ガーターベルト+スリット入りのロングスカートこそ至高! 使用人がセクシーでどうするって、メイド班から怒られながらも無理を通してもらって良かった)

 

振り落とされないよう背に腹這いになったルプスレギナに、たてがみをしっかりと掴ませる。

そうすると、しなやかで強靭なジョンの毛皮を通してさえ、その背で押し潰されるルプスレギナの豊かな双球の柔らかさが感じられ、先程までの月明かりとは別の意味でジョンはくらくらした。

 

 

(こ、このまま送り狼になっても良いかな? 良いよな? いやいや、いきなり人里離れた山奥でってどうなのよ? 上級者通り越して事案発生犯罪者だよ? たっち(おまわり)さん、この駄犬ですだよ!?)

 

 

素数のつもりで自然数を数えつつ、「用意は良いな?」と背中のルプスレギナへ確認する。

ルプスレギナが「はいっす!」と元気良く頷き答え、その動作で背中に押し付けられ、転がるように形を変える双球の感触にまた自然数を数えながら……青の大狼は一跳びで村の広場から村の外まで跳び出した。

 

跳んだにしては長い滞空時間。

力強い背中にしがみつきながら、ルプスレギナは周囲を見回し、感嘆の声を上げた。

 

「うわぁーっ! すげぇっすねー」

 

大地から夜闇を追い払っている静かな湖面のような優しい青く白い澄んだ光。

風が吹く度にゆれる草原の草は星明りに煌き、世界が輝いているようだった。

 

しなやかで強靭な青い毛皮からは慈しむ様な温もりが伝わり、まるで自分が愛されているかのような充実感で満たしてくれる。

 

空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。

青く白い月と星の光に照らされた静かな美しい世界。転移してから何度も見ているが、夜毎にジョンが感動にうち震えている世界。

 

風よりも速く駆ける大狼はあっという間に草原を駆け抜け、大森林に駆け込んでいく。

青い星空に黒い森の影。黒い木々が後ろに流れて行く。

 

人間にとっては静かな夜の森かもしれないが、人狼二人には生き物たちが高らかに鳴きさえずる歌声が聞こえていた。

木々も風に身を任せて蠢き語り合い、夜の森の番人であるフクロウの鳴き声が遠くで響く。

 

強大無比な大狼が通り過ぎる気配に生き物達は一瞬、息を潜め、けれど、それが風よりも早く駆け抜けた後には再び生命の歌を歌い出す。

 

人が山や森で生きられないこの世界において、ここは正しく深山幽谷。

木々の枝、下草の中には様々な虫や小動物。それらを狙う肉食獣に、様々なモンスター達。

 

もし、人間のままであったなら、管理されていない剥き出しの自然にジョンは怯えただろう。

虫に刺される事にすら耐えられなかったし、自分の手も見えない暗闇に怯え、一歩進む事も出来なかった筈だ。

 

だが、最高レベルの人狼の身体は虫などものともせず、ナイキ・マスター、ガイキ・マスターのクラスは周囲の獣、モンスター達の動向を教えてくれる。人間を遥かに超える性能の眼は暗闇を見通し、僅かな光量でも世界を明るく見せてくれる。

 

 

豊かな生態系の中を自分は駆け抜けている。

 

 

憧れ、記録でしか見た事の無い大自然を全身で味わっている。この生態系の中、自分より強いものはいないと身体が教えてくれている。

喜びが溢れ出し、呼吸する大気すらも、甘く濃い。一息毎に食事を取るように自らの身体へ、生命を、自然の気を取り込んでいるような満たされていく感覚。

 

喜びの声を上げ、枯れ木の森を跳び越え、湿地帯を駆け抜け、巨大な湖の湖面をも駆け抜けていく。

 

既に数十kmは走った筈だが、自動車と違って速度計も無く。時計も見れないので、どの程度の距離と時間を走ったのかがジョンには感覚でしか分からない。

けれど、まだ足は疲れない。

 

自らの脚で大地を駆ける喜びのまま、アゼルリシア山脈を本格的に登り始める。

背中を大きく使って跳ぶ様に斜面を駆け上っていく。背中が大きく伸縮する毎に振り落とされないようルプスレギナが強くしがみついてくる度に頬が緩む。

それからエネルギー(エロは偉大なり)を得ているように、人間どころか馬ですら容易く力尽きる程のエネルギーを一足毎に放出し続け、大狼(ジョン)は軽々と山脈を駆け上る。

 

 

そうして、大狼(ジョン)はアゼルリシア山脈南端の頂にたどり着いた。

 

 

/*/

 

 

山脈南端から見下ろす世界は広かった。

月と星々に照らされ、優しい青に染まる世界は何処までも広がり、遥か果てで空と大地の境界が交わって地平線となっている。

 

東から登り、南の空を廻って、西に沈む星々の動きからすると、地球と同じように自転する惑星の北半球なのだろう。

 

モモンガも先日、夜空の美しさに感動し、《飛行》で行ける所までと上空に飛び立ったら惑星だったと言っていた。幾ら魔法で飛べると分っていても、良くそんな高いところまで行けるものだと、ジョンはモモンガに感心した。高いところは怖いじゃないか。

 

下界に街の明かりなど一つもなく、麓とは数度は違う気温に、走り続けて火照った身体が引き締まるようだ。

 

相変わらず空気は甘く、濃く、大きく息をする度に呼吸する喜びを与えてくれる。

一息毎に世界を取り込むような呼吸に、これが外気を取り込むと言う事ならば、スキルも使って本格的に外気を取り込めば、どれほどの喜びを得られるだろうとジョンは思う。

 

魔法職には超位魔法が存在するが、非魔法職にも同じように、70レベルを超えると十レベルごとに使用回数が増え、100レベルであれば一日に4回だけ使用できるスキルが存在していた。これらは超位魔法と比べると冷却時間は同じだが、詠唱時間が短く、効果が地味(範囲攻撃、エフェクト的な意味で)。戦士職においての必殺技的なスキルだった。

ワールドチャンピオンの《ワールドブレイク/次元断切》は、これら超位スキルとほぼ同程度の性能でありながら通常スキル扱いで、一日の使用回数制限がなかったと知れば、運営のワールドチャンピオンの優遇ぶりが分るだろうか。

 

そのうちの一つ、スキル《天地合一》をジョンは使う。

 

これは体内の生命エネルギーである内気と、体外の世界の生命エネルギーである外気を合一させ、爆発的な力を得るもの。

『~修行僧、格闘家が強さを求めた果てに世界との合一を果たし、天地に等しい存在を目指す術。真の強さとは何かを求め続けた者がたどり着く極致の一つであり、本来は戦闘術ではない~』と言ったテキストがあったが、交じり合い身体からあふれ出す混合気のエフェクトから『スーパー化www』と呼ばれていた。

 

超位スキル《天地合一》発動。

 

体内チャクラを循環していた内気に、呼吸から、皮膚から、体毛から、全身全てから外気が取り込まれ、混ざり始める。

内気と外気が入り混じり、ジョンと世界が入り混じり、それが体内を循環し始める中、何処か囁くようにも聞こえる音をジョンは幻聴した。

 

転移して初めての発動。これまでにない奇妙な手応えがあった。

 

あたかも天へ突き上げた拳を掴まれ、引き上げられるような感覚と共にジョンの気が世界に引き込まれる。否、巻き込まれたと言うべきだろうか?

 

巻き込まれた先には稼動するタービンのように、大きな気(世界)の循環が存在した。ジョンを以てしても数十数百数千倍に達するであろう(としか認識できなかった)大きさと回転速度を持つそれ(世界)と縁を接した瞬間、ジョンの気は強制的に回転数を上げられ、その遠心力によって弾け飛んだ。

 

 

『……PKだとか、ペナルティだとか……そんなのどうでも良いんだ。人は、馬鹿でも、優しい生き物だって、俺は俺で証明する』

 

 

回転しながら弾け飛んだ意識は、全ての方向を同時に知覚した。遠心力によって自我が飛び散り、認識は拡大し、その濃度を失っていく。

自我が薄まるにつれ、固定概念から解放された感覚は研ぎ澄まされ、視野は広がり解像度は上がっていく。

夢現の意識の中、何処かで聞いたような声が聞こえ、何処でも聞いていないような声が聞こえてくる。

 

 

『一歩を踏み出した者が無傷でいられると思うなよ? キレイであろうとするな。他者を傷つけ、自らも傷つき、泥にまみれても尚、前へと進む者であれ』

『泥なんて何だい、よ』

『…素晴らしかったぞ。お前の残した弟子達は…! オレの生き方すら変えてしまうほどにな…!!』

 

 

大きな渦(世界)があった。

一つの渦の中に回転する無数の渦があり、その一つ一つの中に更にまた、更にまた……

それは自分が憧れた誰かの声、自分が憧れるであろう、誰かの声のだった。

 

 

『どんなことをしても、敵に回したくないものを思い浮かべなさい。何が浮かんだ?』

『…いないね。俺は守れなかった…。お前は守ってやれ』

『ならばそれが、そなたの最強なのだ』

 

 

また、逆に多くの渦が集合して、更に大きな渦を、更にそれが集まり、更にまた……

それは自分が信じたい願い。信じたいと願い続けた事を囁く誰かの声だった。

 

 

『見ろ! 貴様達が守ろうとしたものは、貴様達を守ることができないでいる!』

『呼べば必ず来てくれるって信じてた。信じてたから呼ばなかったんだ』

『何処にでもいる貴方が、精一杯の特別な言葉で笑ってくれた事が、嬉しかった』

 

 

かけがえの無い仲間の声も、その中に聞こえた。

それは部分を成しながら、同時に全てを内包する。それはあらゆる時間と空間に存在した……否、あらゆる時間と空間と意志であった。

 

 

『"力"ほど純粋で単純で美しい法律は無い。生物はすべからく弱肉強食、魔族も竜も皆そうだ』

『ゲームって奴は、損得抜きの賭け事だ。チップは心で、報酬も心だ。世の中の何も動かさないが、 だからと言って未来に影響を与えないものでもない』

『ならばここまで来て、言ってほしい。その名前はお前1人の名では無いと』

 

 

と、同時に―――それは、ジョン・カルバイン自身でもあった。

 

 

/*/

 

 

「……ジョン様! どうしたっすか!?」

 

ルプスレギナの声にハッと引き戻される。目の前には心配そうに覗き込むルプスレギナの顔があった。

 

「ああ、いや、思ったより外気が強くて……酔った、かな?」

 

どの位の間、ぼーっとしていたか問いながら自分の身体を見回す。

主観的には随分と長い時間自失していた気がするが、実際には数十秒だったようだ。

狼形態のまま、青銀色のオーラが全身から噴き出し、オーラを纏った全身が、暗闇の中で地上に降りた星のように輝いている。

 

 

《天地合一》によるステータス上昇効果によるものか、通常よりも広範囲の気配がつかめる。

直ぐ側にいるルプスレギナは自分の力に当てられ、かなりの緊張を強いられているようであるし、周囲の動物達はその場から動けずに伏せているようである。

遠くの方は、この山脈から麓の大森林にかけて多くの生命が蠢いている。それが波のように一つの動きとして知覚されていた。集中すればより細かくわかるのだろうか。

 

 

《天地合一》の効果によるものか、視界はどこまでもクリアで、世界が色鮮やかに見えた。

 

 

世界に存在する事の喜びに身を震わせ、ルプスレギナに《サイレンス/静寂》を使うよう指示をして、大きく息を吸う。

空には月。

天高く聳えるアゼルリシア山脈の頂で、大狼(ジョン)は更に頭を高く上げ、空へ、月へ、星へ、世界へ向けて高らかに吠えた。

 

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 

俺はここにいるぞ。世界よ、聞け。この生命()はここにいるぞ。仲間達よ、何処にいるのだ(クォ・ヴァディス)

自己の存在を世界へ告げるように、世界に己を叩きつけるように、長く、長く大狼は吠え続けた。

 

 

その咆哮は麓の大森林どころか、遠くは王都、帝都までも雷鳴の如く響き渡り、夜闇を切り裂く大魔獣、魔樹の竜王の復活かと、近隣諸国に恐怖と混乱を巻き起こした。

 

 

当の本人はカラオケで熱唱した後のようなすっきりとした良い気分で、さあ帰ろうとルプスレギナへ向き直ったが、それほどの咆哮を至近距離で喰らったルプスレギナは、《サイレンス/静寂》を消し飛ばされ、狼形態になって目を回していた。

 

 

その晩、星々と月が見下ろすアゼルリシア山脈の頂では、大狼(ジョン)が困ったように首を傾げ、次いで誤魔化すように後脚で耳の後ろを掻く姿があった。

 

 




狼と女の子のデート、一場面だけのつもりが長くなった。
( ^ω^ )どうしてこうなった!?こうなった?

最後の方のクォ・ヴァディスはかっこよいからルビを振りました(爆
あと、『えまえ』は誤字では無く駄犬が混乱してるからです。

以前にも出ましたが、ジョンは時間対策装備に【ヨグ=ソトースの腕輪】と命名しておりますw
《天地合一》からの『 』のセリフは最初の一つを除いて、ジョンが影響を受けてそうなセリフをあちこちから拾ってきて組み合わせました。
外気を取り込んだ際にヨグ=ソトースを通して色々と他所の世界に接続してしまったようなイメージです。

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