オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第229話:帝国は死なず

/*/ 帝国辺境 ベルナ村 /*/

 

帝国の農村。

 

乾いた風。

麦畑。

木の柵。

 

遠くの空が裂ける。

 

そこから影が落ちた。

 

巨大な虫の怪物。

 

殻が紫に脈動している。

 

村人が逃げ出す。

 

そのとき。

 

広場の酒場の扉が蹴り開いた。

 

「騒ぐな!」

 

現れたのは、

古傷だらけの男。

 

帝国軍の退役兵。

傭兵崩れ。

荒くれ者。

 

その後ろからも男たちが出てくる。

 

片腕の剣士。

片目の槍兵。

酔っ払いの斧使い。

 

誰かが笑う。

 

「はは、なんだよ」

 

剣を抜く。

 

「世界の終わりか?」

 

虫の怪物が近づく。

 

男が吐き捨てた。

 

「くだらねえ」

 

そのとき。

 

畑の方から、

若者たちが走ってくる。

 

手に持っているのは――

 

魔導銃。

 

農民出身の帝国銃士。

 

一人が息を切らして言う。

 

「訓練通りだ!」

 

銃を構える。

 

「距離百!」

 

荒くれ男が笑った。

 

「おう」

 

剣を肩に担ぐ。

 

「前は任せろ」

 

怪物が突進する。

 

荒くれ者たちが前に出る。

 

剣。

 

槍。

 

斧。

 

怪物の脚に叩きつける。

 

「今だ!」

 

銃士が叫ぶ。

 

魔導銃が火を吹く。

 

ドン!

 

青い魔力弾が怪物の殻を砕く。

 

もう一発。

 

ドン!

 

怪物が崩れ落ちた。

 

静寂。

 

若い銃士が叫ぶ。

 

「やれるぞ!」

 

荒くれ男が笑った。

 

「当たり前だ」

 

剣を掲げる。

 

「ここは帝国だ!」

 

誰かが叫ぶ。

 

「皇帝陛下万歳!」

 

銃士たちが声を上げる。

 

「皇帝陛下万歳!」

 

荒くれ者たちも笑う。

 

「帝国を守るのは誰だ!」

 

全員が叫んだ。

 

「俺たちだ!!」

 

再び怪物が来る。

 

だが。

 

帝国の男たちは、もう逃げない。

 

 

/*/ そして世界中で /*/

 

 

森で。

 

雪原で。

 

湿地で。

 

砂漠で。

 

そして帝国の畑で。

 

世界は壊れていた。

 

それでも。

 

小さな村で。

 

人間たちは武器を握っていた。

 

王のために。

 

皇帝のために。

 

家族のために。

 

そして――

 

自分たちの世界のために。

 

 

/*/ バハルス帝国 皇城アーウィンタール /*/

 

 

空は割れていた。

 

皇都の上空にも、紫の罅が走っている。

 

雷のような音が、空の奥から響いていた。

 

帝国城の会議室では、沈黙が続いていた。

 

地図の上に、赤い印が増えていく。

 

一つ。

 

また一つ。

 

また一つ。

 

辺境の村。

 

街道の宿場。

 

小都市。

 

侵食。

 

暴走。

 

崩壊。

 

報告官が震える声で言う。

 

「……ベルナ村、怪物群出現」

 

別の官吏が続ける。

 

「北方農村、通信断絶」

 

さらに別の報告。

 

「街道防衛隊、壊滅」

 

空気が凍る。

 

誰も言葉を発しない。

 

その沈黙を破ったのは――

 

皇帝ジルクニフだった。

 

彼は椅子に深く腰掛けたまま、静かに言う。

 

「……続けろ」

 

報告官が言葉を絞り出す。

 

「ベルナ村……」

 

紙を確認する。

 

「退役兵と農民銃士が交戦」

 

一瞬、室内の空気が止まる。

 

「……生存者あり」

 

誰かが呟く。

 

「馬鹿な」

 

「村だぞ」

 

「帝国軍ではない」

 

ジルクニフの目が細くなる。

 

「それで?」

 

報告官が言う。

 

「怪物一体撃破」

 

沈黙。

 

もう一人の官吏が慌てて言う。

 

「他の村でも同様の抵抗が確認されています」

 

「退役兵、傭兵崩れ、農民銃士」

 

「自発的戦闘」

 

室内の貴族が顔をしかめる。

 

「愚かな」

 

「逃げればいいものを」

 

「村ごと捨てれば――」

 

その言葉は途中で止まった。

 

ジルクニフが笑ったからだ。

 

低く。

 

静かに。

 

しかし確かな笑い。

 

「……愚か?」

 

彼は立ち上がる。

 

窓の外を見る。

 

紫に裂けた空。

 

崩れゆく世界。

 

それでも。

 

遠くの街で、鐘が鳴っている。

 

彼は呟いた。

 

「違うな」

 

振り向く。

 

紫の瞳が光る。

 

「それが帝国だ」

 

誰も口を開けない。

 

ジルクニフはゆっくり歩く。

 

地図の前へ。

 

ベルナ村の位置を見る。

 

指で叩く。

 

「見ろ」

 

静かな声。

 

「帝国軍ではない」

 

「貴族でもない」

 

「英雄でもない」

 

彼は笑う。

 

「ただの農民だ」

 

部屋の誰もが黙る。

 

皇帝は続ける。

 

「それでも戦っている」

 

窓の外を指す。

 

「世界が壊れても」

 

低い声。

 

「帝国はまだ死んでいない」

 

沈黙。

 

そして。

 

皇帝は命じた。

 

「全部隊、動員」

 

「退役兵の再招集」

 

「街道砦を即時防衛拠点に変更」

 

貴族が慌てる。

 

「しかし陛下!」

 

「帝国軍では足りません!」

 

ジルクニフが言った。

 

「知っている」

 

机に手を置く。

 

「だから」

 

口角が上がる。

 

「帝国全てが戦う」

 

その瞬間。

 

外で大砲のような音が響いた。

 

紫の怪物が城壁に現れる。

 

衛兵が叫ぶ。

 

「敵襲!」

 

ジルクニフは振り向かない。

 

ただ言う。

 

「聞こえたか」

 

貴族たちを見る。

 

「帝国は今、試されている」

 

静かな声。

 

「そして」

 

剣を抜く。

 

皇帝自ら。

 

「俺も帝国だ」

 

扉へ向かう。

 

衛兵が慌てる。

 

「陛下!」

 

ジルクニフは笑う。

 

「安心しろ」

 

剣を肩に担ぐ。

 

「皇帝は逃げない」

 

扉を開く。

 

紫の空の下。

 

皇帝は城壁へ歩き出した。

 

「皇帝陛下万歳!」

 

衛兵が叫ぶ。

 

それは一人。

 

二人。

 

三人。

 

やがて城中に広がる。

 

「皇帝陛下万歳!!」

 

城壁の上で、剣が振るわれた。

 

帝国はまだ立っていた。

 

 

/*/ エ・ランテル太守の館・作戦室 /*/

 

 

エ・ランテルの夜は、静かではなかった。

 

遠くで鐘が鳴り続けている。

城壁の上では魔導灯が揺れ、兵士たちが空を指差して叫んでいる。

 

空に走るのは――

紫の罅。

 

それは雷でも雲でもない。

空間そのものに走る裂傷だった。

 

その光が窓から差し込み、作戦室の机を照らしている。

 

白い魔導灯の下、

机上には巨大な地図が広げられていた。

 

そこには魔力投影によって再現された、

世界中の罅が走っている。

 

紫の線。

 

一本。

 

また一本。

 

まるで血管のように広がっていく。

 

ぐりもあが静かに言った。

 

「……罅の進行速度、更新」

 

指を滑らせる。

 

魔力の線が動く。

 

「時速二十キロ」

 

誰も声を出さない。

 

「このまま進めば――」

 

地図の中央に光が集まる。

 

「二日以内に大陸中央が崩壊します」

 

沈黙。

 

その沈黙を破ったのは、ジョンだった。

 

彼は机を睨みつけていた。

 

拳を握りしめる。

 

「……状況は最悪だ」

 

低い声。

 

しかし作戦室の全員に届く。

 

「罅は王都にも及びつつある」

 

彼は顔を上げた。

 

金の瞳が光る。

 

「全戦力を分散配置する」

 

椅子が軋む。

 

蒼の薔薇の面々が動く。

 

ジョンの指が地図の一点を叩いた。

 

リ・エスティーゼ王都。

 

紫の罅がすぐ近くまで迫っている。

 

「蒼の薔薇」

 

声が落ちる。

 

「〈転移〉で王都へ跳べ」

 

空気が張り詰める。

 

「ザナック国王と大臣たちを死なすな」

 

ラキュースが立ち上がった。

 

椅子が音を立てる。

 

彼女は剣の柄に手を置き、

深く頭を下げた。

 

「了解」

 

顔を上げる。

 

その瞳は揺れていない。

 

「王都の避難路は私たちが確保します」

 

ガガーランが腕を鳴らす。

 

骨が鳴る音。

 

豪快に笑った。

 

「王様だろうが魔王だろうが――」

 

拳を握る。

 

「ぶっ飛ばすだけだな!」

 

イビルアイが小さくため息をつく。

 

「……言い方を考えろ」

 

腕を組む。

 

「今回は守る戦いだ」

 

ティナとティア。

 

双子の暗殺者は無言で頷いた。

 

短剣を抜く。

 

刃の光を確認する。

 

その動きは、静かで無駄がない。

 

ジョンが言う。

 

「転移座標は王城北区」

 

指で示す。

 

「防衛結界がまだ生きている」

 

ラキュースが頷く。

 

ジョンは続けた。

 

「三分以内に国王を確保」

 

「避難誘導」

 

「失敗したら――」

 

一瞬止まる。

 

「王都は飲まれる」

 

空気が重くなる。

 

イビルアイが短く詠唱を始めた。

 

魔力が床に広がる。

 

白い光の魔法陣。

 

ラキュースが剣を掲げる。

 

「蒼の薔薇!」

 

声が響く。

 

「出撃!」

 

「了解、リーダー!」

 

光が弾ける。

 

魔法陣が回転する。

 

五人の姿が、

白い光の中へ吸い込まれた。

 

一瞬後。

 

作戦室から消える。

 

ジョンは息を吐く暇もなく言った。

 

「次だ」

 

指が地図を叩く。

 

竜王国。

 

そこにも罅が迫っている。

 

「漆黒の剣」

 

四人が立つ。

 

ジョンは言う。

 

「アウレリア姫を連れて転移」

 

「竜王国へ」

 

指を一点に置く。

 

「ドラウディロン女王を守れ」

 

ペテルが背筋を伸ばす。

 

軍人のような礼。

 

「承知しました」

 

静かな声。

 

「姫と民の避難を最優先します」

 

ルクルットが笑う。

 

軽い調子。

 

だが目は鋭い。

 

「竜王国の女王様の救出ねぇ」

 

肩を回す。

 

「生き残り戦か」

 

ニヤリと笑う。

 

「燃えるじゃねぇか」

 

ニニャはすでに魔法書を開いている。

 

魔力計測器を確認。

 

「罅の影響範囲拡大」

 

冷静な声。

 

「竜族が理性を失えば、国家崩壊」

 

顔を上げる。

 

「即時対応が必要」

 

ダインがメイス型魔導器を回す。

 

重い音。

 

笑う。

 

「よし」

 

肩を叩く。

 

「久々にやる気出てきたのである」

 

ジョンはアウレリア姫を見る。

 

一瞬、

戦場の顔ではなくなる。

 

静かな声。

 

「……頼んだ」

 

彼女を見る。

 

「君は未来を繋ぐ血だ」

 

短い言葉。

 

「生き延びろ」

 

姫は深く頷いた。

 

「必ず戻ります」

 

瞳が揺れない。

 

「ジョン様」

 

ニニャが詠唱を始める。

 

床に魔導陣。

 

光が満ちる。

 

「〈転移〉――」

 

風が巻く。

 

魔力が唸る。

 

「発動」

 

光が爆ぜた。

 

四人と姫の姿が、

霧のように消える。

 

静寂。

 

作戦室が急に広く感じる。

 

残るのは――

 

ジョン。

 

モモンガ。

 

ぐりもあ。

 

外では鐘が鳴り続けている。

 

ぐりもあが水晶を操作する。

 

通信魔法が点灯。

 

各地の悲鳴が聞こえる。

 

「……戦線状況更新」

 

紫の線が広がる。

 

「全戦域が持つのは」

 

彼女は言った。

 

「二日」

 

ジョンが言う。

 

「十分だ」

 

大剣を持ち上げる。

 

鉄の音。

 

「その間に」

 

口角が上がる。

 

「世界壊した奴を叩き潰す」

 

モモンガが椅子から立つ。

 

ローブが揺れる。

 

「では」

 

骨の指で地図を指す。

 

「私は帝国へ」

 

目が光る。

 

「鉄の騎士と銃士」

 

「指揮系統を再構築」

 

「通信網を維持」

 

ジョンが笑う。

 

「さすがギルマス」

 

肩を叩く。

 

「やっぱ現場主義だな」

 

ぐりもあが言う。

 

「伝言ネットワーク維持」

 

水晶が輝く。

 

「罅の進行は止まらない」

 

沈黙。

 

ジョンが言う。

 

「なら」

 

狼の瞳が光る。

 

「止めに行く」

 

二人は同時に詠唱を始めた。

 

青白い魔力。

 

黒い魔力。

 

室内の空気が震える。

 

窓の外で、

罅がさらに広がる。

 

ジョンが言う。

 

「じゃあ」

 

笑う。

 

「全部終わったら酒だ」

 

モモンガが答える。

 

「ええ」

 

静かな声。

 

「生きていれば」

 

次の瞬間。

 

光が爆ぜた。

 

二人の姿は消える。

 

エ・ランテル太守の館。

 

作戦室には静かな風だけが残った。

 

机の上の地図。

 

紫の罅が。

 

今も――

 

世界を喰らい続けていた。

 

 

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