オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ 帝国辺境 ベルナ村 /*/
帝国の農村。
乾いた風。
麦畑。
木の柵。
遠くの空が裂ける。
そこから影が落ちた。
巨大な虫の怪物。
殻が紫に脈動している。
村人が逃げ出す。
そのとき。
広場の酒場の扉が蹴り開いた。
「騒ぐな!」
現れたのは、
古傷だらけの男。
帝国軍の退役兵。
傭兵崩れ。
荒くれ者。
その後ろからも男たちが出てくる。
片腕の剣士。
片目の槍兵。
酔っ払いの斧使い。
誰かが笑う。
「はは、なんだよ」
剣を抜く。
「世界の終わりか?」
虫の怪物が近づく。
男が吐き捨てた。
「くだらねえ」
そのとき。
畑の方から、
若者たちが走ってくる。
手に持っているのは――
魔導銃。
農民出身の帝国銃士。
一人が息を切らして言う。
「訓練通りだ!」
銃を構える。
「距離百!」
荒くれ男が笑った。
「おう」
剣を肩に担ぐ。
「前は任せろ」
怪物が突進する。
荒くれ者たちが前に出る。
剣。
槍。
斧。
怪物の脚に叩きつける。
「今だ!」
銃士が叫ぶ。
魔導銃が火を吹く。
ドン!
青い魔力弾が怪物の殻を砕く。
もう一発。
ドン!
怪物が崩れ落ちた。
静寂。
若い銃士が叫ぶ。
「やれるぞ!」
荒くれ男が笑った。
「当たり前だ」
剣を掲げる。
「ここは帝国だ!」
誰かが叫ぶ。
「皇帝陛下万歳!」
銃士たちが声を上げる。
「皇帝陛下万歳!」
荒くれ者たちも笑う。
「帝国を守るのは誰だ!」
全員が叫んだ。
「俺たちだ!!」
再び怪物が来る。
だが。
帝国の男たちは、もう逃げない。
/*/ そして世界中で /*/
森で。
雪原で。
湿地で。
砂漠で。
そして帝国の畑で。
世界は壊れていた。
それでも。
小さな村で。
人間たちは武器を握っていた。
王のために。
皇帝のために。
家族のために。
そして――
自分たちの世界のために。
/*/ バハルス帝国 皇城アーウィンタール /*/
空は割れていた。
皇都の上空にも、紫の罅が走っている。
雷のような音が、空の奥から響いていた。
帝国城の会議室では、沈黙が続いていた。
地図の上に、赤い印が増えていく。
一つ。
また一つ。
また一つ。
辺境の村。
街道の宿場。
小都市。
侵食。
暴走。
崩壊。
報告官が震える声で言う。
「……ベルナ村、怪物群出現」
別の官吏が続ける。
「北方農村、通信断絶」
さらに別の報告。
「街道防衛隊、壊滅」
空気が凍る。
誰も言葉を発しない。
その沈黙を破ったのは――
皇帝ジルクニフだった。
彼は椅子に深く腰掛けたまま、静かに言う。
「……続けろ」
報告官が言葉を絞り出す。
「ベルナ村……」
紙を確認する。
「退役兵と農民銃士が交戦」
一瞬、室内の空気が止まる。
「……生存者あり」
誰かが呟く。
「馬鹿な」
「村だぞ」
「帝国軍ではない」
ジルクニフの目が細くなる。
「それで?」
報告官が言う。
「怪物一体撃破」
沈黙。
もう一人の官吏が慌てて言う。
「他の村でも同様の抵抗が確認されています」
「退役兵、傭兵崩れ、農民銃士」
「自発的戦闘」
室内の貴族が顔をしかめる。
「愚かな」
「逃げればいいものを」
「村ごと捨てれば――」
その言葉は途中で止まった。
ジルクニフが笑ったからだ。
低く。
静かに。
しかし確かな笑い。
「……愚か?」
彼は立ち上がる。
窓の外を見る。
紫に裂けた空。
崩れゆく世界。
それでも。
遠くの街で、鐘が鳴っている。
彼は呟いた。
「違うな」
振り向く。
紫の瞳が光る。
「それが帝国だ」
誰も口を開けない。
ジルクニフはゆっくり歩く。
地図の前へ。
ベルナ村の位置を見る。
指で叩く。
「見ろ」
静かな声。
「帝国軍ではない」
「貴族でもない」
「英雄でもない」
彼は笑う。
「ただの農民だ」
部屋の誰もが黙る。
皇帝は続ける。
「それでも戦っている」
窓の外を指す。
「世界が壊れても」
低い声。
「帝国はまだ死んでいない」
沈黙。
そして。
皇帝は命じた。
「全部隊、動員」
「退役兵の再招集」
「街道砦を即時防衛拠点に変更」
貴族が慌てる。
「しかし陛下!」
「帝国軍では足りません!」
ジルクニフが言った。
「知っている」
机に手を置く。
「だから」
口角が上がる。
「帝国全てが戦う」
その瞬間。
外で大砲のような音が響いた。
紫の怪物が城壁に現れる。
衛兵が叫ぶ。
「敵襲!」
ジルクニフは振り向かない。
ただ言う。
「聞こえたか」
貴族たちを見る。
「帝国は今、試されている」
静かな声。
「そして」
剣を抜く。
皇帝自ら。
「俺も帝国だ」
扉へ向かう。
衛兵が慌てる。
「陛下!」
ジルクニフは笑う。
「安心しろ」
剣を肩に担ぐ。
「皇帝は逃げない」
扉を開く。
紫の空の下。
皇帝は城壁へ歩き出した。
「皇帝陛下万歳!」
衛兵が叫ぶ。
それは一人。
二人。
三人。
やがて城中に広がる。
「皇帝陛下万歳!!」
城壁の上で、剣が振るわれた。
帝国はまだ立っていた。
/*/ エ・ランテル太守の館・作戦室 /*/
エ・ランテルの夜は、静かではなかった。
遠くで鐘が鳴り続けている。
城壁の上では魔導灯が揺れ、兵士たちが空を指差して叫んでいる。
空に走るのは――
紫の罅。
それは雷でも雲でもない。
空間そのものに走る裂傷だった。
その光が窓から差し込み、作戦室の机を照らしている。
白い魔導灯の下、
机上には巨大な地図が広げられていた。
そこには魔力投影によって再現された、
世界中の罅が走っている。
紫の線。
一本。
また一本。
まるで血管のように広がっていく。
ぐりもあが静かに言った。
「……罅の進行速度、更新」
指を滑らせる。
魔力の線が動く。
「時速二十キロ」
誰も声を出さない。
「このまま進めば――」
地図の中央に光が集まる。
「二日以内に大陸中央が崩壊します」
沈黙。
その沈黙を破ったのは、ジョンだった。
彼は机を睨みつけていた。
拳を握りしめる。
「……状況は最悪だ」
低い声。
しかし作戦室の全員に届く。
「罅は王都にも及びつつある」
彼は顔を上げた。
金の瞳が光る。
「全戦力を分散配置する」
椅子が軋む。
蒼の薔薇の面々が動く。
ジョンの指が地図の一点を叩いた。
リ・エスティーゼ王都。
紫の罅がすぐ近くまで迫っている。
「蒼の薔薇」
声が落ちる。
「〈転移〉で王都へ跳べ」
空気が張り詰める。
「ザナック国王と大臣たちを死なすな」
ラキュースが立ち上がった。
椅子が音を立てる。
彼女は剣の柄に手を置き、
深く頭を下げた。
「了解」
顔を上げる。
その瞳は揺れていない。
「王都の避難路は私たちが確保します」
ガガーランが腕を鳴らす。
骨が鳴る音。
豪快に笑った。
「王様だろうが魔王だろうが――」
拳を握る。
「ぶっ飛ばすだけだな!」
イビルアイが小さくため息をつく。
「……言い方を考えろ」
腕を組む。
「今回は守る戦いだ」
ティナとティア。
双子の暗殺者は無言で頷いた。
短剣を抜く。
刃の光を確認する。
その動きは、静かで無駄がない。
ジョンが言う。
「転移座標は王城北区」
指で示す。
「防衛結界がまだ生きている」
ラキュースが頷く。
ジョンは続けた。
「三分以内に国王を確保」
「避難誘導」
「失敗したら――」
一瞬止まる。
「王都は飲まれる」
空気が重くなる。
イビルアイが短く詠唱を始めた。
魔力が床に広がる。
白い光の魔法陣。
ラキュースが剣を掲げる。
「蒼の薔薇!」
声が響く。
「出撃!」
「了解、リーダー!」
光が弾ける。
魔法陣が回転する。
五人の姿が、
白い光の中へ吸い込まれた。
一瞬後。
作戦室から消える。
ジョンは息を吐く暇もなく言った。
「次だ」
指が地図を叩く。
竜王国。
そこにも罅が迫っている。
「漆黒の剣」
四人が立つ。
ジョンは言う。
「アウレリア姫を連れて転移」
「竜王国へ」
指を一点に置く。
「ドラウディロン女王を守れ」
ペテルが背筋を伸ばす。
軍人のような礼。
「承知しました」
静かな声。
「姫と民の避難を最優先します」
ルクルットが笑う。
軽い調子。
だが目は鋭い。
「竜王国の女王様の救出ねぇ」
肩を回す。
「生き残り戦か」
ニヤリと笑う。
「燃えるじゃねぇか」
ニニャはすでに魔法書を開いている。
魔力計測器を確認。
「罅の影響範囲拡大」
冷静な声。
「竜族が理性を失えば、国家崩壊」
顔を上げる。
「即時対応が必要」
ダインがメイス型魔導器を回す。
重い音。
笑う。
「よし」
肩を叩く。
「久々にやる気出てきたのである」
ジョンはアウレリア姫を見る。
一瞬、
戦場の顔ではなくなる。
静かな声。
「……頼んだ」
彼女を見る。
「君は未来を繋ぐ血だ」
短い言葉。
「生き延びろ」
姫は深く頷いた。
「必ず戻ります」
瞳が揺れない。
「ジョン様」
ニニャが詠唱を始める。
床に魔導陣。
光が満ちる。
「〈転移〉――」
風が巻く。
魔力が唸る。
「発動」
光が爆ぜた。
四人と姫の姿が、
霧のように消える。
静寂。
作戦室が急に広く感じる。
残るのは――
ジョン。
モモンガ。
ぐりもあ。
外では鐘が鳴り続けている。
ぐりもあが水晶を操作する。
通信魔法が点灯。
各地の悲鳴が聞こえる。
「……戦線状況更新」
紫の線が広がる。
「全戦域が持つのは」
彼女は言った。
「二日」
ジョンが言う。
「十分だ」
大剣を持ち上げる。
鉄の音。
「その間に」
口角が上がる。
「世界壊した奴を叩き潰す」
モモンガが椅子から立つ。
ローブが揺れる。
「では」
骨の指で地図を指す。
「私は帝国へ」
目が光る。
「鉄の騎士と銃士」
「指揮系統を再構築」
「通信網を維持」
ジョンが笑う。
「さすがギルマス」
肩を叩く。
「やっぱ現場主義だな」
ぐりもあが言う。
「伝言ネットワーク維持」
水晶が輝く。
「罅の進行は止まらない」
沈黙。
ジョンが言う。
「なら」
狼の瞳が光る。
「止めに行く」
二人は同時に詠唱を始めた。
青白い魔力。
黒い魔力。
室内の空気が震える。
窓の外で、
罅がさらに広がる。
ジョンが言う。
「じゃあ」
笑う。
「全部終わったら酒だ」
モモンガが答える。
「ええ」
静かな声。
「生きていれば」
次の瞬間。
光が爆ぜた。
二人の姿は消える。
エ・ランテル太守の館。
作戦室には静かな風だけが残った。
机の上の地図。
紫の罅が。
今も――
世界を喰らい続けていた。