オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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「薬草の配達なのよ~」「お前みたいにデカくて筋肉質の魔法詠唱者がいるか! スカタン!」
尚テキーラ酒じゃないので女装はしていません。

キング・クリムゾンッ!
原作準拠のシーンは消し飛ぶッ!



第24話:自分の常識は他人の非常識

漆黒の戦士の姿となっているモモンガは歩みを止め、前方に聳えるエ・ランテルの門を確認した。

大軍すらも弾き返しそうな重厚感と大きさを誇る門だが、ユグドラシルにはもっと巨大で立派な門は数多にあった。だが、データではなく人間が直接作り上げたものと思うと、重厚ではあるが無骨である門から歴史と苦労が滲み出ているようで感慨深い。足を止めて、そんな想いをジョンとメッセージと会話する。

 

《都市を支配するなんて防衛の難しいところを、どうしてわざわざと思っていましたが……確かにこれは確かに男の浪漫かもしれない》

《お、じゃ、そのうちこの都市も征服してみる?》

《やるとしても普通に冒険を楽しんでからですね……そう言えば、都市の防衛戦をやりたいってたメンバーがいましたよね?》

《ギルドでは反対が多かったから、ダーシュ村の攻防戦にギルメン何度か交ざりに来たよ? 7人の侍? 用心棒? なんかそんな感じのRPをして楽しかったなぁ》

 

その時の動画は撮影好きのメンバーが撮影して第九階層のシネマズ・ナザリックに保管していると言う。元ネタは随分と古い映画らしいが、ジョンは見た事が無いらしい。

普通の攻防戦の中でRPしながら戦闘したのを撮影しただけなので、編集しても満足の行く完成度にならなかったようだ。言われて見れば、確かにらしい。

 

その間も、モモンガとジョンは肉声では別々に一緒にここまできた者達と会話を続けている。

 

「初めて見たが、立派な門じゃないか」

「そうでござるなぁ、殿。人間の街というのは、某はじめて見たでござるよ」

 

モモンガに答えた声は彼の下から聞こえた。今、モモンガは巨大ジャンガリアンハムスターの背の上だ。

漆黒の剣が師匠(マスター)ジョジョンの特訓を受けている間、ンフィーレアの護衛はモモンとゴブリン隊の一部が代わりに行い薬草の採取を済ませていた。

その際に現れた森の賢王を漆黒の戦士モモンが屈服させ、今に至る。

 

モモンガとジョンにとっては、ただの大きなハムスターだが、周囲にとっては伝説の魔獣であるようで門に近づくに従い注目を集め始める。

 

その黒いつぶらな瞳は、漆黒の剣とンフィーレア、ルプスレギナまでが力を感じる瞳だと評価していた。ルプスレギナからすればハムスケなど雑魚の筈なのだが、力を感じると言うのはどう言うことだろう?

周囲の旅人なども、ハムスケの脅威を感じているのか、集める耳目が門へ近づくに連れて増えていく。

 

 

/*/

 

 

ハムスケが森を離れる事で、森のパワーバランスが崩れ、カルネ=ダーシュ村(エンリ)が危険に晒される事をンフィーレアが心配した。

しかし、既に村は高さ6mの石壁で周囲を囲まれ(モモンガに頼んだら、数度の魔法行使で直径1kmにも及ぶ巨大な石壁を作ってくれた)、その内側にはチーム時王が作った木の壁が住居を囲んでいる。石壁の周囲には現在、チーム時王が空堀を掘っており、将来的には水を満たして、水堀、ため池、養殖池などに使えれば良いとの考えのようだ。流石に重機役がいなくなっては手が足りなくなるだろうと言う事で、モモンガはジョンの代りにストーンゴーレムを3体置いてきた。

 

防衛戦力として、ゴーレムの他に、ゴブリン隊と人狼が4人。

最早、森から零れて来るモンスター程度でどうにかなる戦力ではなかった。

 

ハムスケ自身も、これだけの村なら大丈夫と太鼓判を押した事もあり、ンフィーレアは安心してエ・ランテルに戻る事になった。その際、エンリに出来るだけ早く戻ってくると告げ、その姿を多数の村人が目撃しており、エンリ・エモットのところへ薬師が婿に来ると噂になっているのだが、それはまた別の話。

 

カルネ=ダーシュ村からエ・ランテルまで道すがら、ゴブリンやオーガを狩りながら進んできたメンバーは、漆黒の剣4名にンフィーレア。漆黒の戦士モモン、魔力系魔法詠唱者ジョジョン、信仰系魔法詠唱者(ルプス)レギナの計8名だ。

 

結局、特訓に明け暮れたジョンはンフィーレアの薬草採取の護衛にモモンとゴブリン、エンリを行かせ、途中で狩ったモンスターの討伐報酬は漆黒の剣を経由して、モモンとエンリに入るよう話し合い。特訓中の護衛の日当は無しとンフィーレアとペテルで話がついていた。

 

ンフィーレアの馬車を囲むように、本来の護衛であった漆黒の剣が歩いている。その彼らの姿も出発時と大きく変わっていた。

 

調子に乗って地獄の特訓を3日間延長した師匠(マスター)ジョジョンだったが、口から魂を零しながらも、なんとか耐え切った漆黒の剣を弟子と認めると、彼等に特訓を耐えた祝いとし、中級下級の装備を贈っていた。降って湧いた幸運に躍り上がって喜んだ漆黒の剣だったが、続くジョンのセリフ「弟子なのだから、また特訓してやるよ」で、絶望の色に顔を染め、ルプスレギナを大層喜ばせた。

 

ペテルには全身鎧。

冒険者、ワーカー、戦士における憧れ、「いつかは全身鎧(クラウン)」の全身鎧である。

それがたとえ数日前に村を襲った騎士から剥ぎ取った鎧でも、外見が分らないほど弄ってあれば、戦利品として何の問題も無い。

 

ペテルも()()()()()()

 

その鎧は最初に捕らえた陽光聖典の囮部隊から回収した全身(騎士)鎧を、ジョンが鍛冶長に打ち直しさせたものだった。

余っていたミスリルも多少足し、ミスリル含有率の上がったガンメタリックの全身鎧は目立たぬようマットに仕上げられており、肉体能力の向上系魔法が込められた鎧は軽く、硬く、動きやすい。

兜には盲目耐性、暗視、光量補正等々が付与されており、鎧も含めて属性ダメージの軽減効果を持つ《レッサー・プロテクションエナジー/下位属性防御》も付与して、ジョンが想像するところの中堅クラスの冒険者が使うのに不自然、不足が無い鎧に仕上がった。

 

ルクルットとニニャには同程度の防御力を狙い金属糸で編み上げた鎧服を用意した。

ドルイドであるダインは装備防具に(ユグドラシルでは)制限があったので、念の為、大  蛇(ジャイアント・スネーク)の皮とかなんとかの設定があったレザーアーマーだ。こちらも同様の魔法を付与し、(ジョンの視点では)不自然さは無い筈だった。

 

だが、最初は喜んでいた漆黒の剣の顔色はアイテムの説明を聞くほどに青くなっていく。

 

至高の御方から授けられるものに首を横に振るとは!と、笑顔で「やっちゃいますか?」と聞いてくるルプスレギナを宥めながら、よくよく彼らの話を聞いて見る。

このクラスの鎧でも、この世界では中堅(銀)から2~3つは上級(プラチナ、ミスリル)の冒険者の装備としても、込められた魔法込みで強力な部類に入るらしい。ジョンへ説明するペテル達は恐れで震えていた。

 

それを見て、やっと自分達の想定が未だ世界の常識よりも数段高かった事に気がつくジョン。

 

だが、ナザリック的には鋼とミスリルの合金など産廃なので、情報探知を誤魔化す《ノーマルオーラ》(低レベルの探知阻害魔法。魔法の品が数ランク下もしくは普通の品に見える)をかけ、一般品に見えるよう偽装し、そのまま彼らに受け取らせ(押し付け)た。

 

 

その他、処分出来なくてドレスルームの肥やしになっていた下級中級のドロップ品から武器を拾ってきて、一人に一つずつ持たせる。

 

 

その酷い常識の蹂躙に、漆黒の剣は特訓の最中のような空ろな目になっていく。

だが、今回の依頼主であるンフィーレアや、エンリなどの村人達から話を聞くと、これも仕方ない事かと納得してしまう他は無いように思えてくる。

 

死の神が現れ、杖の一振りで教会が広場に建ったとか、騎士に襲われていた村を人狼が助けてくれたとか、数十体の天使に襲われていた戦士長を師匠(マスター)が腕の一振りで助けたとか、村の建物を数日で修繕したとか、村の建物に魔法照明器具や結界をつけて回ったとか、村の周囲を二重に囲む木壁と石壁は1日で建ったとか、数日前にエ・ランテルでも騒ぎになった深夜の雷鳴のような恐ろしい声が、夜の散歩に出た師匠(マスター)が山の上で吠えたものだとか、話半分にしても信じられるものではない。

 

出来れば自分達は信じたくない。

 

信じられないが、村人達の感謝や尊敬の眼差し、錬金術師でもあるンフィーレアの羨望や驚愕と言ったものを見ると、村人達の言うように英雄とかをすっ飛ばし、神様や神獣様のように思うのが、一番良いように思えてくる。

 

そう思って師匠(マスター)やモモンさんを見れば降臨したばかりで、この世界の常識が分らないのだろうと思しき行動が幾つもあった。

 

彼等は降臨した世界を冒険者として見て回りたいようだが、この世界の常識を知らず、自分達を鍛えると同時に自分達から常識を学んでいるようだった。

そう思えば、自分達が師匠(マスター)に訓練をつけてほしいと言ったのは、自分達にとっても幸運だったのだろう。

 

そうだ。そうに違いない。

 

ペテルは師匠(マスター)から、良く頑張ったなと渡された剣を手にそう思u……おうとしたが、無理だった。

 

「いやいや、師匠(マスター)! 待て待て、待って!! おかしいですよ。これ刀身から火が出ますよ!?」

「炎が出るだけの一寸した魔法の剣だろ? 炎の剣のペテル・モーク……炎のペテル。これだな」

 

幾ら地獄の特訓でも、3日の特訓を終えた祝いが魔剣とか絶対におかしいとペテルは叫んでいるのだが、ペテルも恥ずかしい二つ名を持つべきだよな、と3人に尋ねているジョン。強くなったら、『炎の剣の~』『炎の戦士~』とか増やしていくべきだ、と。

 

違う。そうじゃない。

 

ペテルは世界の常識を考えてくれ、薬草採取の護衛の依頼に行って帰ったら、装備がこんなに調っていましたとか、こんなの絶対おかしいよ。常識を守ろうよと叫んでいるのだが、ジョンは良い突っ込みだなとしか思っていない。

 

「そうですよ、自分だけ何も無いとか許されません」

「ニニャ待ってくれ! そう言う意味じゃない。実力的におかしいって言ってるんだ!!」

「それを言ったら、私の『術師』だって実力的に恥ずかしいですよ」

 

つん、とそっぽを向くニニャの姿に数日前まであった微妙な不自然さな硬さはない。

仲間達が自分をどれだけ心配し、心を砕いてくれていたのかを知り、共に地獄を駆け抜けた事が互いの信頼を深め、団結を一層強めたのだろう。良い話である。

 

「心配するな。それなら見合う実力になるまで鍛えてやる。難度だっけ? とりあえず100を目指そうな」

 

にやりと笑う自称特訓の達人。褐色の師匠(マスター)の肉食獣の笑みにルクルットが果敢に突っ込む。

 

「アダマンタイト級冒険者が難度90前後って聞いた事あるんだけど!? 俺たちって30ぐらいじゃね!?」

「男だったら、やってやれ!だ。恨むなら稽古をつけてくれと言い出した過去の自分達を恨むんだな」

 

大きく笑いながら、ルクルットの背中をばんばん叩くジョン。

 

強くなりたい。強くなれるなら、血を流し、汗を流し、出来る限りの努力を惜しまずと思っていたが、物事にはここまでは許されるという限度があるのだなと、この数日で学んだルクルットだった。渡された弓は射程は普通の弓とそれほど変らない。ただ一寸便利なだけだと師匠(マスター)が言っているが、これは売ったら金貨何千枚になるのだろう? 分相応という意味を心底、実感させられた。

 

この弓、矢をつがえる姿勢を取ると、それだけで手の中に氷の矢が現れるんだが、これって下級とか中級の武具なのか?

矢筒に手をやらなくて良いから速射が利くとか、矢を気にせず撃てるとか便利だけど、ちょっと便利で済ませて良い話なのか?

 

(どこか別の世界での下級とか中級って事だよな、きっと。あははは)

 

「特訓すか? 良いっすねー。皆さんのやってやるって表情(かお)が、恐怖と絶望に染まる瞬間がたまらんっすよ。うひひひひ」

 

祝いの品を渡され、また特訓すれば良いとの言葉に蒼褪めた漆黒の剣へ嬉々としたルプスレギナの声が掛けられる。

特訓中は散々お世話になったのだが、そのルプスレギナの明るい美貌には皹が入り、ぞっとするようなおぞましい気配が笑顔と共に溢れ出していた。

その気配にあてられ、ニニャが身体を震わせ、悲鳴を上げた。

 

「やめて! ルプスレギナさん、その表情(かお)、本当に怖い!!」

「まあ、そうだろうな」

 

ニニャの悲鳴に納得した顔で頷くジョン。それにルプスレギナが不満げに唇を尖らせる。

 

「えージョン様。そんな事言うっすか」

「喰われる側からしたら、怖いだろうよ。寧ろ怖くなかったら、一寸特殊な性癖持ちだぞ?」

「ジョン様って、時々、弱い奴の肩を持つ……じゃなくて、不思議な見方しますね」

 

セバス様にも似てるけど、それとはまた一寸違うっすよね?

不思議そうに問うルプスレギナへ、肩をすくめて何でもないようにジョンは答える。

 

「そりゃあ、俺が昔はこいつ等よりも弱かったからだ。結果として今は強いけどな」

「え? 村人達みたいに弱かったっすか?」

 

この取るに足らない人間達よりも弱かったとの言葉にルプスレギナの金の眼が点になる。

(えー? こいつらナザリック・オールド・ガーダー1体にだって勝てないっすよー?)

至高の御方の言葉を疑うわけではないが、内容が衝撃的過ぎて理解が追いつかない。そんな眼は口ほどにも物を言い状態のルプスレギナに向かって、ジョンは不思議そうに首を傾げて見せた。

 

「そうだぞ?」

 

ジョンにして見れば、ゲーム開始は1Lvなのだから当たり前の話だ。

そのやり取りに、漆黒の剣は自分達より弱かったジョンが遥かな高みに登った事に憧れを抱き、その頂に辿り着くまで、どれほど険しい道を歩んで来たのかを特訓から想像し、身を震わせた。

 

 

あれを……続けるのかー。

 

 

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その日、検問所の兵士は今日は厄日だと思ったかもしれない。

数日前にカルネ村へ薬草の採取に向かった薬師ンフィーレア・バレアレは、護衛の冒険者4名と、カルネ村へ帰ると言う村娘と旅立っていった。

戻ってきた彼は、村娘の代りに旅人を3人連れていたのだが、その3人が酷く常識外れだった。

 

一人は強大な魔獣を従える戦士モモン。

長身で逞しい身体を、漆黒に輝き、金と紫の紋様が入った絢爛華麗な全身鎧に身を包んだ漆黒の戦士だ。面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知る事は出来ない。屈強な身体と鎧に相応しく、真紅のマントを割って背中に背負った2本のグレートソードの柄が突き出していた。

 

それだけならば、ミスリルやオリハルコン級の冒険者と思えた。

 

だが、漆黒の戦士が騎乗する魔獣はトブの大森林で、彼が単騎で打ちのめして従えた森の賢王だと言う。

鋼鉄よりも硬くしなやかな白銀の体毛。鋭く長い尻尾は古強者でも容易く打ちのめす。英知の光が煌く瞳で、自分達にまで丁寧に言葉を語る魔獣からは溢れんばかりの知性が溢れ、数百年に亘って森を守り続けたという伝説を実感させてくれる。

 

ハムスケという名も、力と英知を感じさせる白銀の大魔獣に相応しいものだ。

 

これほどの存在を“黒くて丸い円らな瞳が可愛い”だろうと自然体で言える戦士はオリハルコン級でおさまるものなのだろうか?

主である漆黒の戦士も、ミスリルやゴールドの冒険者にありがちな横柄さは欠片も無く。こちらの役割を承知し、一定の理解と配慮してくれる姿勢で好感が持てた。

それは突き抜けた強さを持つが故に横柄さなどで、自己を主張する必要も無い本当の強者の姿なのだろう。旅人3人のリーダーと言うのも納得できる。

 

 

二人目は法国の修道女(シスター)のような服装の美女。

ヴェールからは赤く特徴的な三つ編みが零れ落ちており、健康的な褐色の肌は顔と首程度しか見えない。その十代後半から二十代と思しき容貌は見たことも無いほど整っておりながら、近寄りがたい雰囲気など微塵も無い。愛嬌たっぷりに煌く金色の瞳。天真爛漫との言葉が相応しい笑顔は人を惹きつけ、けれど、背中には並みの兵士では両手でも持ち上がらないだろうという大きさの、聖印を(かたど)った聖杖を背負っている。

 

冒険者などもランクが上がるに従って見た目よりも剛力になっていくが、背丈ほどもある聖杖を軽々と背負うのは、どれほどのランクになれば出来る事なのだろう。

少なくとも大魔獣を従える戦士の仲間に相応しい力を持っているのは間違いないと兵士は思う。

 

 

最後の一人はまさに戦士。

野性味溢れる褐色の肌、逞しく筋肉のついた肢体。ぶっとい上腕二頭筋、見事に割れた腹筋に分厚い大胸筋。その見事な戦士の肉体の上では、金の瞳が鋭く輝き、銀の髪はトップをオオカミのように立たせ、額に赤いバンダナが巻かれている。その強靭な肉体を見せ付けるように黒いズボンを穿いた他は、裸の上半身に赤い上着を羽織っただけの姿だった。

上着の前は開け放たれ、割れた腹筋と逞しい胸板を見せびらかす自称魔法詠唱者。一応、穂先を外した槍の柄にしか見えない杖らしきものを持ってはいる。

 

この3人。ミスリルやオリハルコン級の冒険者と言われれば納得も出来たのだが、特にこの3人目が酷すぎる。

何処にこんな魔法詠唱者がいると言うのか。そもそも小さな背負い鞄を持ってるだけで旅をするには軽装すぎる。

流石にそのまま通すわけにはいかない。

 

 

「あの方を呼んできてくれ」

 

 

兵士に呼ばれてきた魔法詠唱者。それは突き出したような鷲鼻、げっそりとした顔色の悪い顔にはびっしりと汗が噴いている。厚そうな黒いローブを纏って、その鶏がらを思わせる手でねじくれた杖を握り締めた魔法詠唱者だった。

 

兵士の個人的な感想ではそんなに暑いなら服を脱げば良いじゃないかとも思うのだが、個人的にその格好に思い入れがあるのか、魔法詠唱者は頑なに格好を止めようとはしない。その所為か、魔法使いが入ってきた直後から、部屋の温度が数度上がったような気分さえする。

 

「その男かね?」

 

魔法詠唱者の静かな声に、いつもの事ながら兵士は奇妙な気分を抱いた。

外見では二十代後半だろうと思われるのだが、非常にしわがれた声で、声だけでは年齢の推測すらつかない。外見が若く見えるだけなのか、それとも声が嗄れているだけなのか。

驚いた様子も見せない褐色の男の姿に、兵士は、魔法詠唱者と言うのも強ち嘘でもないのかと思う。自分達はこの魔法詠唱者の声を初めて聞いた時は驚いたのだが。

「こちらは魔術師組合から来ていただいてる魔法詠唱者の方です。簡単に調べていただきますので、少々お待ち下さい」兵士は座ったままで良いと合図をすると、褐色の魔法詠唱者に軽く頭を下げ、組合の魔法詠唱者に魔法探知をお願いした。

 

「ではお願いしても?」

「当然」

 

魔法詠唱者は一歩前に出ると、ジョンに正面から向き直る。そして魔法を詠唱した。

「《魔法探知》」

魔法詠唱者の目が細くなった。まるで獲物を狙う獣のようだ。見慣れている兵士でさえ身構えたくなるような視線に対し、ジョンは探知できるのかと言った風に見ているだけだ。

それを見た兵士は、本当は魔法のものなど何も持っていないのではないかと疑った。

 

「……特に何もないようだ」

 

魔法詠唱者の探知に何も異常は無いと言う言葉にジョンは首を傾げ、何か納得したように頷き、左手の平を右手でぽんと叩くと、その小さな背負い鞄を手に取り、水差しと鍋を取り出して机に並べた。

 

「それは《ポケットスペース/小型空間》か? 何故、わが探知から逃れた!?」

「実力差がありすぎるからじゃねぇの? 俺から離した2つ。もう一回探知して見てくれ」

「……むぅ。《魔法探知》……その、通りだ。私の力は…貴方の足元にも……及ばないようだ。……《道具鑑定》を…掛けさせていただいても、宜しいか?」

 

兵士はぎょっとした視線を魔法詠唱者へ向ける。

魔法詠唱者が入場者へ敬語を使うなど、今まで見た事がなかったからだ。

ジョンが頷くと、魔法詠唱者は《道具鑑定》を唱える。

 

「これは…水の出る水差しと、火が無くとも調理が出来る鍋ですかな」

「そうだ。旅をするには便利なものだろう?」

「確かに。…これは貴方が?」

「鍋の方はな。水差しは貰い物だ。それでどうなんだ?」

 

「ふむ……兵士よ」

「なんですか?」

「この御仁は私より遥かに力ある魔法詠唱者であり、私では危険な品を持っているか見通す事も出来ない。だが、こうして正規の手順を踏んで街へ入ろうとして下さっている以上、危険を及ぼす事はないだろうと考える」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「馬鹿者め。この御仁がその気になれば、我等を《雷撃》や《火球》で吹き飛ばして街へ入る事も、《飛行》や《透明化》などを駆使して秘密裏に街へ入る事も出来る。それをせずに街へ入ると言う事は、後ろ暗い事をするつもりは無い。正規の手順で街へ入り、正規の手順で街を出て行くという意志表示だ」

 

ジョンからすれば多少の問題。モモンガからすれば冷や汗の出る展開だったが、エ・ランテルでも指折りの薬師リィジー・バレアレの孫で、自身もそのタレントと恵まれた錬金術師の腕前で名を知られつつあるンフィーレア・バレアレが3人の身元を保証する事もあり、それ以上は何事も無く彼等は門を抜けて市内に入る事が出来た。

 

「なんだったんですかね。色々と凄い3人組でしたが」

「良く分からん。だが……見た目は戦士のようだったが、力は確かに本物だった」

 

重々しく口にした魔法詠唱者へ、「え?」と兵士は問い直した。

「出来るならば、御仁の下を訪ねて魔法について語り合う…いや、教えを請いたいものだ」

わが力が及ばぬともなれば第4、第5位階魔法が使えてもおかしくはあるまい、とそう付け加え、魔法詠唱者は待機所へ戻っていった。

 

 

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城塞都市エ・ランテルは三重の城壁を持ち、各城壁内ごとにそれぞれの特色がある。

最も外周部の城壁内は王国軍の駐屯地として利用されるために、その系統の設備が整っているし、城壁間の距離もかなりある。そして石畳がかなり敷き詰められ、迅速な行動を取ることが可能となっている。

その中央区画。都市に住む様々な者のための区画。街という名前を聞いて一般的に想像される区画へモモンガ達は見物人を作り出しながら、脚を進めていた。

 

「だから、そのカッコは無いっていったでしょう?」

白銀の大魔獣に騎乗した漆黒の戦士が、徒歩で歩く供へ声を掛ける。声を掛けられた褐色肌の逞しい戦士は後頭部で手を組みながら、漆黒の戦士へ答えた。

「いやいや、モモン。魔法詠唱者でこんな風に腹筋(?)を見せびらかせている奴、俺は知ってるぜ。レギナも知ってるだろ?」

「え? ええ、知ってるっすよ。……(モモンガ)様っすよね!」

 

周囲の者達にはその名前は聞き取れなかったが、褐色の戦士に答えたのは同じく褐色の肌をした修道女だ。

豊かで艶やかな赤い髪を二つ房の三つ編にし、ヴェールの下から覗かせている。神に仕えるものらしく、慎ましく顔以外の肌は露出させていない。

しかし褐色の戦士へ答える表情には喜びが溢れ出ており、その笑顔は周囲の者達が思わず手を止める程の輝きを放っていた。

 

「え? いや、あれはファッションで……て言うか、そんな言うほど全開では」

 

漆黒の戦士の小さな声は周囲の人間には聞こえず、けれど供の者には聞こえてるようだった。

 

……(アルベド)様も、……(シャルティア)様も、セクシーな……(モモンガ)様のお姿にもうメロメロっす」

「そうか! メロメロか」

赤毛の修道女の言葉に褐色の戦士がおかしそうに笑う。

「はいッ! メロメロっす」

 

「えー」

 

白銀の大魔獣の上で漆黒の戦士が軽く不満げな声を上げる。

その不満げな様子に褐色の戦士はまた笑った。

 

 

「楽しそうですね。何を話しているんですか?」

 

 

彼らの前を先導するように歩く荷馬車と冒険者の内、一人が振り返り彼ら3人に尋ねた。

 

「ああ、ペテル。モモンが『お前のような魔法詠唱者がいるかッ!』って言うから、他にも知ってるって話だ」

「私も師匠(マスター)のような魔法詠唱者には初めて会いましたよ」

 

銀のプレートをつけた戦士に師匠(マスター)と呼ばれる魔法詠唱者。あれほどの大魔獣に騎乗する戦士の供のなのだから、魔法詠唱者と言っても銀級冒険者を鍛える腕前があるのだろう。鎧を身につけていない事やその身から漂う雰囲気、圧迫感、マスターの呼び名に、第三位階まで使える魔法戦士なのだろうかと人々は囁きあった。

 

実際は面倒ごとを避ける為、(モモンガの絶望のオーラでは強すぎたので)ジョンが慎重に調整した上で殺気と威圧を振り撒きながら歩いているのだった。

出力を小さく細かく絞って継続して出し続けるのは困難であり、面倒なものだったが、ジョンは気の制御の特訓だと楽しみながら行っていた。

 

手加減の練習は、村での特訓で漆黒の剣がショック死しないよう手加減したのが、良い練習になっていた。

人にものを教えるというのは、自分の為にもなるものである。

 

そんなジョンだったが、ふんふんと鼻を鳴らして、鼻の上に不快げに皺を寄せる。

 

「けど、予想はしてたが……やっぱ、臭うな」

 

そうですか? と首を傾げるのはンフィーレアや漆黒の剣の面々だった。

エ・ランテルを住居としている彼らにはジョンの言う臭いが、通常のものであったので不快に思わなかったようだ。

ジョンと同じく鼻の利くルプスレギナは、鼻をつまみながらジョンに同意した。

 

「村より臭いっすね。人糞と……街の中なのに家畜っすか?」

「基本、馬とかの騎獣は歩きながら糞をするからな。大通りは糞だらけだよ」

 

水洗トイレと浄化槽があるわけではないので、基本はおまるに溜めて捨てるのだが、当然、決まった場所に捨てない者も存在する。

地下水道はあっても、下水処理施設があるわけではないので地下に落としても下水の臭いが無くなるわけではない。

車と違い騎獣は歩きながら糞をするし、その糞を始末する為に、糞を食べる豚などを放し飼いにしているが、その豚も糞をする。

魔法である程度までは処理も出来るが、魔法を使える者が限られる以上、規模が大きくなれば魔法に頼らない(誰でも使える)技術が必要になってくる。

 

少人数であるが故に出来た事であるが、リアルの感覚で、魔法を使って臭い対策まで行ったカルネ=ダーシュ村は、今のこの世界で考えると異常に手間をかけた清潔な村だ。

 

「……ハムスケ、お前踏んでないだろうな?」

「殿、それは無理でござるよ」

 

ハムスケの情けない声にモモンガは天を仰ぐ。

ちなみに、ハムスケはどうか分らないが、ジャンガリアンハムスターは決まった場所をトイレにする習性がある。

そう言った会話を行いながら、モモンガとジョンは同時にメッセージで自分達の警護の確認を行っていた。

 

 

《エイトエッジ・アサシン8名、シャドウデーモン8名が2名1組を作り、300mほど離れ、ほぼ等間隔で6組。私達を中心に円陣を組んで警護に当ってます》

《んで、残った2組が交代要員や他の調べものに――偵察なんかに当る。その他、飛行能力を持つものが上空から監視。こちらは3名が1名ずつ交替で指令塔になる、と。ゲームでもここまでやった事ないよな?》

 

厳重すぎるではとのジョンの問いに、モモンガは疲れきった笑いを返した。

 

《アルベドとデミウルゴスを説得するのにこうするしかなかったんですよ》

《冒険、保護者同伴?》

《ええ、本当はジョンさんと二人で冒険に出ようと思ったのですが、私達がナザリックを大事に思うように、彼らにとっては私達こそが大事だから仕方ないとは思います》

 

苦笑するジョンに、モモンガは更に続ける。

 

《心配も仕方ないとは思いますが、なんとか守護者同伴と75Lv以上のシモベ各4体の護衛という条件は取り下げさせました。流石に10名以上でぞろぞろ歩くのは…。人型になれるシモベもほとんどいませんし》

《…俺の探知圏内だけど、交替で見張ってくれるのは助かるね》

 

愛の重さに苦笑しつつも、そこまで思われているのも悪い気はしない。自分一人であればNPC達の愛の重さに押し潰されたかもしれないが、分かち合える友がいる。

 

《ところでルプスレギナの衣装はどうしてカテドラルクロースに? 最初はホワイトブリムさん製作の宇宙騎士の衣装にしてましたよね?》

 

ルプスレギナは普段のメイド服ではなく、ジョンのコレクションから修道女をイメージした課金ガチャの女性用コスチューム、カテドラルクロースを受取り着用していた。

これは前垂れや肩などの聖印をAOGのギルドサインに差し替えてあったが、今回持ち出すにあたってモモンガより、ギルドサインの使用禁止令が出た為、急遽、ユグドラシルのロゴマークに入れ替えていた。襟の後ろ中央には月を背景に遠吠えする狼を図案化したマークが刻まれている。

 

《あー、それ? ルクルットに絶対ナンパされるから、シスターっぽい格好の方がまだ遠慮があるから、そうした方が良いとアドバイスを受けて……想像したんですが、ルプーをナンパしに寄ってくる奴いたら、ちょっと加減を誤りそうだったので……》

 

言外に何一人で自分の装備を減らしてるんだとジョンを問い詰めたが、返って来た答えは想像以上に重かった。

モモンガの中で、え? 何言ってるの。ナンパぐらいルプスレギナは自分であしらえるだろうとか、お前もう一人で先に進んだの?とか、色々と問い質したい事が精神作用無効が発動する程度は増えてしまった。

 

《ジョンさん…貴方、そんなに独占欲強い人でしたっけ?》

《そんなつもりはないんですが……そう言った相手を持った事がないので分りません。ハムスケも同じ種族に会いたいと言ってたし、ルプーとは同じ種族だから、身体に引っ張られて、そんな対応になるのかもしれないです》

 

同じ種族だとそれほど思い入れは強くなるものだろうか? 自分は別にゾンビやスケルトンに魅力は感じないのだが。

シャルティア? シャルティアはペロロンチーノさんの嫁だ。ジョンのお陰でそうとしか見れなくなってしまった。

 

もう一度、視線をジョン。次いでルプスレギナへ送る。

 

彼女の背負う聖杖。その斜め掛けの背負いベルトが、ルプスレギナの豊かな胸の谷間に落ち込んで、双丘の美しいラインが強調されていた。モモンガも既にアンデッドであるのに、ルプスレギナを見る時はそこ(胸の谷間)から見てしまう。

そろそろ背負うのは止めさせた方が良いだろうかと、真剣にモモンガは考え始める。

ルプスレギナはジョンがそれ(胸の谷間)を見るのも、自分のそれ(胸の谷間)を見た周囲をジョンが無言で威圧するのも、ありのようで上機嫌だが、このままでは死人が出るのではないかと心配になってきた。

 

そんなに嫌なら止めさせろよ、とモモンガは思うのだが、ジョンは自分が見る方を優先しているのだろう。

 

はぁ、とモモンガは内心で溜息をつく。このヘタレ(駄犬)が。

自分を棚に上げて悪態をつくと、顔を上げ、真っ直ぐに正面を見た。

ひそひそと周囲で囁かれる称賛の声が、巨大ハムスターの乗る自分を笑う声に聞こえて仕方なかった。

 

 

そして、モモンガにとって長い忍耐の時が終わり、冒険組合に到着すると、3人は冒険者登録とハムスケの登録を行う為、漆黒の剣とンフィーレアと一旦別れた。

 

――幸い、死人は出なかった。

 

 

ぺテルたち漆黒の剣の面々は、ンフィーレアの店に行き、その荷卸しを手伝うことになっている。

オーガなどを倒した報酬は査定の後になるので、明日以降になるらしく、その分配と3人の宿の問題もあったので漆黒の剣とは荷卸しの後で合流し、彼らの宿を紹介して貰う手筈であった。

 

『街が安全なんて誰が言ったんだい?』

 

タブラのGMによるTRPGでのセリフを思い出す事になるとは、この時、二人は思ってもいなかった。

 

 




次回本編、第25話:届かなかったもの

かるだも様より、ルプスレギナとジョンのイラストを頂きました。
拙作の為に素敵なイラストありがとうございます。本当に嬉しいです。

【挿絵表示】

えーと、挿絵表示はこれで良いのかな?

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