オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 壊レタ世界ノ歌 /*/
世界は夜に飲まれていた。
空を覆う黒い靄の向こうに、無数の“裂け目”が走っている。
大地の骨が鳴り、森が泣き、海が蒸発する。
その中心に、ひとりの男が立っていた。
星導師《ルメナ・クレア・ナイ》
黒曜石のような肌を持つ、長身の男。
その瞳は夜空そのもの――光のない星々を閉じ込めたような深淵。
彼は同時に五つの場所に存在していた。
山に。
森に。
廃都に。
砂漠に。
そして空に。
どの姿も完全に同一でありながら、
それぞれが独立した意志で動いていた。
男は静かに言う。
「贖いは不要。
形あるものは分裂し、やがて光へ還る。」
その声が風に乗った瞬間――
世界の生命が“変質”した。
沼のゴブリンが震え、骨が発光する。
緑の皮膚に魔紋が浮かび、指先に魔力が集まる。
《ゴブリン・メイジ》
山のオーガの筋肉に、金属の線が走る。
《オーガ・ロード》
トロールの血が結晶となり、体が巨大化する。
《トロール・エンシェント・ロード》
変異した者たちは同じ名を呟いた。
「……ルメナ」
それは信仰ではない。
本能だった。
彼の声は魂の奥を震わせる
“真理の共鳴”。
そして――空が裂けた。
そこから現れたのは
光ではなく、火と灰。
翼を焦がした白金の竜。
その鱗には黒い罅が走り、
光を反射せず、夜のように沈んでいる。
堕ちた竜。
ルメナは空を見上げる。
五つの身体が同時に笑う。
そして歌い始めた。
「消えゆく救い。途絶えるカラダ。
空は今も暗く、止まった時計。」
《壊レタ世界ノ歌》
理の外側で鳴る旋律。
それを聞いた者は心を侵され、
正気と引き換えに“進化”する。
ルメナは微笑む。
それは慈悲ではない。
観測者の歓喜。
「この星は終わらなければならない。」
彼は静かに宣言する。
「星の智慧派は
壊れた理の下で次の形を探している。」
そして。
「だから――世界を壊す。」
/*/ 世界を壊す罅 /*/
その日は、暦も記録も意味を失った。
昼と夜の境目に
空が裂けた。
雷でも光でもない。
罅(ヒビ)
世界そのものに走る裂傷。
紫の亀裂が空間を侵食していく。
触れたものは歪み、
形を失い、
存在が書き換えられる。
鳥は空で声を失い、
森の獣は地を喰らう。
水は腐り、
鉄は血のように脈動した。
そして人間は――
紫の光を吸い込み、
瞳に“星の罅”を宿す。
次の瞬間。
理性は砕ける。
世界が
音を立てて狂い始めた。
/*/ それでも残る灯 /*/
しかし。
すべてが滅びたわけではない。
〈世界級〉アイテム
それだけが
この“星の病”から世界を守る。
守られた場所があった。
ナザリック地下大墳墓。
カルネ村。
リザードマンの湖。
エ・ランテル。
法都シクルサンテクス。
ナザリックでは
アインズの命令が響く。
「全デスナイト、展開。
村落防衛を最優先。」
亡者の軍勢が歩き出す。
黒鉄の足音が
沈む世界を支える。
バハルス帝国では
工廠が唸り、鉄の騎士が出動。
スレイン法国では
獣化兵が狂気の民を眠らせる。
竜王国では
女王たちが空を見上げる。
そしてローブル聖王国。
旗が掲げられる。
「カルバイン様を称える会」
農民たちは農具を槍に変え、
狂気の獣へ突撃する。
「世界が壊れるなら
その中で人を救う!」
小さな炎が
紫の空へ吸い込まれる。
/*/ 観測者 /*/
空の上。
星導師ルメナがそれを見ていた。
黒い肌に星の紋が浮かぶ。
「……まだだ。」
彼は静かに呟く。
「まだ誰も
壊レタ世界ノ歌を
正しく歌えていない。」
新たな罅が走る。
星が割れる。
世界の音が消える。
そのとき――
ナザリック最奥。
ジョン・カルバインの瞳が開いた。
狼の金の瞳。
「星の智慧派……?」
彼は低く唸る。
「違うな。」
静かな笑み。
「あれは――
外なる神の代弁者の愉快犯だ。」
壊れた理の世界で。
新しい秩序を巡る戦いが
今、始まる。
/*/ 壊れた朝 ヴァルト村 /*/
ヴァルト村は、地図にも載らないような小さな村だった。
街道から少し外れた、麦畑と小川に囲まれた場所。
三十戸ほどの家。
朝はいつも、パンの匂いと鶏の声で始まる。
その朝も同じだった。
石窯の前で、パン屋の女ミアが生地を叩いている。
「今日は人が多い日だねえ」
隣で息子が粉をまいている。
「街道の隊商が来るってさ」
ミアは笑った。
「じゃあ焼き足さないとね」
平和な朝だった。
――その時までは。
生地が、急に震えた。
ぶくぶくと泡立つ。
「……あれ?」
ミアが指で触れる。
生地の中に、紫の光が走る。
次の瞬間。
村の外から、悲鳴が上がった。
「森が……森が動いてる!」
窓の外を見る。
森が揺れている。
いや――
森が歩いていた。
木が裂け、幹から紫の目が開く。
枝が腕のように伸びる。
森そのものが、村へ歩いてくる。
ミアの手からパン生地が落ちた。
「……神様」
外で鐘が鳴り始める。
祈りではない。
警鐘だった。
/*/ 畑 /*/
少女エラは畑に立っていた。
十歳。
鍬を握っている。
地面が、動いていた。
ミミズではない。
土の下から
手が出てきた。
紫の目のある手。
それが、土から這い出る。
エラは震えた。
逃げようとした。
でも――
後ろを見る。
母がいる。
弟がいる。
彼女は唇を噛んだ。
鍬を振り上げる。
「……来るな!」
鍬が落ちる。
ぐしゃり。
紫の手が潰れた。
エラは震えながら叫ぶ。
「来るなぁ!!」
その叫びは、
恐怖ではなく。
怒りだった。
/*/ 村の広場 /*/
村人たちが広場に集まっていた。
農民。
鍛冶屋。
子供。
みんな震えている。
森から怪物が現れた。
木の怪物。
紫の目。
腐った枝の腕。
村長が震えながら言う。
「……領主様に伝令を」
若い男が叫ぶ。
「無理だ!城まで半日だぞ!」
別の男が吐き捨てた。
「来るわけねえよ」
怒りが滲む声。
「あの領主がよ」
「税だけ取って城でふんぞり返ってるだけだ!」
「俺たちが死んでも気にもせんさ!」
怪物が一歩近づく。
村人が後ずさる。
その時。
街道の方から、重い足音が響いた。
ドン。
ドン。
ドン。
全員が振り向く。
そこに立っていたのは――
黒鉄の騎士。
巨大な盾。
赤い光の目。
デスナイト。
ただ一体。
だが。
村人の一人が叫んだ。
「……魔導王の騎士だ!」
広場がざわめく。
「魔導王陛下の……?」
「本当に来たのか?」
老人が震える声で言う。
「……守ってくれるのか」
鍛冶屋グランが笑った。
「当たり前だろ」
槌を担ぐ。
「魔導王陛下はな」
森を睨む。
「俺たちを守る王様だ」
若者が叫ぶ。
「領主と違う!」
「そうだ!」
誰かが怒鳴る。
「ふんぞり返ってるだけの貴族と違う!」
「俺たちを見捨てねえ!」
デスナイトは何も言わない。
ただ。
村の前へ歩く。
そして盾を立てる。
村と怪物の間に。
一体だけで。
/*/ 戦い /*/
怪物が突進した。
枝の腕が振り下ろされる。
ドォン!
盾に衝撃。
デスナイトは一歩も退かない。
剣が振るわれる。
幹が裂ける。
紫の樹液が飛ぶ。
だが怪物は多い。
森の奥から次々と現れる。
村人が叫ぶ。
「数が多すぎる!」
グランが槌を持ち上げる。
「だったら――」
鍛冶屋が前へ出る。
「手伝え!」
若者が鍬を持つ。
「やるぞ!」
女が鎌を持つ。
老人が槍を握る。
誰かが叫ぶ。
「魔導王の騎士が戦ってるんだ!」
「俺たちも戦うぞ!」
村人たちが前に出た。
デスナイトの横に並ぶ。
怪物が突っ込む。
鍬が振り下ろされる。
鎌が刺さる。
槌が叩き潰す。
恐怖で手が震えている。
それでも。
誰も逃げない。
若い男が叫ぶ。
「カルバイン様が言った!」
怪物を殴る。
「守るってのは!」
息を切らす。
「強い奴だけの仕事じゃない!」
広場に怒号が響いた。
「俺たちの村だ!」
「俺たちで守る!」
デスナイトの剣が振るわれる。
怪物の幹が真っ二つに裂けた。
紫の森が燃え始める。
村人たちは叫びながら戦っていた。
恐怖で。
怒りで。
そして――
希望で。
/*/ ナザリック最奥 /*/
ジョンは目を開けた。
遠くの村の戦いを感じる。
一体のデスナイト。
そして。
人間たち。
彼は小さく笑った。
「……いいね」
空を見る。
紫の裂け目が広がっている。
それでも。
「世界が壊れても」
静かな声。
「人間はまだ立ってる」
彼は立ち上がる。
狼の牙が光る。
「なら」
低く呟く。
「こっちも本気出すか」