オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~   作:ぶーく・ぶくぶく

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第47話:女はつおい。男はろまん。

割れんばかりの歓声が湧き上がる。通路からゆっくりと武王が姿を見せる。巨大な棍棒に全身鎧。身長は2m後半だろう。その難攻不落の要塞のような姿が日の光を浴びると、闘技場の歓声が更にもう一段大きくなった。

 

大森林の東の巨人グと同じ種族の筈だが、感じられる雰囲気はまるで違う。

グは唯の獣でしかなったが、武王ゴ・ギンからは戦士としての風格が漂う。

 

「武王の名は伊達じゃないって事か……」

 

二人の距離が縮まり、武王から声を掛けてくる。

 

「俺は武王と言われているウォートロールのゴ・ギン」

ジョンは武王の名乗りに胸に拳を当てて答える。

「俺はアインズ・ウール・ゴウンの〈人狼(ワーウルフ)〉、ジョン・カルバインだ」

「そうか。では全力で挑ませて貰おう」

 

「ん、挑むのは俺の方じゃないのか?」

 

「言ってくれる……貴方の強大さに震えっぱなしだ。闘技場に出るのがこれほど恐いと思った事はないぞ」

武王の言葉にジョンは目を細めた。「……分かるのか」

「感謝するぞ。これほどの強者が現れてくれた事に」

 

そして……一つ頼みがある。

 

そう言って、武王は願いを口にした。

 

「俺が勝ったら、閣下を頂きたい」

 

「ん?」

「俺は今まで、殺して喰うに値する者に出会った事がなかった。だが、自分より強い閣下を喰えば、俺は閣下の力を取り込む事が出来る」

相手の力を霊的に取り込む事が出来ると言う食人文化についての講釈をしてくれたメンバーを懐かしく思い出しながら、ジョンは頷いた。

「いいぞ。じゃあ……俺が勝ったら、この4人は持って帰るぞ」

 

ジョンが一歩を踏み出すと、武王は一瞬だけ身構えたが、すぐにその姿勢を崩した。

ジョンが前に立って右手を差し出すと、武王もそれに応え、巨大な右手を差し出してきた。握手と呼ぶには武王の手が巨大すぎたが、観客から大きな歓声が上がった。

 

(30Lvくらいか。この世界の表で名の知れた強者は30Lv前後が多いなぁ)

 

握手を通して〈特殊技術(スキル)〉で武王のレベルを推測し、クレマンティーヌやブレイン、ガゼフもこのくらいだったなと思い返すジョンだった。

 

「開始の距離はどうする?……さっきの距離、10m程度で良いか?」

「無手の閣下には遠くないのか?ほんの少しで俺の攻撃範囲だぞ」

「ハンデさ。そして、もう一つ――」

 

そう言って、ジョンはつま先で足元に1本の線を書く。線の後に冒険者(ワーカー)?4人。線の前に自分が立つ。

 

「俺はこいつらを助けに乱入したんでね。この線より下がったら、俺の負けだ」

 

背後の4人が息を呑み、武王は声を返さずに了解したと頷く。

全身鎧で武王の表情は見えないが、動きや呼吸は冷静だ。挑発と見抜いたのか、それとも不快を感じなかったのか。

 

ジョンは武王が挑戦者として気を張っていると見て、挑まれる事になる状況にワクワクしていた。

武王が背中を見せて、ジョンとの距離を取る。

 

「それでは鐘が鳴ったら始めようか、閣下」

「ああ。……初手から全力で来いよ、武王」

 

武王が小さく笑ったようだった。

ジョンも小さく笑い。左手、左足を前に構える。武王も巨大な棍棒を構えた。

 

そして――鐘が鳴った。

 

「〈剛撃〉〈神技一閃〉」

 

図らずも武王vs人狼の決戦を特等席で見る事になった4名には、閃光が走ったように見えた。

音を置き去りにするかの如く武王は踏み込み、下からの振り上げの一撃がジョンを襲った。

ジョンは足首の捻りで半歩前に出ながら、得意の左回し蹴りからの一撃で武王の攻撃と右腕を封じる。

 

「〈流水加速〉」

 

本来は一撃目で浮き上がらせて、逃げ場の無い空中で追撃を喰らわせる〈連続攻撃(コンボ)〉だった。

しかし、一撃目を回避され、尚且つ攻撃した腕に鞭のように回し蹴りが入ると見るや、武王は腕を大きく払って、ジョンを吹き飛ばしに入る。

 

「〈特殊技術(スキル)軽身功〉」

 

スキルによって身体の重みを限りなくゼロにしたジョンは、武王の腕にしがみ付くように振り回される。その姿勢は武王の右手首を極め、脚を武王の胸と首に掛けた飛びつき腕十字固めのような姿勢だった。

 

予想した重みが無く。すっぽ抜けたように振り回された武王の腕に、スキルを解除したジョンの重みが戻ってくる。振り回された腕の勢いを殺さず、ジョンは武王の腕を極め……折る。

 

ゴ・ギンの肘からゴギンと怖気の走る音が響く。

 

そのまま武王の後に着地したジョンは、武王の股の間を垂直に蹴り上げた。鎧がひしゃげ、なにか柔らかいものが破裂した感触が脚に伝わってくる。兜の隙間から泡を吹き出しながら、武王が膝をつく。

 

膝をついて一段低くなった武王の背中の中央にジョンの正拳突きが吸い込まれるように突き刺さる。同時に胸側の鎧が爆発するように破裂して血肉をバラまいた。そのまま声もなく、武王の身体が前のめりに倒れた。

 

 

/*/

 

 

闘技場は静まり返っていた。

 

ウォートロールである武王はこの程度では死にはしない。時間が経てば傷を再生し、立ち上がるだろう。

しかし、それでも――観客の目にも、勝敗がはっきりと分かったのだろう。

 

ジョンは武王の身体を仰向けにする。

 

「死んではいないだろ?どうする?死なないと負けじゃないなら、〈火球(ファイヤーボール)〉で焼いてやるけど?」

 

掌に火球を浮かべながら問うジョンに、苦し気な声で武王が答えた。肺も半分ほど吹き飛ばれたのか聞き取りにくい声だった。

 

「いや……俺の負けだ」

「おう」

「聞かせてくれ。……俺は弱いか?」

 

倒れた武王の目を見下しながら、ジョンは傲慢に胸を張ってみせた。

 

「俺と比べたら、全然弱いな」

 

「そうか……しかし……楽しいな……上には、上がいる……訓練にも、身が入る」

「そうだ。もっと……強くなれ。俺が楽しくなるくらい強くなれ」

 

ジョンは武王に笑いかけ、武王も苦しい息の中、ジョンに笑いかけた。

 

そして、ジョンは闘技場の中央で拳を突き上げる。勝利の雄叫びに観客は爆発したかのように大歓声をあげた。

 

「これが冒険者だ!仲間の為なら火の中、水の中、闘技場の中にでも飛び込むのが冒険者だ!そして、これだけの力あるものがお前たちを鍛える!仲間の為に戦うもの!未知を求め戦うもの!魔導国へ来い!俺たちは冒険者を歓迎する!」

 

 

/*/

 

 

貴賓席は沈黙に包まれていた。

 

「さ、流石は私の友だ。圧倒的……じゃないか」

引き攣ったような声でジルクニフが口を開く。「ところで、君が彼と戦うとしたらどうだい?」そう問われた真っ赤な毛並みの猿の亜人であるファン・ロングーは首を横に振った。

 

「無理ね。私も武王と同じく一蹴されるね」

 

「そうですよ。ジョン様は強いです」

試合を全集中で見ていたルプスレギナの声に振り返ると、ジルクニフはルプスレギナに問う。

「魔導王陛下も同じようにお強いのだろうか?」

「殴り合いならばジョン様が一番です。魔法戦ならばアインズ様に並ぶ者はございません」

「そ、そうか。ち、ちなみに他にも強い方はいらっしゃるのか?」

 

「ジョン様たちは単純な強さなら、シャルティア様やコキュートス様たちの強さは自分たちに劣るものではないと仰っておられます」

 

自分はそうは思っていないと言うのが透けて見える態度でルプスレギナが答えた。

 

(まだいるのか!あいつだけが突出して強い訳じゃないのか!あの時、玉座の前で見た中のどれほどが、あれだけの強さなんだ?そして、単純な強さと言うからには、まだまだ奥の手があると言う事なのか!?)

 

背筋に冷たいものが流れながらも考える事を止められないジルクニフ。その姿を見つめていたルプスレギナが美麗な顔に裂け目のような笑みを浮かべた。

 

「エル=ニクス陛下。ジョン様は慈悲深いお方。ジョン様のお心を裏切らない限り、ジョン様は陛下の友でありますわ」

 

(哂ってやがる。追い詰められた獲物をなぶるように人間を哂ってやがる。何が友だ。実質の従属ではないか!?)

 

ルプスレギナの笑みについては全くその通りである。

 

「陛下。ジョン様がお戻りになります。勝利者を出迎えて頂けますでしょうか」

 

ルプスレギナの声に、慌ててジルクニフは〈飛行(フライ)〉の魔法で戻ってくるジョンへ向かって、両手を開いて出迎えた。

闘技場の観客から勝者を讃える歓声と皇帝を讃える歓声が湧き上がり、爆発したかのような大歓声が巻き起こった。

 

「友よ。君の勝利を信じていたよ」

「ありがとう、友よ。少しばかり冒険者組合について宣伝させて貰ったが、構わないだろう?」

 

「優秀な冒険者の引き抜きは、少し困る……かな」

「そうか。なに心配はいらないさ。一人前に育てたら、後は冒険者の自由だからな。帝国に戻ってくる者もいるだろう」

 

ジルクニフには冒険者と言う名のスパイを送り込むとしか聞こえない発言だった。

 

「ああ、そうだ。王国と領有で揉めていたカッツェ平野なんだが、帝国としては譲れないところかな?」

「いや、エ・ランテルが魔導国の首都となるのだろう?ならば当然、カッツェ平野も魔導国のものだろう」

「ん?そうか。ありがとう。アインズも喜ぶよ」

 

(断って、帝都のど真ん中で王国や法国でやったような大魔法を炸裂されたら堪らない)

 

「それでだ。代わりと言ってはなんだけれど、山脈のここからここまでと、この河の流れを真っ直ぐにする治水工事をさせて貰うよ」

 

そう言って、ジョンは取り出した帝国の地図の一か所から指でなぞって、海までの線を引く。それは、そこに運河が通れば帝国の農産物の生産量は大きく増えるだろう、と言うところだった。

 

「そ、それはありがたいが、かなりの年数が掛かるものだろう」

 

工事の人足にかこつけて、帝国内にアンデッドを入れられても堪らないとジルクニフが声を上げるが、返答は予測を超えるものだ。

 

「なに討伐軍を吹き飛ばした時に〈雷の暴風〉でも掘れる事が分かったから、それで掘るから直ぐさ。あと河の流れの方はアインズが魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉で真っ直ぐにするから心配いらない」

「……ま、魔法で……可能、なのか」

 

自分の知る最高最強の魔法詠唱者であるフールーダでも考えないような事を言うジョンの姿に、いや……しかし……だが、と人間に不可能な事をあっさりと言ってのけるこいつらは本当に神なのかと考え始めてしまう。

 

後日、白い巨狼が口から吐く〈雷の暴風〉で大地を穿つ姿。モモンガの〈天地改変(ザ・クリエイション)〉で河の流れが変わるのを目撃させられた騎士団、魔法使い、神殿の各勢力は戦う事の馬鹿馬鹿しさを痛感し、皇帝に魔導国と戦う事の愚を説くのであった。

 

そして、神殿勢力はモモンガ=アインズの姿に神を見て、法国のような六大神派と旧来の四大神派に分かれて脚を引っ張り合うのであった。良識ある一部の神官は神の如き力に現実を認められず、田舎に隠遁した。

 

騎士団からは騎士団を退団したいと望む者が数%。実に見ただけで数%の者が勇気を失った。更には夜に眠れぬ不安を訴える者が発生し、報告では精神不安定者が数百人規模で出ていると言う。一人を育成するだけでも多大な資金を掛けた騎士がこの様である。それでも帝国魔法省を辞したいと言い出した魔法使いよりはマシであろう。魔法詠唱者一人を育てるのにどれだけの手間暇を掛けたと思っているのか。

 

誰があんなものと戦えと命じるだろうか。あんな者と戦おうなどと言うのは蛮勇を通り越して、狂人だ。騎士団や魔法省、神殿などの上層部が、それぞれ連名で戦わないでほしいと報告書を上げてくるまでもない。

 

この翌年から、水害も減り、農産物の収穫量も過去最高になるなど帝国に多大な利益をもたらした治水工事は、同時に帝国の多方面の精神に多大な被害をもたらしたのだった。

 

まさに神の御業であった。

 

 

/*/アインズ・ウール・ゴウン魔導国大使館

 

 

「ワーカー、フォーサイト……だったな。災難だったな。まー助けたからには最後まで面倒みるから心配するな」

 

赤、黒、濃紺などの落ち着いた色味で統一された重厚な装飾の執務室で、どさりと椅子に腰かけたジョンは目の前の4人へ語りかけた。

闘技場で助けた冒険者はプレートをつけていなかった。見立て通り冒険者のドロップアウト組ワーカー。

報酬に釣られて、嵌められたらしい。

 

「閣下……ありがたいのですが、どうしてここまで?」

「ん?俺も昔、助けられた事があるからな。その恩返しだ。先達から受けた恩は後に続くものに返す。そういうもんだろ」

 

善意の連鎖。ワーカーなどをしていると忘れそうになるそれを何でもないように言われ、言葉に詰まるヘッケランだった。

 

「ロバーデイクだったか?エ・ランテルに50名規模の(ラナーの)孤児院があるんだが、人手が足りなくてな。そこに就いて貰えると助かるな。ヘッケランとイミーナはエ・ランテルに今度出す店の店主をやって貰えると助かる。魔法の道具を扱う店も出す予定だから、アルシェにはそっちをやって貰いたいな」

 

もう、ワーカーはこりごりだろ?そう朗らかに笑い言葉を続ける。

 

「一番、めんどくさそうなアルシェの実家の借金問題も任せろ。親の借金で子供が苦労するとか見てられないわ」

 

リアルで苦労した事があるのか、しみじみとジョンは言う。

殺っちゃうのが一番簡単なんだが、それは嫌なんだろ?

ふるふると頭を振るアルシェに、まぁそれでも親だからな。思いきれないよなぁと、経験したような重みのある呟きを返した。

 

/*/

 

帝都の一区画である高級住宅街は、広々とした敷地に古いながらもしっかりとした、かつ豪華な作りの邸宅が立ち並んでいた。歴史を感じさせながらも、決して古臭くない家屋の住人は、当然の如く大半が貴族だ。

帝都でも非常に治安の良い区画で、閑静な街であるが、今日のフルト家は少々騒がしかった。

 

「お前たち、一体なにをしている!誰の許可を得て屋敷に入ってきているのだ!」

 

アルシェの父親が唾を飛ばしながら怒鳴っていた。屋敷の中には鑑定人と思しき者が複数入り込み芸術品や家具などの査定を行っている。

 

「そんなの決まってる。ジルの――エル=ニクス陛下の許可を得てだ」

 

ジルクニフに書かせた許可証をぴらぴらと振りながら、ジョンがアルシェの父親へ言う。

 

「亜人が!あの糞っ垂れな愚か者の威を借るか!……」

「お前、もう五月蠅いよ。〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉」

 

そもそも俺は異形種だし、と思いながら静かになったアルシェの父親を横目に鑑定人の結果を待つ。

 

「そっちの母親の方はどうする?どっかでメイドでもするか?魔導国にくるなら、メイドの口くらい探してやるぞ」

「それは……」

 

口ごもったアルシェの母親を放って置いて、鑑定人が持ってきた見積に目を通す。

「これくらいか。思ったより貯め込んでいたものだ……芸術品の目利きは出来るんだな。――アルシェ!」

ジョンから屋敷の売却見積を受け取ったアルシェは、それを上から下まで熟読すると執事のジャイムスに渡した。

 

「――これでどうにかなるだろうか?」

 

書類を受取、中身を同じように熟読したジャイムスの顔が僅かばかりに緩む。

「給金、商人への返済……皆の解雇手当……十分なんとかなると思います、お嬢様」

「――良かった」

アルシェも安堵の息を漏らす。雇ってる者たちへの手当も十分に出してやれると知って。

ジャイムスが寂しそうに微笑む。動揺はもうなかった。いつかはこんな日がくると覚悟していたのだろう。

 

「旦那様、奥様。長い間お世話になりました。おさらばです。……願わくば、お二人に神のご加護がありますように」

 

万感の思いを込めたジャイムスの一礼だった。その一礼に思うところがあったのだろうか、アルシェの母親が口を開いた。

 

「……私も娘たちとエ・ランテルへ行きます。大使閣下、メイドとしての働き口。どうかよろしくお願いいたします」

 

「分かった。働く意思があるのなら、悪いようにはしない」ジョンはパチンと指を鳴らすと父親の〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉を一旦、解除した。

「それで、お前はどうする?働くか?」

 

「我が家は百年以上に亘って帝国を支えてきた歴史ある貴族家だ!亜人の指図など受けん!我が家は決して……「〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉お前の気持ちは良く分かった」

怒りのあまり魔法で束縛された事もどこ吹く風。また唾を飛ばして喚き出した父親にうんざりしながら、ジョンは〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉を掛け直すと連れてきていた人足に声を掛けた。

 

「それじゃその旦那を新しい家まで届けてやってくれ。魔法はそのうち解けるから、家の中にでも転がしてきて良いぞ」

 

威勢の良い返事が上がり、人足二人が彫像を持ち上げるようにアルシェの父親を持ち上げると応接室から運び出していった。それを眺めながら、ジョンはアルシェに声を掛けた。

 

「父親はどうしようもなかったが、母親は勇気あるな」

「――うん。少し、見直した」

 

 

/*/エ・ランテル行政区

 

 

エ・ランテル行政区の都市長が勤めていた執務室は今はラナーが使っていた。〈黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)〉などと言う二つ名を付けられてしまったが、クライムを正式に自分のパートナーとしてくれた事には感謝していた。魔導国の支配地となり、毎日忙しく事務仕事をしているラナーに今日は客人が訪れていた。

 

アダマンタイト級冒険者"蒼の薔薇"が面会に訪れたのだ。

 

案内されてきたのはラキュースだけではなかった。文字通り"蒼の薔薇"全員が通されてきた。ラキュースだけはドレスを着ているので、貴族の令嬢とその護衛の兵のようだ。

クライムは少しばかり驚く。

全員で来るというのは非常に珍しい。今まで一度も見た事がなかったかもしれない。

 

「ありがとう、ラキュース。また会えるとは思いませんでした」

「いいのよ。私もまた会えるとは思っていなかったから、嬉しいわ」

 

クライムが用意したお茶をラナーが淹れようとする。

 

「都市長……いや、太守だったか?メイドの一人もいないのか?」

 

声を発したのはイビルアイだった。イジメでも受けているのかと心配するようにラキュースの眉が寄せられる。

「イビルアイ、失礼よ」

「いいのよ、ラキュース。ここまで見てきて分かってると思うけど、魔導国では内政にもアンデッドを多く使っているから、その所為でメイドのなり手がいないの」

 

既にエ・ランテルの中ではデス・ナイトが警備をし、ソウルイーターが荷車をひき、エルダーリッチが内政を行っている。

ラナーが太守になった事で、パナソレイなどの一部の骨のある人材が残ってくれたが、メイドにまでそれを求めるのは酷だった。

 

「確かにな。私も入国審査で驚かされたぞ」

 

ガガーランが入国審査で説明と面通しされたデス・ナイトの件を思い出し、心底驚いたと言う顔をする。

 

「ええ。それでも私にはクライムがついていてくれます。クライムには申し訳ないけれど、本当に救われています」

そう言ったラナーとクライムの背には黒い翼があった。蝙蝠のようなそれはパタパタと動いている。

「魔導王の力で変えられてしまいました。今の私たちは人ではなく――悪魔です」

 

ラキュースたちの目が見開かれる。

 

「私は一人で永劫の時を生きるのが辛くて、クライムを巻き込んでしまいました……」

クライムの手がラナーの肩にそっとおかれる。ラナーの繊手がクライムの手に重なり、言葉が続く。

「無様な話です。こんな私にクライムがついてきてくれる事に喜びを感じてしまう、愚かな女なのです」

 

「ラナー……人間に戻る方法はないの……?」

 

友の背負った過酷な運命に瞳を潤ませ、ラキュースが問う。答えたのはイビルアイだった。

 

「儀式魔法などで人を捨てた者が、人に戻ったと言う話は聞いた事がない。……戻れない、と言うのが世界の常識だ」

 

望まずにアンデッドとなったイビルアイの言葉には何者も口を閉ざすしかない重みがあった。

 

「……それで皆さんは、どのくらいこちらに滞在するのですか?」

重い空気を変えるようにラナーが口を開いた。

「黄金の輝き亭に滞在しているわ。なにかあったら使いを寄越して頂戴。ザナック陛下にエ・ランテルの様子を見てきてほしいと頼まれているから、しばらくは滞在する予定よ」

「エ・ランテルにホームタウンを移してくれるわけではないのですね」

ラナーが寂しそうな表情を作ると、ラキュースは困ったように笑った。

 

「こっちには"漆黒"もいるしね。叔父さんが帰って来なかったから、王都のアダマンタイト級は私たちだけになってしまったし」

「朱の雫は解散ですか?」

「まだ相談中みたい……逃げ出したくなったら、いつでも言ってね。私に出来る事なら何でもしてあげるから」

 

「ありがとう、ラキュース。でも……私は逃げません。王家に生まれた者として、この地に生まれた人々が不安なく生きられるようにする責務があります」

 

生命ある限り、こう生きてやろうと決意したラナーの笑顔を眩しいものを見るようにラキュースは瞳を細めた。勿論、その裏にあるラナーの本当の望みなど、この場の誰も知る由もなかった。

 

 




フォーサイトは解体(物理)されなくて良かったね!
ラナーちゃんは大きな猫を被って、忠犬を飼ってます。

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