オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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2015.11.29 16:35頃 誤字修正


第23話:辛い特訓を考えて見たまえ。

 

エモット家前の訓練所ではゴブリンの訓練と言う名の性能試験が行われていた。

 

ただ、ジョンが直接手を出すと確認にならない為、魔法で低レベルの簡易ゴーレムを作り出し、対戦相手としていた。

簡易ゴーレムは等身大の出来の悪い木製のデッサン人形のような外見だったが、手もあって武器も持たせられた。

 

ユグドラシルの10Lv簡易ゴーレム・オーク(樫の木の枝から創られる設定)は雑魚も良いところで初心者の盾役だった。AIに指示をあたえて動かす半自動のモードと、自分で操作する手動モードがあり、現実になってもそこは変わらないようだった。

 

本職(愉快なゴーレムクラフター)ではないのでAIも外装も弄れないが、手動で動かす分には(集中が必要なので自分は動けなくなるが)10体程度は動かせるようだった。

 

90分で消えてしまう為、開拓に使うなら持続時間の長い《建築作業員の手》の方が使い勝手が良く。低レベル簡易ゴーレムのAIは単純機能でAI任せでは殴る事しか出来ないし、攻撃されても回避もしない。

 

ジョンが自分で使う時は一撃で消し飛ぶ等身大の的として使っていた。

 

手動であればジョンが全ての動きを制御する事が出来たので、ゴブリン達を相手にするには十分過ぎる性能だった。寧ろ、下手な弱体化装備を用意しないでゴブリン達と戦えるのはジョンにとって大きなメリットだ。

 

簡易ゴーレムを使っての1対1から始まり、多対多までの戦闘訓練を行った。

戦ってみた感じ、自分達が弱いと自覚しているゴブリン隊の方が、ナザリックのNPC達より油断が無く、工夫をしてくる。

この辺りは召喚者が弱いのも原因の一つだろうか。

 

ナザリックのNPC達をフォローするとすれば、先ずシャルティアは性格上仕方ない。

 

戦闘特化のガチビルドだが、性格はペロロンチーノが理想を詰め込み。戦闘最強を目指した際の標語「シャルティアはナザリック階層守護者にて最強」「慢心せずして何が最強か」に思わず釣られ、ジョンも製作に協力した。

 

その結果、真紅の鎧も神器級(ゴッズ)となり、色を揃えた伝説(レジェンド)級の盾も作れた。

 

信仰系魔法詠唱者の利点は比較的重武装できる点にあり、ランス、鎧、盾と装備が揃った事で防御とステータスもアップし色々と危険。最初からガチで来られると、PC側の優位である超位魔法と課金が消えるとヤバイレベルになった。

それ故の慢心せずして何が最強かである。

 

そう言った最初から強者として創り出された存在と、ゴブリン達では自ずと意識も変わってくるだろう。

 

ナザリックのNPC達にとって、自分達は強くて当然。()()()()()()なのだ。

ルプスレギナを思いながら、定められた限界を超えようと言う欲求も、ゴブリン達の方が早く持つのではとジョンは思う。

 

そんな厳しく、激しい訓練だが、他人がやっているのを見ると自分も交ざりたくなるのが、人の性である。

 

漆黒の戦士モモンが、訓練に交ざりたそうにこちらを見ている。(交ぜますか? Yes/No)

 

ジョンはゴブリン達の戦力確認が終るまで努めて無視していたが、一通り終って用済みになった簡易ゴーレムを1体向かわせ、「壊さないで戦えるなら、交ざっても良いですよ」と言って見た。

嬉々として簡易ゴーレムに両手剣を振り下ろす漆黒の戦士。ゴーレムは見事、真っ二つになった。

 

「「……」」

 

もう一回。もう一回と頼むので、1体ずつ的にしてやったが、全て真っ二つにしてくれた。

 

手加減する方が難しいから仕方ない。

加減が出来ない事にショックを受けたモモンは膝をつき、地に手をついてがっくりしている。

 

そのモモンガを前に、30Lvぐらいの戦士で、再生能力とかあって、簡単に死なないモモンガの訓練相手がいないかなぁ。ジョンはそう思い空を見上げた。

 

とりあえず、モモンガに基本の立ち方とそこからの素振りを教える。本当に力だけで振り回していると、見るものが見れば直に分かってしまうのは避けたい。

素振りを始めたその両手剣が巻き起こす旋風に、ゴブリン隊と漆黒の剣が青い顔をしていたが、気にするなと手を振る。

 

しかし、他人がやってるのを見ると自分もやりたくなるのは異世界でも変わらないようだった。

 

漆黒の剣の面々が、真剣な眼差し、神妙な表情でジョンの前に並んだ。

 

「俺達も訓練させてもらっても……いえ、お願いします! 俺達に稽古をつけて下さい!」

「「「「お願いします!!」」」」

 

冒険者として強くなる事に真摯であるからこそ、漆黒の剣は自分達よりも遥か高みにいる存在。その存在がゴブリンや仲間に稽古をつけている姿に思ったのだ。自分達も、と。

教えを受ける事が出来れば、それをものにする事が出来るのなら、それはどんな武器や魔法よりも自分達の力となる。人間が種として弱いからこそ、強い力に憧れた。

 

ジョンとしては、この漆黒の剣と言うチームが気に入りつつあったので教える事はやぶさかではなかったが、一応こんな時の定型句(だと思う)「どうして強くなりたいのか?」と聞いてみた。

 

「強くなりたいんです」

張り詰めた瞳でニニャが答え、ペテル、ルクルット、ダインが続けて答えた。

 

「強くなって、漆黒の剣を見つけて」

「強くなって、名を上げて」

「ニニャの姉を取り戻すのである」

 

「……皆」

 

驚いた表情をしたニニャ。照れくさそうにペテルとルクルットが笑い。ダインは当然と言った風に構えている。

 

「なんだよ、その顔」

「仲間なんだから当たり前だろ」

「漆黒の剣を見つければ、蒼の薔薇のように王都に出入りも出来るのである」

「そこまで名を上げれば貴族だって放っておかないさ」

「そうなったら、俺も美人の嫁さんを見つけられるな」

 

照れ隠しにそんな事を言って見せ、場を和ませるルクルット。

自分が仲間を偽っていたニニャ。実はそれは仲間達が知っていた事を知らなかったニニャ。

ぎくしゃくしかけた関係だったが、彼らの絆はそれで揺らぐ様なものではなかったらしい。

見ていてどこか温かくなるやり取りだった。

 

《良いチームですね》

《本当ですね》

 

ジョンとモモンは漆黒の剣のやり取りを眩しそうに、懐かしそうに眺めていた。

 

《それでどうするんですか?》

《気に入ったから、特訓してやるけど?》

 

どうせ、冒険者になったら実力的に悪目立ちするだろうし、弟子の一組もいていいでしょう。そう事も無げに続けるジョン。

モモンガはこいつは戦闘と開拓が絡むと、本当に頭の回転が良くなるなと呆れながら、一緒に冒険に行ってくれるなら、私も文句はありませんよと答えた。

 

 

/*/

 

 

ゴブリン達に代わり、ジョンの前に並んだ漆黒の剣。彼らを前にしてジョンはこれまでに無く真剣な表情で口を開いた。

 

「では、最初に行っておく。『死なないでくれ』」

「え?」

 

「今まで付き合いがあるの割と頑丈な連中(75Lv超PC)ばっかりでさ。ゴブリンとか普通の人間だと手加減が上手く出来ないかもしれない」

「おい」

 

ルクルットが突っ込みを入れたが、これまでに無いジョンの真剣な表情に冗談では無い事を感じ取り、漆黒の剣の顔つきも真剣になる。

100Lvの前衛職の筋力では59Lvのルプスレギナの手首ですら、うっかり握り潰しそうになるのだ。10Lv前後っぽい彼らでは、うっかり触っただけで、ぐしゃっと行くかも知れない怖さがあった。

(俺はいつから改造人間(昭和ライダー)になったんだろう)

人付き合いにも弱体化装備は必須なんではないだろうか? 割りと真剣に悩むジョンだった。

 

「さて、時間も無いから、即効性のある特訓と戦術の見直し。反復練習の方法を教える。

 一朝一夕に強くなんてなれないわけだが、それでも特訓でその不可能を求めるなら……思い浮かぶ限りの辛い特訓を考えろ。

 

 考えたか?」

 

神妙に頷く、漆黒の剣の面々。

 

 

「そんなものは! 天国だッ!!」

 

 

先ず漆黒の剣へ、ルプスレギナに信仰系第四位階《高速自然治癒》をかけさせる。

 

この駄犬。「特訓」「修行」「師匠」「弟子」などの単語に刺激され、自重とか忘れてノリノリである。

 

ユグドラシルでは通常の治癒では筋トレにならない設定だったので、ジョンは運営に「筋トレに使える治癒魔法は何か」と質問した事があった。

通常の治癒、復元能力では筋トレにならない。高速自然治癒、再生能力などの自然治癒の延長上のものと、モンクの気功治療が筋トレの役に立つ設定との返答だった。

 

そして、最後にゲーム上での性能差はありませんと注意書きがあった。

 

第一位階の《早足》の逆、《鈍足》で動きを20%遅くするなど、自分の特訓用に習得しているとの設定だった弱体化魔法でステータス全体を落とした上で、フル装備で村の周囲を駆け足で回らせる。

そのままでは訓練にならないので、ペースメイカーに眷属召喚で呼び出した狼をつけての上でだ。

 

そして、3人が走っている間に1人ずつ(多分)ショック死しないであろうギリギリを狙い、じりじりと殺気を強めながら叩きつける。

 

漆黒の剣の面々は、姉を思い、仲間を思い、夢を思い。涙を零しながら、呼吸すら出来なくなりながら、恐怖の中でもがき必死に生を掴もうと足掻いた。

体力作りで辛いとか、打合いで打ちのめされて辛いとかは想像した。

だが、こんな殺気だけで意識が白くなり、死にそうな特訓(体験)は想像すらしていなかった。

 

確かに自分達の考える限りの辛い特訓など天国みたいなものだ。

 

「「勇気」とは「怖さ」を知る事。「恐怖」を我が物とする事だ。決して恐怖を忘れて、勝てもしない相手に突撃する事じゃない」

 

恐怖と安堵の涙を流しながら、ジョンの言葉を聴く。恐怖に我が物にされそうですとボケる余裕など勿論ない。

これだけの殺気、これだけの恐怖を叩きつけられて、忘れる事など出来るだろうか。

夜毎に思い出しては恐怖に震え、涙を零すのではないだろうか。

そして何よりも。

 

「夢と希望に満ち溢れてた表情が、無力を知って恐怖と絶望に染まる。いやー、良い顔っすね。好きな表情っすよ。すっごくゾクゾクしてくる」

 

天真爛漫な笑顔を振り撒いていたルプスレギナの表情はひび割れ、そこから瘴気が噴出してくるような笑顔になっていた。

人を喰らう肉食獣の獰猛な笑みとも違う。人の尊厳を踏み躙り、弄ぶ、悪意こそが喜び。人間が理解したくないと本能的に忌避する。そんな笑顔だ。

そんな笑顔を浮かべたルプスレギナが、彼らの精神が砕け散りそうなる度、精神異常の回復魔法をかけ、助けて(?)くれる。

 

「これはたまらん表情っすね。うひひひひ」

 

恐怖と絶望の狂気から救い上げられ、引きつった顔で安堵の涙を流しながら思い出す。

昔聞いた話だ。

 

『強い奴は皆、どっかおかしい』、その話が嫌と言う程に実感できた。

 

 

/*/

 

 

ペテル・モークは王国の出身だ。

都市部の比較的裕福な家の四男として生まれ、家を飛び出し冒険者となった。

別に家族と不仲だったわけではないし、チームメイトのニニャのような不幸があったわけでもない。

比較的裕福な家に生まれ、簡単な読み書きも教えてもらえ、高望みしなければ都市生活者として何か仕事に就く事だって出来ただろう。

 

冒険者となってチームメイトにも恵まれ、中堅の銀級まで成れた。

 

人生は割合と順調に進んでいて、王国戦士長やブレイン・アングラウスのような強者となる事は無理でも、いつかは白金級冒険者ぐらいには成って名声を掴み、ニニャの姉だって助けてやれれば良いと思っていた。

 

そんな自分の夢や希望、自信は、この人狼の戦士の前に立っただけで粉砕されてしまった。

 

口から掠れた声が漏れ、全身は震え、剣先は狂ったように踊っている。

圧倒的な強者。そのジョンに訓練を着けてもらうという幸運。幸運だと喜んだ事を後悔する余裕もない。

ガチガチと震える歯を必死に噛み締め、恐怖に耐えようとする。

 

無様なペテルを鼻で笑い、手に持った杖――穂先を外した槍の柄に見える――を、ゆっくりと見せ付けるように突きの体勢に構えていく。

何が起こるのか? そんなものは決まっている。杖で、ただの棒切れで自分は突き殺されるのだ。がたがたと震えながら、いやいやと顔を左右に振る。そんなペテルの意志表示にジョンは答えず、代りにルプスレギナが蠱惑的な笑顔で喜びを露にする。

 

「良い顔っすね。好きな表情っす。私の中のお気に入りランクがググッと上昇っすよ」

 

ルプスレギナの言葉と共に殺気がより一層強まったような気もする。意識が白く、現実から逃避しそうになるのを必死で繋ぎ止める。

訓練を補助してくれるこの神官は、自分が絶望に染まるのを心底喜んでいるのだ。人間に対する悪意しかないような笑顔で、人間には理解できない喜びで、絶望と恐怖に囚われた自分を喜んで見ている。天真爛漫な笑顔の裏にあったこの顔が酷く恐ろしい。

 

だが、その表情が一瞬で不思議そうな顔になる。落差が大きすぎ、別人になったのではないかとすら疑う。恐怖を感じる程の感情の振幅と切替だった。

 

「ニニャちゃんや村の子供達と違うっすね。弱いだけで……何か覚悟を決めた表情(かお)にならないっすよ?」

「こいつにとって仲間なんて……その程度なんだろう。自分の方が強いから。可哀想って愉悦に浸っていただけなんだろう」

 

冷めた口調でジョンは吐き捨て、限界まで引き絞られた矢が放たれるように、ゴウッ、と風を引き裂く音を立てて杖が走る。

間延びした時間の中、ジョンの杖がペテルの額めがけて突っ込んでくる。

 

これは、死んだ。

 

もはや全身は動かない。あまりの緊張状態に置かれたことで体が硬直しているのだ。

剣を上げて盾にしても、盾を構えて武技を使っても、この杖はたやすく粉砕して自分を貫く未来しか見えない。

 

ペテルは諦め、そして思う。

 

ニニャ、可哀想な子。王国では良くある話だ。

可哀想だから手を差し伸べた。仲間であったから助けてやろうと思った。

自分の立身出世の望みもあった。本能的な強くなりたいとの願いもあった。それらを満たしながら、仲間を助けられるなら、それは素晴らしい事だと思ったのだ。

 

だが、それよりも……可哀想な彼女(ニニャ)

一人、歯を食いしばり、涙を堪えて、この世界、この国に挑んで姉を取り戻そうと足掻く彼女(ニニャ)の力になってやりたい。貴族を敵に回しても助けてやりたいと願ったのだ。

それは決して、その程度の事だったのか?

 

ごうっと絶望に押し潰された精神の奥底から、激しい炎が吹き上がったようだった。激しい炎のような怒りを力に変え、眼からも鼻からも涙を流しながら、体を縛る死の恐怖を打ち砕く。

最早、遅いかもしれない。

迫り来る死を避ける時間は無いかもしれない。

 

だが、それがどうした。

 

身体を捻るように必死に動く。普段に比べるならそれは鈍亀の動きだ。腕を上げ、腕を伸ばし、盾を額と杖の間に割り込ませようとしながら、身体を捻り、剣を突き出す。

杖が盾を貫く瞬間がいやになるほどゆっくりと見えた。間延びした時間の中で必死に身体を捻り続け、盾を抜いた杖を避け様と動き続ける。

 

ごうっと言う音を立てて、杖がこめかみを掠めて伸びていく。ぬるりと血が流れる感触があり、次いで朗らかな声が届いた。

 

「良くやった。ペテル、お前が一番動けたぞ。死の恐怖体験コースはどうだった?」

 

――言われた意味が分からなく、ペテルは呆けた顔をする。

 

「怖かっただろう? いや、本当に死ななくて良かった。一応、ショック死しないように加減しながらやってたんだけどよ。今ひとつ加減に自信がなくてな」

 

ペテルはどさりと膝から崩れ落ち、思い出したように荒い息で呼吸を繰り返す。何かが抜け落ちたぼんやりとした顔でジョンを見上げた。

ジョンを見た。殺意なんて嘘のように無かった。ただ陽気に笑っているだけだ。言葉の意味がようやく理解できて、意識が安堵を感じ始める。

大地に這い蹲り、貪るように肺に送り込む新鮮な空気は生命の味がした。

 

これを全員交替で数度繰り返させられた。

 

恐怖の中でも思考を鈍らせず動けるようになったが、戦士であるペテルが一番伸びたようだった。《即応反射》まで習得できていたのだ。

ジョンは世界が違うからか? えらく簡単に習得したな。と首を捻ったが。

 

「教え方が良かったのでは? 普通は1年ぐらい掛かると聞きますよ?」

 

ニニャ達の言葉に「そうか、そうか」とジョンは嬉しそうに頷いた。

駆け足と死の恐怖体験コースで消耗し、訓練所に大の字に倒れ、呼吸を整えようと必死なペテルが零す。

 

「なんだろう? あっさり新しい武技を習得したのに嬉しくないんだ」

 

その視線の先には、自分を師匠(マスター)ジョジョンと呼べと、ノリノリになってたジョンが新しい玩具を見つけた子供のように眼を輝かせている。

望みの通り強くなっているのに、気の毒としか思えないリーダーから、そっと目を逸らす三人だった。

 

 

/*/

 

 

結局、師匠(マスター)ジョジョンの特訓は日が暮れても魔法の明かりを使ってまで続けられた。

本来であれば体力が続かない筈だったが、ルプスレギナにかけられた《高速自然治癒》によって、恐ろしく腹は減るが疲労は回復し、殺意はぶつけられても怪我はしていないので特訓を続けるのに支障もなかった。おまけにルプスレギナが魔法で作り出してくれる食べ物は普通の神官が作り出すものよりも美味い食べ物で疲労も回復する(魔法のレベルが違います)。

 

「誰だ、この人に稽古つけてもらおうとか言い出した奴は!?」

「君です。ルクルット」

「ペテルだって、強くなれるならって頷いただろ!」

 

「え? 1週間で英雄(勇者)になれるスペシャルハードコース? 結構です。必要ないです。もうお腹一杯です。と言うか死にます」

 

休憩で食事を取りながら、わいわい言葉を交わすペテルとルクルット。ニニャは疲れ切って空ろな眼になり、ダインもぐらぐらしながら食事を取っている。

戦士であり、リーダーであるペテルと、ムードメイカーでもあるルクルットが士気を維持しようと多少わざとらしくも会話を続けていた。

 

そのペテルとルクルットのリアクションを楽しみながら、ジョンはンフィーレアの護衛にはモモンとエンリとゴブリン隊を送り出し、このまま漆黒の剣は特訓させておこうかと言い出す。

ゴブリン達からも、心底、気の毒そうな眼を向けられ、ルクルットはがっくりと頭を落とした。

 

やめろ! そんな眼で俺達を見るな!

確かにお前達の方が強かったけど、今なら互角に戦える気がする。

すげぇ効果だよ。すげぇ効果だけど、なんかこう違う気がする。

 

……何か大事なものを間違えた気がする。

 

簡易ゴーレムと集団戦。但し、簡易ゴーレムの後ろからジョンが殺気を飛ばしている。

簡易ゴーレムの力はゴブリン隊のゴブリン達と同じ程度だが、無駄に恐ろしく動きが良い上に一個の生命体のように連携してくる。

 

連携を失敗しては容赦なく殴られ、骨が折れても後ろから、軽い調子でルプスレギナの声援と《集団軽傷治癒》が飛んで来て、休む間も無く特訓が続く。

心が折れかけると、ルプスレギナが楽しそうに覗き込んでくるのも恐怖を煽り立てた。

 

自分達の訓練が、どれほど独り善がりで温いものだったのか思い知らされた。……本当に、強い奴らがこんな事やってるかは知らないが。

だが、「ニニャは魔法詠唱者なのだから、そこまで体力は必要ないじゃないか?」と言った時、怒るのでもなく、真剣な表情で言われた言葉には納得してしまった。

 

「じゃあ、間違って強敵とぶつかって走って逃げるしか無い時、ニニャが力尽きたら見捨てて逃げるのか? ニニャも自分を担いだら、仲間を道連れにするのに置いてかないでくれって泣きつくのか?」

 

その重みのある言葉に師匠(マスター)へ「やります」と、真剣な表情でニニャは頷いた。

ああ言われてはやるしかないし、最年少のニニャが歯を食い縛ってるのに俺が投げ出すとかカッコ悪すぎるだろう、とルクルットは集中を新たにする。

 

今は魔法で装備を2~3割重くした状態で反復練習。剣の素振り、弓で的を射抜く、メイスの素振り。簡易ゴーレムの攻撃を盾で受けると同時に反撃を寸止めするのを素振りと言うならだが。ルクルットは時折襲ってくる簡易ゴーレムに注意しながら弓で的を射抜き、ニニャは取得魔法の確認と使い方講座を受けている。

これが終ったら、すとれっちとか言うのをやって食事と風呂だそうだ。こんな井戸ぐらいしか無い様な村になんで共同浴場と思ったが、師匠(マスター)が作ったと聞いて常識で判断するのをやめた。

 

だが、本当にキツイ。今までのどの経験よりも遥かにキツイ。

思わずと言うか意識して師匠(マスター)を罵らないとやってられない。

 

「鬼、悪魔、人狼」

「何を言う。本物の悪魔より全然優しいぞ。悪魔はこっちの心を的確に抉りながら、やらざるを得ない状況に追い込んで来るんだ」

 

「駆け出しの時、オーガに追われた時よりもキッツイんだけど」

「良かったなぁ。今度はピンチになっても、それより楽だから冷静に状況判断できるぞ!」

 

「うわっ、腹が立つのに言い返せない。やっぱ悪魔じゃないか」

ジョンは笑って告げる。

「後、500回な。遣りたくないなら遣らなくても良いぞ。できるできる君ならできる。出来ると思う気持ちが肝心だ!」

 

「ち、ちくしょーっ! やってやる!! やってやる!!」

 

 

/*/

 

 

ニニャにとって訓練はキツイものだったが、ジョンの講義は刺激的なものでもあった。

 

本人が魔法は片手間と言うだけあり、私塾の魔法詠唱者のような世界の真理や知識の深遠などは一切関係なく。ただただ、魔法を道具として使う事に主眼を置いた冒険者としての魔法運用論は内容が戦闘に偏っていたが、冒険者として魔法を剣や弓と等しく扱うニニャにとっては非常に有用な教えであった。

 

「大魔法使いってのは数多の魔法を持っているものじゃない。誰もが持っている魔法を、誰も思い付かない使い方を出来る者だ。例えばニニャの持っている魔法をこう使うと……」

「え?」

「……こうなる。こんな使い方は考えた事あるか?」

 

ジョンの示した魔法の使い方。それにニニャが首を横に振った。

早く力が欲しいと思っていた。上の位階の魔法。より強力な魔法があれば、こんな世界を壊して姉を救えると思っていた。

漆黒の剣の仲間達に出会ってからは、以前のように憎しみに囚われず、冷静な意識で姉を救い出す事が出来るぐらいは憎しみが薄まったと思っていた。

 

けれど、でも、自分はまだ憎しみに心を囚われていたようだった。

 

「強い魔法、高い火力は魅力的だけど、常にそれが使えるとは限らない。習得する前に強敵とぶつかる時もある。人生は常に準備不足の連続だ。今のニニャならお姉さんを攫わせなかっただろうけど、当時は今の力がなかっただろう?」

「はい」

 

準備不足の連続。

確かにそうだ。あの時、あの場所で、今の力があったら、姉を連れて行かせなかった。

でも、当時は今の力が無くて、自分の無力に、周囲の諦めに涙した。

 

「だから、常に手持ちの札でなんとかする癖をつけなきゃならない。泣いても笑っても何も変わらない。――諦められない。認められないのだったら、変える為の努力をするしかない。少しでも、それ(理想)に近づく為に」

 

その言葉が、すとんと胸に落ちた。

自分が仰ぎ見る遥かに高い頂にいる人狼の師匠(マスター)も己の無力に泣いた事があったのだろう。

 

だからこそ、弱い魔法でも、弱い力でも束ねて力に変える術を身につけたに違いない。

 

力が足りない。そんな事で、諦められない事が、認められない事があるのなら、自分に出来る事を出来る限りするしかないのだ。

いつか来る。いつかその時の為に、自分を高め続けるしかないのだ。

 

「だから、良く覚えておくんだ。魔法使いは常にパーティで一番冷静でなくちゃいけない。誰もがカッカしてる時、恐怖で我を忘れている時、それでも一人氷のように冷静に戦況を見ていなきゃならない。どんな攻撃魔法が使えるとか、どんな高火力が出せるとか、そんなのは二の次だ。魔法を齧った時に俺は魔法の師 匠(ウルベルト)から教えて貰った。……言ってる本人は、城でも何でも、まとめて吹き飛ばすような魔法詠唱者(ワールドディザスター)だったけど、一番の武器はその冷静さだった」

 

ここでは無い、何処か遠くを見ながら自身の師を語る師匠(マスター)の姿にニニャは思う。

自分は自身の師にここまでのものを教えて貰っただろうか。ここまで師と向き合っただろうか。

そんな二人の元に素振りを終えた3人が戻ってくる。

ニニャの自省のしんみりとした空気を感じ取ったのか、ルクルットが剽軽な調子でジョン語りかけている。

 

「マスター! なんか戦士とか野伏の金言も何かないの? それだけで強くなれるようなやつ」

「んなものはないッ!!」

 

「えー」

 

仲間達はいつだって自分を心配してくれていた。今だってルクルットは場を明るくしてくれている。

パーティの知識代表とか言っても、本当は自分が一番視野が狭かったのではないだろうか。

 

「仕方ないだろ。肉体労働者は泥臭いものなんだ。あえて言うなら『毎日、感謝の素振り一万回』 不満そうだなー。俺はそれで強くなったのに……じゃあ、これはどうだ? 『もし自分が敵ならと常に相手の立場で考える事。戦闘の基本は相手が嫌がる事をする事だ』とか」

 

「おおー! それらしい」

「何がそれらしいだよ。お前等のレベルなら反復練習と筋トレして基礎能力(ステータス)上げる方が効果あるぜ、本当」

 

ルクルットのそれに気がついているのか、明るくやり取りする仲間達と師匠(マスター)の姿。それがこれまでよりも眩しく見えて目を細めた。

そんな自分に師匠(マスター)がニヤリと笑いかけてくる。

 

「ああ、そうだ。汗かいたから、これから風呂入って飯にするんだがニニャはどうする?」

「え?」

「それなら、私が()()()()()()を案内するっすよ!」

「え?」

 

ルプスレギナに腕をがっしり掴まれて、気がつくと既に引き摺られていた。

 

仲間達はそっぽを向いたり、棒読みで関係ない話をしたり、聞こえていない振りをしてくれている。

それは自分の意志を尊重してくれていると言うことで、ありがたい……ありがたい、のか?

 

ちょっと、いや、かなり、ルプスレギナさん怖いのですけど……あの、私、師匠(マスター)は凄い人だとは思いますけど、大丈夫ですから。ルプスレギナさんが心配するような事はありませんから。本当です。大丈夫ですから! 話を聞いて下さい~!

 

 




何を隠そう! 俺は特訓(する方)の達人だ!

次回本編「第24話:自分の常識は他人の非常識」

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