オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ リ・エスティーゼ王都・王城北区 /*/
白光が弾け、蒼の薔薇の五人が転移陣の中から姿を現した。
足元の石畳にはまだ魔法陣の残光が揺らめき、焦げた魔力の匂いが空気に残っている。
周囲には濃い紫の靄――罅から漏れ出した瘴気が漂い、空気が重く淀んでいた。
吸い込むだけで肺の奥が焼けるような感覚が走る。
遠くでは城壁の上の魔導灯がちらつき、悲鳴と怒号が夜空に響いていた。
王都はすでに戦場だった。
ラキュースは即座にキリネイラムを抜いた。
刃が鞘から離れた瞬間、淡い聖光が広がる。
金色の光が霧のように漂い、瘴気を押し返した。
「ティナ、ティアは先行して警戒! ガガーランは私の前に! イビルアイ、結界を展開!」
「了解!」
双子が影のように消え、瓦礫の上を跳んでいく。
崩れた屋根、砕けた塔の壁、崩落した街路――そのすべてを足場にして、二つの影が王城へと滑っていった。
イビルアイの周囲に水晶の輪が浮かび上がる。
青白い魔力が回転し、砕けた結晶片が光の粒となって広がる。
「〈水晶障壁(クリスタル・シールド)〉――完了。これで当面は瘴気を遮断できる!」
透明な結界が広がり、周囲の空気がわずかに軽くなった。
その時――
遠く、王城が燃えていた。
塔の先端から紫の罅が走り、魔法障壁が悲鳴を上げて砕ける。
石片と魔力の火花が空に散り、城壁の一部が崩れ落ちた。
「ガガーラン、行け!」
「おうともよッ!」
戦槌が地面を叩きつける。
石畳が砕け、破片が雨のように飛び散る。
瓦礫の影から現れたスケルトン兵が、衝撃で吹き飛んだ。
骨が粉砕され、闇色の霧となって消える。
かつて王国を守っていた兵士たち。
だが今は罅の狂気に侵され、ただ暴れ回るだけの存在だった。
ガガーランの戦槌が再び振り下ろされる。
一撃ごとに骨が爆散し、炎の中を聖光が貫いた。
ラキュースは剣を構えながら祈りを紡ぐ。
「〈聖なる加護〉――王に届きますように!」
黄金の光が彼女の身体を包み、仲間たちにも広がる。
その声と同時に、王城へと駆け出す彼女の背を、仲間たちの光が照らした。
ティナの声が影の中から響く。
「王城内、敵多数。だが理性のある兵はいない。全部罅に飲まれてる」
瓦礫の影からティアも短く言う。
「兵士だけじゃない。侍女や衛兵も混ざってる」
「了解」ラキュースはキリネイラムを握り直す。
聖剣の光が一瞬だけ強くなる。
「誰も殺すな。可能なら救う!」
イビルアイが冷静に言った。
「救えるなら、ね……」
彼女は魔法陣を展開する。
氷の紋様が地面に広がった。
「〈氷晶の牙〉!」
天井から氷柱が降り注ぎ、暴走した兵たちを地面に縫い止める。
鎧ごと凍り付き、動きを封じられた兵士たちが呻き声を上げる。
イビルアイの瞳に宿る光は、哀しみとも決意ともつかないものだった。
――王の間まであと少し。
ラキュースの胸に、灼けるような焦りが広がっていく。
/*/ 竜王国王都・空中庭園跡地 /*/
漆黒の剣の転移陣が青白く光り、五人とアウレリア姫が現れた。
魔力の風が吹き抜け、周囲の塵が舞い上がる。
かつて美しい花園だった空中庭園は、今や瓦礫の山と化していた。
崩れた柱、砕けた噴水、裂けた石畳。
空には紫の罅が走り、その奥から暗い光が漏れている。
ペテルが即座に燃える剣を抜き、周囲を見渡す。
「姫、私たちから離れないで。ダイン、周囲警戒!」
「了解だッ!」
ダインの身体が膨れ上がる。
骨が軋み、筋肉が膨張する。
毛皮が生え、背が大きく伸びた。
巨大なグリズリーへと変じる。
地面を踏みしめるたび、瓦礫が震えた。
ルクルットは崩れた塔の上に跳び、氷の弓を引き絞る。
空を見上げる。
罅の奥から黒い影が現れていた。
翼ある魔獣。
「上空、飛行魔獣多数! 弓兵ってより、狩人の出番だな!」
矢が放たれるたび、氷の尾が夜空に軌跡を描く。
鋭い光線のように空を走り、魔獣の翼を貫いた。
一体が空から落ち、瓦礫の上で砕け散る。
ニニャは両手を合わせ、詠唱を紡ぐ。
「〈光線(レイ・オブ・ルーメン)〉――!」
放たれた光が、瘴気に染まった魔獣を貫く。
光に触れた瞬間、魔獣の体が崩れ、灰のように散っていく。
その瞳に浮かぶのは、恐怖ではなく覚悟だった。
アウレリア姫が震える声で問う。
「……女王陛下は?」
ペテルは短く答える。
「この先の王宮だ。俺たちが行く」
巨大なグリズリーが一声吠え、瓦礫をなぎ払う。
その咆哮はまるで、大地の神の怒りのようだった。
ルクルットが矢を放ち続けながら叫ぶ。
「空のやつら、まだ湧く! 罅の奥から出てきてやがる!」
「なら――」ダインが唸る。
巨大な掌を空に向ける。
「雷よ、落ちろ!」
掌に雷光が集まり、轟音とともに稲妻が空を裂いた。
雷が魔獣を串刺しにし、焼け焦げた臭いが風に乗る。
ペテルが燃える剣を掲げる。
炎が剣から噴き上がり、周囲の闇を押し返す。
「――この炎は、希望のために!」
燃え立つ剣が一閃し、闇を押し返した。
その光景を見て、アウレリア姫は涙を流した。
だが、その瞳には確かな光があった。
――竜王国の空が赤く染まる中、彼らは進む。
たとえ罅が世界を裂こうとも、守るべきもののために。
/*/ ローブル聖王国・王都近郊・聖堂前広場 /*/
灰色の空が裂け、紫の罅が地平を走る。
崩れた聖堂の前では、百人余の修行僧が狼の咆哮を上げていた。
――「カルバイン様を称える会」戦闘教導官、ゼロ。
剃り上げた頭に幾重もの傷を刻んだ巨漢が、太い声で叫ぶ。
「息を合わせろォ! “狼の魂”を降ろせぇッ!!」
彼の号令とともに、僧兵たちの体に銀の紋が浮かぶ。
手の甲、胸、背中に刻まれた狼の紋章が淡く輝き、荒ぶる風が巻き起こる。
彼らは〈シャーマニック・アデプト〉――
気と霊を操り、獣の加護を身に宿す戦闘僧侶だ。
「〈狼走り〉、発動!」
地を蹴る音が一斉に響く。
狼のように低く身を沈めた彼らが、狂乱した魔獣群に突撃した。
拳が牙を砕き、脚が骨を折る。
そして倒れてもなお立ち上がる――まるで本物の群れのように。
「いいぞォ!! まだ吠え足りねぇだろッ!」
ゼロの豪声が雷鳴のように響き渡る。
だがその時、空が裂けた。
――ゴロォォォン……
雷雲が渦を巻き、蒼白い閃光が地を走る。
次の瞬間、天地が光に包まれた。
「う、おおおッ!?」
眩しさに目を覆う間もなく、敵の群れが吹き飛んだ。
爆風の中を、青白い稲妻を纏った狼がゆっくりと歩み出る。
「……お前ら、よく持ちこたえたな」
声の主はジョン・カルバイン。
焦げ跡の残る地面を踏みしめ、片手に稲光をまとった大剣を携えていた。
その背からは雷の尾のような魔力が揺らめき、周囲の空気を震わせる。
ゼロは驚きの笑みを浮かべ、片膝をついた。
「――カルバイン様!!」
ジョンは顎で戦場を指す。
「立て。ここはまだ終わっちゃいねぇ。狼ども、王を守り抜け!」
「応ッ!!」
僧兵たちが再び立ち上がり、叫びと共に突撃していった。
ジョンは天を仰ぎ、低く呟く。
「……さぁ、聖王カスポンドを守りきれ。
この“雷”が――お前たちの道を照らす」
再び稲妻が閃き、彼の姿が雷光に包まれた。
/*/ バハルス帝国・王城 /*/
大理石の廊下が崩れ、瓦礫と血が散乱していた。
侍女たちが悲鳴を上げながら逃げ惑う中、
一人の男が立っていた。
バハルス帝国皇帝――ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。
彼の手に握られているのは、
黒い光を放つ魔剣《ウルフスベイン》。
ジョン・カルバインより贈られた、“黒き刃”だ。
「来るがいい……皇帝を、侮るなッ!」
黒刃が唸りを上げ、斬り込んできた魔獣の首を一閃で断ち切る。
黒い残光が軌跡を描き、周囲の空間を震わせる。
「陛下! お下がりください!」
秘書官の叫びを、ジルクニフは手で制した。
「下がってどうする! お前たちが倒れたら誰が民を導く!」
彼は振り返らずに叫ぶ。
「侍女たちは地下回廊へ! 近衛は門を閉ざせ! 魔導通信は死んだか!?」
「いえ、まだ数分は――!」
そのとき、廊下の奥で爆音が轟いた。
魔獣の群れが押し寄せる。
だが――
「下がれ。ここからは我が担当だ」
闇を裂く声とともに、黒いローブの魔法使いが歩み出た。
骸骨の顔、赤黒く輝く瞳――アインズ・ウール・ゴウン、すなわちモモンガ。
「〈魔法の矢(マジック・アロー)〉――百二十連射(コンティニュアス・フルバースト)」
無数の光弾が一斉に飛び、通路を埋め尽くした。
連鎖する爆音。閃光。
敵は一瞬で灰に変わり、風が静寂を運ぶ。
モモンガはゆっくりと腕を下ろした。
「……ふぅ。久しぶりに本気を出したな」
ジルクニフは剣を下げ、微笑を浮かべる。
「助かった、魔導王陛下。いや――友よ」
モモンガは骨の顔にわずかな笑みを刻む。
「礼など不要だ。お前の民を守る覚悟、その眼に宿っている」
ジルクニフは頷き、再び剣を構える。
「では、肩を並べよう。皇帝と魔王、いま一度この世界のために!」
モモンガの赤光が輝きを増した。
「いいだろう。――並び立つ者として」
そして二人は歩き出す。
滅びゆく帝都の廊下を、光と闇が並んで進んでいった。