オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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2015.10.26 18:30頃修正2点。

1.切り飛ばしならが → 切り飛ばしながら
2.斬神刀皇を目の高さに上げ、残り3本の腕を右主腕に貸して構えた。→ 斬神刀皇を目の高さに上げ、残った左腕2本を右主腕に貸して構えた。

2015.11.25 17:10頃修正「デミウルグス」→「デミウルゴス」
2015.12.04 18:15頃修正「武人武御雷」→「武人建御雷」


第2話:闘技場、人狼と蟲王。

その後、モモンガはアルベドからワールドアイテム《真なる無》を回収すると、彼女に現状動かすことが出来る階層守護者全員を第六階層の闘技場に集めるよう指示し、セバスにはプレアデスと共にナザリック周辺の調査と第九階層の警備をするよう命令した。

 

ジョンは第五層のニグレドの元に寄ってから、第六階層の円形闘技場で能力の確認を行うと決め、モモンガはレメゲトンのゴーレムへの命令権の確認。宝物殿によってアイテムの回収をしてから、第六階層の円形闘技場で合流。

その後、階層守護者に指示を出すと二人は打ち合わせし、行動を開始した。

 

 

そうして、ジョン・カルバインは闘技場でフル装備のコキュートスと向き合っていた。

 

 

「悪いな、コキュートス。モモンガさんがくるまでの肩慣らしの訓練につき合わせて」

「身ニ余ル光栄!」

 

身長2.5mに達する強大な蟲王は4本の腕にそれぞれ武器を持ち、常に冷気を纏った体や尾全体に鋭いスパイクを持ったライトブルーの外骨格は鎧を想起させて美しい。

対峙するジョンは2mに届かない程度。剥き出しの上半身は青と白の毛に覆われているが、身体の厚みは人間で言えばボディビルダーのような厚みがあり、それ以上の力強さがあった。

 

レベル的には同格。装備が貧弱な分、ステータスはジョンが不利。

武器が当たれば結構なダメージになる筈だが、危険を感じながらも、ジョンは興奮が止められなかった。

リアルでも格闘技スクールに通っていたが、試合ともなるとぶつかり合うまでが怖くて仕方なかった。一旦、痛みを感じればそこから先はなんとでもなったのだが。

 

けれど今は始まる前から、試合中に最高に集中できた時のような集中力と興奮、そして冷静さが同居していて、今の自分が昨日までの自分とは違う存在になっている事を強く実感させられた。

 

 

第六階層の守護者であるアウラとマーレは自分を大歓迎と言って良い喜びようで迎えてくれたが、今は距離をとって大人しく観戦させていた。

 

 

ジョンとコキュートスの二人は先ずは基本動作の確認から始める。

守護者達からすれば、ゆったりとした動きでの一般攻撃での攻防から始まり、武技――正拳突きなど――での攻撃、受けを丁寧に、なぞるようにやっていく。

 

幾度かのやり取りの後、動作が増える。

 

同じ、ゆったりとした動きでの一般攻撃での攻防だが、細かな足運び、体捌きを加え、ジョンとコキュートスはダンスのようにくるくると回り、お互いの位置を入れ替えながら攻防を続ける。

 

 

特殊技術も問題なく使えた。

 

基礎能力に基づく基本動作も長い修練を繰り返してきたように自然に行える。

 

 

何よりも判断の速度、把握できる情報の多さ、拳が、肩が動き出す際の初動の兆しを捉える事の容易さは、まるで時間の流れが遅くなっているようにジョンには感じられた。

その癖、基本動作や特殊技術に定められた動きしか出来ないわけではないのだ。定められた当り判定があるわけでもなく、自身の防御、耐久性を超えた打撃を受ければ、ダメージを受けるようだった。

 

この状況に不安もある。だが、それ以上に戦える事。

人間を超えた身体で、人間を超えた強者を相手に、それも仲間が創造した最高の武人と戦える。

たとえこれが夢であっても、これほどの喜びがあるだろうか。

 

 

我知らず、ジョンは笑っていた。

 

 

「コキュートス……俺は正直、みんな行ってしまって寂しかった。だけど、武人建御雷さんはお前の中にいるなぁ。ああ、楽しいなぁ、コキュートス」

 

 

狼頭を歪ませ、牙をむき出しにして、コキュートスに笑いかけた。

 

 

/*/

 

守護者中、武器戦闘で最高の攻撃力を誇るコキュートスは武人建御雷に武人として創造された。

守護すべき至高の方々の多くは立ち去り、武人建御雷に別れを告げられた事も彼は覚えていた。『どうしようもない』『残念』『もう会えない』そういった感情も伝わっていた。

故に最早、武人として守護すべき至高の方々を守護する事は叶わぬ。己の存在理由は満たされぬとコキュートスは絶望していたのだった。

 

だが、至高の方々の中でモモンガとジョン・カルバインだけが残ってくれた。自らと手合わせし、手合わせの中、自らの創造主が自分の中にいると認めてくれた。

武人であるジョンに、武人であろうとする自分の中に、最高の武人である武人建御雷の面影があると認められた。

 

その上、自分との手合わせが楽しいと言ってくれた。

 

 

コキュートスは絶望していた己を恥じた。

 

 

(ジョン・カルバイン様ヲ見ヨ。

幾度トナク己ノ大切ナ創造物ヲ滅ボサレ、幾度ト無ク打チノメサレ、自身ノ盟友タチガ立チ去リ、ソレデモ決シテ屈シナイ。

存在理由ヲ見失ッタコノ弱キ凍レル心ニ火ヲ灯シテ下サル。強ク優シキ賢狼ヲ見ヨ。

コノ身ニハマダ理由ガアル。守ルベキ御方ガイル。守ラセテ下サル御方ガイル)

 

コキュートスの複眼に強き光が宿った。

 

 

「身ニ余ル光栄! 故ニ御身ヲ守ル守護者ニ相応シクアリ続ケル事ヲ誓イマスル」

「……そうか? ありがたいな。だが、そろそろ時間だ。最後に軽く模擬戦と行こう」

 

その声に四本の腕に握る武器の重さを確かめるように何度か振るい、構えをとれば待ちかねたかのように声がかかった。

 

 

「いくぞ」

 

 

無手格闘を主とするジョンとしては、間合いで勝る(武器戦闘を主とする)コキュートスに先手を譲り、後の先を取るのが定石。しかし、敢えて先に間合いを詰めていく。

武器と無手では間合いが違う。まして体格で勝るコキュートスの間合いはジョンよりも遥かに広い。

 

だが、炸裂音と共に地を這うような低姿勢でジョンが一気に間合いを詰めてくる。

 

転移魔法と見間違うほどの速度であるが、ジョンには100レベルとしては速度特化と言うほどの速さは無い。

その速さは動きを読ませない初期動作の少なさ、構えから下に沈みこむような動きで前に出る事で相手の視界から消えるような動きを作り出し、それらを組み合わせ、練り上げた一つの技法とも言える速さだった。

 

呼吸器の構造の違いから口から息を漏らす事も無くコキュートスは構えた右主腕の武器を振り下ろす。

 

ジョンの動きを牽制する。動きを止めるなり、回避させる事に狙いを置いた動作だった。無論、100レベルに達している彼らの牽制は低レベルのものにとっては必殺の一撃になるものであるが。

 

しかし、ジョンは振り下ろされた刃の腹を左手の掌でそっと押すように払い落とす。

格闘で相手の拳を受けて払い落とす動きだったが、攻撃に、刃に、当たり判定のあるユグドラシルでは出来ない動きでもあった。

 

 

何時の間にか集結し、観戦していた守護者たちが息を呑む。

 

 

左手と左足を軸に、払い落としたコキュートスの右主腕に隠れるようにコキュートスの右側に回りこむ。右の副腕は右主腕に押さえられる形になり、コキュートスの右脇腹が無防備にジョンの前に曝け出される。

致命の一撃を繰り出すジョンの右拳を迎え撃つのは、右副腕を切り飛ばしながら突き出されるコキュートスの左副腕の一撃。

 

ジョンは突き出しつつあった拳を開き、掌で刃の腹を叩いて自身の左に誘導する。同時に右脚を軸に身体を左回転させ、コキュートスから見た身体の厚みを減らす事で反撃の刃を避けていく。刃がジョンの脇腹をかすめ、青と白の毛が舞った。

 

攻撃を攻撃で防がれたが、ジョンは右脚を軸に身体を逆回転させ、左脚を後ろ回し蹴り気味にコキュートスの後頭部に叩き込む。脚の構造が人間と違う為、踵ではなく指の付け根。いわゆる肉球で蹴る事になるが、だからと言って威力が足りないと言う事はまったく無い。

 

だが、コキュートスも最初に払い落とされた右主腕の流れに逆らわず身体を回転させている。

そのままコキュートスの長大な尾が凶悪な威力を秘めた鞭となってジョンを払い飛ばしに来る。

 

後ろ回し蹴りを繰り出したジョンの体勢は、人間であればそれ以上のアクションを取る体捌きが出来ない体勢だった。

人間であればコキュートスの尾の一撃は不回避の一撃となる。

しかし、人間を凌駕する筋力、耐久力、速度を持つ身体は繰り出した拳を開いて、刃を払う事を可能とした。

ならば、今度もヒットした後ろ回し蹴りを基点にし、左脚に力を込めて跳躍する人外の動きが可能。

 

跳躍したジョンの下で、コキュートスの長大な尾。人間には不回避の一撃が空を斬った。

 

 

着地と同時にジョンは反転。

距離を置き再び向き直った二人に、周囲で観戦していた守護者達は息を吐いた。

時間にして1秒にも満たない時間に行われた近接格闘戦。派手な魔法や特殊技術の炸裂などは無かったが、なんと濃密な瞬間であった事だろう。

 

 

武器を構え、切っ先越しにジョンと向き合いながらコキュートスは考える。

これは模擬戦、基本の動作に始まり、技を確かめた。ならば、次は力を確かめる番だろう。

 

ライトブルーの外殻が更に冷気を増したようだった。コキュートスの気配が切っ先よりも尚、研ぎ澄まされる。

 

右主腕の大太刀・斬神刀皇だけを残し、残りの腕の武器を地に落とした。

斬神刀皇を目の高さに上げ、残った左腕2本を右主腕に貸して構えた。軸足を動かし、左足を半歩下げる。

 

それは一分の隙もないほどに、最小の力加減での動き。

 

 

「武器を手放した……?」

訝しげなマーレの声に答えたのは、誰あろうコキュートス自身だった。

 

「武人武御雷様ハ仰ッタ。タッタ一ツノ生命ヲ懸ケルナラ、唯ソノ一撃ニ懸ケルベシ、ト」

 

至高の御方に、自らの創造主武人建御雷の思い出はこの身に宿っていると仰ってくださった。

ならば、迷う事など何も無い。全ては唯一撃に。この身の全てを、唯この一撃に込める。

 

 

振り上げた大上段からの一撃。逃げも隠れもしない。力と力をぶつけ合う事を望む。

 

 

否、至高の御方であるジョン・カルバインが望んでいるのだ。

守護者として、それに応える。

 

そんなコキュートスに一つ頷くとジョンも構えを変える。腕が地に触るほど姿勢を落とし、4つ脚の姿勢となる。同時にその身に秘める力を解放。クラスとして保有するモンクや格闘家。それらが操れる生命力、気が爆発的に解放され、オーラとなってジョンの周囲の空気を押しのけ、風を巻き起こし、嵐となって荒れ狂う。

 

 

「参リマス」「いくぞ」

 

 

迷い無きコキュートスの必殺の一撃と、オーラを纏ったジョンの突撃がぶつかり合う。

 

 

そして、閃光……衝撃――爆発。

 

凝縮された力が解放される衝撃が、二人をまとめて吹き飛ばし。

 

 

ブルー・プラネットが作り上げた夜空と星々が――仲間とその子らを、静かに見守っていた。

 

 

/*/

 

 

双方が吹き飛び、外骨格を大きく損傷させたコキュートスが倒れ伏し、身体を袈裟懸けに切られたジョンは血を流しながらも闘技場に立っていた。

そのジョンの足元には激突の場から2つの線が続いていた。それは激突の衝撃で押し戻された足の跡だ。

 

相打ちだろうか?

 

否、決着の際に頭の位置が高いほうが勝者と言うならば、一人立つ至高の御方であるジョンこそが勝者であるべきだ。

守護者たちは忘れていた呼吸を再開しながら、そう思った。

 

「お姉ちゃん、見えた?」

「……途中まではね」

 

戦闘特化とは言えないアウラには濃密な近接戦闘を全て把握するのは難しかった。

 

「情けない双子でありんすね」

 

自分は見えていたと勝ち誇ったように言うシャルティアであるが、ジョンの戦い方は格闘での超近接特化であり、対戦相手との読み合いによる後の先にあると考えていた。

だが、高速で行われる緻密な近接戦闘。そして、力を解放しての真っ向勝負。

 

これらを装備による底上げ無しに行っていたのだ。

 

本当に素手で、伝説級の防御を持つコキュートスの外骨格にあれだけのダメージを与えたのだ。

ならばその身に相応しい装備に身を包んだ時、どれほどの力を発揮するのだろう。

 

1対1であれば守護者最強となるよう創造された彼女であったが、接近された後にあれほど濃密な格闘戦を行いながら、自身のスキル、魔法を使用して戦闘を組み立てられるだろうか。種族としてのポテンシャルは吸血鬼が上である筈なのに、どちらが圧倒的強者であるか思い知らされた数秒間の戦闘だった。

 

「流石は至高のお方。唯、至高のお方であると言うだけで偉大でありんす」

「本当に素晴らしい戦いでございました。よろしければ私の方でコキュートスの治療を行わさせていただきますが」

 

守護者に遅れて到着したセバスはジョンに一礼し、コキュートスの治療を申し出る。

 

「任せる」

「はい、畏まりました」

 

うやうやしく一礼し、外骨格を大きくひしゃげたコキュートスに近づき治療を開始する。

相打ちで袈裟懸けに切られたジョンの出血は既に止まり、斬られた傷は既に再生を完了していた。

相打ちとは言えこれだけでどちらが勝者なのか一目瞭然であった。

 

ジョンはこの戦闘を振り返る。

 

(気の解放状態から突撃しつつ、特殊技術《猛虎硬爬山》を使ってみたけど変な姿勢からでも発動した。術理を満たせば拳と肘でなくとも、肘と肩、或いは頭と肩でも発動するのか。やはり現実になったせいか、ゲームの時よりも自由度が広がっている気がする。

それに俺の今の装備、攻撃力からするとコキュートスが一撃で起きてこない程のダメージは入らない筈。

ゲームでは単独技として使えたけれど、今回はカウンター気味に入った影響だろうか。

そうなると気を全消費する必殺技は危なくて守護者では試せない。デミウルゴスに適当な悪魔を召喚してもらうか。モモンガさんに適当なアンデッドを作ってもらうかだな。

 

 

……傷の痛みは耐えられた。と言うか興奮した。危ないなぁ、これ自分より強い奴と戦い出したら、楽しくなって死ぬまで戦いそうだ。)

 

 

そのジョンへセバスに同行していたプレアデスの一人、ルプスレギナが「失礼いたします」と声をかけ、「お使い下さい」と濡れたタオルを差し出す。

礼を言うと、ジョンは己の血で汚れた毛皮を拭う。その強者の余裕に溢れた姿にデミウルゴスは畏敬の念に打ち震える。

 

(あえて最弱の装備でコキュートスを下し、自らの偉大な力を知らしめるのみならず、繊細緻密な戦闘でコキュートスに更なる向上を促すとは! 流石は至高のお方でございます)

 

己の忠誠を捧げる至高のお方の偉大さに打ち震える守護者の前で、ジョンは治療を受けて立ち上がったコキュートスに歩み寄る。

 

「コキュートス、ご苦労だった。俺の戦闘だが、以前と比べてどうだった?」

「……以前ヨリモ繊細緻密デゴザイマシタ。牽制ノ一撃カラ必殺ノ一撃ニ至ルマデ……マルデ魂ガ入ッテイルヨウナ……」

 

言葉に詰まりながら、コキュートスは答える。

以前は魂が入っていなかったのかと、不敬とも取られる言葉であったが、他の守護者が反応する前にジョンは喜びの声を上げた。

 

 

「そうか! コキュートス、魂が入っていたか!!――ぶべらッ!!!」

 

 

だが、支配者として君臨する人狼は横合いからの爆発で吹き飛ばされた。

突然の事態に驚愕する守護者の視線の先には、

 

 

――大きく肩を上下させた死の支配者の姿があった。

 

 


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