オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ エ・ランテル太守の館・夕刻 /*/
夕陽が窓の格子を長く引き伸ばす頃、各地の代表が続々と作戦室に戻ってきた。
顔には疲労と安堵が混ざり、衣装は煤で黒ずんでいる。だが、どの目にも同じ光――まだ戦える、という意志が宿っていた。
ラキュースは王都から戻り、腕に包帯を巻きながらも険しい表情で報告する。
「王都は何とか抑えられました。市中の住民と王族の避難は完了。ただし、周縁域の警戒線が薄くなっています。」
漆黒の剣の面々は竜王国から連絡を受けて到着。ダインの背には焦げ跡、ルクルットの矢筒は空だった。
「竜王国側も被害は抑えられているが、空域の魔獣掃討は長期戦になる」とルクルットが報告した。
聖王国から来たゼロは、聖堂前で狼の加護を受けた僧兵たちが各村への派遣を待つ姿を語る。
「奴らの持久力は驚異だ。だが一人では限界がある。村一つにつき、最低でも数名の稼働部隊が要る。」
ジルクニフの一行は帝都の修復と秩序回復の状況を報告。モモンガは疲れた素振りも見せず、静かにデータを並べる。
「都市部の復旧は速い。だが辺境は人手と補給の問題で持たない。魔素供給線と交通路の確保が急務だ。」
地図の上では、紫の罅が依然として黒い線を引いている。だがそれを取り巻くように、小さな白い点――〈世界級〉アイテムの加護圏、ナザリックやカルネ・ダーシュ、主要拠点――が増えつつある。守るべきポイントは分かっている。問題は「村々をどう守るか」だった。
ジョンは静かに言った。
「都市は市民を収容できる。だが辺境の村々は孤立する。ここが踏ん張りどころだ。魔導国とリ・エスティーゼは、村ごとに最低一体のデスナイトを常駐させる。ほかに選択肢はない。」
報告室は一瞬静まり、次いで各代表の表情が変わる。
デスナイト――無言の守り手。戦力としては申し分ないが、製造と維持にかかるコスト、供給する魔素、そして操作(管理)要員の問題がつきまとう。
ラキュースが眉根を寄せる。
「一体を常駐させるだけで村は守られるの?」
「理論上は守れる。だが複数の罅や長期的侵食が起きた場合、持ちこたえられるかは不明だ」とモモンガ。
モモンガは立ち上がり、冷静に続けた。
「対応は二層構造にします。第一層はデスナイトの常駐。第二層は速応隊(騎士+魔導兵)を周辺拠点に配備して、補給と回収を行う。魔導国は〈伝言〉ネットワークで全域の状況を逐一送ってくれ。それで動く。」
その提案に、帝国側は賛同した。だが聖王国は別だ。
ゼロが首を振る。
「我々は民衆の感情を無視できぬ。南部の有力領主たちは、アンデッドを村に張り付けることに強く反対している。『神聖なる土地に屍が横たわる』という恐れが根深い。」
ローブルの代表の表情が、ほんの僅か揺らいだ。聖王カスポンドの名誉を重んじる社会的構造は、デスナイト常駐の是非を簡単には覆せない。議論は平行線を辿った。
ジョンは溜息をつきながらも、最終的な回答を出す。
「聖王国が動かぬなら、俺たちでカバーする。魔導国とリ・エスティーゼで、より多くのデスナイトを用意する。ただし、生産が増えれば消費する触媒も跳ね上がる。供給線の確保を最優先だ。」
ぐりもあは通信網の維持に注力する。〈伝言〉ネットワークの負荷分散、前線への中継増強、前方の予備魔素キャッシュの配備――彼女のタブレットには赤いマーカーが走る。補給艦(風脈ガレオン)や移動整備隊のルート確保も彼女の指示だ。
夜が更けると、館の窓外で遠くの村々に微かな光が次々と灯っていくのが見えた。デスナイトの黒い影が村はずれに立つ。最初は奇妙に思われたが、住民たちは次第に安堵を覚え始める。子供が門のそばでその影を指差し、母が小さく笑った。守りがあることを、人は理解し始めたのだ。
館の作戦室では、誰もが疲れた顔であったが、心は引き締まっていた。短期の勝利は得られても、世界の罅はまだ消えない。だが──彼らは確かに、守るための小さな光を増やしているのだ。翌朝までに、さらに二百体のデスナイトを辺境へ巡回配備する計画が立てられた。
モモンガは最後に低く呟いた。
「これで、少しは村が持つはずだ。足りなければ、また作るだけだ」
窓の外、守りの影が増え、夜は少しだけ静かになった。
/*/ エ・ランテル太守の館・作戦室 /*/
夜の帳が厚く垂れ、作戦室の魔導灯だけが淡く周囲を照らしている。外の廊に人影は少なく、疲労に沈んだ者たちは既に眠りについていた。机の上、世界地図の紫の罅(ヒビ)は黒く線を引き続け、報告文の断続音だけが遠くで鳴る。机端に落ちた地図の影に、三つの影──モモンガ、ジョン、ぐりもあ──だけが落ちていた。
モモンガが静かに口を開く。骨のように乾いた声が、薄い紙を震わせる。
「問題は単純だ。デスナイトの維持を『無期限』にしている以上、触媒となる“死体”は枯渇する。予備在庫はあるが限界が近い」
ジョンは椅子に深くもたれて、腕を組んだまま歯を鳴らす。灯りがその横顔を薄く削る。
「保存してあるってのは、例の倉か。ナザリックといくつかの聖域に分散してるやつだろ。使うなら早い方がいい――だが、掘り返して使うなんてのは正当化が必要だ。無闇にやるわけにはいかねぇ」
ぐりもあはタブレットを滑らせ、冷静に数字を並べる。画面の小さな文字列が青く点滅する。
「現状の保存在庫で稼働できるのは二百体程度。だが、それで持ちこたえられるのはせいぜい数週間です。供給線が回復しなければ、辺境の村は守れない。オプションは、倉の解放、もしくは追加供給の確保ですが、どちらも時間が掛かります」
モモンガが、紙一枚を取り出して机上に置いた。そこには『戦時非常手段・触媒条項(素案)』とタイトルが刻まれている。骨の指先が呪文のルーンをなぞるように動く。
「提案は三段階だ。第一に既に法的に判決が確定している遺体を優先使用する。第二に志願者制度の導入――生前に同意を記した者を触媒に用いる。第三に、最後の手段として“極悪非道”と認定された者を迅速裁判で処分する。ただし、全て公開と記録を原則とし、聖職者・地域代表の立会いを必須とする」
ジョンが短く吐き捨てるように言った。
「志願者は理解できる。死に場所を選ぶ奴はいる。だが“極悪非道”の定義を村の感情に委ねたら収拾つかねぇよ。疑心暗鬼で殺し合いになる」
ぐりもあが僅かに目を細めると、別のタブを開いた。過去にモモンガとジョンが設計した“デスナイト儀仗兵”の図面だ。画面に通常のデスナイトより一回り大きなデスナイト。彼女は小さく笑みを含んだ声で言う。
「儀仗兵――三千体は待機中ですから短期間で起動できます」
ジョンの顔に苦い安堵が差す。
「ああ、あったな。徹夜の甲斐があった。三千体――当座は足りるか」
モモンガは書面に眼差しを落とし、冷静に続ける。
「三千体を起動する――だが、触媒の用意に条件を付ける。使用する触媒は優先順位に従うこと。志願者には遺族補償を付与し、儀式と記録を執行する聖職者と監査官を常駐させる。何より、全過程を公開する。隠蔽は一切許さない」
沈黙が一瞬部屋を支配した。ただ、外で微かに聞こえる倉の封印解放の音がその沈黙を切る。断続する錠の軋み、古い鎖の滑る音。ぐりもあの指が素早く走り、通信水晶に命令を打ち込む。倉庫へ向かう作業班、聖職者の派遣、監査員の召集。指先から次々と命令が流れ、作戦室の空気が業務に変わる。
ジョンは立ち上がり、粗野だが誠実な声で言った。
「やるなら筋を通す。志願者制度は俺が前線で受け持つ。遺族補償と保障――俺が責任持って面倒見る。隠して死体にする事だけはさせねぇ」
ぐりもあは既に実務の段取りを詰めている。魔導結界の再起動、保存死体の運搬経路、儀仗兵運用の初期設定。彼女の声には確信が混じる。
「今夜は暫定配備だ。最も危険な拠点へ予備デスナイトを送り、明朝には代表者会議を招集して『触媒条項(暫定)』の説明を公開する。志願者の受付を同時に開始します」
モモンガは骨の手で署名の紋を描き、魔素を一瞬走らせる。書面の角が淡く輝いた。
「承認する。ただし、この施行記録は永久保存とする。後世の検証を可能にし、誰が何を決めたかを明白にする。それが我々の条件だ」
窓外、薄闇の向こうで倉の扉が大きく開く音がした。風が倉から流れ出し、冷たい空気と古い香が夜の廊に満ちる。遠くで、儀仗兵の関節が油を弾く音、試験詠唱の低い調べ、聖職者の祝詞の一節がかすかに聞こえた。
三人だけの作戦室。会議は終わり、だが行動は始まった。選択は誰も喜ばぬものだが、彼らはその重さを知りつつ、一刻も早く村々を守るための手を動かす。魔導水晶の灯がひとつ、またひとつと点り、夜は再び稼働音で満ちていく。
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ジョンは窓の外を一瞥すると、低く笑って口を開いた。
「竜王国の防衛が手薄だな。シャルティアのところから1体引き抜いて竜王国の防衛に着けよう。真紅眼の黒竜だ。吸血鬼化してるから休息無しで飛び回って防衛できる。飛行ルートは竜王国で決めさせれば良い」
ぐりもあはタブレットから顔を上げ、目を細めて計算をめくるように反応した。
「物理的には可能ですが、シャルティアの眼が届かないところでの運用はドラゴンの自我の強さ的に心配が残りますね。物流の仕事と違って、人間の命令を受けなくてはいけないわけですから」
モモンガは骨の顎をかすかに動かして、静かに言った。
「物流の仕事で命令に服従するのは分かっているが、目を離すとなると命令の穴をつくかもしれない。定期的な監視が必要になるな。シャルティアの仕事を補佐するアンデッドを創造して、シャルティアに副官を付けるのも検討しなくてはならないな」
ジョンは先を急ぐようにうなずいた。
「向こうが受けるかは別にして、可能性を提示して速攻で手を打つ。黒竜は昼も夜も飛ぶ。不死性があるから長時間の哨戒に向いてる。竜王国が飛行ルートを決め、補給拠点をいくつか用意すりゃ、辺境はかなり楽になる」
ぐりもあはすぐに通信水晶を取り出し、シャルティアと竜王国連絡担当の二者に同時に連絡を打とうとした。
「まずは形式的な要請書と技術的条件を出します。シャルティア側には“名誉配属”として、竜王国側には“補給・監視”の確約を求める。承諾が得られれば、今夜にも儀式班を動かせます」
モモンガは付け加えた。
「オーバーロード・ワイズマンを召喚して、シャルティアの補佐につけましょう。シャルティアも貴重な戦力です。負担は減らして、自由に動ける状態にしておきたい」
ジョンはふところから粗末な紙片に短く印を付け、ぐりもあに放り渡した。
「文言は俺が書いとく。『臨時援護出動、栄誉を以て』ってな。やるなら早い方がいい。辺境の夜が長いんだ」
外ではまだ倉の扉が軋む。三人は互いに目を合わせ、了承を確認するように頷いた。行動の輪郭は決まった。あとは、説得と手続きと、シャルティアという一つの強大な誇りを扱うことだけだった。
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シャルティアは、思いのほかあっさりと笑って了承した。
「良いでありんしょう。竜王国のためになることなら、喜んで一体差し出しますわ」
彼女の声には、豪奢な嬉しさと軽い嘲りが混ざっている。側に控える侍従オーバーロード・ワイズマンが一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「副官として働ける事。光栄の至りです、シャルティア殿」
シャルティアはぱちりと瞬き、顔を輝かせた。
「ふふ、あなたのような智を側に寄越してくださるとは。これほどの美女を私に下賜してくださるとは!」
ジョンはワイズマンをちらりと見て、呟いた。
「あ、この個体って女だったんだな」
ぐりもあはモニターを覗き込み、設計図の骨格と魔力配分の図を示してから肩をすくめる。
「流石に一目見て骨格で判別つけるのは難しいですよ。魔力パターンや攻性反応、声帯振動から性別を推定するしかありませんが、この個体は骨盤の作り的に女性っぽいですね」
シャルティアは優雅に微笑み、黒衣の裾を翻すようにして指示を出した。すぐ脇にいた調教師が彩られた紋章を掲げると、穏やかながらも力強い吐息が甲板の上に波紋を作った。そこに横たわっていたのは、真紅の瞳をした黒竜――巨大で流線的な鱗は夜を飲み込み、翼裏にわずかに血のような光を宿していた。吸血性の体質が、瞳の深紅に反映されている。
ジョンは短く命じた。
「お前は竜王国の防衛に回れ。飛行ルートと哨戒高度は竜王国に任せる。主に辺境の南北航路を押さえろ。非理性的な侵攻種は即時排除。民間地域の誤射は厳禁だ。補給ポイントと魔力監視は竜王国で確保させろ。万が一の反発には自律解除符で強制帰還させる」
ぐりもあがルーンを重ね、詠唱の輪に小さな印を刻む。
「自律解除符は二重にします。ワイズマン副官には監視ルーンの一端を与え、こちらから常時テレメトリを受け取る。飛行ログと攻撃ログは自動記録。あとは竜王国の受け入れ手順に従うだけです」
ワイズマンは冷静に頷き、黒竜の側へ歩み寄った。手の中で小さな水晶を回すと、それはふわりと浮き上がり竜の額に触れた。黒竜は低く唸り、次いで短く鳴いたように見せた――意思の確認だ。やがてその瞳がゆっくりとジョンたちの方へ向き、知性的な光を放つ。
シャルティアが言葉を添える。
「この子は誇り高いでありんす。『名誉配属』として扱い、竜王国側にもその誇りを守る手続きを取らせてなんし。私の副官が常駐すれば、扱いに過剰な躊躇は生じないでありんす」
ジョンは肩をすくめて、短く笑った。
「分かった。現場の指揮は竜王国に任せる。だが何かあれば即座に知らせろ。お前の代わりは俺が務める」
合図とともに、黒い翼がゆっくりと開いた。巨大な帆のように広がるたびに空気が震え、甲板の木片が波打つ。翼が一度、二度と大きく羽ばたき、黒竜はゆるやかに浮上する。甲板を走る影、甲冑越しに交わされる視線。ワイズマンが小さな紋を掲げ、飛翔の座標を最後に囁くと、真紅眼の黒竜は空へと昇った。
夜明け前の空に、その黒い影が一点の彗のように裂け、東の方角へと消えていく。竜王国へ向けた第一の哨戒が、今――始まった。