オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
/*/ アーグランド評議国 /*/
夜空は裂けていた。
かつては澄んだ群青だった空に、
今は幾筋もの紫の罅が走っている。
それは雷ではない。
雲でもない。
空間そのものの裂傷。
罅の奥では、別の空が揺れていた。
星でも月でもない、暗い光。
それがゆっくりと脈動し、世界の空気を腐らせている。
山脈の上空を、巨大な影が横切った。
白金の竜。
翼が広がるたび、嵐のような風が谷を駆け抜ける。
森林が波のように揺れ、雪が山肌から舞い上がる。
ツァインドルクス。
かつて白金の竜王と呼ばれた存在。
だが今、その鱗は完全な輝きを失っていた。
光を受けても、どこか鈍く沈んでいる。
瞳の奥には竜の誇りと同時に――
吸血鬼の支配の刻印が宿っていた。
シャルティアの眷属。
吸血竜。
ツァインドルクスは翼を大きく羽ばたかせ、
罅の広がる空を睨みつけた。
遠くの山脈で、爆発が起きる。
罅の奥から吐き出された怪物が、
竜王国の城塞を襲っていた。
触手の魔獣。
骨の翼を持つ影。
星のような瞳を持つ異形。
ツァインドルクスが低く唸る。
「……来たか」
その声は空気を震わせた。
背後から、別の巨大な影が降りてくる。
赤銅色の鱗。
翼を広げると、山一つ覆うほどの巨体。
彼もまた、瞳に赤黒い光を宿していた。
吸血竜。
かつての竜王の一柱。
「ツァー……」
その声は重かった。
「侵食が……止まらん」
ツァインドルクスは答える。
「分かっている」
空を見上げる。
罅は広がっていた。
昨日より。
今朝より。
確実に。
その奥から、黒い影が溢れている。
そして――
もう一体の竜が降りてきた。
蒼い鱗。
片翼の一部が裂けている。
「南の山脈が崩れた」
低い声。
「罅が三つ増えた」
沈黙が落ちる。
風だけが唸っている。
赤銅の竜が、苦く笑った。
「……皮肉だな」
ツァインドルクスが振り向く。
「何がだ」
竜は空を見た。
裂けた空。
罅の奥。
そこに揺れる、異界の光。
「我らは八欲王を恐れていた」
翼がゆっくり動く。
「世界を壊す者だと思っていた」
爪が岩を砕く。
「だが」
低い声。
「本当の災厄は」
罅の奥。
「外にいた」
ツァインドルクスの瞳が細くなる。
彼は静かに言った。
「……違う」
竜たちが見る。
ツァインドルクスは言う。
「我らだ」
風が止まる。
「我ら竜王が」
罅を見上げる。
「重しだった」
その言葉は、山のように重かった。
赤銅の竜が呟く。
「我らが倒れた瞬間」
罅を睨む。
「世界の蓋が外れた」
その瞬間――
罅が裂けた。
巨大な影が落ちてくる。
触手の塊。
骨の翼。
紫の瞳。
異界の怪物。
蒼竜が唸る。
「来るぞ」
ツァインドルクスは翼を広げた。
白金の翼。
嵐が起きる。
その時。
赤銅の竜が小さく笑った。
「……だが」
ツァインドルクスが振り向く。
「何だ」
竜は言う。
「皮肉だ」
翼を広げる。
「我らは敗れた」
空を見上げる。
「吸血鬼の眷属」
低く言う。
「アンデッド」
一瞬の沈黙。
そして。
竜は言った。
「だが」
翼を打つ。
空へ舞い上がる。
「疲れぬ身体を得た」
ツァインドルクスの瞳がわずかに動く。
竜は続ける。
「昼も」
翼が鳴る。
「夜も」
罅を見上げる。
「休まず」
怪物を睨む。
「戦える」
その声は静かだった。
「評議国を守るには」
爪が怪物を引き裂く。
血が夜空に散る。
「ちょうどいい」
ツァインドルクスは沈黙した。
ほんの一瞬。
そして。
翼を広げる。
白金の嵐が起きる。
「……飛ぶぞ」
低い声。
「守る」
竜たちが一斉に飛び上がる。
白金。
赤銅。
蒼。
黒。
かつての竜王たち。
今は――
吸血竜。
アンデッドの翼が夜空を裂く。
罅から溢れる怪物に突撃する。
彼らはもう眠らない。
疲れない。
休まない。
昼も。
夜も。
ただ飛び続ける。
評議国の空を。
守るために。
ツァインドルクスは、罅の奥を見た。
そして小さく呟く。
「……ジョン」
風が唸る。
「貴様は我らを打ち倒した」
紫の空を睨む。
「ならば」
竜の瞳が光る。
「最後まで見届けろ」
竜王たちは散開する。
裂けた夜空へ。
アンデッドの翼は止まらない。
皮肉にも――
世界を守る竜王は、
すでに死んでいた。
/*/ アーグランド評議国・上空 /*/
夜空の罅は、いよいよ一つに集まり始めていた。
それはもはや細い亀裂ではない。
山脈を横断するほどの、巨大な裂け目。
空の中心に、黒い穴のような空間が広がっている。
罅の縁は紫の光で脈動し、
まるで心臓のようにゆっくりと鼓動していた。
その奥から――
何かが押し出されてくる。
触手。
骨の翼。
星のように並ぶ瞳。
それは怪物という言葉では足りなかった。
形が安定していない。
見る角度ごとに姿が変わる。
山ほどの巨体を持ちながら、
影のように揺れている。
空間そのものが、その存在に耐えられていない。
蒼竜が震えた。
「……あれは」
声がかすれる。
「理の外だ」
赤銅の竜が唸る。
「評議国が滅びる時の未来の記憶にあった」
空を見上げる。
「外なるもの」
ツァインドルクスの瞳が細くなる。
巨大な影が罅から身を乗り出す。
その触手が空を掴み、
ゆっくりと世界へ這い出そうとしていた。
空が軋む。
山が震える。
大地が悲鳴を上げる。
その時――
空の高みで、
何かが光った。
最初は星のように小さかった。
だが。
次の瞬間。
それは、火の尾を引いた。
夜空を裂く、一直線の光。
蒼竜が叫ぶ。
「……何だ、あれは!」
ツァインドルクスは動かなかった。
ただ見ていた。
その光を。
それは――
柱だった。
巨大な柱。
黒い金属の巨体。
空を割るように降ってくる。
赤銅の竜が叫ぶ。
「落ちるぞ!」
だが。
ツァインドルクスは知っていた。
低く言う。
「違う」
その声は静かだった。
「落ちているのではない」
火の柱が、
罅へ一直線に突っ込む。
大気が燃える。
空が裂ける。
その瞬間――
衝突した。
音は一瞬遅れてやって来た。
――――轟ッ!!!
世界が白くなった。
衝撃波が山脈を吹き飛ばす。
雲が蒸発する。
罅の中心が、
光の球になった。
柱状の巨体――
タングステンの衛星ゴーレム。
それが罅へ体当たりした。
その質量。
その速度。
そして。
内蔵された魔力炉が、
衝突の瞬間に爆発する。
膨大な運動エネルギーと大魔力。
それが同時に解き放たれた。
空が崩壊する。
罅の縁が砕ける。
外なるものの触手が、
一瞬で蒸発した。
怪物の身体が裂け、
影が引き裂かれる。
そして――
罅そのものが、
消えた。
空には、
焼けた雲だけが残る。
竜たちは、しばらく動かなかった。
赤銅の竜が呟く。
「……消えた」
蒼竜が震える声で言う。
「罅ごと……消滅した」
ツァインドルクスは、
燃え残る空を見ていた。
遠い空の彼方。
まだ幾つもの光が、
静かに軌道を回っている。
人工衛星。
柱状のゴーレム。
彼は低く言った。
「……あれが」
風が吹く。
「一度は我らを消滅させたもの」
赤銅の竜が呟く。
「竜王を落とした柱」
ツァインドルクスの瞳が光る。
そして静かに言う。
「アインズ・ウール・ゴウンの神の杖」
空を見上げる。
そこには、まだ光る衛星があった。
彼は小さく息を吐く。
「……恐ろしいものだな」
そして翼を広げた。
「だが」
空を睨む。
「今は味方だ」
竜たちが再び飛び立つ。
罅は消えた。
だが。
夜空の奥には、
まだ新しい傷が生まれようとしていた。
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原作が進まないのでゲームの方のシナリオで進めようかと思ったのですが、なんか熱量が覚めたのでお休みします。熱が戻ったら、再開しようと思いますが、灰の中から火を蘇るかなぁ。