オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

41 / 71
泣かせた女の子を追いかけるのは、少年漫画的な展開ですよね!

なんかタイトル詐欺っぽくなってしまった。もう一寸、ギャグを強くするつもりだったのだけど……。



第32話:駄犬~!後ろ後ろ~!

 

 

しばらく前に二人で出かけた夜は、あれほど輝いて見えた夜の大森林。

静かな湖面のような優しい青く白い澄んだ光に照らされていた輝く世界は、今日は暗く沈んでいるように見えた。

 

夕方からの空はどんよりと曇り、今は泣き出している。

 

しとしと静かに、降る雨は、嗚咽を堪え、静かに泣いているように思えて、ジョンの胸は痛み、不安が溢れた。

レベル的にはルプスレギナに害を与えられるものは、周囲にはいない。

 

けれど、ルプスレギナが夜の森で一人。心の痛みに震えているだろうとの想像に、ジョンは心を強く痛めた。

一人きりで判断に悩んだ時、これまでもそうしたように、ジョンは胸の中の思い出に、仲間達に、語りかける。

 

 

るし★ふぁーさん、これは面白くないよね。

 

 

『自分の嫁とか言ってて、いざ現実になったらびびって逃げたとか! ヘタレすぎて面白すぎるんですけどwww ねぇねぇ今どんな気持ち。ねぇねぇ今どんな気持ち』

 

うわッ! うざッ!

俺は女の『おはよー』と、『ありがとー』で勘違い出来る寂しい喪男なんだ。

あんた見たいなリア充と一緒にしないでよ!

 

 

『童貞乙』m9(^Д^)9mプギャー!

 

 

なんだろう、思い出の中の存在の筈なのに、リアルに言われそうな気がしてきた。この殺意は許されるよな? マジで殺意の波動に目覚めそうだ。

別の人…別の人……駄目だ。ペロさんも炎雷さんも、自分の嫁(シャルティア、ナーベラル)と乳繰り合ってる姿しか想像できない。

 

 

――俺も出来ると思ってたんだけどな……手を出しても拒まないだろうとは思ってたけどさぁ。

 

 

やっぱり、ほら、いざ目の前にあんな美人が召し上がれって状態でくるとさぁ。

ほ、本当に良いのかな。ごくりって、気圧されて一歩ぐらい下がるのも仕方ないよ。

 

……うわッ! 誰も同意してくれない!?

 

本当かよ!? 絶対に躊躇う奴いるだろう!?

 

未知の敵とかにナザリックを守る為に突撃するとかなら、躊躇わないんだけどな……。

 

 

雨に流され、薄まっていくルプスレギナの匂いを追いながら、ジョンは自分の中のギルメン達と会話を続けていた。

 

 

/*/

 

 

暗い森の中、降りしきる暗い雨の中、女のすすり泣きが響いている。

 

 

捨てないで、忘れないで下さい。

私たちはどうなろうとも、あなたたちの役に立つ事こそが喜びです。

 

 

そう思っていたのに。

 

 

(カルバイン様の玩具に選ばれておいて、カルバイン様を楽しませる事も出来ないなんて本当に使えない奴らっすね。私だったら、ちょーはりきって頑張るっすよ。手足の一本二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんでいただくっすのに……)

 

 

そう信じていたのに。

 

 

自分は至高の御方を楽しませる事も、喜ばせる事も出来なかった。

 

置いていかれてしまう。捨てられてしまう。それだけなら、まだ良い。

自分の事を忘れられてしまったら、至高の御方に仕えるメイドとして、至高の御方々を守る最後の盾として散るよう創造された自分はどうすれば良いのか。

 

 

ぺたり、と膝が頽れ、地面に座り込んだ。視界が滲んで、何も見えなくなる。

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ジョン様は『自分に相応しい女ならば、定められた役割、決められた能力を打ち破り、限界を超えて自分の元まで来い』と考えて下さったのに、私は定められたメイドの役割を超えて、カルバイン様を楽しませる事も、喜んで頂く事も出来ませんでした。

 

 

不出来な私はどうすれば……どうすれば――。

 

 

さめざめと泣き続けるルプスレギナは、自身に近づく10本の脚を持つ大きな虫。頭から節のある巻きひげ状の器官が突き出しており、濡れた3つの口を持った妖しい虫。鱗粉のある半円形の畝のある革のような三角の羽で飛行する。昆虫のようなその怪物に気がつかないでいた。

 

 

/*/

 

 

これは……?

 

雨の暗い森の中、ルプスレギナの匂いを追って駆けたジョンの見たものは燃えている村だった。

アウラ配下のシモベが発見していた“西の魔蛇”。そのナーガが率いる集落が燃えている。匂いによる追跡。そこかしこに残る戦闘跡。状況から見れば、ルプスレギナがこの集落を襲って燃やしたのだろう。

 

 

ああ、女性を泣かせたら、直に追わないといけないって……こう言う事か。

 

 

ナーガ達には悪い事したなぁ、とジョンは思う。そんな迷惑な存在はナザリックだけだが。

痴情のもつれと言うのも、どうだろう? おこがましい。

ヘタレのもつれでナーガの集落を焼き討ちする女子など普通いないし、ヘタレが原因で集落を焼かれたナーガにとっては酷い迷惑な存在だろう。

 

兎も角、事情を知る為、悲嘆に暮れ、見知らぬ人狼の姿に殺気立つナーガやその配下、オーガやゴブリン、トロールなどを《手加減》して叩きのめし、拳で地面に大きなクレーターを作って見せると、彼等もようやく実力差を思い知ったのか話を聞く用意が出来たようだった。

 

配下を犠牲に生き残った西の魔蛇、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。

 

ナーガであるリュラリュースは、胸から上が人間で、それより下が蛇である。彼の人間部分は男性の老人姿であった。

一般に哺乳類はオスとメスの間にできた子でないと正常に発生しないが、爬虫類、両生類、魚類などでは(種類にもよるが)単為生殖が可能である為、オスよりメスの方が優位になりそうなのだが、人間の形質も持っている為に男性体の方が肉体的に強靭になるのだろうかと、ジョンは想像していた。

 

 

燃える村を背後に、力でねじ伏せたリュラリュースから状況を聞きだすジョン。

 

 

話しによれば、ルプスレギナと思しき存在が村を襲って、5~6人のナーガを攫って行ったようだ。

その際、不定形でヒキガエルに似たような怪物を従えていたと言う。その怪物は絶え間なく外見を変容させ、そして、笛や太鼓のような楽器を手にしており、不愉快な音楽を鳴らしていた。

また、ルプスレギナが炎の鳥を呼び出したとも、リュラリュースは言う。

 

 

?……《悪なる極撃》か《吹き上がる炎》なら分かるけど、属性的に《不死鳥召喚》は出来ないんだが……それに絶え間なく外見を変容させて、楽器を手にしてるのって、外なる神の従者だよなぁ。なんでそんなの従えてるんだ?

 

それにしても、じいさんが残って、孫娘たちが攫われるとか……どんなお約束だ。

だが、ナーガと言うなら、これだけは聞かねばならない。

 

 

「なぁ……その攫われた孫娘に白蛇(サーペント)とか名前の奴いない?」

 

 

「良くご存知で、色白で清楚な自慢の孫ですが……」

「……いたよ。ち、ちなみに姉妹?」

「はぁ、妹がおります」

 

……これは助けたら、グレイシアとアメリアに改名させるしかないだろう?

 

「……あの」

黙り込んだ人狼(ジョン)へ、リュラリュースは不安げに声を掛ける。これだけの被害を受けた以上は、彼の助けがなくては森の賢王が抜け、勢力バランスの崩れた大森林で生き残れない。場合によっては東のトロールに、支配される。それだけなら良い……食料にされてしまう可能性だってあるのだ。

 

「お望みであれば、姉妹ともカルバイン様へ献上致します」

「え?」

 

上半身は人間だけど、下半身は長大な蛇であるリュラリュース。

自分の姿を見る。青と白の毛並みの人狼。

 

両の掌をそっとリュラリュースへ向ける。

すまないな、おじいちゃん。ノーサンキューだよ。

 

 

「それには及ばない。孫が戻ったら、俺たちの支配を受け入れた証に二人には俺から名前を贈ろう」

 

 

……言ってから、ジョンは気がついた。

名前を贈るとかに何か変な意味があったらどうしよう。

 

 

/*/

 

 

リュラリュースを伴いジョンは森の中をさくさく進んでいく。

 

リュラリュースは魔法に長ける分、レンジャーなどは無いようだった。ルプスレギナ一行の通った痕跡が、相当に大きくないと分からないでいる。

だが、長大な下半身をくねらせて進む分、人間より移動は早い。

早いが、ジョンとは比べるまでも無く。移動速度は先ほどまでと比べると、格段に遅くなっていた。

 

 

「ねえっ! ほ、本当に行くのかい? 危ないって!」

 

 

そして、もう一人の同行者が増えていた。

森の樹に宿る精霊、ドライアード。名をピニスン。

 

このピニスンが生まれる前の、もっとずっと大昔。空を突然に切り裂き、数多の怪物が現れたのだとか。

その怪物は一体一体がとても強力で、竜の王達とも互角に渡り合った。

 

しかし、彼らは傷つき、ある者は深い眠りに、ある者は封印されてしまった。

 

その内の一体は、このトブの大森林に眠っており、いずれ世界を滅ぼすと言われている。

時折分体とも言える枝分かれしたものが出現し、暴れては世界を危機に陥れる。

 

封印の魔樹、ザイトルクワエ。世界を滅ぼす魔樹、と言われる歪んだトレント。

 

その封印が弱まったのか、森の木々が魔樹に喰われる速度が上がっている。

前回、出現した時には七人組の冒険者が分体を倒し、封印してくれた。その七人組を探し出し、連絡を付けてほしいとピニスンは言う。

 

 

「悪いが……多分な。多分、その七人組は寿命で死んでると思うぞ」

「え? だって……」

 

 

ジョンの指摘にこの世の終わりのような表情をするピニスン。

 

「人間や亜人が樹と同じ時間を生きれるもんか。100年どころか50年もしない内に殆ど死んじまうぞ。大体、何年前の話だ、それ?」

「何年って……なに?」

「人間や亜人は冬を100回も越せないんだよ」

 

ジョンの言葉に「そうですな。人間は幾ら強くても10年20年やり過せば、勝手に死んでしまいますからな」と同意するリュラリュース。

その言葉に、でかいハムスター(ハムスケ)より、こいつの方が賢王っぽいよなぁとジョンは思う。

 

そして、ピニスンは植物型だけあって、何年と言う概念より冬、季節を何回過ごせるかで話した方が理解し易いらしい。

 

「え? でも……だって、まだ30回ぐらいしか冬は越してない…よ?」

「30年も経ったら、人間なら生きてても引退してるよ。まあ、こっちの厄介事もザイトルクワエと関係してるだろうから、ついでに解決してやるよ。俺だってお前たちより強いし、仲間もいる。一寸ばかり様子を見て、一人では駄目そうなら仲間を連れてくるしな」

 

 

絶望してるピニスンを安心させるように笑いかけ、「ついでに話相手がいなくて寂しいなら、引越ししないか? 面倒見るぞ。三食話相手付だ」とダーシュ村へ勧誘する。

「やってほしいのは、森の管理だ。切っても良い木の選抜とか、木の育成とか手伝ってほしい」

 

「人間の村?」

 

「ゴブリンも人狼もいるな。退屈はしないぞ。…あと、移植する時はちゃんと根っこから掘り返して、治癒魔法も使うぞ」

「太陽と風と水があって、酷い事されないなら良いけど……」

 

 

OK、決まりだなとジョンがピニスンに笑いかける側で、「ドライアードと共生……森の恵みを受けるには、確かに…」とリュラリュースはぶつぶつ呟いており、ジョンはやっぱり、こいつの方が森の賢王だよなーと、内心で溜息をついていた。

 

 

/*/

 

 

それは灰色の金属のような光沢を持った粘土のような奇妙な物体に歪んだ姿勢で封じ込まれている攫われたナーガの娘だった。

 

ナーガの娘を封じ込めるように侵食しているその歪んだ生物の身体と無機物である灰色の金属のような光沢を持った粘土のような奇妙な物体は、双曲的な時空線を描いて、このユークリッド空間の中に、シャボン玉のような感じで接続しているように見え、一端がケーブルのように細く木々の枯れた森の奥へと延びていく。

 

ここから先はアゼルリシア山脈の頂で天地合一を使ってから自分の庭のように気配を探れるようになっていた大森林から切り離されたように感じる。何も感じないわけではない。ただ探った結果に酷くタイムラグがあり、感覚に齟齬が出て、感知した結果を正しく認識できないようなもどかしさ、気持ち悪さがある。

 

この奇妙なオブジェにされたナーガの娘は息はしているが、瞳に光はなく、身体を包み込む歪んだ灰色の物体があちこちで身体に突き刺さり、特に頭部には脳波を測るかのように、かなりの数で針状になった灰色の物体が刺さっているのが見えた。

 

助けようとするリュラリュースを制止し、観察を続ける。時折、苦悶の表情を浮かべ、HPがじりじりと減っているように見えた。

だが、それは生命力を吸い上げられる苦痛と言うよりも、限界まで脳を酷使している結果のようにジョンには思えた。

ジョンがスキルで見る限り、戦闘で限界を超えた肉体使用によるHP減少や、生命力の吸引によるHP減少とは違うように感じられたのだ。

 

 

ミ=ゴの脳缶みたいだけど……奴等がルプーを?

 

 

幾らなんでもこの短時間で、脳を取り出されてドローン化されているとは思えないが、もし万が一、そうであったのなら……前線基地で済ませるものか。奴等の本星を粉々にしてやる。

嫌な想像に怒りと憎しみを滾らせ、ぎりっと歯を食いしばったジョンが顔を上げると、リュラリュースとピニスンが揃って平伏していた。

 

「おぉぉおお、お怒りをお静め下さいぃぃ……」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

どうやら漏れ出した殺気に当てられたようだ。

二人に見られていないところで、やっちまったと頭を掻いて深呼吸を一つ。

気を落ち着けると、二人に顔を上げるように告げた。

 

「怖がらせて、すまん。……それでリュラリュース。この娘だが、無理に剥がすと多分、死ぬ。大元を叩いても、解体する前に道連れで死にそうな気がする。生命力が足りてるなら、蘇生魔法つかってやるけど……」

「蘇生魔法! ありがとうございます! ですが、おそらく半々かと……」

「そうか…じゃ、もう一つだ。アイテムを貸すから、ちょっと結界の縁を走って、娘達と拘束オブジェにアイテムを装着して回って来い。俺が倒すまでに全員に装備させられれば、助かる可能性も上がるだろう」

 

そう言ってジョンは、光すらも薄暗く感じる。ピニスンの言うところの世界を滅ぼす魔樹の封印された地を指差す。

話している間にも境界線は、はっきりと浮かび上がり続け、外と内では同じ暗闇でも暗さが異なっていく。

 

「……この境界線に沿って、ですか」

「おそらく魔樹を封印した地を中心に円を描いているだろうから、娘達は等間隔にいる筈だ」

 

5~6人が攫われたと言うなら、五芒星なり六芒星に配置して何かやらかすつもりだろう。

インベントリから使えそうなアイテムを取り出し、リュラリュースとピニスンに持たせていく。

 

渡されたアイテムが気になったのか、一言断りを入れて《道具鑑定》をリュラリュースは使う。

「《道具鑑定》――これはっ!? 最上級の魔法アイテム! アーティファクト!!」

「え? 何それ? 凄いのかい?」

ピニスンとの温度差が酷い。

 

「ああ……最上級で伝説の扱いだっけ。持ち逃げすんなよ、じいさん」

「致しません! これほどのご恩を受け、アイテムを持ち逃げするなど、そんな……あなた様を裏切る事など、嵐を棒切れで晴らす事が出来ると信じる愚か者だけです!」

 

――なんか、街の人間より、モンスターの方が素直な気がする。

 

弱肉強食に生きる彼等は単に強いものに従ってるだけなのだが、現実世界での経済力、建前と本音の駆け引きに疲れた底辺労働者にとっては、その単純な素直さに心が癒されるものがあった。モモンガを笑えない安定のチョロさである。

 

だから、ジョンは騎乗動物。ペットを召喚した。

 

 

「リンドウ、来い」

 

 

その声に従い何も無い空間がゆらりと揺れると、空間から滲み出るように巨大な蛇のような長い胴体に一対の前足、蝙蝠のような翼を持つドラゴンが現れた。

マーレは2体も持ってるガチャのレアペット。あれだけ回しても、1体だけしか手に入らなかったドラゴンである。やまいこさん並の運は無くても良いから、もう一寸引きが良いと良かったと思うジョンであった。

突然に姿を現したドラゴンに、恐怖でがくがくと震えるリュラリュースとピニスンを横目に命令を下す。

 

「リンドウ。このナーガ。リュラリュースを乗せて、結界に沿って飛べ。途中、これと同じナーガの娘のオブジェが5~6箇所ある筈だから、その都度、リュラリュースの指示で停止しろ。結界の中には入るな。一周してこの場に戻ったら、リュラリュースとピニスンを守れ。ただし、モモンガさんの命令は全てに優先する」

 

命令を理解したのを確認し、ジョンは、もう言葉も無いリュラリュースをリンドウの背に乗せると、ムーンウルフを3体召喚する。

本体の樹からあまり遠くに移動出来ないので、この場に残るピニスンの護衛の為だった。

 

 

メッセージで経過をモモンガに報告しつつ、錯覚ではなく、確かに薄暗い森の先へ。

結界のように世界から切り取られつつある領域へ、ジョンは踏み込んでいった。

 

 

/*/

 

 

単独となり、足枷の無くなったジョンは瞬く間に結界の中心と思しき場所まで駆け抜けた。

 

境界線を越える際に奇妙な違和感。

入った先が重く、暗く感じられ、身体感覚にも奇妙な齟齬があった。

どうも、境界の内外で時間の経過速度に差異があるらしい。

 

内部の方が時間の経過速度が遅い。外から内を眺めた際に奇妙な薄暗さを感じるのは、その為らしかった。

ここは世界から切り取られた閉鎖空間。外部と比較して停止しているような、時間の停滞する空間になりつつあるようだ。

 

 

ルプスレギナにそのような知識をもたらす設定があった覚えは無い。

 

 

どちらかと言うと、タブラGMでTRPGをやったシナリオに似たようなシチュエーションがあった覚えがある。

あれはミ=ゴの技術を手に入れ、改良したあの妖虫が黒幕だった。

 

 

自分の置かれた状況に(タブラさんが這い寄る混沌の化身でも驚かないぞ)と呟きながら、ジョンは仮定ではあるが、対処方法を幾通りか構築し始める。

目の前には、シャルティアより貸し出された濃い紫を基調に、刺し色にピンクの入った魅惑のビスチェドレス姿のままのルプスレギナ。普段は目にしない姿に、こんな状況でも胸がドギマギした。

 

 

《気配感知》《生命感知》では、微かにルプスレギナ以外の気配を感じる。

 

 

当たりだった。

あの妖虫は幽体化して、犠牲者の脳に憑依寄生する。

 

一気に接近して一撃で頭を吹き飛ばせば、ルプスレギナを解放できるだろう。

その後、安全を確保してから、ルプスレギナを蘇生させれば良い。

 

 

頭をスイカ割りみたいに吹き飛ばす……デミウルゴスやコキュートス相手なら迷わず出来るんだけどな……。

 

 

拳を握り、自らの甘さ(ヘタレ)に溜息が出る。

溜息をついたジョンへ、ぎこちなくルプスレギナが笑いかけた。

 

 

「――ジョン様。カルバイン様。お慕い申し上げております。愛するジョン様、カルバイン様に相応しくなれるよう。今、沸騰する混沌の核(アザトース)を召喚し、至高の御方に相応しき存在と私はなります」

「アザトース? って事は、ザイトルクワエはザイクロトルの怪物か――シャッガイからの昆虫、シャン。今すぐルプーから離れろ」

「お許しを。無知な私ではジョン様、カルバイン様に問われました事柄に関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

ルプスレギナは、そこだけは自然に、心底から申し訳なそうに、涙の跡の残る泣き出しそうな表情で頭を下げた。

 

 

「心配するな、ルプー」と、ジョンは顎を引き、歯を食いしばって告げた。

 

 

満たされ行く仲間達と違い。自分は現実に何も持てなかった。モモンガと同じだった。ユグドラシルで仲間も友情も、何もかも手にする事が始めて出来た。

それが虚しい虚構の遊びだと理解していても、孤独に耐え切れず、止められなかった。

 

だから、この世界にきてNPC達の涙をみて、自分は何の心配も無いのだと笑ってみせる事にしたのだ。

置いていかれたものとして、彼らの寂しさも理解できると思ったから。

 

 

なのに……自分はどうした?

今、ルプーはどうしている。どうなっている?

 

 

現実に守るものが何も無かったからこそ、守りたいと願った。守りたいと思ったものが出来たら、何を置いても守れると思っていた。

 

 

なのに……自分は何をした?

今、ルプーはどうしていた。どうなっていた?

 

 

もしも、自分に好きな人。自分を好きになってくれる人が出来たなら。

ただ、自分を好きだと言ってくれる人が出来たなら――。

 

 

――僕は、自分の全てをその人にあげよう。

 

 

それが僕の決めた唯一つの恋のルールだった筈。

僕は何度、自分の言葉を嘘にすれば良いのだろう。何度、自分を裏切れば成長できるのだろう。

 

自分の不甲斐なさに涙が流れた。

力は強くなっても、心は決して強くなれていない。

 

仲間達とつくったNPC。

 

その一人に恋をした。自分達でつくった人形に恋をした。

けれども、彼等の心が、その悲しみが胸を打つ。

 

彼等が心を持って実在していると信じているのに、どうしてそんなつまらない事を気にするのか。

心には心でしか応えられないと、言ったのは僕じゃなかったか。

 

 

「ルプーを勝手に書き換えやがって――」

 

分かっている。

本当は――この続く言葉は、不甲斐ない僕にこそ相応しい。

 

「――楽に死ねると思うなよ。シャン」

 

 

音も残像もなく黒い影だけを残して、ジョンの姿が消える。

本来のルプスレギナの認識を超えた速度で振るわれたジョンの本気の一撃は、この停滞空間を形成させているナーガの脳の並列演算装置、脳ネットワークの管理者権限を持つシャン=ルプスレギナには届かなかった。

 

キリエ・エレイソン――――“この魂に憐れみを”

 

回数制限付き完全物理防御。ただし防御効果は対象の最大HPの何割と設定されるので、ジョンは規定回数に達する前に文字通り力ずくで破壊できる。レベル差もあり、ほんの1発で破壊できるが、今は……。

 

 

「あはっ! 戦闘っすか! ジョン様、カルバイン様に楽しんで頂けるよう精一杯頑張るっすよ!!」

 

 

殺気を振りまきながら肉薄するジョンに喜びの表情(かお)を向けながら、ルプスレギナはナザリックで調整中だった自分の聖杖を魔法で取り寄せる(アポーツ)

 

中央に“死の宝珠”が埋め込まれた巨大な聖杖から、死の宝珠の声なき声が響く。

「《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》」

 

エ・ランテルで入手したこの世界独自の魔法アイテム“死の宝珠”

ジョンのアイディアによって、ルプスレギナの聖杖に埋め込まれた死の宝珠は、某魔砲少女シリーズのインテリジェンス・デバイス的な、ユグドラシル時代にはなかったチートアイテムとなった。

 

主であるルプスレギナと同時に、その手の中で各種魔法を発動し、MPを蓄積できる。謂わば、外付けのMPバッテリー。

叡者の額冠からフィードバックされた《魔法上昇》までが杖に実装された事で、第九位階の魔法までルプスレギナは使用可能となっていた。

 

核となるインテリジェンス・アイテムをまだ製作できない為、量産は出来ないが、ナーベラルの杖も改良中であり、完了すればナーベラルも第十位階までの魔法が使用できるようになる見込みだ。

 

取得していない高い位階の魔法についても、叡者の額冠はその本体に記憶した魔法を着用者が使えるようにする。云わば外部ストレージとして機能していたのだ。

この機能をコピーする事で魔法を扱える者達は使用できる魔法の幅を大きく広げられ、ナザリックの大幅な戦力増強に繋がるとモモンガは喜んだ。

 

 

周囲を《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》の白い光に包まれたルプスレギナ。

内側から攻撃できないが、相手からの攻撃の一切を遮断する絶対防御だ。

 

 

魔法詠唱者であるモモンガならば兎も角、近接職であるジョンには《力の聖域》を単独では解除できない。

何も出来ないジョンの前で、ルプスレギナは魅惑のビスチェの即行着替えを発動させると、本来のメイド服に武装交換を行う。

そして、死の宝珠と共に次々と自己強化魔法をかけていく。更には……。

 

「――中位アンデッド作成・死の騎士(デス・ナイト)!」

 

死の宝珠の隠し機能も解放されている為、カジットが所有していた際には使用できなかった中位アンデッド作成も使用し、盾となるモンスターを召喚していく。

ジョンに対しては雑魚だが、それでも1発は耐える特殊能力。攻撃を引きつける能力により、盾としては極めて有能だ。

 

 

歯軋りしながら、ジョンは《アイアン・スキン》《アイアン・ナチュラル・ウェポン》を戦闘に備えて展開し直した。

暗い、魔樹に喰らい尽くされた森の中、楽しげな、喜びに溢れたルプスレギナの声が響く。

 

 

「手足の一本や二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんで頂くっすよー!」

「……それは俺の趣味じゃないぞ」手足の1、2本もげても戦い続けたいのは俺の方だ。

 

 

それはシャッガイからの昆虫の趣味だ。奴らは犠牲者に恐怖や狂気、禁忌を犯させて、精神的苦痛を存分に味わわせ、アザトースへの生贄とするのだ。

ルプスレギナの頭に幽体化し、寄生しているであろうシャッガイからの昆虫をジョンは睨みつけていた。

 

 

同時に、憑依され、洗脳、思考誘導されたルプスレギナを助けねばならない状況に、確かに喜びを感じてもいた。

そして、その喜びを感じる自分自身の愚かさに絶望し、怒りを燃やした。

 

 

僕は…自分を愚かと笑う。

 

それでも。

 

 

「――ルプスレギナ・ベータ。僕は…君を愛している」

 

 

 




次回本編「第33話:俺たちの戦いはまだまだこれからだッ!」

59Lvのルプーと100Lvのジョンでは勝負にならないので、ルプーの装備を強化の上、空間そのものをルプーが掌握してるぐらいのハンデその他をつけました。
空間そのものの時間経過が遅くなってるので、空間の外にあるので演算装置からの観測で、ジョンの時間対策の上から速度を認識して対処できるような感じ?

簡単に言うと、女の子を泣かせたヘタレが自業自得で大ピンチ。

これです。

尚、ナザリック女子は泣かせた後に追うのが遅いとバトル漫画的な展開になるようです。
ジョンは『モンスターに孫娘を攫われた村長から救出の依頼を受けた!』こう書くと、TRPGの第1話っぽい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。