オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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前回に続いて映え映えしてます。
クレマンティーヌ(調教済)と漆黒の剣の感動の再会はそのうち書きたい。

一度、言ってみたかった事。

――この物語を友の誕生日に捧げる。


第39話:真紅の戦乙女

村の家から剥ぎ取った扉を盾に、アインズ・ウール・ゴウンのギルド旗を掲げたエンリを守りながら、村人たちは簡易な密集方陣を取って長い跳ね橋の上を進んでいく。物見やぐらを燃やした火矢だったが、跳ね橋に突き刺さった火矢は力尽きたように消えていく。村人が時王と力を合わせて作った物見やぐら。アインズ・ウール・ゴウンの魔法によって作られた跳ね橋。その差に気が付いたものは偉大な魔法の力に神の御業を見て祈りを捧げる。

 

「法国のみなさん!私たちも戦います!」

 

跳ね橋の突き当り。空堀の淵で討伐軍を村に入れまいと戦う陽光聖典の元に村人たちがたどり着いた時、彼らは簡単な陣を組んで戦っていた。

 

「村の……村長……ゴブリンに……オーガまで。それにその旗は……」

「神様の旗です!」

 

村人たちの陣容に分かっていても息を呑む隊員たちだったが、対する討伐軍もオーガの姿に息を呑んでいた。

ニグンは神の言葉、「力弱き人間ならば、他種族と寄り添い共に生き、共に死ね。それが、より良き生となり、より良き死となる」を思い出し、自然と言葉を紡いだ。

 

「かたじけない。よろしく頼む」

 

法国の長い歴史の中で亜人と共闘した陽光聖典など自分が初めてではないだろうか。そう思うと自分が神々の舞台でスポットライトを浴びているかのようでこそばゆい。思わず隊員たちへ檄を飛ばす。

 

「神の御旗の下で戦える歓びを噛み締めよ!神は見ていらっしゃるぞ!」

「汝らの信仰を神へ捧げよ」

 

見てはいませんが、録画はしています。

一柱はトンネル掘り。もう一柱はコキュートスの陣頭指揮を査察しているところで、ちょっと忙しい。

 

オーガの姿に討伐軍が息を呑んだ隙をエンリは見逃さなかった。

「皆さん!今のうちに盾を構えて下さい!」

剥ぎ取ってきた扉の盾を隙間なく並べて、密集方陣を作り出す。

 

村人の盾の内側に入る法国の魔法詠唱者たち。雄々しくアインズ・ウール・ゴウンの旗が掲げられ、天使たちの動きが見違えた。

同じく盾の内側から、盾越しにオーガたちが巨体を活かして丸太を振り回す。

 

前列の討伐軍兵士たちがまとめて弾き飛ばされた。次々と数人単位で丸太を削った巨大な棍棒で殴り飛ばしていく。

単純な力任せの攻撃だけに本能的にくるものがあったのか、幾人かの兵士が飛ばされる前にと空堀に飛び込んで避けようとして落ちていく。兵士たちの持っていた王家の旗が、あるものはばさばさと空堀に落ち、またあるものは大地に落ちて、兵士たちに踏み躙られた。

 

「よし。天使たちを破城槌の破壊に向かわせろ!」

 

その様子にニグンは天使たちを近くまで運ばれてきていた――恐らく近隣の森から切り出した丸太で作った急造の――破城槌を破壊に向かわせる。翼ある天使たちは召喚者の命令に従い兵士たちを文字通り飛び越えて破城槌を破壊に向かう。

 

「なんだ!この扉!?かたいぞ!何で出来てるんだ!?」

 

盾の向こうから聞こえるガツンと金属製の何かが打ち付けられるような音と振動は、おそらく斧を打ち込んでいるのだろう。前線指揮官が指示したのか武器を持ち替えた兵士たちが斧を扉の盾に打ち込み……困惑の声を上げていた。

 

魔法の掛かった扉は壊されないように強度を増す。時に隣の壁を壊した方が早いほどに。

カルネ=ダーシュ村の住宅の扉は決められた「魔法の言葉(マジックワード)」で鍵を開閉する方式だったので、戸口から外してから鍵を掛けた状態にした扉は、非破壊状態となり、非常に頑丈になるのだ。これは偶然?村に来ていた漆黒の剣のニニャが気が付いて口添えした結果だった。

 

「退け!一旦、退け!」

 

力の限り斧を打ち込んでも傷一つ入らない異常事態に遂に前線の兵士たちが退き始める。

その様子に村人たちが安堵の息を漏らす。緊張が緩むのを感じ、ジュゲムは普通の大剣を強く握りしめ、怒鳴った。

 

「まだだ!!騎兵か矢玉が来る筈だ!気を抜くなよ!」

「良い読みをしているな、ゴブリン」

 

ニグンは村人たちの戦闘指揮を取るジュゲムに感心していた。以前の自分であれば、これだけ知能の高いゴブリンは危険な存在と問答無用で処分していただろう。それが今は肩を並べて戦っている。人生とは、信仰とは、面白いものだ。

 

魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)矢守りの障壁(ウォールオブプロテクションフロムアローズ)

 

ニグンは位階魔法を発動させる。

「防御の魔法を使った。矢くらいならば防げる」

「ありがてぇ!」

油の入った壺が幾つも投げつけられたが、見えない傘に防がれたように彼らの上を滑るように逸れて地に落ちていく。続いて放たれた火矢も同じだった。ギルド旗を掲げたエンリは柄を強く握りしめながら、空を、討伐軍を睨みつけた。

 

「……大丈夫。私たちは負けない」

 

漆黒の剣を特訓するジョンを間近で見てきたから、彼の教えは耳に残っている。『敗北とは傷つき倒れる事ではない』。そう、たとえ力で、数で負けていようとも、自分たちの心は屈しない。愛するものを、大切なものを守って生きると決めた。それは、もう誰にも奪わせない。

 

引火性の高い油だったのか火球(ファイヤーボール)のように落ちた油が燃え上がり、空堀の下からも黒い煙を立ち昇らせながら真っ赤な炎があがる。煙に巻かれるのを恐れ、村人たちが動揺する。

 

「野焼きの煙だと思えば大丈夫!みんな落ち着いて!」

 

恐れず、動じず、人を導く女神のように旗を持つエンリの声に、嘘のように村人たちの動揺が静まる。同時にダインが《間欠泉》で火を消そうとしたが、油が広がるのを恐れたニニャに止められていた。

煙と盾の隙間から、一旦下がった兵士たちが道を空け、後から騎兵が出てきているのが見えた。隙間から弓を射ていたルクルットが兵士たちの整然とした動きに思わず愚痴る。

 

「これ最初に突っ込んできた兵士と練度が違い過ぎるだろ!」

「装備からみて民兵ではないな。恐らくバルブロ王子の後見人でもあるボウロロープ侯爵の兵士だろう」

「おっさん、詳しいな!」

 

自分の部下たち以外に聞こえるように語ったニグンにルクルットが場を明るくするように軽い調子で返す。

 

「おっさん!ニグンさーん、おっさんだって!」

 

ルクルットの物言いにクレマンティーヌがケラケラと笑う。その様子に嫌な予感がしたペテルが尋ねる。

 

「クレマンティーヌさん、お知り合いですか?」

「この人、冒険者が会えないくらい偉い人だよ」

「うちの馬鹿がすみません!」

 

ルクルットの頭をぐっと無理矢理さげさせて、ペテル自身も頭を深く下げる。

《流水加速》を使ったような流れるように見事な謝罪だった。

ルクルットとペテルの漫才に村人たちが笑い、任務に忠実な聖典メンバーたちの気配も少し緩んだ。場の空気が少し軽くなったようだった。

 

「騎兵が並び出したぞ!騎兵の突撃をどうする!?」

「私に任せて下さい!盾の隙間をどこか開けて貰えますか?」

「おう!」

 

再びニニャが名乗りをあげて、密集した盾にほんの少しの隙間が作られる。

ボウロロープ侯爵配下の騎士たちが一斉に騎士槍(ランス)を構える。流石と言える規律正しい動きだ。それが土煙を上げて走り出す。人馬一体の運動エネルギーを騎士槍(ランス)の先端に集中させる突撃は、扉盾は耐えても、後ろで支える村人が耐えられないだろう……多分、耐えられないだろう。でも、オーガと腕相撲する人も出てきたし、ひょっとしたらそのままでも……? と、ニニャは思った。

 

盾の並びの外は空堀なので、騎士たちは盾を突き破っても空堀へ落ちないよう細く並んで突撃してきている。だからこそニニャは騎士をぎりぎりまで引き付ける。

騎士と馬のいななき、地を揺るがす蹄の音がドドドと振動となって盾の内側にいる者たちの身体を震わせた。

 

「ダメだ!避けるんだ!天使を戻す!」

「逃げるって何処に逃げるんだよ!? 隊長さん! 受け止めてみせる。毎日の作業に比べりゃこんくらい!」

「いきます!睡眠(スリープ)!」

 

先頭を走れる騎士の頭ががっくと落ちた。同時に馬の首も落ちる。ニニャの魔法で全力の突撃の最中に深い眠りに落ちたのだ。当然、落馬。馬も横倒しになって、転がりながら後からの騎士たちを巻き込んで、大規模な落馬の連鎖が出来上がる。

 

「盾を構えて!」

「よっこいしょぉぉぉ!!」

 

踏まれ、転がり、絡まり合いながら、それでも突撃の勢いで、こちらに吹き飛んでくる騎兵の塊。村人たちが気合の声をあげると同時に、盾扉に肉や金属がぶつかる音がし始める。もうもうと土煙があがり、黒い煙と混ざって、一時なにも見えなくなる。

 

騎兵の転倒を受け止めた扉のシュールな光景に陽光聖典メンバーの思考も一時停止した。

 

無理もない。騎士たちのLvが5~6と言ったところだ。それに対して村人のLvは現在12~13Lv。

馬の突進力を加えても、倍のLv差と(跳ね橋の上に陣地を作ってるので)人数差があれば一般職であることを差し引いてもステータスで受け止められる。それが、どれだけ納得いかなくとも、この世界の法則なのだ。

 

これこそ!

これこそ!!

毎日毎朝、交替で植物型モンスターを収穫し、美味しく頂いていた成果(第28話参照)!!!

 

これぞ「グリル厄介!」

 

村人の足元の僅かな押し負けたと思しき溝だけが、馬の突進力の名残を示していた。

 

いち早く立ち直ったジュゲムの指示で転倒して山積みになった騎士と馬はそのままバリケード代わりに使う事にする。その頃には破城槌を破壊した天使たちも戻ってきており、陣地の安全はかなり確保されていた。そして―――最強の一角が動き出す。

 

「ほら、私たちは単騎駆けして、大将首を取ってくるよー」

 

「……クレマンティーヌさん、流石にそれは無理」

「ぷー、いいよー。それじゃー私一人で行ってくるー」

 

ぷーと頬を膨らませ、可愛らしく言ってみせているが、言っている事は無茶苦茶である。鍛えられたとは言え、精神はまだ一般よりのペテルたちがしり込みする中、密集方陣を飛び越え、上体が地に着くほど低い構えから駆け出すと、クレマンティーヌは本当に、単騎で討伐軍の中に飛び込んでいった。

 

「ちょっっっ、クレマンちゃん」

 

「あれでも人外。英雄の領域に足を踏み込んだ奴だ。放って置いても大丈夫だ」

「あーやっぱり英雄級だったんですね」

 

ニグンの言葉に内心、大汗をかきながら返答するペテルであった。続いて「師匠は何処で彼女を拾ってきたのだろう」との呟きにニグンは首を傾げた。

 

「ところで、君たちの言う師匠とは何者だ?」

「ああ、それは…その……クレマンティーヌさんが言う神獣様と同一?人物です」

 

「なんと!君たちは神の使徒であったか!」

 

 

「……え?」

 

 

/*/

 

「天使に、オーガだとぉおっ!?どういう事だ。何が起こっている!」

 

全く想定していなかった事態に面食らったバルブロは、王家の威厳も忘れて素っ頓狂に叫ぶ。

法国の部隊が天使を召喚し出した事にも驚いたが、跳ね橋の向こうからオーガが歩いてきた事にも驚いた。

なによりも人を喰らう亜人と天使が共に戦っているのだ。

 

見た事もない旗が跳ね橋の入口に陣取った一団の中で掲げられ、オーガに殴り飛ばされた兵士たちの持った王家の旗が対照的に散り散りになっていく。地に伏し、土に塗れ、踏み躙られていくのは王家の旗ばかりだ。

 

村人たちが構える不格好な盾の向こう側から、オーガたちは不格好な丸太のような棍棒を振り回し、兵士たちを一方的に殴り飛ばしていく。子供が人形を殴り飛ばすような一方的な蹂躙だ。そして、深追いしない。陣地をきっちりと守る姿は、しっかりとした訓練を受けた兵士を思わせる。

少なくとも第一陣を務め、法国の部隊に一方的にやられた男爵の兵士よりも練度は上に見えた……オーガの練度が。

 

村人の密集方陣は槍が少なかったが、オーガのそれはそれを補って余りある鉾だった。

 

「おい!オーガとは知性に劣るモンスターではないのか!?」

「そ、その筈であります!……まさか、オーガソーサラーのような亜人に村が乗っ取られてるのでは!?」

「法国はどう説明をつける!?法国がモンスターと共闘するなどあり得るのか!?」

「そ、それは……」

「もう良い。殺せ!オーガ5体程度、村人、法国共々に皆殺しにするのだっ!!」

 

連携が取れているのか陣地の守りを村人とオーガ、ゴブリンたちの連携に任せて、天使たちがふわりと飛びあがり、離れた場所にあった破城槌へ襲い掛かってくる。

 

「射ろ!射掛けろ!」

バルブロが怒鳴る。

 

このまま破城槌まで破壊されては攻め手を欠いてしまう。最前列の歩兵ともども、村人、法国へ矢を射掛けるのが最善手だ。

しかし、状況はバルブロが望むように動かない。

 

それは破城槌を用意した部隊と現在、攻めている部隊の所属が違う貴族であった事も原因の一つであろう。

 

前線の部隊が一旦退いて、跳ね橋前に空白地帯が出来上がる。

破城槌の周囲では攻城兵器を守ろうとする兵士と破壊しようとする天使の一方的な戦闘が始まっていた。王の戦士団やボウロロープ侯の精鋭ならば天使ともまだ戦いになったであろうが、一般の民兵ではひとたまりもなかった。

 

出来上がった空白地帯を目掛けて、油壷が、続けて火矢が放たれる。

 

油に塗れ、火だるまになって、転げまわる反逆者の姿を夢想し、バルブロは嫌らしい笑みを浮かべた。

反逆者どもの陣地前でぼろ雑巾のようになった王家の旗に対する不敬も、奴らの旗を燃やして、踏み躙ってやれば少しは晴れるだろう。

 

そう思っていた。

 

「どういう事だ!!なぜ1本も当たらん!!」

 

バルブロは拳を簡易な机に叩きつけ、噛み締めた歯から漏れ出す憤怒を隠す事も出来ない。

周囲の貴族たちが自分を窺っているのは分かっていたが、取り繕う余裕もなかった。バルブロは憎い敵へ向ける視線で、こちらへ駆け寄ってくる侯爵配下の精鋭部隊を指揮する騎士を出迎えた。

 

「恐れながら、法国の部隊に多数の魔法詠唱者が存在するようであります。民兵では歯が立ちません」

「そんなもの!見ればわかる!惰弱な魔法詠唱者の一人や二人、騎兵突撃で踏み潰せ!」

「は!……しかし、奴らの陣地は狭い跳ね橋の上であり、騎兵突撃は危険が……」

 

バルブロは苛立ちを我慢する事が出来なかった。

 

「危険?お前は何を言っているんだ?……見ろ!」

バルブロが指差す先には陣地前でぼろ雑巾のようになって地に落ちた王家の旗があった。

「王家の旗をあのようにされたのだぞ?もはや何がなんでも、あの村は奴らは滅ぼさねばならん。もはや犠牲なく終わらせる事など出来ると思うな。如何なる犠牲を払おうとも……義父上もここにいれば同じ判断をするだろう。それとも、義父上の精鋭戦士は村一つ落とせない弱兵と笑われても良いのか?行け!行って奴らを蹴散らしてくるのだ!」

「はっ!」

義理の父であるボウロロープ侯爵の名前を出し、やっと覇気のある返事が戻ってきた事に、バルブロは満足気に頷く。

「今度こそ失敗は許されない。一人残らず皆殺しにするのだ!」

「はっ!」

 

三度目の正直。

二度あることは三度ある。

 

どちらが正しいのだろうか。

 

騎兵の先頭に立つ騎士は村人の盾を貫き、踏み潰し、その奥のオーガを貫くつもりで馬を駆けさせていた。ぐんぐん背後に流れる背景と大きく迫ってくる隙間だらけの村人たちの住居の扉を重ねた盾。申し訳程度に飛び出す槍が実に憐れだ。

 

もう引き返せない。止まれない距離まで近づいた時、彼の意識は真っ黒になった。

 

瞬間的に発生した不自然な眠気によって一気に深い眠りに引き込まれたのだ。気が付いた時には愛馬と共に大地に全身を打ち付けながら、転がり、同時に後から来る仲間の騎馬を巻き込んでいた。全身をガンガンとあらゆる方向から殴られ、捻じられ、手足が無理な方向に伸ばされ、鈍い嫌な音がしては骨が砕けていく。激痛が走るが身体を動かして庇う事も出来ない。人馬一体の肉団子のような様子で彼らは、並んだ盾に突っ込んでいった。

 

「………」

 

バルブロはもう言葉がなかった。周囲の貴族たちは嵐に見舞われた小動物のように息をひそめている。

派手な《火球》の炸裂も《雷撃》の煌きもなかった。ただ、音もなく不自然に先頭の騎士が転倒し、続く騎士たちが巻き込まれての大転倒劇。無事だったのは最後尾に近い場所を走っていた幾人かだけだ。

 

王家の旗は土に塗れただけではなく血に汚れ、破れ、燃えている。

 

魔導国とやらの旗だけが、その上で汚れ一つなく風を受けて大きくはためいていた。

誇らしげに旗を掲げる村娘の姿が妙に神々しく見えた。誰かがごくりを喉を鳴らす。恐れ、驚き……微かな憧れ?

 

「血塗れのエンリ……真紅の戦乙女……」

 

美しい……その言葉が形になる事は無かったけれど。

 

/*/

 

本陣にいるバルブロの前に猫のように音もなく着地してきたのは村長の護衛と言っていた娘だった。

 

「見ぃつけたぁ」

 

その整った顔立ちの猫のような少女は、亀裂のような笑みを浮かべていた。

 

「は~い、ボクぅ。お姉さんの、お・ね・が・い。聞いてくれるかしら?」

 

心底からの楽しそうな笑顔で、三日月のように口を歪め、クレマンティーヌはバルブロへ嗤い掛けた。

 

「な、なんだ?」

「ちょーっと玩具になってねー。殺しちゃダメって言われてるけど、玩具にしては良いって許可は貰ってるんだー」

「そ、それは良いアイデアとは言えないぞ。私を悪戯に痛めつけては王国を敵に回すだけだぞ!」

「そんなの知らなーい……神獣様を敵に回した時点で王国なんて滅びてる」

 

子供のような無邪気な調子で笑顔になり、その後に急に無表情になったクレマンティーヌが告げる。

それにほら!とクレマンティーヌがアゼルリシア山脈を指差す。

 

遠くから雷鳴のような音が聞こえていた。青い塊が動いているのも見える。

 

微かに大地が振動しているのも感じられる。すぐに大地を揺るがす轟音と共に泥混じりの濁流が空堀に流れ込んできて荒れ狂う。空堀に落ちた兵士たちが一斉に濁流に飲まれ、消えていった。濁流と共に駆け込んできたチーム時王の4人狼が討伐軍を蹴散らしながら跳ね橋に向かっている。

 

「殿下!お逃げ下さい!」

 

ここで逃げ出しては、本陣に単騎駆けされただけで逃げ出した腰抜けなどと言った悪評がついてしまう。

バルブロが迷う間にクレマンティーヌとの間に割って入った侯爵配下の騎士たちが、供回りの者たちが、次々とスティレットで突き殺されていく。

 

「困ったなー。逃げるなら逃げてよねー。私まで巻き添えになるのは嫌だよー」

 

楽しそうに笑いながら騎士を殺していくクレマンティーヌの姿に、とうとう気の弱い貴族たちが耐え切れなくなって逃げ出し始める。一人が声もなく自分の馬に向かって走り出すと、続けて悲鳴をあげながら、崩れるように貴族たちが馬に向かって走り出した。バルブロも掠れた声で自分の愛馬を呼びながら駆け出した。

 

それを余裕たっぷりに眺めていたクレマンティーヌは「そんじゃ行きますかー。ホントに巻き込まれそうだしねー」と呟くと馬を追いかけて走り出した。

 

馬鹿馬鹿しいが、普通の軍馬程度このクレマンティーヌの脚からは逃れられないのだ。

 

 

そこでは人もオーガもゴブリンも肩を並べ、支え合って戦っていた。

血と泥と埃に塗れ、それでもアインズ・ウール・ゴウンの旗を地につけまいと柄を握る力を込めて、エンリは人々を鼓舞していた。

だが、それでも、もうダメだ(台本にはそう書いてある)と誰もが諦めかけた。その時、天を揺るがす咆哮が響いた。

 

「俺の村を荒らすのは誰だぁっ!!」

 

肩までの体高が100mを超える巨大な狼がそんな事を口走り、大地を揺るがしながら駆け込んでくる。局所的な地震が生じて、戦場の誰もが立っていられなくなった。そして、巨大な狼はぐわっとその口を開くと、その口から《雷の暴風/アウストリーナヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス》を吐き出した!

 

万雷の撃滅を纏った渦を巻く嵐が、5千の軍のど真ん中を通過し、大地をえぐりながらエ・ランテルの方角に消えていく。

 

「うーわー。エ・ランテル大丈夫かなー」

地平線の下になるので大丈夫です。

 

ここに至って討伐軍の士気は完全に崩壊した。誰も彼もが武器を放り出し、我先にと散り散りに逃げ出していく。

その様子を眺めつつ、視線を足元に落とせば、ジョンの足元で陽光聖典も、村人も、ゴブリン(ジュゲムたち除く)も、オーガも、神獣様と平伏していた。

 

(ここまではモモンガさんの計画通り。ここから先がデミウルゴスの計画……もうどうなっても知らなーい)

 

先日のモモンガの「流石はデミウルゴス。私の考えを全て読み切るとは……な」から、事態はジョンの頭脳を超えて展開し始めていた。

 

王国に吹き荒れる嵐は……まだ、始まったばかり。

 




弱いのに必死になって戦ってるのって、ジョン様が好きでさ。私、そーいうのまだ良く分かんないっすけど……あんたが必死になれば、村人が助かって、ジョン様がお喜びなるのは分かるっすよ。
そんな泣きそうな顔で歯を食いしばってるなら、そのまま突っ走るっすよ。ジョン様ならそうする。私なら悩まない。

とかいう場面を予定していたのですが、カルネ=ダーシュ村のLvが上がり過ぎてて、そこまで悲壮感が出る戦場になりませんでした。
いや本当に某天才美少女魔導士の故郷の村になりつつありますね。

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