オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ 作:ぶーく・ぶくぶく
「――おい、どうするんだ。これ?」
モモンガの絞り出す声が、停滞空間の底で虚しく反響する。周囲の闇は厚く、吸い込まれるような重さを持っている。球状に抉られた大地の縁に、モモンガとルプスレギナだけが立っていた。
二人きりだ。
騒がしい駄犬の姿は、どこにもない。あの狂乱の嵐は、跡形もなく消え失せていた。
夜明け前の最も暗い時間帯。闇は厚く、底が見えない。その深淵に、死の超越者の眼があれば全てを見通せるかもしれない。しかし、闇を裂いて覗き込む者の目にも、ジョンの姿はない。――どこにも、ないのだ。
時間がゆっくりと過ぎ、モモンガの呆然とした意識がようやく戻ってくる。
「糞が!」
緊張感が消えた瞬間、彼の全身を満たしたのは、理性を押しのける強烈な憤怒だった。アンデッドになった今、強い感情は抑え込まれるはずだ。しかし、抑え込まれても瞬時に新しい憤怒が生まれ、モモンガの心に押し寄せてくる。
喪失感よりも、怒りの奔流が先に立った。仲間を失った現実に対する絶望ではなく、「失ったこと」に対する憤怒だ。
「糞!糞!糞!」
モモンガは大地を蹴り上げる。尋常ではない肉体能力により、蹴り上げられた土砂は一瞬にして周囲の空気を揺るがせる。巻き上がる土煙が視界を覆う。それでも怒りは収まらない。怒りの渦は、全身を震わせ、筋肉を震わせ、獣のように牙を剥かせる。
微かな振動が、足元から伝わってくる。最初はかすかな、地面を舐めるような振動だった。それは徐々に強く、重く、鼓動のように地を揺るがす。そして、抉られた大地の底から、低く唸るような音とともに、巨大な魔樹が姿を現す。
その存在は、常軌を逸していた。高さ数百メートル、幹は金属的な灰色の樹皮で覆われ、枝は触手のようにうねり、捕食者としての威圧感を放つ。その中心には――ブラックホールが抱え込まれていた。
抱え込まれたブラックホールは、大地と大気を次々に咀嚼する。降着円盤を形成し、クエーサー反応により高エネルギーの宇宙ジェットを噴出させる。無限の潮汐力は、飲み込まれた物質を素粒子にまで引き裂き、落下の摩擦で1億度の超高熱を生み出す。
停滞空間で減速されたジェットは、十万度のプラズマとなり、かつて怪物が吸収していた地脈やマグマ溜りへ逆流しながら、シャンの最後の命令を遂行すべく、ゴーツウッドの森にある神殿を目指して大地を割り、地表へ姿を現した。
「糞!お前か!お前のせいで、ジョンさんは!」
眼窩の赤い光をさらに赤く光らせ、モモンガは周囲を見回す。瞬間、彼の視界に守護者たちが飛び込んだ。アルベドをはじめとする彼らは、怯えを露わにし、僅かな動きさえも慎重に踏みとどまる。モモンガの怒りは、ただの命令権限を超えた威圧となって、守護者たちを縛り付ける。
「お前たち……命じる……こ……」
声は怒りに振り切れ、途切れ途切れになる。それでも、全ての音が大地を震わせ、魔樹の周囲に震動の波紋を描く。
その時――すぱーん、と小気味良い音が響いた。空気を裂くような鋭い音で、周囲の振動が一瞬で静まる。モモンガの視線が一気に音の方向へ引き寄せられる。
モモンガの怒りと怪物の圧倒的力――その両方が、今、未知の何かによって断ち切られようとしていた。
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「モ、モモンガ様、お怒りを御静め下さいませ!」
史実であれば、モモンガの憤怒に触れた者は恐怖で震えるしかなかった。しかし、今のアルベドは違った。『――お前は、俺達の誇りだよ』と至高の御方に告げられ、愛されるために存在していることを知った喜びが、彼女を強くしていた。
初めて目にする絶対の主人の激昂に、腰が引けないと言えば嘘になる。それでも、守護者として、アルベドはなすべき事を迷わず行った。
怒りに我を忘れ、仲間にさえ命令を下そうとしている主人――モモンガの頬に、アルベドは強く平手打ちをくらわせた。
その瞬間、驚きに目を見開く者、あるいは意識のスイッチが切れたかのように静かになる主人を目にして、守護者たちの間にざわめきが走った。
「アルベド!乱心したか!」
デミウルゴスの低く響く声。コキュートスの斬神刀皇、シャルティアのスポイトランスがアルベドの首や胸に突き付けられる。アウラの鞭は腕に絡み、マーレは杖を構えた。戦意剥き出しの姿勢が、空間に鋭い緊張を張り巡らせる。
「私は至高の御方々より、殺意叛意を含めた全てを許されています!」
アルベドは胸を張り、ヘルメス・トリスメギストスの力に包まれた大きな胸をさらに誇らしげに張って応えた。
「はぁッ!?」
思わず漏れる呆れ声。言葉通りの意味なのか、信じられぬ様子で守護者たちは互いに目を見合わせる。
デミウルゴスが次の言葉を発しようとしたその瞬間、モモンガはようやく、自分が絶対の主人としてあるまじき振る舞いをしていたことに気づいた。
冷静さが急速に戻り、出来もしない深呼吸で大きく息を吐き出す。胸に宿った焼けつくような怒りの炎を、吐き出すつもりで。
「……その通りだ。アルベドの全てを許すと言った私の言葉に間違いはない……すまないな。少しばかり我を忘れたようだ。今の失態は忘れてくれ」
「とんでもございません。それよりも、私のお願いを聞いていただき、ありがとうございます!もしモモンガ様が忘れよと命じられるのであれば、全てを忘れます。ですが――ご覧下さい!」
喜色満面のアルベドが指さす先。モモンガの視線が追うと、ブラックホールの中心で赤く輝くクエーサー反応による宇宙ジェットとは別に、中心を外れた位置に、緑がかった青銀色の光が揺らめいていた。
光は、無限の潮汐力に飲み込まれながらも消えず、淡い脈動を伴って存在を主張する。
まるで意思を持つかのように、周囲のプラズマを押しのけ、空間に緑青色の渦を描く。
モモンガは一瞬、言葉を失った。怒りが引き、理性が戻っても、この光の存在は、ただただ異質で、異常だった。
「……これは……何だ……?」
守護者たちも、呼吸を忘れる。闇と炎、怒りと秩序、宇宙の摂理と生命の意志が交錯する中で、この一筋の異質な光が、次なる戦いの幕開けを告げていた。
「あれは……まさか……」
モモンガの声は震え、信じられないという思いと、信じたいという渇望が混ざり合う。背中を押すように、アルベドが力強く答えた。
「カルバイン様の《天地合一》の光だと思われます!」
守護者統括のアルベドの声は、確信に満ちていた。
モモンガはその声に縋るように目を閉じ、次第に胸の奥で固く結ばれていた怒りと焦燥の糸を緩めていく。理性が戻り、恐怖もまだ残る。しかし、絶望ではない――確かな希望が、胸の奥に灯ったのだ。
「ブラックホール内部では空間が歪み、座標特定が極めて困難です。至高の御方の存在を、通常の手段で捕捉することは出来ません。《大魔術師の魔除け/アミュレット・オブ・ワードナ》を用いた《転移門》での脱出も、今は不可能でしょう。ですが、至高の御方の命脈は、まだ途切れておりません」
アルベドの声に続き、守護者たちは神妙にうなずく。言葉一つ一つに、かつて経験したことのない安心感と確信が混じっていた。
「泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。
俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る」
その言葉が、モモンガの心を震わせる。声の響きが、空間の歪みやブラックホールの潮汐力さえも打ち消すかのように、彼の胸に届く。
――絶対の主人は、まだここにいる。どんなブラックホールも、彼の意思を封じることは出来ない。
視界には、抱え込まれたマイクロブラックホールのクエーサー反応による真っ赤な光と、中心から少しずれた位置に青銀色に輝く光が揺らめいていた。
その光は、青から緑、黄色を経て赤に変化し、最終的にはブラックホールに吸い込まれてしまう。だが、アルベドは信じて疑わない――ジョンは必ず戻ってくる、と。
モモンガも深く息を吸い、怒りで張り詰めた全身の力を抜く。守護者たちの視線が一斉に集まり、青銀色の光に注がれる。
「……カルバイン様は、きっと戻られる……!」
アルベドの声は揺るがない。言葉だけでなく、表情、立ち姿、存在感そのものが、守護者たちに勇気と確信を与える。
そしてモモンガは、僅かな震えの手で大地を握り締めた。怒りはまだ残る。しかし、希望がその怒りを抑え、方向性を与えた。目の前に立つ青銀色の光――それは、絶対のの友の意思の現れであり、全てを変える可能性の象徴でもあった。
「アルベド……お前は、正しい。信じて待とう……!」
守護者たちも、深く息を整える。青銀色の光は、空間の歪みに揺らめきながら、彼らの心に一筋の光を差し込む。ブラックホールに飲まれようとも、友の意思は、絶対に消えない。
大地は揺れ、魔樹の触手はうねる。だが、守護者たちの心には揺るぎない信念が宿った。怒りと恐怖に縛られていたモモンガの目は、再び希望の光を映し出す。
「よし……行くぞ、皆。今こそ、我らの力を示す時だ……!」
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《天地合一》の青銀色の光が巨大で空虚な虚空の孔へ飲み込まれ、呆気ないほどに簡単にそこには何もいなくなる。
その時にルプスレギナが感じたのは足元が崩れ落ちるような喪失感だった。
他の誰も何も浮かばなかった。ただ、ジョン・カルバインが失われた事だけが全てだったのだ。
「……ス……ルプスレギナ!」
「アルベド様ぁ……私、壊れ……」
だから、アルベドの声にも壊れそうな自分を訴えるので精一杯だったのだ。だというのに、アルベドは容赦なくルプスレギナの横っ面を引っ叩く。
「何を不抜けた事を言ってるの、この駄犬!顔を上げなさい!眼を開きなさい!いと高き至高の御方は……貴女の愛するカルバイン様はブラックホールに飲まれた程度で死ぬような御方ですか!?あの光はなんですか!?」
光のドップラー効果で真っ赤に燃える抱え込まれたマイクロブラックホールのクエーサー反応とは別に緑がかかった青銀色に輝く光が見える。
「貴方には僕としてやるべき事があります。立ちなさい。立って、女ならば愛する人を一番に考えなさい。
僕として一番に創造して下さった方が消えない?
そんなもの!消してしまいなさい!いと高き至高の御方々はそんな程度で貴女に失望しません。
答えなさいルプスレギナ・ベータ!壊れようとした時、貴女の中に創造して下さった方がいたのか。創造して下さった方が去っても壊れなかった貴女が壊れようとしたのは何故か!」
それは天啓のようだった。
創造して下さった方が去っても自分は壊れなかった。なのに今、愛するジョン・カルバインが失われたと思った時、心は、精神は散り散りに乱れ、世界の何もかもが失われたように感じたのだ。
そこには一番も二番もない。
ジョン・カルバインが失われた事だけが全て、それ以外が入り込む余地は一切なかった。
(お許し下さい。獣王メコン川様。私、ルプスレギナ・ベータはジョン・カルバイン様を貴方様よりも愛しております)
不意に涙があふれ出た。
贖罪の、悲しみの涙なのか。それとも愛するものを愛していると思える喜びの涙なのか自分でも判らない。
ルプスレギナはアルベドの手に縋りつきながら、すすり泣いた。
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暗闇の中、巨大な狼が虚空を疾走していた。
青銀色に光るその狼は背後の暗黒、赤い光から逃れるように遥か彼方の光を目指して疾駆しているのだ。
《モモンガさーーん!アローアロー!……ダメだ。繋がらない》
誰であろう駄犬ことジョン・カルバインであった。
鼓動は早鐘の如くドクドクと耳に煩く、肺は焼けるばかりに呼吸を繰り返し、転移前の不自由な体のように全力を振り絞ってなお背後の暗黒からは逃れられない。
リング・オブ・サステナンスなどを装備しているから、疲労による苦痛は無視できる。この状況下でもそれを少し寂しく思う。
《クィック・マーチ/早足》《ヘイスト/加速》《レッサー・デクスタリティ/下級敏捷力増大》《呼吸法》《残影》
自らの持てる魔法と特殊技術で出来うる限りの身体強化を行い
呼吸する大気も薄くなり、最早、自分が本当に呼吸しているのかも分からない。
超位スキル《天地合一》で取り込む外気も色もなく、光もなく、ただ虚空のみを吸い込んでいるようだ。
自分の行いに本当に意味があるのか?確実な死に向かう中で無駄な足掻きをしているのではないのか?
そんな疑問が浮かび、心が不安に塗りつぶされそうになる暗闇を、ジョンは唯ひたすらに駆け続けていた。
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「ジョンさんの事で気が動転していた。もう大丈夫だ。この状況、タブラさんが以前語っていたものに酷似している」
そう言ってモモンガは守護者たちへと振り返った。内心では本当にそうなのか疑っていたが、それをおくびにも出さず言葉を続ける。
「あれはザイクロトルからの怪物。シャッガイからの昆虫の生体宇宙船だ。幹の中央に抱え込まれているブラックホールに飲み込まれた大地と大気は降着円盤を形成し、クエーサー反応により高エネルギーの宇宙ジェットとなって噴出する。潮汐力により素粒子にまで分解されながら、落ち込む際に摩擦によって1億度もの超高熱となる。それを停滞空間で減速し10万度のプラズマジェット推進で飛び立つんだったかな。ジョンさんが良かれと制御装置になっていた亜人を半分ほど解放してしまっているから、このまま飛び立てるか怪しいが、惑星上でこのブラックホールが解放されてはこの世界が無くなってしまうな。……デミウルゴスどう思う?」
まさかタブラGMによるTRPGシナリオそっくりだとは言えないが、ゲームが現実になっている今、それがモモンガには一番しっくりきたのだ。
「はッ!カルバイン様の《天地合一》の光が可視領域を外れておりませんので、いまだ事象の地平面(シュヴァルツシルト面)に落ち込んでいない故、救出は可能と判断いたします」
(本当に救出できるのか。100LvPC、NPCすげぇ。もう、タブラさんが本当にマインド・イーターでも驚かないぞ)
「現在、カルバイン様は《天地合一》を使っておられますが、これは周囲のエネルギーを自身に取り込むスキルであり、ブラックホールと内部でエネルギーを食いあってる状態であります」
「ふむ」
「ブラックホールが維持できない程にカルバイン様がエネルギーを喰らってしまうと、ブラックホールはホーキング輻射で加速度的に質量とエネルギーを失い、最後には爆発的にエネルギーを放出してブラックホールは消滅します。直接的な爆発もそうですが、ガンマ線バーストによって周辺の生態系は致命的なダメージを受けると予想されます。自然を愛するカルバイン様にとっては望まぬ結果かと。守護者の力を結集し、生体宇宙船を上空50万メートル以上へ誘導し、そこで殲滅するのが、最も最善かと考えます」
ホーキング輻射ってなんだっけ?ガンマ線バーストって何か強そうだな。
「……さすがはデミウルゴス。作戦を皆に説明してあげなさい」
「はッ!」
デミウルゴスの説明する作戦は一見難しいものではなかった。
アウラが周囲警戒を行い。
マーレのドルイド能力でザイクロトルからの怪物の幹を真っすぐに整える。シャルティアの《ゲート/転移門》で一気に上空へ転送するが、サイズが大きすぎるので出来るだけ真っ直ぐ打ち上げないと転送が難しくなりそうだからだ。
そして、出力不足から未だ飛び立てぬザイクロトルの怪物が飛び立てるよう幹を根本からコキュートスが切断する。
角度の計算などはデミウルゴス等の担当。連絡役としてルプスレギナも《精神結合》で参加。
最後に飛び立つ際の噴射炎からアルベドが特殊技術で全員をカバーして終わりだ。
《天地合一》の時間は数分間だが、停滞空間内部は時間が数十数百分の1にまで減速されているので、この場合は問題なし。
この作戦唯一の問題はジョンが自力でブラックホールを蒸発させられるかだけ。それを信じての作戦開始だ。
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100LvのPCによる《天地合一》はジョンの想像以上に外気を取り込む。
内気と外気の合一と言う事は内気に相応しい量の外気を吸い込むのではないだろうか。
外気が薄くなるなか、それをブラックホールとジョンは取り合っていたが、それすらなくなった時にはどうなるのだろうか?
単純な物理法則を超えて、ブラックホールからも外気を取り込むのだろうか?
内気と外気が入り混じり、ジョンと世界が入り混じり、それが体内を循環し始める中、転移して初めての発動にあったような。奇妙な手応えがあった。
体内で高速循環する気が更に大きな回転体に縁を接して強制的に回転数を上げられる感覚。
自分が一つの渦でありながら、更に大きな渦に属す。あるいは小さな渦の集合体になる感覚。
自分の纏う世界が大きく顎を開けて、渦を飲み込んでいく。
《それ》は何か巨大な存在の一部をあたかも伝説のフェンリルが飲み干していくかのような感覚だった。
その刹那、背後の赤い光が揺らめき、末期の叫びをあげるかのように一瞬の後に爆発する。
ジョンは自らの視界が白く染まるのを見た。次の瞬間、自らがどこにいるのかが理解できなくなる。
渦に飲み込まれた枝のように、揉みくちゃにされ、平衡感覚がうまく働かない。それが何かジョンも理解できなかった。ただ白い光の中、激痛が襲いかかってくる。
防御をしようとしても体が非常に重く、動かすのが難しい。だが、ジョンは全身全霊をかけて動かす。これは不味いと理解できたためだ。
全身を丸め、両腕で身を守るように庇う。
爆発の衝撃に上下左右揉みくちゃにされる。揺さぶられながら、爆発の衝撃は常人どころかシモベですら跡形もなくなる力でジョンを遥か彼方に見える外の光へ向かって押し出した。
それは極限の爆発。
白い閃光が世界を染め上げる。
ブラックホール内部でなければ、生み出された衝撃波が大地を吹き飛ばし、舞い上がった土砂がキノコの形を空に作っただろう。
超熱波による致死領域はキロメートル単位にも及び、その範囲内に存在し、動く影はなかっただろう。
生きる者がいるはずがない、そんな中、形を保っているものが一人いた。
凄まじい爆発によって生じた超高熱波の中にいたが、
(うぇぇぇ、なんだ今の爆発?)
空気が無かったか薄かった為か、ほとんど音のなかった爆発が通り過ぎた後、ジョンは頭を振って気を取り直す。
そして停滞空間独特の押しつけられるような時間停滞の感覚がなくなっている事に気がついた。
(……停滞空間から抜けた?脱出できたのか?)
そして視線を上げた先、そこには……
空とも地ともつかぬ虚空が広がり、無数の光の筋が渦を巻いていた。
それは流星の群れのようであり、同時に世界の縫い目からこぼれ落ちた「構造そのもの」のきらめきのようでもあった。
見上げた瞬間、ジョンの意識に何かが流れ込む。
声ではない。音ですらない。
――「踏み越えた」
――「混ぜ合わせた」
――「世界と自己の区別を失くした」
概念だけが、理解という形で頭蓋の奥に焼き付けられる。
それは誰かに語られたのではなく、この光景そのものが直接「意味」を押し込んできているのだと気付いた。
光の筋のひとつが、ゆっくりと環を描く。
その環は輝きであり、同時に暗黒であり、矛盾する二つが確かにひとつに在る――それを見ただけで、ジョンは理解させられる。
(……これが、“天地合一”の先にあるもの……? 俺は、境界の外に立っているのか……!)
恐怖とも興奮ともつかぬ震えが、背骨を灼くように駆け抜けた。
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視界一杯に惑星が広がる。
地平線は優美な曲線を描き、大陸は地図のように輪郭をあらわにしている。
雲を纏う惑星の大気の上、広大な範囲に亘ってオーロラが発生していた。それは蒸発したブラックホールから飛び出したプラズマ粒子によるものだったが、ジョンには自らを祝福する惑星の光に見えた。
上は赤、下は緑。その光のカーテンの東西の長さは数千km、厚さは約500m、下端は地上約100km、上端は約300から500kmはあるだろうか。この美しい光は大陸全土で観測できたと言う。
見上げる空も良いけれど、見下ろす世界も綺麗だ。
ほうと息をつくジョンの傍らに《ゲート/転移門》が開いた。同時に《ゲート/転移門》からアルベドとルプスレギナを従えたモモンガが現れる。
「ただいま、ルプー。
ただいま、モモンガさん。
ただいま、
空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。
青く白い月と星の光に照らされた静かな美しい世界。転移してから何度も見ているが、夜毎にジョンが感動にうち震えている世界。
「あまり心配させないで下さい」
「いやー、さすがに今回はダメかと思ったね」
ジョンののんきな物言いに、モモンガのスタッフを握る手に力が込められる。《火球》で突っ込みを入れるか迷う。
そんなモモンガをよそに自分が落下しつつあることに事に気がついたジョンは、《飛行》の魔法を使って落下を食いとめていた。
モモンガはその変わらぬジョンの姿に強い安堵感がこみ上げてきた。胸をなで下ろし、精神が安定化されるのを感じる。
「……それより、ルプスレギナに言うべき事を言ったんですか」
「それな!」
そもそもの大本。この大騒ぎの原因となったのはなんだったのか思い出し、静かな声で問い詰めれば、「それな!」と明るく返してくる姿にモモンガは脱力した。その言葉にアルベドがこの駄犬様は!と言わんばかりに表情を崩す。
そんな至高の御方々の会話に意を決したルプスレギナが割り込んできた。
「ジョン様!私、ルプスレギナ・ベータは御身をお慕いしております。誰よりも……創造者たる獣王メコン川様よりも、愛しております。どうか、どうか、お傍に置いて下さいませ」
「……」
「……先に言われてやんの。このヘタレ。ぷっ」
思わず沈黙したジョンへ、唇がないので噴き出せないモモンガが言葉でぷっと吹き出してみせる。
《いや、いやいやいや、友人の前で大告白会とか、どんな罰ゲーム!?》
《さぁ、
心配させた意趣返しか。内心溜息をつく。これから言うべき言葉を思うと赤面が止められない。
それでも獣毛に覆われた狼頭なら、赤面していることにも気がつかれまいと思い。努めて冷静な声でルプスレギナへ告げた。
「ルプー。俺もルプスレギナ・ベータを愛している。獣王メコン川さんに返せと言われても決して返さないぞ。お前は俺のものだ。俺の傍にいてくれ」
「はい!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、ジョンの胸に飛び込んで泣くルプスレギナ。
《あージョンさん》
《なんだよ。今いいトコなんだけど》
胸の中で泣きじゃくるルプスレギナに、自分をここまで真っ直ぐに愛してくれる人の姿に、感動し、彼女を抱きしめる腕に力がこもる。
自然とルプスレギナにキスをして……口の構造上、鼻先をちょんと触らせる程度だったが……その涙をなめ拭き取っているところだった。
《ルプスレギナですけど、守護者たちと《精神連結》したままですから、みんな筒抜けですよ》
《ちょッッッ!?謀ったな!モモンガさん謀ったな!!》
《ふふふ、君は良い友人だが駄犬なのがいけないのだよ》
何時だって物語はこう終わる。
二人は末永く幸せに過ごしましたとさ。
めでたしめでだし。
リア
これで私のジョン・カルバインとルプスレギナ・ベータの物語は一区切りになります。
一応、リザードマン編とか王国編とか帝国編も考えてはいるのですが、アニメ2期始まる前に一区切りつけられてほっとしています。
難しいこと考えないで開拓編をだらだらと書きたいですね。
ご閲覧ありがとうございました。<(_ _)>