オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第232話:裂けた空、墜ちた空

 

 

/*/ アーグランド評議国 /*/

 

 

夜空は裂けていた。

 

かつては澄んだ群青だった空に、

今は幾筋もの紫の罅が走っている。

 

それは雷ではない。

雲でもない。

 

空間そのものの裂傷。

 

罅の奥では、別の空が揺れていた。

星でも月でもない、暗い光。

それがゆっくりと脈動し、世界の空気を腐らせている。

 

山脈の上空を、巨大な影が横切った。

 

白金の竜。

 

翼が広がるたび、嵐のような風が谷を駆け抜ける。

森林が波のように揺れ、雪が山肌から舞い上がる。

 

ツァインドルクス。

 

かつて白金の竜王と呼ばれた存在。

 

だが今、その鱗は完全な輝きを失っていた。

光を受けても、どこか鈍く沈んでいる。

 

瞳の奥には竜の誇りと同時に――

吸血鬼の支配の刻印が宿っていた。

 

シャルティアの眷属。

吸血竜。

 

ツァインドルクスは翼を大きく羽ばたかせ、

罅の広がる空を睨みつけた。

 

遠くの山脈で、爆発が起きる。

 

罅の奥から吐き出された怪物が、

竜王国の城塞を襲っていた。

 

触手の魔獣。

骨の翼を持つ影。

星のような瞳を持つ異形。

 

ツァインドルクスが低く唸る。

 

「……来たか」

 

その声は空気を震わせた。

 

背後から、別の巨大な影が降りてくる。

 

赤銅色の鱗。

 

翼を広げると、山一つ覆うほどの巨体。

 

彼もまた、瞳に赤黒い光を宿していた。

 

吸血竜。

 

かつての竜王の一柱。

 

「ツァー……」

 

その声は重かった。

 

「侵食が……止まらん」

 

ツァインドルクスは答える。

 

「分かっている」

 

空を見上げる。

 

罅は広がっていた。

 

昨日より。

 

今朝より。

 

確実に。

 

その奥から、黒い影が溢れている。

 

そして――

 

もう一体の竜が降りてきた。

 

蒼い鱗。

 

片翼の一部が裂けている。

 

「南の山脈が崩れた」

 

低い声。

 

「罅が三つ増えた」

 

沈黙が落ちる。

 

風だけが唸っている。

 

赤銅の竜が、苦く笑った。

 

「……皮肉だな」

 

ツァインドルクスが振り向く。

 

「何がだ」

 

竜は空を見た。

 

裂けた空。

 

罅の奥。

 

そこに揺れる、異界の光。

 

「我らは八欲王を恐れていた」

 

翼がゆっくり動く。

 

「世界を壊す者だと思っていた」

 

爪が岩を砕く。

 

「だが」

 

低い声。

 

「本当の災厄は」

 

罅の奥。

 

「外にいた」

 

ツァインドルクスの瞳が細くなる。

 

彼は静かに言った。

 

「……違う」

 

竜たちが見る。

 

ツァインドルクスは言う。

 

「我らだ」

 

風が止まる。

 

「我ら竜王が」

 

罅を見上げる。

 

「重しだった」

 

その言葉は、山のように重かった。

 

赤銅の竜が呟く。

 

「我らが倒れた瞬間」

 

罅を睨む。

 

「世界の蓋が外れた」

 

その瞬間――

 

罅が裂けた。

 

巨大な影が落ちてくる。

 

触手の塊。

 

骨の翼。

 

紫の瞳。

 

異界の怪物。

 

蒼竜が唸る。

 

「来るぞ」

 

ツァインドルクスは翼を広げた。

 

白金の翼。

 

嵐が起きる。

 

その時。

 

赤銅の竜が小さく笑った。

 

「……だが」

 

ツァインドルクスが振り向く。

 

「何だ」

 

竜は言う。

 

「皮肉だ」

 

翼を広げる。

 

「我らは敗れた」

 

空を見上げる。

 

「吸血鬼の眷属」

 

低く言う。

 

「アンデッド」

 

一瞬の沈黙。

 

そして。

 

竜は言った。

 

「だが」

 

翼を打つ。

 

空へ舞い上がる。

 

「疲れぬ身体を得た」

 

ツァインドルクスの瞳がわずかに動く。

 

竜は続ける。

 

「昼も」

 

翼が鳴る。

 

「夜も」

 

罅を見上げる。

 

「休まず」

 

怪物を睨む。

 

「戦える」

 

その声は静かだった。

 

「評議国を守るには」

 

爪が怪物を引き裂く。

 

血が夜空に散る。

 

「ちょうどいい」

 

ツァインドルクスは沈黙した。

 

ほんの一瞬。

 

そして。

 

翼を広げる。

 

白金の嵐が起きる。

 

「……飛ぶぞ」

 

低い声。

 

「守る」

 

竜たちが一斉に飛び上がる。

 

白金。

 

赤銅。

 

蒼。

 

黒。

 

かつての竜王たち。

 

今は――

 

吸血竜。

 

アンデッドの翼が夜空を裂く。

 

罅から溢れる怪物に突撃する。

 

彼らはもう眠らない。

 

疲れない。

 

休まない。

 

昼も。

 

夜も。

 

ただ飛び続ける。

 

評議国の空を。

 

守るために。

 

ツァインドルクスは、罅の奥を見た。

 

そして小さく呟く。

 

「……ジョン」

 

風が唸る。

 

「貴様は我らを打ち倒した」

 

紫の空を睨む。

 

「ならば」

 

竜の瞳が光る。

 

「最後まで見届けろ」

 

竜王たちは散開する。

 

裂けた夜空へ。

 

アンデッドの翼は止まらない。

 

皮肉にも――

 

世界を守る竜王は、

 

すでに死んでいた。

 

 

/*/ アーグランド評議国・上空 /*/

 

 

夜空の罅は、いよいよ一つに集まり始めていた。

 

それはもはや細い亀裂ではない。

山脈を横断するほどの、巨大な裂け目。

 

空の中心に、黒い穴のような空間が広がっている。

 

罅の縁は紫の光で脈動し、

まるで心臓のようにゆっくりと鼓動していた。

 

その奥から――

 

何かが押し出されてくる。

 

触手。

骨の翼。

星のように並ぶ瞳。

 

それは怪物という言葉では足りなかった。

 

形が安定していない。

 

見る角度ごとに姿が変わる。

 

山ほどの巨体を持ちながら、

影のように揺れている。

 

空間そのものが、その存在に耐えられていない。

 

蒼竜が震えた。

 

「……あれは」

 

声がかすれる。

 

「理の外だ」

 

赤銅の竜が唸る。

 

「評議国が滅びる時の未来の記憶にあった」

 

空を見上げる。

 

「外なるもの」

 

ツァインドルクスの瞳が細くなる。

 

巨大な影が罅から身を乗り出す。

 

その触手が空を掴み、

ゆっくりと世界へ這い出そうとしていた。

 

空が軋む。

 

山が震える。

 

大地が悲鳴を上げる。

 

その時――

 

空の高みで、

何かが光った。

 

最初は星のように小さかった。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

それは、火の尾を引いた。

 

夜空を裂く、一直線の光。

 

蒼竜が叫ぶ。

 

「……何だ、あれは!」

 

ツァインドルクスは動かなかった。

 

ただ見ていた。

 

その光を。

 

それは――

 

柱だった。

 

巨大な柱。

 

黒い金属の巨体。

 

空を割るように降ってくる。

 

赤銅の竜が叫ぶ。

 

「落ちるぞ!」

 

だが。

 

ツァインドルクスは知っていた。

 

低く言う。

 

「違う」

 

その声は静かだった。

 

「落ちているのではない」

 

火の柱が、

罅へ一直線に突っ込む。

 

大気が燃える。

 

空が裂ける。

 

その瞬間――

 

衝突した。

 

音は一瞬遅れてやって来た。

 

 

 

――――轟ッ!!!

 

 

 

世界が白くなった。

 

衝撃波が山脈を吹き飛ばす。

 

雲が蒸発する。

 

罅の中心が、

光の球になった。

 

柱状の巨体――

 

タングステンの衛星ゴーレム。

 

それが罅へ体当たりした。

 

その質量。

 

その速度。

 

そして。

 

内蔵された魔力炉が、

衝突の瞬間に爆発する。

 

膨大な運動エネルギーと大魔力。

 

それが同時に解き放たれた。

 

空が崩壊する。

 

罅の縁が砕ける。

 

外なるものの触手が、

一瞬で蒸発した。

 

怪物の身体が裂け、

影が引き裂かれる。

 

そして――

 

罅そのものが、

 

消えた。

 

空には、

焼けた雲だけが残る。

 

竜たちは、しばらく動かなかった。

 

赤銅の竜が呟く。

 

「……消えた」

 

蒼竜が震える声で言う。

 

「罅ごと……消滅した」

 

ツァインドルクスは、

燃え残る空を見ていた。

 

遠い空の彼方。

 

まだ幾つもの光が、

静かに軌道を回っている。

 

人工衛星。

 

柱状のゴーレム。

 

彼は低く言った。

 

「……あれが」

 

風が吹く。

 

「一度は我らを消滅させたもの」

 

赤銅の竜が呟く。

 

「竜王を落とした柱」

 

ツァインドルクスの瞳が光る。

 

そして静かに言う。

 

「アインズ・ウール・ゴウンの神の杖」

 

空を見上げる。

 

そこには、まだ光る衛星があった。

 

彼は小さく息を吐く。

 

「……恐ろしいものだな」

 

そして翼を広げた。

 

「だが」

 

空を睨む。

 

「今は味方だ」

 

竜たちが再び飛び立つ。

 

罅は消えた。

 

だが。

 

夜空の奥には、

まだ新しい傷が生まれようとしていた。

 

 




/*/

原作が進まないのでゲームの方のシナリオで進めようかと思ったのですが、なんか熱量が覚めたのでお休みします。熱が戻ったら、再開しようと思いますが、灰の中から火を蘇るかなぁ。
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